特集:新型コロナ感染拡大新型コロナ禍を機に接近する中国(チリ)
強まる影響力は対中・対米関係に変容もたらすか

2021年3月3日

チリでは、2021年2月に入ってから、政府が主導する国民への大規模な新型コロナウイルスワクチンの投与計画が推し進められている。感染リスクが高いとされる医療従事者などの職種や、高齢者が優先接種の対象だ。政府がウェブ上で公表するカレンダーにのっとって、無料かつ任意で計画的にワクチンが接種されている。2月10日には、チリ国籍者のみならず、永住ビザや就労ビザなどを取得・申請した上でチリに居住する外国人も、同計画の対象としてワクチン接種が可能なことが保健省から明らかになった。同省によると、2月2日時点で5万6,771人(2021年2月3日付ビジネス短信参照)だった国内のワクチン被接種者数は、2月15日時点で全人口の約1割に相当する200万人超にまで達した、と伝えられている。

接種ワクチンの97%超がシノバック製

チリ公衆保健院(ISP)はこれまで、2020年12月16日に米国のファイザー(Pfizer)とドイツのビオンテック(BioNTech)の共同開発ワクチン、1月20日に中国のシノバック(Sinovac)製ワクチン(注1)、1月27日に英国のアストラゼネカ(AstraZeneca)とオックスフォード大学の共同開発ワクチンについて、それぞれ国内利用を認可した。その中で、このハイペースなワクチン普及の原動力となっているのは、地理的に最も遠く隔たった中国のシノバック製ワクチンだ。このことは、ワクチンの種別および接種人数の内訳(表参照)からも明らかに見て取れる。2月12日には71歳のセバスティアン・ピニェラ大統領自ら同社のワクチンを接種し、国民へ安全性をアピールしたことも話題となった。

表:チリにおける新型コロナワクチンの種別および接種人数の内訳(2月15日時点)
ワクチン種別 接種人数 割合
初回分のみ
接種完了
2回目までの
接種完了
シノバック
(Sinovac)
2,035,005 1 2,035,006 97.3
ファイザー・ビオンテック
(Pfizer・BioNTech)
2,629 54,818 57,447 2.7
2,037,634 54,819 2,092,453 100.0

出所:保健省

強固な関係性がもたらしたもの

中国は、チリにとって輸出では2007年、輸入では2014年に、金額ベースで最大の貿易相手国となった(いずれも、それまで1位だった米国を抜いた)。さらに新型コロナ禍の中で、そのプレゼンスは強まったと言えるだろう。先述したワクチン以外についてもだ。

2020年5~6月は、チリにとって感染拡大のピーク期だった。同時に、国内で医療崩壊の懸念が一気に高まった時期でもあった。中国はこの時期に日本や韓国に先んじて、早い段階からウイルスの検査キットや医療物資、人工呼吸器などの寄付・供給をチリに積極的に実施した。また、中国は他国に比して新型コロナ禍からの立ち直りが早かったため銅の需要も増加したことが要因の1つとなり、銅価格がここ数年で最高値を記録した。銅と言えばチリの主要輸出品目であり、その経済回復を牽引する結果につながった点も見逃せない。

他方で、2021年1月には、チリからの主要対中輸出品であるサクランボ(注2)に関連して、ネガティブな話題も舞い込んだ。1月下旬から「チリ産の輸入サクランボから新型コロナウイルスが検出された」というフェイクニュースがSNS上で拡散。一時、中国におけるチリ産サクランボの販売価格が通常時の半額未満にまで落ち込む事態を招いたのだ。なお、この件は中国の国営放送(CCTV)を通じて否定され、チリ側で外務省や農業省、チリ果実輸出業協会(ASOEX)などの業界団体が早い段階から問題解決に着手したことで、徐々に改善に向かいつつある。とは言え、チリのサクランボ輸出産業が中国向けに集中している状況の一種の危うさが露呈した出来事だった。

大規模な買収案件を懸念する声も

チリへの投資について2020年中に最も話題となったのは、国家電網(State Grid Corporation of China、注3)によるシージーイー(CGE)の株式96%の買収案件だ。CGEは、スペイン企業ナトゥルジー(Naturgy)が保有するチリの配電大手。30億ドルという巨額の買収額もさることながら、国家電網は前年に別のチリ配電大手チルキンタ(Chilquinta)の株式100%を買収済みだった。この結果、他国の国営企業がチリの配電マーケット全体の半分超の顧客を獲得するという点に注目が集まり、大きな波紋を呼んだ。

この買収がチリ市場における自由競争の原則を逸脱したものとなっていないか、といった観点から、現在もなお経済監督庁(FNE)による審査が続いている。結果として、種々の合意事項についての細かな指導や修正を除けば、買収それ自体が否認される可能性は極めて低いだろう。外務省国際経済関係総局長のロドリゴ・ジャニェス氏は、中国政府から「今回の買収に関して、チリにおける外国からの投資流入を制限するための、恣意的あるいは差別的な手段が用いられることはあってはならない」という懸念が寄せられていることに触れた。ただし、同時に「わが国は貿易や投資に関してオープンな国だが、全てのプレーヤーが平等な一定の規則の下に競争を行うことがその前提となっている」ともコメントしている。

これまでチリは、関税や市場への参入障壁を積極的に引き下げてきた。貿易と投資を通じた他国との関わりを促進する一貫した開放路線を維持し、「中南米の優等生」という異名を持つまでの「豊かな国」へと発展してきた。しかし、国家電網がもたらした巨額の買収案件により、その開放の度合いと国益のバランスの重要性が改めて問い質されることになった。

対中・対米関係においても、従前より一方に極端な肩入れはせず、双方との関係性をうまく維持してきた。しかし、近年、国内のメディアをにぎわせている報道の多くは中国関連だ。1月に米国がバイデン新政権の誕生という大きな転換期を迎えてから1カ月が経過した。中国の影響力が強まりつつある中で、今後の3カ国間の関係性がどのように変容していくのか、注目が集まっている。


注1:
60歳以上の高齢者に対する利用は、1月27日に認可されている。
注2:
チリからのサクランボ輸出総額の9割超が中国向け。
注3:
国家電網は、中国国営の大手電力会社。
執筆者紹介
ジェトロ・サンティアゴ事務所長
佐藤 竣平(さとう しゅんぺい)
2013年、ジェトロ入構。経理課、ものづくり産業課、海外展開支援課を経て、2019年7月から現職。