特集:拡大するロシアEC市場スマホの普及や物流整備が後押しするEC取引、日本企業にも新たな商機(ロシア)

2020年6月23日

近年、世界全体で電子商取引(EC)市場の成長が著しい。ロシアも例外ではない。拡大するロシアのEC市場には、日本でも関心が高まっている。しかし、断片的に紹介する記事は散見されるものの、包括的に取り上げたものはほとんどない。今回の特集では、ロシアEC市場の全体像を立体的に理解できるよう、包括的に市場を紹介する。広告や物流・配送のインフラ、法的側面、大手プラットフォーマーや日本製品輸入卸売企業といった周辺要素も取り上げる。 総論となる本稿では、ロシアのEC市場に注目すべき理由を説明する。

成長率が高く潜在力の大きいロシアEC市場

日本企業がなぜ今ロシア市場に注目すべきなのか、さまざまな角度から考えてみたい。まずは、市場の動向について。

ロシアのEC調査会社データインサイトによると、2019年のロシアEC市場の規模は310億ドルで、前年比21%増となった。世界の上位国をみると、中国が7,380億ドル(同27%増)、米国5,420億ドル(14%増)、日本890億ドル(4%増)、英国790億ドル(11%増)、ドイツ740億ドル(8%増)、韓国660億ドル(18%)、フランス430億ドル(11%)、インド320億ドル(32%増)で、ロシアは世界9番目の市場だ(図1参照)。伸び率でみると、EC市場規模の大きい国の中では、インド、中国に次いで第3位になる。今後4年間(2019年~2023年)のロシアEC市場の平均成長率は8%と予測され、既に成熟市場に入っている日本に比べて潜在力が大きい。加えて、越境ECに限ると、ロシアは世界第4位(2018年時点、注)の規模だ。EC売上高全体に占める越境ECの割合が大きいのも、ロシアの特徴になっている。

図1:世界各国のEC市場規模(2019年)
中国7,380億ドル(前年比27%増)、米国5,420億ドル(同14%増)、日本890億ドル(4%増)、英国790億ドル(11%増)、ドイツ740億ドル(8%増)、韓国660億ドル(18%)、フランス430億ドル(11%)、インド320億ドル(32%増)、ロシアは310億ドル(21%増)、カナダ250億ドル(21%)。

出所:データインサイトレポートからジェトロ作成

ロシアのB2C市場規模(売上高)は2019年、前年比24%増の1兆6,200億ルーブル(約2兆2,680億円、1ルーブル=1.4円)に達した。注文数も前年比41%増となっている。一方、平均購買価格は、前年比14%減だった。図2からも、3年連続で前年比減となっていることが確認できる。売り上げ以上に注文数が伸びた結果として、平均購買価格は低下したことになる。小口注文が増え、より日常的にECが使われるようになっていることがうかがわれる。

図2:ロシアECのB2C市場
2015年から2019年までの推移。売上高と注文数が増加する一方で平均購買価格は縮小している。売上高は、2015年7,100億ルーブル、2016年9,000億ルーブル、2017年1兆700億ルーブル、2018年1兆3,000億ルーブル、2019年1兆6,200億ルーブル。売上高成長率(前年比)は、2015年26%、2016年28%、2017年19%、2018年22%、2019年24%。注文数成長率(前年比)は、2015年7%、2016年21%、2017年20%、2018年28%、2019年41%。平均購買価格成長率(前年比)は、2015年18%、2016年6%、2017年マイナス1%、2018年マイナス5%、2019年マイナス14%。

出所:データインサイトレポートからジェトロ作成

C2C市場はどうか。C2Cとは個人間で商品を売買するサービスで、日本ではヤフーオークションやフリマアプリのメルカリがそれに当たる。ロシアで代表的なものとしては、クラシファイド広告プラットフォームのAvito.ru(アビト)がある。C2C市場の売り上げは、2017年から2019年までの2年間で92.5%増加した。市場と注文数が増える一方で平均購買価格は減少し、B2C市場と同じく頻繁に利用されるようになってきている。

表1:2019年ロシアのEC市場(単位:ルーブル、%)(△はマイナス値)
項目 売上高 成長率 注文数(件) 成長率 平均購買価格 成長率
B2C 1兆6,200億 24.0 4億2,500万 41.0 3,800 △ 14.0
C2C 5,680億 92.5 1億7,700万 96.7 3,210 △ 1.2
越境EC 3,480億 29.0 3億 34.0 1,160 △ 4.0

注:越境EC市場は2018年オンライン小売り輸入の値。C2C市場の成長率は2017年比。
出所:データインサイトレポートからジェトロ作成

EC市場を商品分野別にみると、電気製品が14%、日用消費財(FMCG)13%、家具・DIY12%、衣類・靴11%などが続く(図3参照)。

図3:ECサイト売上上位1000社のカテゴリー分布
電気製品14%、日用消費財13%、家具・DIY12%、衣服・靴11%、ネット薬局8%、自動車関連8%、百貨店7%、子供用品6%、本4%、その他17%。

出所:データインサイトレポートからジェトロ作成

EC事業者別にみると、上位10社は表2のとおり。売上高上位のECサイトが市場シェアを拡大している。ワイルドベリーズ(百貨店)、シティリンク(電気製品)、Mビデオ(電気製品)だけで、注文数ではロシアのEC市場の45%を占めている(前年比11ポイント増)。

表2:ロシアECサイトトップ10(単位:100万ルーブル、%)
売り上げ順 ECサイト名 カテゴリー 売上高 成長率
1 Wildberries.ru 百貨店 111,200 74.0
2 Citilink.ru 電気製品 73,200 33.0
3 Mvideo.ru 電気製品 52,800 46.0
4 Ozon.ru 百貨店 41,770 73.0
5 DNS-shop.ru 電気製品 38,810 83.0
6 Lamoda.ru 衣類・靴 29,030 14.0
7 Eldorado.ru 電気製品 24,500 8.0
8 Svyaznoy.ru 電気製品 19,720 26.0
9 Technopoint.ru 電気製品 19,080 8.0
10 Petrovich.ru DIY用品 18,000 38.0

出所:データインサイトレポートからジェトロ作成

越境ECはロシアのEC売上高全体の3割を占める

越境EC市場も拡大している。ロシアの越境EC市場は2018年に3,480億ルーブル(前年比29%増)になった。越境ECは、ロシアのEC売上高全体の3割を占めている。B2C市場やC2C市場と同じく、注文数が増える一方で平均購買価格が縮小しており、越境ECの普及が進んでいる。ECを利用するロシア人のうち、ロシアのサイトのみで購入する消費者は21%、外国のサイトのみは19%、両方は15%と言われる。自国だけでなく、外国の越境ECサイトを通じた購入をいとわない消費者が多いことを示している。

スマホによるECユーザーが拡大

ロシアの市場が拡大を続けている背景は何か。1つ目は、スマートフォン(以下、スマホ)の普及とそれを用いたEC利用者の拡大だ。データインサイトによると2019年時点で、12歳以上のロシア国民のうち78%がインターネットを利用し、うち90%が毎日利用している。

主なインターネット閲覧者は、スマホユーザーだ。インターネット利用者のうち、パソコンだけを利用する人は前年比28%減なのに対し、スマホだけ利用する人は前年比21%増となった。より手軽に場所や時間を問わずに利用できるスマホの普及がECの拡大を後押ししている。

ロシアのコンサルティング会社オムニソリューションズの調査によると、2018年はスマホからの注文数がタブレットやデスクトップと比較して最も多く、そのシェアは79%拡大している。スマホの場合、通常のインターネットサイトよりモバイルアプリの方が小さい画面でも見やすく、利用者に好まれる。このため、モバイルアプリを通じたEC利用者はPCによるインターネット利用者を含めた傾向とは異なっている(表3参照)。

表3:モバイルアプリケーションの評価が高い10社
No. ECサイト名 カテゴリー
1 Wildberries.ru 百貨店
2 Ozon.ru 百貨店
3 Apteka.ru 薬局
4 Lamoda.ru 衣類・靴
5 Labrint.ru
6 Citilink.ru 電気製品
7 Detmir.ru 子供用品
8 DNS-shop.ru 電気製品
9 Mvideo.ru 電気製品
10 Vseinstrumenti.ru DIY用品

出所:データインサイトレポートからジェトロ作成

地方部での市場拡大と物流・配送インフラの整備も後押し

もう1つは、地方部でのECの利用拡大とそれを可能とする物流・配送インフラ整備だ。B2Cの注文数を地域別で見ると(図4参照)、モスクワが位置する中央連邦管区(シェア41%)、サンクトペテルブルクを中心とする北西連邦管区(14%)だけでなく、沿ボルガ連邦管区(15%)や南連邦管区(9%)、ウラル連邦管区(8%)、シベリア連邦管区(8%)など、地方部からの発注も半数程度を占めている。広大なロシアでは、地方で都市部と同じものを手に入れるのは容易ではない。しかし、近年の物流の整備もあり(「広大なロシアのEC市場拡大を物流が後押し」参照)、ECでそれが可能となった。

図4:EC注文数の連邦管区別シェア
中央連邦管区41%、沿ボルガ連邦管区15%、北西連邦管区14%、南連邦管区9%、ウラル連邦管区8%、シベリア連邦管区8%、極東連邦管区3%、北コーカサス連邦管区2%。

出所:データインサイトレポートからジェトロ作成

日本製品を扱う事業者によるEC利用や越境ECに取り組む企業が増加

ロシア市場に注目すべき理由の2点目は、先行事例の増加だ。ロシア国内では小売事業者が小売店舗だけでなく、ECを用いた流通・販売事業を行うことが一般的になっている。ウラジオストクの「ことり」、モスクワの「ニッポン」、サンクトペテルブルクの「レッドドラゴン」はいずれも実店舗を有しながら、日本産の食品や日用品、衛生用品をECで販売しており、EC市場を通じての販路開拓に積極的だ(「日本製品販売店でもECの利用広がる(ロシア)」参照)。

越境ECを通じてロシアへの製品供給に取り組む日本の中小企業も、相次いでいる。北海道貿易開発(北海道小樽市)は2016年、ロシア人向けに越境ECサイト「サクラ」を開設した(2019年11月1日付地域・分析レポート参照)。日本のメーカーや問屋などの正規ルートから卸売価格で購入し、日本の小売価格で販売している。そのため、小売価格で購入し手数料を上乗せして発送する購入代行のECサイトより商品価格が割安となるのが強みだ。

ゼンマーケット(大阪市)は購入代行、マーケットプレース型モール運営、定期発送型のギフトサービスという3つの形態で越境EC事業を行っている(2019年12月26日付地域・分析レポート参照)。同社は安価な送料で取引に伴うリスクや海外発送の手間を回避して海外へ商品を販売・供給できる点が強みだ。また、ウクライナ人とロシア人留学生が起業した会社ながら、フランス人や英国人、中国人など16カ国・地域出身の従業員が勤務している。彼らが世界各国の消費者へのプロモーションや問い合わせ対応を担い、言語の壁がないサービスを実現している。

日ロ両政府がECでの協力を進める

3つ目は、日本とロシア両政府による後押しだ。2016年5月に安倍晋三首相がプーチン大統領に提案した日ロ8項目の協力プランの中には、日ロ間の郵便協力が含まれている。これに基づき、日本郵便とロシア郵便は2016年12月と2018年5月に覚書を締結し、郵便輸送の高度化の推進、物販と E コマースでの協力、郵便オペレーションおよび郵便サービスのベストプラクティスの共有などを行っている。

この覚書に沿ったかたちで、「いつも.」(EC事業の立ち上げからフルフィルメントに至るサービスを提供する日本企業)とロシア郵便は日本製品の販売に特化したオンラインショップ「Kupijapan.com」を立ち上げた(2019年12月11日付ビジネス短信参照)。ロシア郵便は注文処理や購入者とのやり取り、日本からの国際郵便を用いた商品配送を、「いつも.」はオンラインショップへの製品情報の掲載、サプライヤーとのやり取り、受注処理業務を担っている。ロシア郵便という大手事業者が担うECショップである点や、ロシア全土にネットワークを有するロシア郵便が配送を行うこと、日本の事業者は「いつも.」に指定する倉庫に商品を納入すればよいという簡便さがポイントだ。

越境ECはロシア向けの通常の輸出と比べ、認証取得が不要で、関税や付加価値税が徴収されない。このため、貿易手続きに慣れていない事業者でも、リスクを最小限にしてロシア市場へ参入できる点が魅力的だ。他方、越境ECの場合、免税の上限額が1回当たり200ユーロで、かつ、個人向け消費に範囲を限定されることから、金額の大きな取引を行うことは難しいことがボトルネックになる。しかし、この課題の解決をサポートする輸入・保管・配送代行業者が最近、ロシアで出てきている(「広大なロシアのEC市場拡大を物流が後押し」参照)。

既に示した通り、ロシアのEC市場は世界第9位の規模で、日本や韓国と比べて小さい。しかし、今後の平均成長率が8%と見込まれており、高い潜在力がある。スマホを通じてのEC利用者の拡大、地方部の市場拡大やそれを支える物流・配送インフラの整備により、ECはロシアに広く浸透してきた。日本製品を扱うロシアの輸入卸売事業者や、越境ECを通じてロシアに製品供給を行う日本の中小企業も相次いでいる。輸入代行事業者もみられるようになった。越境ECだけでなく通常の貿易による方法でも、ECを通じたロシア市場開拓のハードルは下がってきている。ロシアの販路開拓に当たっては、従来の流通方法に加えて、ECを利用するのも有効な選択肢の1つとなっている。


注:
アイルランド籍のECプラットフォーム企業イーショップワールドの報告書「グローバルECマーケティングレポート2019」。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課
加峯 あゆみ(かぶ あゆみ)
2018年4月、ジェトロ入構。同月より現職。