特集:データで読み解く保護貿易主義の動向とその影響中国向け投資に変化の兆し、周辺国・地域の事業環境に注視

2019年10月11日

2018年以降の直接投資の動向をみると、同年下半期から中国向けの動きが弱くなっている。中国向け直接投資では、特に製造関連での弱さが目に付くが、周辺国ではベトナムが引き続き海外企業を引き付ける。ベトナムはこれまでも「チャイナ・プラス1」の有力候補先とされてきたが、さらなる人件費高騰や、さらには対米国関係などにも注視していく必要があるだろう。

世界の資金、中国向けが減少

中国における2018年の対内直接投資(ネット、フロー)の動向をみると、年後半から前年水準を割り込み、この動きは、2019年第1四半期も継続した(図1参照)。中国の対内直接投資を形態別にみると、株式資本、負債性資本ともに減少傾向にある。このうち負債性資本は、直接投資関係にある当事者間の資金貸借や債券の取引処分などが計上される。つまり、中国では2018年後半から、親子間の資金貸借や株式以外の証券の売買などが前年と比べて減少した。

図1:中国の形態別対内直接投資額(ネット、フロー)の推移
株式資本および負債性資本ともに、2018年第1四半期と2018年第2四半期は前年同期比水準を超えていたが、第3四半期以降は前年同期水準を下回った。

出所:”Balance of Payments and International Investment Position Statistics”(2019年9月25日版)(IMF)からジェトロ作成

また、株式資本には、直接投資企業の株式、出資持ち分など、クロスボーダー投資が計上される。国境を越えたグリーンフィールド投資を捕捉する英国フィナンシャル・タイムズのデータベース「fDi Markets」(注1)でみても、中国向けの投資件数は、2018年通年では増加するも、年後半から減少した(図2参照)。中国向け投資案件を業種別にみると、2018年上半期の増加に大きく寄与した製造関連が、下半期に失速した(図3参照)。2019年上半期も同様の傾向が継続している。

図2:世界の対中国グリーンフィールド投資件数の推移
2018年は前年比で増加した。しかし、2018年を前後半に分けると、上半期は前年同期比で増加したものの、下半期は減少した。2019年も同様の傾向が継続した。

出所:fDi Markets(Financial Times)(2019年9月26日ダウンロード)からジェトロ作成

図3:世界の対中国グリーンフィールド投資件数増加率と業種別寄与度
2018年前半は製造案件が全体の増加に寄与した。しかし、2018年後半以降、製造案件が全体の下押し要因となっている。

出所:fDi Markets(Financial Times)(2019年9月26日ダウンロード)からジェトロ作成

2018年下半期から2019年上半期にかけての世界の製造関連グリーンフィールド投資(2,794件)は、前年同期(2017年下半期から2018年上半期まで)水準(3,375件)を下回った。その中にあって、中国のシェアが低下する一方で、米国やブラジルなどがシェアを伸ばした(表1参照)。アジアでは、インドやベトナムなどのシェアが伸長した。

表1:世界の製造関連グリーンフィールド投資件数(投資先別)(△はマイナス値、―は値なし)
投資先 2018年7月~2019年6月
件数 構成比(%) 構成比の
前年同期差
米国 407 14.6 3.9
メキシコ 209 7.5 1.9
中国 202 7.2 △ 1.3
インド 201 7.2 1.3
フランス 122 4.4 1.1
ブラジル 111 4.0 2.2
ロシア 107 3.8 △ 0.8
スペイン 81 2.9 0.9
ベトナム 79 2.8 0.2
英国 76 2.7 △ 2.1
その他 1,199 42.9 7.2
世界 2,794 100.0

注:2018年7月~2019年6月の期間に、案件が多かった10カ国・地域。
出所:fDi Markets(Financial Times)(2019年9月26日ダウンロード)からジェトロ作成

中国周辺国の投資環境に変化

表1で示したベトナムへの製造関連グリーンフィールド投資の投資元をみると、日本や米国が多いが、中国のシェアも増加している。中国企業による投資の中には、広東省深センの電機部品メーカー、深圳和而泰智能控制股份有限公司(Shenzhen H&T Intelligent Control)の案件が含まれる。同社は2019年5月、ベトナム生産拠点建設の投資目的として、米中追加関税など国際貿易環境が不安定なことに言及した。米中貿易摩擦を避けたい意向がうかがえる。こうした企業の動きなどを受け、米国では、ベトナムなど中国周辺国から輸入が増加している(注2)。もっとも、米国における中国周辺国・地域からの輸入増加の背景には、生産移管だけに限らず、迂回輸出もあると指摘できる(注3)。

中国周辺への直接投資が活発化し、当地での人材の確保競争が過熱すれば、人件費高騰リスクが懸念される。例えばベトナムでは、人件費高騰リスクはこれまでにも意識されており、進出日系企業の多くは、「従業員の賃金上昇」を経営上の問題点として挙げる(注4)。このほか、先の迂回輸出における対応以外でも、対米関係にも注視が必要だろう。米国財務省が2019年5月に発表した「米国の主要貿易相手のマクロ経済と為替政策(Macroeconomic and Foreign Exchange Policies of Major Trading Partners of the United States)」報告書によれば、前回も取り上げられた中国、日本、韓国、ドイツの4カ国のほか、シンガポール、マレーシア、ベトナムなど5カ国が新たに加わり、計9カ国が監視対象とされたのだ。

同報告書は、米国の主要貿易相手国が対ドル為替レート操作によって、不当な貿易利益を得ていないかなどについて調査・検討を行うもの。2019年5月の報告書では、米国との物品貿易の輸出入総額が400億ドルを超える21カ国・地域を対象とし、1.対米貿易黒字、2.経常黒字、3.為替介入、という3つの基準によって評価が行われた(表2参照)。この3基準に照らし合わせると、例えばベトナムは、1.対米黒字、2.経常黒字の基準を満たすとされている。

表2:米国による貿易相手国・地域の為替政策評価(△はマイナス値、―は値なし)
分析対象
国・地域
評価基準
対米物品
貿易収支
単位:10億ドル
経常収支の
対GDP比
単位:%
為替介入
介入総額の
対GDP比
単位:%
過去12カ月間のうち6カ月以上の介入
実績該当:〇、非該当:×
中国 419 0.4 △ 0.2
メキシコ 82 △ 1.8 0.0 ×
ドイツ 68 7.4
日本 68 3.5 0.0 ×
アイルランド 47 9.2
ベトナム 40 5.4 1.7 ×
イタリア 32 2.5
マレーシア 27 2.1 △ 3.1 ×
インド 21 △ 2.4 △ 1.7 ×
カナダ 20 △ 2.7 0.0 ×
タイ 19 7.0 0.0 ×
スイス 19 10.2 0.3 ×
韓国 18 4.7 △ 0.2 ×
フランス 16 △ 0.3
台湾 16 12.2 0.4
英国 △ 5 △ 3.8 0.0 ×
シンガポール △ 6 17.9 4.6
ブラジル △ 8 △ 0.8 △ 2.6 ×
ベルギー △ 14 △ 1.3
オランダ △ 25 10.8
香港 △ 31 4.3 △ 1.4 ×
参考:EU 152 2.9 0.0 ×

注1:米国との物品貿易の輸出入総額が400億ドルを超える21カ国・地域が対象。米国が設ける以下3点の評価基準を満たしている場合は太字:
(1)対米物品貿易収支で大幅な黒字(物品の対米貿易黒字額が年間200億ドル以上)
(2)経常収支で実質的な黒字(経常収支黒字額がGDP比2%以上)
(3)持続的で一方的な為替介入(介入総額がGDP比2%以上かつ過去12カ月間のうち6カ月以上の介入実績)
注2:計数は、基本的に2018年。ただし、ベトナムの経常収支の対GDP比は2018年第2四半期までの12カ月。
出所:”Macroeconomic and Foreign Exchange Policies of Major Trading Partners of the United States(May 2019)“ (U.S. Department of the Treasury Office of International Affairs)からジェトロ作成

前述の基準を全て満たし、為替操作を行っているとの認定が行われた場合、当該国との間で問題解決に向けた行動計画が策定されていくことになる。また、当該国が適切な措置を取らない場合には、罰則を科すことができる。ベトナムは監視対象と位置付けられたにすぎないが、少なくとも向こう2回分(1年分)の報告書で監視対象国として取り上げられ、先の3基準にみられる改善が、一時的なものでなく永続的なものになっているかどうかについて、評価される。「チャイナ・プラス1」の有力候補として注目されてきたベトナムだが、米中貿易摩擦などを背景としたビジネス環境の変化に注意が必要だろう。


注1:
同データは、各種報道資料などに基づいて構築され、中にはデータ登録年内に完了していない案件なども含まれる。
注2:
中溝丘「米国から見た米中貿易の動向(2019年上半期)」(ジェトロ、2019年8月13日付地域・分析レポート)。
注3:
例えば、小林亜紀「ベトナムと米国の税関当局が協力強化を促進」(ジェトロ、2019年7月16日付ビジネス短信)や小林恵介「米中貿易摩擦はASEANにどのような影響を与えているか」(ジェトロ、2019年8月7日付地域・分析レポート)を参照されたい。
注4:
ジェトロ・アジア大洋州課「2018年度 アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(2018年12月)。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課 課長代理
朝倉 啓介(あさくら けいすけ)
2005年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2005~2009年)、国際経済研究課(2009 ~2010年)、公益社団法人日本経済研究センター出向(2010~2011年)、ジェトロ農林水産・食品調査課(2011~2013年)、ジェトロ・ムンバイ事務所(2013~2018年)を経て海外調査部国際経済課勤務。