特集:データで読み解く保護貿易主義の動向とその影響保護貿易主義がFTAを推進?

2019年10月11日

昨今、保護主義的な貿易政策が見られ、国際貿易の成長鈍化や経済成長への負の影響が注目される。自由貿易体制の維持などが課題とされる中、保護貿易主義の台頭が、自由貿易協定(FTA)の従来の目的だった経済関係の深化に加え、アジア諸国やEUが参加する一部のFTAの交渉に新たな目的を与えている。

アジアやEUは保護主義台頭を懸念し、自由貿易体制を推進

第2次世界大戦時に至ったブロック経済への反省から、大戦以降はGATTや後身のWTO協定の下、自由で開かれた貿易体制の構築が目指されてきた。しかし、2017年以降、世界では保護主義的な政策が見え始め、経済への負の影響だけでなく、国際貿易システムへの影響が懸念されている(詳細は2019年版ジェトロ世界貿易投資報告を参照)。

FTAなどは本来、加盟国間の貿易自由化による経済成長、および世界経済の成長の一助となることが主目的であり、「持続可能」あるいは「包摂的な」成長などを協定の締結や交渉目的とするケースが多かった。しかし、アジアやEUを中心に、保護主義的な政策の台頭が一部のFTAの進展を後押ししていることが、共同声明文や首脳・貿易担当相の発言などから読み取れる。

米国の現政権は2017年1月の発足直後に、12カ国で署名されていたTPPからの離脱を正式に発表した。米国を含む12カ国のTPPの大筋合意や署名時の閣僚声明などをみると、域内およびアジア大洋州地域の経済統合に着目する発言が目立つ。しかし、11カ国〔現在の環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)〕に参加国が変わってからは、その主張に変化がみられる。11カ国での協定締結の可能性を探ることを決定した2017年3月の共同声明(注1)では、「出席したTPPパートナーは、世界の多くの地域での保護主義に対する不安に言及し、物品、サービスおよび投資の自由な流れへのコミットメント」に言及したことを明らかにした。その後の交渉会合(注2)、あるいはTPP11締結時(注3)、直近では2019年1月に開かれた第1回TPP11委員会の閣僚声明(注4)でも、TPP11が「開かれた市場、保護主義への対抗、地域経済統合の推進に対する各国の確固たるコミットメントを示している」など、TPP11締結の目的の1つに保護主義の台頭への懸念があったことがうかがえる。

自由貿易に対する意識の強まりは、日本の担当閣僚の発言からもわかる。TPP11をまとめた茂木敏充経済財政政策担当相(当時)はTPP11発効に向けた記者会見などで、「世界的に保護主義が台頭する中で、日本がリーダーシップを発揮して」(注5)、あるいは「自由貿易の旗手として」「国際経済秩序の強化を主導する」(注6)必要があると発言している。

同様の意識はEUにも共通してみられる。2017年2月の河野太郎外相(当時)とセシリア・マルムストロム通商担当欧州委員の会合の概要報告(注7)では、「保護主義的な動きに対抗するために、日EU経済連携協定(EPA)の可能な限り早期の大枠合意が極めて重要」と確認された。同年7月の大枠合意時や同年12月の交渉妥結時などの共同声明(注8)では、日EU・EPAを保護主義に対抗するメッセージと位置付けることに加え、「日本とEUが自由貿易の旗手としてその旗を高く掲げ、自由貿易を力強く前進させていく」政治的意思を全世界に示すもの、とも表現された。

保護主義への対抗は新たな協定発効の追い風となるか

2013年5月に交渉が開始された東アジア地域包括的経済連携(RCEP)における閣僚声明をみると、2017年以降、保護主義への懸念と交渉の進捗が関連付けられている。2012年11月の交渉立ち上げ(注9)では、RCEP参加国は「世界経済の成長および発展に寄与するため」に現代的な経済連携協定を達成すると宣言された。2016年9月のASEAN関連首脳会議の共同声明文までは同様の目的が先行していた一方、2017年11月の共同声明(注10)では保護主義の台頭に触れ、「貿易の開放性と地域経済統合がもたらす有益な貢献」が経済成長のために重要だとした。2018年11月の共同声明(注11) でも、RCEPの交渉妥結は「今日の世界経済が直面する逆風」を鑑みると、緊急かつ重要とされ、2019年の会合でも同様の声明文(注12) が発せられた。アジア大洋州地域の16カ国が参加するRCEPが発効すると、世界のGDPの3割以上、世界人口の約5割を占める巨大な経済圏が形成される(表参照)。日本にとっては中国、韓国との初めてのFTAとなることもあり、今後の交渉の進展が期待される。

表:主要FTAの経済規模(-は値なし)
協定名 世界計 CPTPP
(TPP11)
CJK 日EU・EPA RCEP EU
メルコスール
進捗 発効済み:
2018年12月
交渉中 発効済み:
2019年2月
交渉中 政治合意:
2019年7月
交渉開始時期 (TPP)
2010年3月
(日本参加)
2013年7月
2013年3月 2013年4月 2013年5月 2000年4月
名目GDP 10億ドル 84,740 11,023 19,999 23,722 27,260 21,238
シェア(%) 13.0 23.6 28.0 32.2 25.1
人口 100万人 7,594 504 1,571 640 3,607 778
シェア(%) 6.6 20.7 8.4 47.5 10.2
貿易 10億ドル 38,927 5,916 7,290 14,393 11,536 13,476
シェア(%) 15.2 18.7 37.0 29.6 34.6
国・
地域数
11 3 29 16 32

注1:各協定の正式名称は以下のとおり。CPTPP(TPP11):環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定、CJK:日本中国韓国自由貿易協定、日EU・EPA:日本EU経済連携協定、RCEP:東アジア地域包括的経済連携。
注2:「交渉開始時期」は、各協定の第1回交渉会合が開催された年月。「進捗」は、2019年9月末時点。
注3:「協定名」が太文字の協定は、日本が参加するFTA。
注4:統計はいずれも2018年の統計。なお、TPP11は署名国11カ国の合計値。
出所:”World Economic Outlook, April 2019”(IMF)、”World Development Indicators”(世界銀行)(2019年8月8日取得)、”Direction of Trade Statistics"(IMF)(2018年8月8日取得)から作成

EUメルコスールFTAの合意に向けても同様の変化が見受けられる。2017年3月の交渉会合後のコミュニケ(注13)などでは保護主義への言及はなく、両地域の政治・経済的な利点に触れるにとどまった。他方、FTAに関して2017年7月に開催された会議(注14)で、マルムストロム欧州委員は、同FTAの締結は保護主義に対抗する両地域のコミットメントを示すことにつながると発言した。発効には環境分野における課題などが残るが、自由貿易推進の機運が協定の発効を後押しするか注目される。

2013年ごろに注目を集めたメガFTAは、その後の世界経済・政治の情勢変化を受け、さまざまな変遷を遂げた。TPP11や日EU・EPA、あるいはEUメルコスールFTAなどは発効や交渉内容の合意といった具体的な進展がみられた。アジア諸国やEUのように、自由で開かれた貿易システムの維持を目指す国・地域にとっては、保護主義の台頭は既存の体制を揺るがす恐れがある一方、FTA締結を推進する新たな目的にもなりうる。世界で保護貿易主義的な政策が台頭する中、FTAを通じてどのような国際貿易ルール形成が行われるか、引き続き注目される。


注1
「TPPパートナーによる共同声明」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(109KB)(2017年3月15日)。TPP閣僚会合などの閣僚声明および記者会見はTPP等政府対策本部(内閣官房)のページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますよりアクセス可能。
注2
「環太平洋パートナーシップ協定閣僚声明(仮訳)」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(114KB) (2017年5月21日)。閣僚声明文の入手元は注1を参照。
注3
「環太平洋パートナーシップ閣僚声明(仮訳)」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(99KB) (2017年11月11日)。閣僚声明文の入手元は注1を参照。
注4
「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定閣僚声明(仮訳)」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(161KB) (2019年1月19日)。閣僚声明文の入手元は注1を参照。
注5
「茂木大臣による記者会見(2018年12月28日)における発言」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(74KB) 外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 。記者会見の内容の入手元は注1を参照。
注6
「茂木大臣の記者会見概要」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(107KB)(2018年10月31日)。記者会見の内容の入手元は注1を参照。
注7
「岸田外務大臣とマルムストローム欧州委員(貿易担当)との昼食会」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (2017年2月17日)(外務省)
注8
「ジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長及び安倍晋三日本国総理大臣の共同声明」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(64KB) (2017年12月8日)。日EU・EPAに関する首脳・閣僚会合の声明文は日EU・EPA(外務省)ページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますよりアクセス可能。
注9
「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉立ち上げに関する共同宣言文(仮訳)」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(54KB)(2012年11月20日)。RCEPに関する閣僚会合などの声明文は RCEP(外務省)ページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます よりアクセス可能。
注10
「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の首脳による共同声明」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(263KB)(2017年11月14日)。共同声明文の入手元は注9を参照。
注11
「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉に係る共同首脳声明」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(161KB)(2018年11月14日)。共同声明文の入手元は注9を参照。
注12
「The 7th Regional Comprehensive Economic Partnership (RCEP) Ministerial Meeting」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (2019年9月8日)
注13
「Joint EU-Mercosur Communique Following the XXVIIth Round of Negotiations」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(2017年3月27日)
注14
「The benefits of open trade with Mercosur」PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(106KB) (2017年7月3日)。スピーチ原稿は欧州委員会のページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますよりアクセス可能。
執筆者紹介
対日投資部対日投資課
長﨑 勇太(ながさき ゆうた)
2016年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課(2016年~2019年)を経て現職。