経済安全保障と最低価格
米国が挑む新たな国際通商システム(5)

2026年10月2日

1995年の世界貿易機関(WTO)発足以降、国際通商システムは自由貿易と市場原理を基本理念として発展してきた。各国は関税や規制の引き下げに努め、企業は効率性とコスト競争力を追求しながらグローバルなサプライチェーンを構築してきた。しかし近年、その結果として形成された特定の国や地域への生産の集中が、経済安全保障上の脆弱(ぜいじゃく)性として認識されるようになった。中でも各国が重視しているのが重要鉱物だ。重要鉱物は、スマートフォンや電気自動車(EV)などの民生品から防衛装備品に至るまで、幅広い産業に不可欠な原材料となっている。他方、そのサプライチェーンは中国への依存度が極めて高い。こうした状況を受け、米国は同盟国や有志国と連携しながら、重要鉱物サプライチェーンの中国依存から脱却しようとしている。その中核となるのが、重要鉱物の国際取引に「最低価格(Price Floors)」を設定する構想だ。市場原理を重視してきた米国が、なぜ価格形成に介入しようとしているのか。本稿では最低価格構想を事例に、経済安全保障を目的に市場を設計する米国の新たな通商政策について考察する。

自由貿易が生み出した新たな脆弱性

重要鉱物のサプライチェーン、特に精製・加工工程は中国に大きく集中している。国際エネルギー機関(IEA)によれば、20種類の重要鉱物のうち、中国は19種類で世界最大の精製国であり、世界の精製に占めるシェアは平均で約70%に上る。特に、ガリウムやレアアースなどの精製シェアは90%を超える(注1)。こうした構造が形成された背景には、中国が長年にわたり政府支援や産業政策を通じて重要鉱物分野への投資を続けてきたことがある(注2)。また、中国のWTO加盟を契機として、低廉な労働力などを背景に対中直接投資が拡大し、中国を中心としたサプライチェーンの構築が進んだことも一因と考えられる(注3)。一方で、米国などでは環境規制の強化や採算性の悪化により、レアアースなどの重要鉱物の精製事業からの撤退が進んだ(注4)。その結果、中国は世界最大の供給国としての地位を確立するとともに、重要鉱物を巡る地政学的な影響力を獲得した。米国通商代表部(USTR)によれば、中国による輸出規制により、2025年には米国などの工場が一時的な生産停止を余儀なくされた。

ただし米国は、サプライチェーンが中国に集中した要因の一つとして、中国政府による価格形成への関与を挙げている。そして、既存のWTOルールでは、こうした非市場的な政策や慣行を規制できていないと問題視している。米国通商代表部(USTR)による「中国のWTO協定順守に関する報告書(2025年)」(注5)は、中国は特定の産業で支配的地位の確立を図る際、政府が中国企業に補助金を提供し、その企業が長期間にわたって製品価格を原価以下に引き下げることで、海外の競合他社に撤退を促してきたと指摘している。一方で、既存のWTOルールやWTO加盟国の通商法は、こうした中国の行為を想定していないとし、「現在利用可能な通商手段では、中国の反競争的な戦略を阻止できない」と述べている。超党派で構成される連邦議会下院の「米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会(中国特別委)」も、2025年11月に発表した報告書で、中国政府は「国営鉱山会社に対し、無利子融資を含む数百億ドル規模の補助金を提供し、鉱山資産の世界的な買収を支援している」「鉱物価格の報告に関する法的枠組みを確立し、国家安全保障上の利益を優先するために価格を上下させる権限を有している」「価格が低い時期には、自国企業に補助金を与え、鉱山資産を積極的に買収させ、世界のサプライチェーンに対する支配を強化している」との調査結果を発表している(注6)。

USTRや中国特別委の報告書を踏まえれば、非市場的な政策や慣行を十分に規律できないまま自由貿易が進展し、企業が効率性やコスト競争力を重視してサプライチェーンを最適化した結果、重要鉱物サプライチェーンは中国への一極集中が進み、それが経済安全保障上の大きな脆弱性として顕在化していると指摘できる。

市場原理だけでは解決できないという米国の問題意識

だが前述のとおり、市場原理に委ねるだけでは、サプライチェーンの中国依存からの脱却は難しい。そこで米国が打ち出したのが最低価格構想だ。2026年2月、J.D.バンス副大統領は、国務省が主催した「重要鉱物閣僚会合」で、適正な市場価格を反映した最低価格を設定し、参加国間でその価格に基づく取引を促進する「重要鉱物特恵貿易圏」構想を提示した。USTRも同月、最低価格を含む重要鉱物貿易協定の制度設計に向けたパブリックコメントを募集した(表1参照)。

表1:重要鉱物の最低価格構想と需要下支えに関する米国の主な取り組み
名称 日付
(2026年)
実施主体 概要
プロジェクトボールト 2月2日 米国輸出入銀行(EXIM) EXIMが最大100億ドルを直接融資し、重要鉱物の戦略的備蓄を行う。
重要鉱物閣僚会合 2月4日 国務省 日本を含む54カ国と欧州委員会が参加。鉱物資源安全保障パートナーシップ(MSP)の後継組織として「FORGE」の創設を発表。バンス副大統領が、同盟国や友好国による「重要鉱物特恵貿易圏」の創設を提案。重要鉱物の最低価格を設定し、関税を用いて公正な市場価値を反映した市場をつくる。参加国には米国市場へのアクセスを保証する。
重要鉱物複数国間協定 2月26日 USTR 重要鉱物の高い輸入依存度を課題視。採掘・加工・精製・製造といったサプライチェーンの各段階で米国内の能力が限られ、供給拡大に向けた取り組みが非市場的政策により損なわれてきたとして、「志を同じくするパートナーとの複数国間協定」を締結するためのパブコメを募集。重要鉱物の最低価格や市場価格を確立するための価格調整メカニズムなどについて意見を募集。
パックス・シリカ基金 3月26日 国務省 半導体サプライチェーンを支える重要鉱物の採掘・加工、重要インフラ、製造設備を対象とする基金を設立。
第2回パックスシリカサミット 6月25日 国務省 24カ国が参加。台湾も原則を支持。重要鉱物や関連インフラなどの需要が増加し、サプライチェーンの再編が進むとの認識の下、敵対国への依存軽減、新技術の確保、機密度の高い技術の保護などでの連携を目指す。人工知能(AI)の安全性を確保しつつイノベーションを促進するための規制協力、人材育成イニシアチブ、パナマにおけるAI支援プロジェクトなどを発表。

出所:米国政府発表資料などからジェトロ作成

こうした議論と並行して、民間部門でも新たな価格指標の整備が進んでいる。米国の金融情報サービス企業のS&Pグローバルは2026年8月、タングステン、ネオジム・プラセオジム(NdPr)、アンチモン、ガリウム、ゲルマニウムについて、G7諸国とオーストラリアの需要を満たしながら生産を継続するために必要な「構造原価(Structural Cost)」を公表した(注7)(表2参照)。このうちガリウムは、中国国内価格がおおむね300ドル/キログラム(kg)である一方、S&Pが試算した持続可能な構造原価は620~700ドル/kgで、大きな開きがある。

表2:S&Pグローバルによる重要鉱物の構造原価
鉱物名 2028年構造原価 (kg当たり) 換算基準 備考 主な用途
タングステン 36~48ドル 三酸化タングステン換算(WO₃) 現在または将来採掘可能な鉱山プロジェクトのうち、少なくとも11件を維持できる価格 金属加工、鉱業、建設、石油・ガス掘削用の切削工具、ワイヤー、鋼、電球
ネオジム・プラセオジム酸化物(NdPr) 75~80ドル NdPr酸化物換算 20以上のプロジェクトを通じて、約27 ktのNdPr酸化物の生産を確保するための価格 エアコン、冷蔵庫、洗濯機、携帯電話、テレビ、モーター、陸上・洋上風力発電用タービンの発電機、電動パワーステアリング、トランスミッション
アンチモン 11~13ドル アンチモン金属換算 現在進行中の3件のプロジェクトを維持するための価格 自動車用バッテリー、太陽光発電用ガラス、眼鏡、カメラ、顕微鏡などに使用される光学ガラス、ブレーキパッド、弾丸・砲弾
ガリウム 620~700ドル ガリウム金属換算 計画中のプロジェクトのうち少なくとも5件を維持するための価格 集積回路(IC)、LED、AIデータセンター向け電子部品、産業オートメーション用磁石
ゲルマニウム 2,100~2,300ドル ゲルマニウム金属換算 既存または発表済みの生産能力計画を維持するための価格 光ファイバー、赤外線レンズ、半導体デバイス、SiGe半導体、特殊合金

出所:S&P Global Market Reportからジェトロ作成

トランプ政権は、こうした民間部門の取り組みを歓迎している。USTRのジェミソン・グリア代表はS&Pの発表を受け、「国境調整を伴う最低価格の導入、市場のゆがみの是正、そして重要鉱物サプライチェーンの強靭(きょうじん)性向上に向けた一歩となる」との声明を発表した。財務省のスコット・ベッセント長官も、「透明性があり、市場原理に基く価格設定は、安全で強靭かつ多様化された重要鉱物サプライチェーンの構築に必要な民間資本を引きつける上で不可欠だ」と述べた。

米国単独で最低輸入価格を導入

最低価格の設定は、米国の通商政策に既に導入され始めている。2026年8月、ドナルド・トランプ大統領は1962年通商拡大法232条に基づき、ポリシリコンおよび関連製品に対する最低輸入価格(MIP)制度を導入した(表3参照)。輸入価格が一定水準を下回る場合、その差額分に相当する特定関税を課す仕組みだ。ポリシリコン向けのMIP制度は、国際的な最低価格枠組みそのものではないものの、戦略物資に対する価格下限を通商政策に取り込もうとする点で、最低価格構想と軌を一にする動きと位置付けられる。従って、MIP制度の導入は、最低価格構想が理念や政策提言の段階を超え、実際の通商政策として制度化され始めたことを示す動きといえる。

表3:232条に基づくポリシリコンなどの最低輸入価格(MIP)
対象 MIP
ポリシリコン 21ドル/kg
インゴット・ウエハー 100ドル/kg
太陽電池セル 0.22ドル/W
太陽電池モジュール 0.38ドル/W

出所:大統領布告からジェトロ作成

もっとも、最低価格の設定や価格の下支えによって市場の安定化を図る手法自体は、新しいものではない。過去には、国際スズ協定をはじめとする国際商品協定(ICA)の下、生産国と消費国が協調して在庫を調整し、価格の安定化を図っていた。ただし、それらの主な目的が価格変動の抑制や生産国の輸出収入の安定化にあったのに対し(注8)、米国の重要鉱物最低価格構想は、中国へのサプライチェーン依存を是正し、非中国圏サプライチェーンの構築促進を目的とする点で異なる。

なお、最低価格構想の実現には課題も存在する(注9)。第1の課題は、米国単独では機能しにくい点だ。仮に米国だけが最低価格を導入しても、中国産鉱物は他市場へ流れる可能性が高い。その結果、世界市場全体の価格形成への影響は限定的となり、中国以外のサプライチェーンへの投資インセンティブは十分には高まらない。重要なのは、米国市場だけで最低価格を維持することではなく、日本やEUなど主要な需要国・地域でも、一定水準を下回る価格では取引されないとの見通しを形成することだ。そのため、最低価格構想は米国単独ではなく、有志国による複数国間の枠組みとして機能する必要がある。

第2の課題は、高価格帯でも継続的な需要を生み出せるかという点だ。重要鉱物プロジェクトは巨額の初期投資を必要とする上、S&Pによれば、鉱山の発見から採掘の開始までに平均16年を要する。場合によっては、許認可の遅れにより約30年を要することもある。こうした事業に投資するには、長期にわたり採算を確保できるとの見通しが不可欠だ。このため、最低価格と併せて、長期購入契約や政府調達、戦略備蓄などを通じた安定した需要基盤の整備が求められる。

市場経済と経済安全保障のはざまで

WTO発足以降の国際経済秩序では、市場メカニズムに基づく資源配分と比較優位に沿った分業が重視され、企業は最も効率的な場所で生産活動を行うことが合理的と考えられてきた。その結果、グローバル・サプライチェーンが発展し、世界経済はコスト削減や生産性向上といった恩恵を享受してきた。しかし近年では、効率性を追求した結果として生じた特定国への過度な依存が、リスクとして認識されるようになった。特に、中国による重要鉱物の輸出規制などを受け、重要鉱物が経済的威圧の手段として使われる可能性が顕在化した。これにより、「経済的に望ましい市場」と「安全保障上望ましい市場」が必ずしも一致しないことが明らかになった。こうした状況を踏まえると、米国が主導する最低価格構想は、単に重要鉱物価格を市場価格に引き上げるための政策ではなく、安全保障上必要な供給能力を維持するため、市場の在り方そのものを見直そうとする試みと位置付けられる。その意味で、最低価格構想は、自由貿易を主軸としてきた従来の通商協定とは異なる、経済安全保障を目的として市場を設計する新たな通商政策の象徴といえよう。

一方で、中国の非市場的な政策や慣行を批判する米国が、自らも価格形成への関与を強めようとしている点は、理念的な矛盾も含み得る。非市場的な行動によってゆがめられた価格を正すための市場経済国による介入は、どこまで許容されるのか。また、安全保障上必要な供給能力を維持するため、国家が市場を設計することは正当化されるのか。こうした問題は今後、議論を呼ぶ可能性が高い。従って、最低価格構想は、「効率性」と「経済安全保障」をどのようなかたちで両立させるのかを占う試金石になり得るだろう。

本稿で論じた最低価格構想は、制度化されれば、企業の調達価格だけでなく、調達先や契約期間、投資判断にも影響が及ぶ。そして経済安全保障上の必要性が認められる限り、重要鉱物以外の分野にも適用される可能性がある。そのため、日本企業は、米国と有志国による制度設計、とりわけ対象品目、価格水準、関税を含む価格調整の仕組みを注視することが重要だ。今後、米国を含む各国の通商政策は経済安全保障の観点から変化し得るため、その動向には一層、注意を払う必要がある。


注1:
International Energy Agency (IEA), Global Critical Minerals Outlook 2025: Executive Summary, 2025. 本文に戻る
注2:
Craig Hart, Mapping China's Strategy for Rare Earths Dominance, Atlantic Council, June 13, 2025. 本文に戻る
注3:
Wanda S Tseng, "Foreign Direct Investment in China: Some Lessons for Other Countries", International Monetary Fund (IMF), February 24, 2003. 本文に戻る
注4:
Hu Xinyue, Rare Earth Supremacy: China's Ace in the Clean Technology Competition, November 13, 2024. 本文に戻る
注5:
Office of the United States Trade Representative (USTR), 2025 Report to Congress on China's WTO Compliance, March 2026. 本文に戻る
注6:
Select Committee on the Strategic Competition Between the United States and the Chinese Communist Party, Bipartisan Investigation Reveals How the CCP Manipulates the Critical Minerals Market, November 12, 2025. 本文に戻る
注7:
S&P Global, “Advancing Critical Mineral Market Transparency,” S&P Global Research & Insights, August 2026. 本文に戻る
注8:
John Baffes and Shane Streifel, New Shocks, Old Tools: Revisiting International Commodity Agreements in a Fragmented World, World Bank, December 15, 2025. 本文に戻る
注9:
筆者が2026年6月に行ったヒアリングに基づく。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
赤平 大寿(あかひら ひろひさ)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)、調査部米州課課長代理などを経て2023年12月から現職。その間、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部客員研究員(2015~2017年)。政策研究修士。