中国「算力網」とは何か?—AI時代の国家インフラ戦略
2026年7月1日
人工知能(AI)の発展には、膨大な計算能力(算力:コンピューティング能力)が不可欠だ。しかし今、モデル・アズ・ア・サービス(MaaS)の時代を迎え、算力の捉え方そのものが大きく変わろうとしている。従来は「GPUが何時間使えるか」「何PFLOPS(ペタフロップス)の性能か」という、ハードウエアや浮動小数点演算の視点が中心だった。ところが、AIモデルの普及に伴い、算力は「処理した業務量」や「生産した知的価値」に基づいて計測されるようになった。その核心となる計量単位こそ、トークン(Token:文章の生成や処理における基本単位。処理件数)だ。
中国は世界有数のAI市場だが、こうした変革のまっただ中で、算力を巡る需給の地域間アンバランスが深刻な課題となっている。そこで中国が立ち上げたのが、国家規模の「算力網」だ。「算力網」とは、全国に点在するデータセンターの計算リソースをネットワークで統合し、必要なときに必要な場所へ柔軟に届ける国家的インフラだ。本稿では、「算力網」の仕組み・必要性、そして中小企業への影響を紹介する。
算力を巡る「ジレンマ」—価格高騰と遊休化の同時存在
中国のデータセンター(DC)は「東部の過密・西部の過疎」という構造的な課題を抱えている。沿海地域(東部)では、AI関連企業や研究機関が集中し、算力への需要が爆発的に高まり、算力サービスの価格は高騰している(「北京日報」2026年4月9日)。特に資金力の限られた中小企業にとっては、必要なトークン処理量を確保するコストが高く、利用が難しい状況にある。このままでは、中小企業のAI活用やイノベーション創出が阻害されかねない。
一方、内陸部(西部)では、低温乾燥した気候と安価な再生可能エネルギーを生かし、ここ数年で大規模なデータセンターが次々と建設されてきた。しかし、地理的な距離やネットワーク遅延、さらに分散したリソースを統合する仕組みの欠如により、これらの施設の稼働率は十分に高まっていない(「科技日報」2025年7月17日)。せっかく整備された算力が「遊休化」している。
この「東部では価格高騰・不足、西部では遊休化」というアンバランスは、中国に限った話ではない。しかし、その規模が極めて大きいため問題は深刻である。解決のカギは、分散したリソースを連携させ、必要な場所に必要なタイミングで届けられるかどうか。すなわち、算力のスケジューリング能力と、ネットワークとしての協調機能にある。そこで登場するのが、電力網や河川網と並ぶ公共インフラとして設計された「算力網」だ。
国家戦略に格上げされた「算力網」—河川網・電力網と同等に
2022年、「東数西算」プロジェクト(注1)(2022年3月2日付ビジネス短信参照)が開始され、2023年12月には「全国一体化算力網」の構築が推進された。国家データ局(NDA)の2026年3月末時点のデータによると、中国のスマート算力総規模は188万PFLOPSに達した。このうち、八大国家ハブ・ノード(注2)が137万PFLOPS(全体の8割以上)を占めている(「中央広播電視総台福建総站」2026年4月28日)。
しかし、こうしたPFLOPSという単位は、あくまでハードウエアの潜在能力を示すものに過ぎない。ここで注目すべきは、算力サービスの「ものさし」が変わったことだ。実際にユーザーが価値を感じるのは、「処理されたトークン数」だ。国家統計局によると、2026年3月時点で、中国全体の1日当たりのトークン使用量は140兆回を超え、2025年末時点と比べて40%以上増加した。なお、表現の簡潔化や伝達の利便性向上などを目的に、トークンの正式な中国語名称は「詞元」と定められた。
この認識の転換が、「算力網」の設計思想を根本から変えつつある。算力は、特定のDCに固定された「設備」から、全国を流動する生産要素へと変わりつつある。従来のモデルでは、ある企業がAIモデルを訓練する際、その計算は一カ所のデータセンター内で完結しなければならなかった。しかし、「算力網」が機能すれば、例えば、次のような広域的・効率的な役割分担が現実的になる。
- 西部DC:大規模な学習やデータ保存を担当。
- 東部DC:低遅延が求められる推論を担当。
中国政府は2026年春、算力インフラで2つの重要決定を打ち出した。4月28日、中央政治局会議で「六網建設」(河川網、新型電力網、「算力網」、新型通信網、都市地下パイプ網、物流網)の強化が明示された。5月9日には、国務院常務会議が具体的な整備推進を決定し、「算力網」は初めて河川網や電力網と同等の国家基幹インフラに位置付けられた。
また、前述の方針に関連して、今後のロードマップの参考となる取り組みとして、2つの行動計画が示されている。2025年5月に発表された「算力相互接続アクションプラン(工信部信管〔2025〕119号)」では、2028年までに全国の公共算力の標準相互接続を実現し、リアルタイムな感知、即時発見、随時取得を実現するとしている。また、2026年4月に発表された「AIとエネルギーの相互強化を促進するためのアクションプラン(国能発科技〔2026〕第34号)」では、2030年までに算力施設へのクリーンエネルギー供給の保障や、エネルギー分野におけるAI用技術の研究開発と応用を世界トップレベルに引き上げるとしている。
「算力スーパー」が中小企業の扉を開く—理論から実装へ、三大キャリアが動き出す
工業情報化部は、2026年4月2日に発表した「『中小企業の発展に向けた汎用(はんよう)算力の活用促進特別行動』の実施に関する通知」において、革新的サービスへの挑戦として、「算力スーパー」「算力銀行」の概念を提起した。「算力スーパー」とは、データセンターや企業が保有する計算リソースを、必要なときに必要な分だけ従量課金で購入できるオンラインプラットフォームだ。名称の「スーパー」は、商品が棚に並び、自由に選んで購入できるスーパーマーケットに由来する。その特徴は以下のとおりである。
- 即時利用
- サービスの標準化(トークン単価、入出力トークン数などの明確な指標)
- 弾力的な価格設定(スポットインスタンスや定額トークンパッケージなど)
こうした動きの中、三大通信キャリア(中国移動、中国聯通、中国電信)は相次いでトークン・パッケージ(詞元セット)を発表し、自社の「算力スーパー」において、算力サービスの価格を「処理トークン数」で明確に表示して、サービスの提供を開始した(「海報新聞」2026年5月26日)。
これにより、中小企業は高価なGPUを自社調達せずに済む。必要なときに必要なトークン数を、従量課金で購入すればよい。例えば「100万トークンのテキスト生成をAPI(Application Programming Interface)で一括処理する」「1日だけ500万トークン分のハイエンド処理能力を確保して大規模モデルを学習し、終わったらすぐ終了する」といった、極めて直感的な使い方が現実的になる。
また、「算力銀行」とは、企業や研究機関が所有しているものの遊休状態にある計算リソース(GPU時間やトークン処理能力など)を、「預け入れ」、必要なときに「引き出し」「借り受け」できる仕組みだ。この銀行モデルこそ、「トークン経済」の共有モデルだ。
見てきたとおり、電力網がkWh(キロワットアワー)という共通単位で電気を届けるように、「算力網」はエンドユーザーに対して「詞元(Token/トークン)」という共通単位で価値を届けるインフラへと進化している。ユーザーはデータセンターの内部構造を意識する必要はなく、単に「何トークン処理してほしいか」を指定すればよい。このシンプルさこそが、中小企業のAI活用障壁を劇的に引き下げている。
補足:山東省、青島市の取り組み—国家プロジェクトの現場から
本稿で紹介した「算力網」は、既に地方都市レベルで具体的に整備され始めている。その好例が青島市である。
1.「海之心」AI計算センター
中科曙光(Sugon)が建設・運営する「海之心」AI計算センターは2023年末に試験営業を開始し、2026年3月に国家算力網の青島ノードとして正式にフル容量で接続された(「青島日報」2026年3月20日)。
2.国家先進計算産業革新センター青島基地
続く2026年4月、同じく中科曙光が主導し開設した国家先進計算産業革新センター青島基地が正式に稼働した。同基地は青島市を拠点に山東省全域をカバーし、同省の強みである先進製造業や海洋科学などの産業リソースと連携している。地域の算力イノベーション中枢として、算力の優位性を産業・民生・日常生活にまで届けることを目指している(「嶗山工信微報」2026年4月22日)。
3.「海光(ハイグアン)」産業エコシステム・適合センター
さらに、この基地の中核的エコシステムとして、「海光(青島)」産業エコシステム・適合センターが正式に運営を開始した。同センターは、国産チップからサーバー全体、OS、ミドルウエアに至るまでのフルスタック適合チェーンを確立している。行政、金融、製造などの重要業界に対し、「移行、テスト、認証」の一貫したサービスを提供する。これにより、山東省の企業は国産化代替(ITの自主代替)を進める際、個別に適合性を検証する必要がなくなる。技術検証から本格稼働までの全プロセスを青島基地で完結できるようになった(「大衆日報」2026年4月22日)。
青島は「東数西算」の枠組みの直接的なハブノードではないが、国家算力網へのフル接続により、東部の低遅延需要と西部の大規模バッチ処理をシームレスに結ぶ中継拠点としての役割を獲得した。自地域の製造業・海洋科学という強みを活かしつつ、西部のグリーン算力リソースを随時呼び出すことができるようになった。これにより、地元企業は「自前の算力」と「全国の算力」を最適に組み合わせたハイブリッド型のAI開発が現実的になった。
また、国家先進計算産業革新センター青島基地の稼働は、単なる算力消費地から算力活用のモデル地域への転換を意味する。地域産業と国家インフラの接合点として、青島は「東数西算」戦略の末端実装を体現する先行事例となっている。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・青島事務所
李 燕(り えん) - 2015年、ジェトロ入構。青島事務所総務・経理(2015~2019)、サービス産業部サービス産業課(2015~2017年)、農林水産・食品部農林水産・食品課(2018~2019年)を担当。





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