清流の国ぎふから、東南アジアの水問題解決へ
スタートアップの挑戦

2026年6月5日

岐阜県は、2025年にジェトロが支援する「Central Japan Startup Ecosystem Consortium外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(注1)に加わり、同年6月には内閣府から「第2期スタートアップ・エコシステム拠点都市・グローバル拠点都市」へ選定された。「清流の国ぎふ」を掲げる同県では、京都大学大学院の研究者が立ち上げたスタートアップ「Nocnum外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(ノックナム:愛知県名古屋市)」が、東南アジアや日本国内の水問題解決に取り組む。ジェトロは、同社の大森美紀最高経営責任者(CEO)と渡部龍一CTOに、これまでの経緯や今後の展望を聞いた(取材日:2026年2月19日)。

国内外で注目浴びる上下水道インフラの課題

2026年2月19日、岐阜県大垣市のソフトピアジャパンセンタービルで「ぎふプライムスタートアップ(注2)」の報告会が開かれた。登壇者の一人である大森氏は、業界初となる浄化槽用IoTセンサーの開発に取り組み、「点検支援の人工知能(AI)エージェントを開発した」と発表した。同社は、社会実装に向けた最終段階にあることを報告し、同サービスを通じて、インフラ業界における人手不足などの課題解決に寄与する考えを強調した。

とりわけ大森氏が指摘したのは、ここ数年相次ぐ、上下水道インフラを巡る問題だ。2024年1月の能登半島地震による被災地のインフラ復旧のほか、2025年に発生した埼玉県八潮市の道路陥没事故など、上下水道インフラの維持・管理に関する課題は、国内外で大きな注目を集めている。同社のサービスは、こうした課題に対しデジタル技術の活用により対応することを目的としている。大森氏は、「インフラの維持・管理問題は、世界中のどこでも起こり得る」と述べ、同社の製品を通じて東南アジアなどにおける水問題の解決に貢献していく姿勢を示した。


報告会に登壇する大森氏(ジェトロ撮影)

大森氏らによるインドネシアの浄化槽の視察(同社提供)

「運用のエコシステム」で水問題に対処

同社の技術部門を担当する渡部氏は、2018年、京都大学工学部の地球工学科在学中に、中国とベトナムで環境工学分野のフィールドワーク調査を行った。中でも、ベトナムのハノイで、現地の浄化槽(セプティックタンク)の衛生状態を調べた際に衝撃を受けたという。その理由について、渡部氏は「生活排水が、そのまま流れている状態だった」と説明する。『定期的なメンテナンス』が、現地の文化・慣習に根付いておらず、そこを技術で補完する必要性を感じたと述べた。同じころ、タイを訪れた大森氏も、チャオプラヤ川の水衛生の問題に直面し、「雨が降った際に地面へ上がってくる水の汚さが忘れられない」と印象を語った(注3)

それぞれ水問題やインフラ整備の課題意識を持った2人は、同大大学院が実施したアントレプレナー講座で意気投合し、2022年に同社を起業した。創業後、2人で直ちに取り組んだのは、浄化槽を巡る「運用」だ。大森氏によると、日本の浄化槽は「高度な分散型処理モデル」(注4)と呼ばれ、幅広い技術の統合により、高度な処理と水質性能を実現している。近年は、国も浄化槽による個別処理に注目している。同社は、浄化槽そのものの機能よりも「維持管理文化」のあり方に着目した。試作品を開発し、茨城県、広島県、岐阜県で実証実験を重ねた結果、2026年春、浄化槽遠隔水質/異常監視技術「AquaLink(アクアリンク)」を発表した。

「AquaLink」は、浄化槽に取り付けて365日24時間の監視を可能にする。大森氏が「水質IoTセンサー」と呼ぶ機器を槽内部に設置し、3種類の水質データを収集する。これらのデータを独自開発のAIで自動解析することで、浄化槽内の微生物の処理状況や放流水の水質をチェックする。常設のセンサーとAIを組み合わせることで、現地に赴く前の段階でも、より実態に即した異常検知が可能となる。「従来は現地で浄化槽のふたを開けて初めて異常を把握していたが、本サービスにより業務の効率化が図られる。私たちは、『運用のエコシステム化』と呼んでいる」(大森氏)。

日本国内では、浄化槽の定期的な点検は、法令により厳格に決められている。大森氏は、「AquaLink」を併用することで、経験や専門性を要する点検業務の支援が可能になると述べる。これにより、多くの人が、業務を担えるようになることで、業界全体の人手不足の緩和につながる可能性があると指摘する。今後は、各メーカーとの連携を進め、BtoB(企業間取引)での展開を想定しているという。

東南アジアの水問題を解決へ

海外展開について、大森氏は「日本の浄化槽業界の課題解決を目的に開発したので、まずは国内展開を進めた上で、マレーシア、インドネシア、タイなど東南アジアへの展開を目指したい」と語った。これらの国では、現時点で市場規模は限られるものの、既存の国内の下水処理の耐用年数超過の課題や、途上国におけるインフラ整備の必要性といった課題が顕在化している。大森氏は「海外の水問題に対しては、東南アジアに注力したいという強い思いが常にある。現在は、マレーシアの島しょ部が、現地の環境とインフラ開発意識の高さから、ニーズに合致するとみて調査している」と語る。まずは、日本国内での導入と検証で、プロダクトとサービスの高度化を推し進め、海外市場への着実な投入を目指すという。渡部氏は、「『求められている技術』という根幹は揺るがない。本プロダクトとともに、日本の浄化槽が海外展開することで、現地の衛生環境の改善に貢献し、結果として、国内経済や業界の活性化にもつながることを期待している」と力を込める。すでに、東南アジア以外をターゲットにする海外企業との協業も開始している。現地の状況やニーズの調査、事業化の検証を行っているという。今後、3~5年以内に海外市場での事業ベースの導入を目指している。


プロダクトを説明する大森氏と渡部氏(ジェトロ撮影)

同社が発表した「AquaLink」(ジェトロ撮影)

「清流の国ぎふ」でスタートアップを進める理由

同社は、岐阜県垂井町の「コネクトベース垂井外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(たるい)」を拠点の1つとしている。大森氏は、「清流の国ぎふ」で起業した理由を「岐阜県の上下水道インフラ関連事業者はデジタル化が進んでいて、先進的で学ぶところが多い」と説明する。加えて、入居施設の屋外に設置されている“プール”の存在も魅力の1つだ。「施設には、保育園で使用されていた園児用の小さなプールがある」(大森氏)。

環境工学分野では、法令にのっとりながら水処理や臭気対策を進めつつ、各種テストを繰り返す必要がある。一方、各事業者が自社プールや設備を保有するのに対し、新興のスタートアップが土地・設備・各種許可を確保することは困難だ。2024年12月オープンの「コネクトベース垂井」は、保育園をリノベーションして地域共創ビジネス拠点とした施設だ。当初は園児用プールを壊す計画もあったが、入居の下見に来た大森氏と施設側が協議し、再整備が決まった。現在では、同社の開発基盤となっている。

技術面を手掛ける渡部氏は、プールに小さなテントを張り、連日の実証実験を通じたデータを基に自社プロダクトの精度を高めてきた。都心部のインキュベーション施設では、こうした自由度の高い開発環境の確保は見込めなかったという。なお、施設に許可を得ることで、他の環境系スタートアップも当該プールを利用することができる。

大森氏は「この『コネクトベース垂井』を、環境や衛生の分野にトライするスタートアップの交流の場にしたい」と展望を述べる。入居した各社が、交流やテストを通して相互に刺激し合い、活力を創り出すエコシステムの形成を期待している。こうした取り組みを通じて、「清流の国ぎふ」から水問題解決に資するイノベーションの創出が見込まれる。


コネクトベース垂井(岐阜県垂井町)(ジェトロ撮影)

再整備されたプール(ジェトロ撮影)

注1:
第1期は、中部経済連合会、名古屋大学、愛知県、名古屋市、浜松市などで構成される。広域産学官金が連携し、ジェトロと協働してスタートアップへの集中支援に取り組んでいる。 本文に戻る
注2:
岐阜県内で革新的な事業を展開し、ロールモデルとなる優れたスタートアップを「ぎふスタートアップ支援コンソーシアム」が認定・支援する制度。 本文に戻る
注3:
ジェトロが2017年3月に発表したASEAN 水関連計画(タイ・ベトナム・インドネシア・マレーシア)市場動向調査によると、ベトナムのハノイにおける下水道の整備では、一般的には、排水管路に接続する前にセプティックタンクで下水が一次処理された後排出されていると述べられている。当時の下水道整備の概況としては、「初期段階」にあることが指摘されている。また、タイに関しては、WEPA Outlook2015の報告から、主要河川における全般的な水質は悪化の傾向にあるとする。タイでは、家庭、農業、畜産業、工場を排出源とする未処理の排水が、特に大腸菌やアンモニア性窒素(NH3-N)などを通じて表流水の水質を悪化させている主要な原因と考えられている。既存の排水処理施設がこれに対処できていないことが紹介されている。 本文に戻る
注4:
「分散型処理システム」の浄化槽とは、生活排水を1カ所に集めて処理する下水処理場を集中型とするのに対して、分散型として、戸建て住宅やアパート、マンションなどの単位で生活排水を処理する設備。住宅が分散する地域において、生活排水を発生源で処理し、水循環・水環境を健全化する施設と位置付けられている。一方で、スイスの水研究機関Eawagは、日本の浄化槽は途上国で高価な下水処理システムに比べて魅力的に映るが、分別収集・高度汚水処理技術・維持管理文化といった、幅広い技術と多面的なアプローチが求められると指摘する。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ名古屋 中部エコシステム拠点都市コーディネーター
渡辺 広樹 (わたなべ ひろき)
民間テレビ局で報道デスク、デジタルデスクを経験。2025年から現職。スタートアップ支援のほか、海外メディアのプレスツアーを担当。