高関税で守る経済覇権
米国が挑む新たな国際通商システム(1)

2025年9月10日

米国による相互関税の賦課が、2025年8月7日から始まった。70近い国・地域に、個別に追加関税率を設定し、それ以外の国には10%のベースライン関税を課した。さらに、安全保障上重要な一部の品目に対しても、追加関税を課している。米国の2024年の単純平均関税率は3.3%と低水準だったが、状況は一変した。米国は世界最大の市場を持つ先進国でありながら、高関税で市場を守る国となった。そこに、関税率を率先して引き下げ世界の自由貿易を牽引していた、かつての米国の姿はない。そしてこの高関税は、トランプ政権下の一過性ではなく、向こう10年という単位で継続する見通しだ。その背景には、WTOを基軸とした自由貿易体制を再構築しなければならないという米国の強い意志がある。

遂に発動した相互関税

ドナルド・トランプ大統領は2025年4月、全世界に一律10%の追加関税を課すベースライン関税と、貿易赤字額が大きい相手国に異なる税率を適用する相互関税を発表した。その後、相互関税の適用を一時停止し、その間に各国・地域と関税措置を巡って協議した。トランプ氏は7月31日の適用停止期限を前に、10カ国弱の国・地域と合意したと発表し(注1)、これら合意内容も踏まえ、相互関税率は日本やEUには一般関税率を含めて15%(注2)、フィリピンやインドネシアには一般関税率に加えて19%などと設定した(表参照)。相互関税は、8月7日以降に通関した品目から適用している。

表:米国政府から発表された相互関税率一覧

国・地域 相互
関税率
アフガニスタン 15%
アルジェリア 30%
アンゴラ 15%
バングラデシュ 20%
ボリビア 15%
ボスニア・ヘルツェゴビナ 30%
ボツワナ 15%
ブラジル 10%
ブルネイ 25%
カンボジア 19%
カメルーン 15%
チャド 15%
コスタリカ 15%
コートジボワール 15%
コンゴ民主共和国 15%
エクアドル 15%
赤道ギニア 15%
欧州連合(EU、注) 15%
フォークランド諸島 10%
フィジー 15%
ガーナ 15%
ガイアナ 15%
アイスランド 15%
国・地域 相互
関税率
インド 25%
インドネシア 19%
イラク 35%
イスラエル 15%
日本(注) 15%
ヨルダン 15%
カザフスタン 25%
ラオス 40%
レソト 15%
リビア 30%
リヒテンシュタイン 15%
マダガスカル 15%
マラウィ 15%
マレーシア 19%
モーリシャス 15%
モルドバ 25%
モザンビーク 15%
ミャンマー 40%
ナミビア 15%
ナウル 15%
ニュージーランド 15%
ニカラグア 18%
ナイジェリア 15%
国・地域 相互
関税率
北マケドニア共和国 15%
ノルウェー 15%
パキスタン 19%
パプアニューギニア 15%
フィリピン 19%
セルビア 35%
南アフリカ共和国 30%
韓国 15%
スリランカ 20%
スイス 39%
シリア 41%
台湾 20%
タイ 19%
トリニダード・トバゴ 15%
チュニジア 25%
トルコ 15%
ウガンダ 15%
英国 10%
バヌアツ共和国 15%
ベネズエラ 15%
ベトナム 20%
ザンビア 15%
ジンバブエ 15%

注:EUおよび日本は、MFN税率を含めた関税率が15%となるように設定。MFN税率が15%以上の品目には、相互関税は適用されない。
出所:米国政府公開資料など。2025年9月9日時点

相互関税が大方設定された今(注3)、米国とビジネスを行う企業の関心事は、関税率は再度修正しうるのか、その場合どれくらいの水準まで下がるのか、そして、いつまで続くのか、といった点に移りつつある。

ベースライン関税10%超が常態化する米国市場

まず、関税率については、ベースライン関税の10%より引き下げられることは、当面、難しいと考えられる。ベースライン関税は、トランプ政権の主要な目的の1つである製造業の米国内回帰のための手段であり、減税のための恒久的な財源に位置づけられているためだ(注4)。トランプ政権は、関税、減税、規制緩和の3本柱で、米国への製造業回帰を目指しており、ここでの関税は、複数ある追加関税措置の中でも、特にベースライン関税を指している(注5)。各国・地域との合意内容をみても、追加関税率が10%より下がった国・地域はない。

一方で、相互関税率は、相手国・地域の関税、非関税障壁の撤廃を目的としていることから、ベースライン関税の10%程度までは引き下げられる可能性がある。相互関税の適用再開を指示した7月の大統領令では、「各国・地域ごとに設定した相互関税は、米国と締結する通商・安全保障協定に基づく条項を私(トランプ氏)が定めるまで適用する」と将来的な変更に含み持たせる文言が記載されている。ただし、7月31日の一時適用停止期限に合わせて世界中の国・地域と協議してまとめた結果であるため、既に合意した相互関税率を引き下げるには、何かしら政治的・外交的成果がなければ難しい点には留意が必要だ。

「10%超の関税がかかる市場」として対米事業戦略を再策定

10%超の関税率が続く期間はどうか。米国の大統領選挙の仕組みを考慮すると、トランプ政権下だけで終わるのではなく、今後数年単位で継続されると考えるべきだろう。米国の大統領選挙は、激戦州の結果によって左右される。そして、これら激戦州では、関税によって雇用が守られるというメッセージが、正しいか否かは別として、一定程度浸透している。そうした状態では、誰が大統領候補者であっても、ベースライン関税を撤回するような公約を掲げることは、経済状態が相当悪化していない限り難しいと考えられる。民主党が次の政権を担うとしても、労働組合を支持母体にもつ民主党の方が、本来は通商政策において保護主義的な立場だ。実際に、トランプ政権1期目で発動された追加関税はバイデン政権下で維持されたほか、中国に対する追加関税はむしろ強化された(注6)。また、ピーターソン国際経済研究所(PIIE)のシニアフェローのアラン・ウォルフ氏は、関税率引き上げによる年間3,000億ドルの歳入、米国内産業の保護強化による支持者の拡大などから、米国が「従来の開放的な通商システムに完全に逆戻りすることは困難」と指摘する(注7)。これら状況を勘案すれば、米国とビジネスを行う企業は、向こう10年という単位で、「米国は10%超の関税がかかる市場」として事業戦略を策定し直す時期にきているといえる。

さらに、米国が長期間にわたって国・地域別に異なる関税率を設けることは、企業に対米戦略の見直しを迫るだけでなく、WTOを基軸とした自由貿易体制に大きな変化をもたらし得る。後編では、米国が目指す新しい国際通商システムについて解説する。


注1:
合意した順に、英国、ベトナム、インドネシア、フィリピン、日本、EU、韓国、パキスタン。ただし、英国は米国が貿易黒字であることから、相互関税は設定されていない。中には、トランプ氏によるSNSによる発表のみで、公式発表がない場合もある。トランプ氏はベトナムと合意が成立したと発表したものの、ベトナム側は合意していないとの報道もある。
注2:
日本政府は、日米の合意内容について、米国の一般関税率(MFN税率)が15%以上の場合は相互関税率がかからず、15%未満の場合は一般関税率と相互関税率を合計して15%になると発表した。だが、米国が2025年7月31日に発表した相互税率はMFNに15%を加えるものだった。その後の協議を経て、米国は日本政府が発表した通りの関税率に修正する大統領令を発表した。
注3:
スコット・ベッセント財務長官は2025年8月12日、FOXビジネスのインタビューで、「トランプ政権は交渉をまだ終えていない」として、10月までに重要な国々との新たな貿易協定が締結される可能性を示唆している。Jason Asenso, “Bessent hopes talks will finish in October as India, others still pursuing deals”, Inside U.S. Trade, August 12, 2025.
注4:
ベッセント長官は、政権発足100日を機に経済成果をまとめた財務省の発表で、「トランプ政権の経済政策の3つの柱『関税、減税、規制緩和』は独立した政策ではない。これらは、経済成長と米国内製造業の活性化を推進するエンジンの相互に連携した要素だ」と述べている。詳細は、2025年5月1日付ビジネス短信「トランプ米政権発足から100日、変わる関税政策、限定的な議会の関与」参照。
注5:
各追加関税措置の目的や見通しについては、2025年6月24日付地域・分析レポート「米トランプ関税の行方(2)関税措置の今後の見通しと不確実性への備え」参照。
注6:
301条に基づく米国の対中追加関税については、2024年6月18日付地域・分析レポート「301条対中追加関税の見直し結果と今後の展望(米国)」参照。
注7:
Alan Wm. Wolff, “Are Trump's tariffs a path to a new world trade order?”, PIIE, August 11, 2025.

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執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
赤平 大寿(あかひら ひろひさ)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)、調査部米州課課長代理などを経て2023年12月から現職。その間、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部客員研究員(2015~2017年)。政策研究修士。