ミャンマー進出日系企業調査結果、政変後も7割近くは縮小・撤退せず

2021年12月9日

2021年2月1日に発生した国軍による権力掌握(以下、政変)から、10カ月が経過したミャンマー。政変による混乱や、その後の新型コロナウイルス第3波の影響により、IMFが2020/2021年度(2020年10月~2021年9月)の経済成長率について、マイナス17.9%と予測するなど、同国の経済に打撃が生じている。では、このような状況下、現地に進出する日系企業は、どのような影響を受けているのであろうか。また、進出日系企業は現状そして今後のミャンマーをどのように捉えているのであろうか。ジェトロが2021年8月から9月にかけて実施した「2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、日系企業調査)の調査結果および進出企業へのヒアリング結果を基に、進出日系企業の実態を読み解く。

まず、はじめに政変以降のミャンマー国内の経済の動向を振り返りたい。

2021年2月1日に国軍が権力を掌握して以降、国軍の動きに反対する市民の職場ボイコット運動(CDM:Civil Disobedience Movement)が拡大し、物流や銀行決済に具体的な影響が出た。そうした情勢は5月に入り、ヤンゴンを中心に落ち着きをみせるも、6月末以降は国内で新型コロナの感染が急拡大(第3波)し、7月下旬には陽性率が一時40%を超える状況となった。そうした状況下、感染予防措置として、2カ月弱にわたる長期間の臨時公休日(7月17日~9月10日)を設定する措置が取られ、経済活動が大きく制限された(2021年9月24日付地域・分析レポート9月24日付地域・分析レポート参照、注1)。こうした対策もあり、12月7日現在では、感染状況は落ち着きをみせている。また、治安も、現地からの報告によると、(一部での衝突を除き)少なくともヤンゴンでは落ち着きを取り戻している。

2020/2021年度の経済成長率、各国際機関がマイナス20%弱との予測

一方、こうした国内情勢の混乱や、新型コロナ感染拡大に伴う経済活動の停滞が同国経済に与えた影響は大きく、同国の2020/2021年度(2020年10月~2021年9月)の経済成長見通しについて、9月にアジア開発銀行(ADB)がマイナス18.4%、世界銀行が同じく9月にマイナス18.0%、10月にIMFがマイナス17.9%と、各国際機関はいずれもマイナス20%近くとする予測を発表している(ADB:2021年9月29日付ビジネス短信、世界銀行:10月7日付ビジネス短信、IMF:10月18日付ビジネス短信参照)。

進出日系企業の営業利益見通し、景況感はアジア・オセアニア調査地域で最低

では、そのような状況下、進出日系企業にはどのような影響が生じているのであろうか。

ジェトロが2021年8月から9月にかけて実施した日系企業調査によると、ミャンマー進出日系企業のうち、2021年の営業利益見込みについて、63.6%の企業が前年より「悪化する」と回答した(図1参照)。また、2021年の営業利益見込みを「赤字」と回答した企業の比率は前年の56.7%から72.1%に増加しており、アジア・オセアニア地域の調査対象国・地域では最も高い赤字割合となった(図2参照)。

図1:2020年と比較した2021年の営業利益見込み(単位:%)
在ミャンマー進出日系企業のうち、2021年の営業利益見込みについて、63.6%の企業が前年より「悪化する」と回答した。

注:カッコ内は有効回答企業数。
出所:2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

図2:2021年の営業利益見込み(単位:%)

注:カッコ内は有効回答企業数。
出所:2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

また、企業の景況感も悪化しており、2021年の景況感を示すDI値(注2)はマイナス54.9ポイントと、同地域の調査対象国・地域の中で最低の結果となり(全体平均19.8ポイント)、前年調査のDI値(マイナス26.9ポイント)から大幅に悪化した(図3参照)。

一方、今後の見通しについて、「2022年の営業利益見通し」が「改善する」と回答した企業の割合は25.0%と、アジア・オセアニア地域の平均(47.6%)と比べて低く、企業の見通しは厳しい(図4参照)。また、2022年見通しのDI値は0.6ポイントとプラスとなるも、調査対象国・地域では最低となった(同地域の平均37.5ポイント、図3参照)。

図3:2021年2022年のDI値(単位:ポイント)

2021年のDI値(国・地域別)
在ミャンマー進出日系企業の2021年の景況感を示すDI値はマイナス54.9ポイントと、同地域の調査対象国・地域の中で最低の結果となった(全体平均19.8ポイント)。
2022年のDI値(国・地域別)
2022年のDI値は0.6ポイントとプラスとなるも、調査対象国・地域では最低となった(同地域の平均37.5ポイント)。

注1:DI値とは、Diffusion Indexの略で、「改善」すると回答した企業の割合から「悪化」すると回答した企業の割合を差し引いた数値。景況感がどのように変化していくかを数値で示す指標。
注2:有効回答数30社以上の国・地域。
注3:カッコ内は有効回答企業数。
出所:2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

図4:2021年と比較した2022年の営業利益見通し(国・地域別)(単位:%)
在ミャンマー進出日系企業のうち、「2022年の営業利益見通し」が「改善する」と回答した企業の割合は25.0%と、アジア・オセアニア地域の平均(47.6%)と比べて低い。

注:カッコ内は有効回答企業数。
出所:2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

今後の事業展開について、半数以上は縮小・撤退せず、現状維持と回答

続いて、今後のミャンマーでの事業展開について、進出日系企業はどのように考えているのであろうか。同国における今後1~2年の事業展開については、「拡大」と回答した企業の割合が13.5%、「現状維持」が52.3%、「縮小」が27.5%、「第三国(地域)へ移転・撤退」は6.7%となり、半数以上の企業はこうした状況下でも事業を拡大・現状維持と回答している(前年調査では「拡大」が47.3%、「現状維持」が42.3%、「縮小」が10.0%、「第三国(地域)へ移転・撤退」は0.5%)。

図5:今後1~2年の事業展開の方向性(単位:%)
在ミャンマー進出日系企業のうち、今後1~2年の事業展開については、「拡大」と回答した企業の割合が13.5%、「現状維持」が52.3%、「縮小」が27.5%、「第三国(地域)へ移転・撤退」は6.7%となり、半数以上の企業はこうした状況下でも事業を拡大・現状維持と回答している。

出所:2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

「縮小」「移転・撤退」と回答した企業を業種別でみると、「縮小」については、建設業のうち43.8%、運輸業のうち41.2%と、他の業種と比べて割合が高いという傾向がみられた。一方、「移転・撤退」と回答した企業については業種の特徴はみられなかった。

「縮小」「移転・撤退」と回答した企業の理由は、「現地市場での売り上げの減少」が68.4%、「成長性、潜在力の低さ」が50.9%と半数を超え、ビジネス環境の変化によるマーケットの縮小や成長性が見込めなくなったことを理由として挙げた(図6参照)。その他、自由記述の回答として、複数の企業が、政情不安によるビジネス環境の悪化、先行きの不透明性を挙げた。また、製造業では、レピュテーションリスクや取引先のミャンマー生産敬遠を挙げる回答がみられた。また、非製造業では、建設業において、複数の企業が政変の影響による建設投資の減少や中断、新規ODA事業の中断を理由として挙げた。

図6:「縮小」「第三国(地域)へ移転・撤退」の理由
(上位5項目、n=57)(単位:%)
在ミャンマー進出日系企業のうち、「縮小」、「移転・撤退」と回答した企業の理由は、「現地市場での売り上げの減少」が68.4%、「成長性、潜在力の低さ」が50.9%と半数を超え、ビジネス環境の変化によるマーケットの縮小や成長性が見込めなくなったことを理由として挙げた。

出所:2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

為替レートの変動や金融規制を経営上の課題とする声

ミャンマーでのビジネスに対して、このような見通しを持つ進出日系企業であるが、現状、どのような経営上の課題を抱えているのであろうか。ミャンマー進出企業が抱える経営上の問題点としては、市場の低迷のほか、「対ドル為替レートの変動」が71.0%、「対外送金にかかわる規制」が40.2%など、金融面の課題を挙げる企業が前回調査より大幅に増加した(表参照)。

表:経営上の問題点
ミャンマー(製造業)(上位5項目、複数回答)(単位:%)
順位 項目 2021年 2020年
1 現地通貨の対ドル為替レートの変動(120) 71 50.3
2 主要販売市場の低迷(消費低迷)(69) 45.7 24.9
3 対外送金に関わる規制(68) 40.2 25.1
4 従業員の質(66) 39.3 49.2
5 取引先からの発注量の減少(59) 39.1 36.4

注1:「特に問題はない」を除く、回答率上位5項目。太字部分は、アジア・オセアニア20カ国・地域全体で見た「経営上の問題点」で上位10項目に入っていない項目。
注2:カッコ内は有効回答企業数。

出所:2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

国軍はチャット安定のためのさまざまな金融規制を発出

金融面の課題に関しては、2月1日の政変以降、CDM(市民の職場ボイコット運動)による銀行の機能不全に伴う「タンス預金」の増大などにより、米国ドルおよびミャンマー・チャットの流動性が著しく低下した。また、同時に対ドルのチャット安も急激に進行した。中央銀行の参考レートは、政変前の1月まで1ドル=1,300チャット台で推移も、9月末には一時1,900チャット台まで下落した(2021年9月24日付地域・分析レポート参照)。

こうした事態の改善に向けて、中央銀行はドル売り・チャット買い介入を積極的に実施しているほか、8月には国内の銀行や両替商を対象に、為替レートに関して、中央銀行が出す参考レートから一定の範囲内での取引を義務付ける規制の導入(2021年11月17日付ビジネス短信参照、注3)や、9月には輸出業者に対して輸出代金として得た外貨のチャットへの兌換(だかん)を義務付ける通達を発出(2021年10月6日付ビジネス短信参照、注4)するなど、チャットの安定のためのさまざまな施策を相次いで実施。また、政変以降、タイからの陸送による各種飲料やインスタントコーヒー、せっけん、歯磨き粉などの暫定的輸入禁止措置(2021年4月28日付ビジネス短信6月9日付ビジネス短信参照)、乗用車の輸入ライセンス発行と新車販売店のライセンス発行を一時的に停止する措置(2021年10月5日付ビジネス短信参照)、新たに輸入ライセンスが必要な3,070品目の公表(適用は2022年1月1日から、2021年12月3日付ビジネス短信参照)など、輸入による外貨流出の抑制を目的とする措置を実行している。そうした施策の効果もあり、12月7日現在は1,700チャット台で推移しているが、進出企業からはこうした施策の影響を不安視する声も上がっている。

ここまで日系企業調査の結果を基に、在ミャンマー進出日系企業の営業利益見通し・景況感、今後の事業拡大意欲、経営上の課題をみてきた。在ミャンマー進出日系企業は、厳しい環境にありながらも、約7割の企業はミャンマーで事業を拡大または現状維持を選択している。しかし、ミャンマー情勢については、4月のASEAN首脳級会議で合意された5項目(2021年4月27日付ビジネス短信参照)が、国軍によっていまだ履行されておらず、10月のASEAN首脳会議は、ミャンマー代表者不在の中で開催されるなど、先行きが不透明な情勢が続いている(2021年11月4日付ビジネス短信参照)。今後もビジネス環境が悪化した状態が続けば、進出企業の中には、事業をさらに縮小、撤退を考えざるを得ない企業も出てくる可能性は高まるだろう。早期の事態の改善が望まれるとともに、今後の情勢について引き続き注視していきたい。


注1:
公休日は、工場は対象外となったため、多くの日系工場では感染対策をとりながら操業を継続。
注2:
DI値とは、Diffusion Indexの略で、「改善」すると回答した企業の割合から「悪化」すると回答した企業の割合を差し引いた数値。景況感がどのように変化していくかを数値で示す指標。
注3:
為替取引レート規制は9月10日に撤廃も、11月に再導入。
注4:
輸出外貨兌換の期限について、9月の発表当初に4カ月以内としていたものを、10月には30日以内に短縮する通達を出している。

(参考)国軍の権力掌握後の同国における経済情勢の変化や、第3波含めた新型コロナウイルス感染状況・ワクチン接種の動向については以下の連載レポートにまとめている。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
三木 貴博(みき たかひろ)
2014年、ジェトロ入構。展示事業部海外見本市課、ものづくり産業部ものづくり産業課、ジェトロ岐阜を経て2019年7月から現職。