2月以降、検査の停滞や、ワクチン接種状況に遅れ
国軍の権力掌握から半年、ミャンマー経済の現状を各種統計から読み解く(後編)

2021年9月24日

2021年2月1日に発生した国軍による権力掌握(以下、政治危機)から半年が経過したミャンマー。本連載では、国際機関の経済予測の政治危機前後での変遷や、各種経済統計の推移を確認することで、同国経済に生じた変化と現状を読み解く。後編の本稿では、政治危機後の新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)感染状況の変遷や2021年6月下旬以降感染が拡大する第3波の状況、ワクチン接種の動向を中心に分析を行う。

第3波の影響もあり、国際機関は成長見通しをさらに引き下げ

2020年から続く新型コロナ禍の影響と、2021年2月の政治危機の影響で経済に混乱が続くミャンマー。同国の経済の成長見通しについて、直近では、世界銀行が7月26日にミャンマー経済モニターを公開し、3月のマイナス10%から、マイナス18%に大きく引き下げる見通しを発表した(2021年7月28日付ビジネス短信参照)。その理由として、世界銀行は2021年2月以降の政治的混乱と6月以降感染急増が進む新型コロナ第3波の影響を指摘している。では、ミャンマーの新型コロナの感染動向は、政治危機前後でどのように推移しているのか。保健省(旧スポーツ・保健省)発表の統計を基に振り返る。

政治危機後感染は収束?

まず政治危機前から、第3波の始まる6月までの状況を振り返る。

ミャンマーでは2020年8月後半からの新型コロナ第2波(2020年10月30日付地域・分析レポート参照)の影響で感染者数が拡大し、10月上旬には1日あたりの感染者数が2,000人超を記録するなど、感染が拡大していた。その後、12月の年末から2021年1月にかけて感染者数は減少し、政治危機直前の1月末時点で367人(7日間移動平均)となっていた(図1参照)。2021年2月1日に発生した政治危機以降の動向をみると、2月上旬から中旬にかけて急速に減少し、2月15日以降は10~30人で推移、4月中旬には1桁台の感染者の推移となっており、表面上は、ミャンマー国内での新型コロナの感染は落ち着いたかのようにみえる。

図1: 1日あたりの新規感染者数推移(7日間移動平均)(件)
2月上旬から中旬にかけて急速に減少し、2月15日以降は10−30人で推移、4月中旬には1桁台の感染者の推移となっている。

出所:ミャンマー保健省(旧保健・スポーツ省)の発表を基にジェトロ作成

政治危機後、検査数は激減

しかし、同発表には留意すべき点がある。それは、政治危機前後の検査数の変化だ。図2はミャンマー国内の新型コロナの検査数と陽性率の推移(7日間移動平均)である。同図のとおり、政治危機前の1月後半の検査数は1万8,000件から2万件弱で推移していた。しかし、検査数は、2月1日以降急減し、2月の中旬から下旬にかけては1,000件台と20分の1程度にまで落ち込み、その後も5月末まで2,000件以下で推移している。この背景には、医療従事者による職場のボイコット運動(Civil Disobedience Movement: CDM、以下CDM)の影響がある。2月1日の政治危機以降、国内の医療従事者が医療機関に出勤しないことで国軍への抵抗を示すCDM運動に参加したことにより、検査体制が機能不全に陥った(2021年2月17日付ビジネス短信参照)。その後も、同CDM運動などの影響により、検査の停滞が続いた(2021年5月6日付ビジネス短信参照)。

図2:検査数と陽性率の推移(7日間移動平均)(単位:件、%)
政治危機前の1月後半の検査数は1万8,000件から2万件弱で推移。しかし、2月1日以降急減し、2月の中旬から下旬にかけては1,000件台と20分の1程度にまで落ち込み、その後も5月末まで2,000件以下で推移。

出所:ミャンマー保健省(旧保健・スポーツ省)の発表を基にジェトロ作成

前述のように、政治危機後、医療従事者によるCDMなどの影響もあり、検査数が激減したミャンマー。では、政治危機以前と同様の検査体制であったと仮定した場合、感染者数の推移はどのようなものであったのであろうか。図3は、2月以降の陽性率(7日間移動平均)に、1月の平均検査数を乗じて算出した7日間移動平均での1日あたりの新規感染者数(以下「感染者数(推計)」)と、保健省発表の感染者数に基づき算出した7日間移動平均での新規感染者数(以下、保健省発表の感染者数)の推移の差を比較したグラフである。同図をみると、保健省発表の感染者数は2月の中旬以降5月の中旬まで50人以下が続いているのに対し、「感染者数(推計)」は、2月から3月上旬は200~400人台、3月中旬から5月中旬にかけては100~300人台で、保健省発表の数とかなり乖離があることがわかる。また、5月下旬から末にかけては、「感染者数(推計)」の数値は拡大し、5月末時点で712人に対し、保健省発表の感染者数は52人と、さらにその差は拡大している。2月から5月の累計でみると、保健省発表の新規感染者数の合計が3,501人に対し、「感染者数(推計)」(※7日間移動平均でない)は3万3,042人と、その差は3万人弱になっている。

図3:1月の平均検査数で検査が実施されたと仮定した際の感染者数と、
保健省発表の実際の感染者数の推移(それぞれ7日間移動平均)(人)
2月の中旬以降5月の中旬まで50人以下が続いているのに対し、2月以降の陽性率(7日間移動平均)に、1月の平均検査数を乗じて算出した1日あたりの新規感染者数は、2月から3月上旬は200-400人台、3月中旬から5月中旬にかけては100-300人台と、保健省発表の数と乖離している。

出所:ミャンマー保健省(旧保健・スポーツ省)の発表を基にジェトロ作成

以上のように、2月1日の政治危機以降の新規感染者数は、保健省発表の統計では感染者数の低下が見られたが、政治危機後の検査数の低下を考慮した場合、6月以降の第3波以前も水面下では感染が続いていた可能性がある。

6月以降、第3波により感染急拡大

続いて、第3波の感染拡大が始まった6月以降の状況を確認する。5月末から6月中旬にかけて国内の感染者数は徐々に増加。6月15日には、保健・スポーツ省(当時)が、ミャンマー国内で新型コロナの変異株感染者が確認されたと発表した(注1、2021年6月18日付ビジネス短信参照)。その後、6月後半から7月にかけて加速度的に感染が拡大(図4参照)し、7月に入り、2020年10月の第2波時に記録した感染者数の記録(2,158人)を更新。7月14日には7,083人の感染を記録した。

また、第3波の感染拡大の特徴としては、その陽性率の高さがある。図4の通り、感染者数の増加と同様に、陽性率も加速度的に増加し、7月中旬以降、7日間移動平均で30%を超える日が続き、7月下旬には40%弱の日が続いた(7日間移動平均でない、通常の陽性率では7月23日に40.8%を記録)。

こうした状況を受け、在ミャンマー日本大使館は現地の厳しい医療体制を踏まえ、在留邦人に対し、当地において真に必要かつ急を要する用務などがない場合には一時帰国の可能性を検討するよう、強く勧める案内を複数回出している(在ミャンマー日本大使館外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

図4:1日あたりの新規感染者数推移(7日間移動平均)(件)
6月後半から7月にかけて加速度的に感染が拡大。感染者数の増加と同様に陽性率も加速度的に増加し、7月中旬以降、7日間移動平均で30%を超える日が続き、7月下旬には40%弱の日が続いた。

出所:ミャンマー保健省(旧保健・スポーツ省)の発表を基にジェトロ作成

約2カ月におよぶ公休日の延長

感染拡大が続く状況を受け、ミャンマーで権力を2月1日以降掌握している国軍の最高意思決定機関である国家統治評議会(SAC)は7月23日、新型コロナ感染対策のため、17日から25日までとしていた臨時の公休日を8月1日まで延長すると発表。その後も感染拡大が続いたため、SACは、公休日の延長を繰り返し、執筆時点で9月10日まで再延長を発表し、公休日は計56日間に及んでいる(2021年8月3日付9月2日付ビジネス短信参照)。国内の新型コロナ感染予防対策の措置として、新型コロナウイルス予防・制御・治療国家中央委員会は、政治危機前から発令している夜間外出禁止、集会禁止などの措置を1カ月ごとに延長しており、執筆時点で9月30日までの延長措置が取られている。また、同じく政治危機以前から実施されていた国際旅客機の乗り入れや入国ビザの発給などの入国制限措置についても、1カ月ごとに延長が繰り返されており、同様に9月30日までの延長措置が取られている(8月31日付、9月1日付国営紙「グローバル・ライト・オブ・ミャンマー」)。

長く続く臨時の公休日によって経済活動が減少したことにより、感染者数と陽性率は図4のとおり、7月下旬をピークにその後は減少傾向にある。また、政治危機後減少していた検査数についても、7月下旬には1万5,000件を超える件数を記録しており、政治危機前の1月の水準には届いていないものの、検査数は回復してきている(図5参照)。

図5:検査数と陽性率の推移(7日間移動平均)(単位:件、%)
政治危機後激変していた検査数は、7月下旬には1万5000件を超える件数を記録しており、政治危機前の1月の水準には届いていないものの、検査数は回復してきている。

出所:ミャンマー保健省(旧保健・スポーツ省)の発表を基にジェトロ作成

以上が、政治危機から8月までのミャンマーにおける新型コロナの感染状況の動向である。

ワクチン接種比率はASEAN最低

最後に、新型コロナの感染拡大防止の鍵を握るワクチン接種の動向について確認する。保健省の発表によると、8月31日時点で、2回目のワクチン接種を完了した人は約210万人、1回目の接種しか完了していない人は約266万人となっている。2回目の接種を完了した人の総人口に占める割合は4%弱で、依然、ワクチン接種が進んでいないことがわかる。ではこの接種率は、ASEAN加盟国で比較するとどうであろうか。図6は、英国オックスフォード大学の研究者などが運営するOur World in Dataより取得した、8月末時点でのASEAN各国のワクチン接種状況である。同図をみると、ミャンマーは「少なくとも1度接種を完了している割合」はASEANでは最も低く、「規定の回数のワクチン接種を完了した人の割合」においてもベトナムに次ぐ低さである。特に「少なくとも1度接種を完了している割合」は、ミャンマーに次いで2番目に低いフィリピン(16.8%)の半分以下の割合しか進んでいないことがわかる。

図6:ASEAN各国の8月末時点でのワクチン接種状況(単位:%)
8月末時点でのASEAN各国のワクチン接種状況を比較すると、ミャンマーは「少なくとも1度接種を完了している割合」はASEANでは最も低く、「規定の回数のワクチン接種を完了した人の割合」においてもベトナムに次ぐ低さである。特に「少なくとも1度接種を完了している割合」は、ミャンマーに次いで2番目に低いフィリピン(16.8%)の半分以下の割合しか進んでいない。

注:ワクチンの種類に応じて必要な回数の接種を完了した人数(例:2回の接種が必要なワクチンであれば2回の接種を完了した人数)
出所:Our World in Data(データ取得は9月2日)

では、この状況は政治危機前後で変化があったのであろうか。図7はASEAN各国における「少なくとも1回のワクチン接種を完了している割合」の2021年1月からの推移である。同図をみると、ミャンマーは、1月から2月にかけて、8月末時点でASEANトップの接種率を誇るシンガポールを除いた他の諸国よりも接種の状況が進んでいたことがわかる。ミャンマーは、政治危機前の1月27日に、インド政府が寄贈した新型コロナワクチン150万回分(75万人分)の接種を開始するなど、ASEAN諸国のなかではかなり早い時期から接種を開始していた(2021年1月29日付ビジネス短信参照)。しかし、その後、各国が接種を加速させるなか、ミャンマーの接種のスピードは上がらず、3月にはインドネシアとカンボジア、5月には、ラオス、ブルネイ、マレーシアと徐々にその他の国にも追い抜かれてしまっていることがわかる。また、8月には接種の進んでいなかったベトナムにも接種率を上回られ、最も低い状況になってしまっている。

図7:ASEANにおける少なくとも1回のワクチン接種を完了している割合の推移
(単位:%)
ミャンマーは、1月から2月にかけて、8月末時点でASEANトップの接種率を誇るシンガポールを除いた他の諸国よりも接種の状況が進んでいた。しかし、その後、各国が接種を加速させるなか、ミャンマーの接種のスピードは上がらず、3月にはインドネシアとカンボジア、5月には、ラオス、ブルネイ、マレーシアと徐々にその他の国にも追い抜かれてしまっていることがわかる。また、8月には接種の進んでいなかったベトナムにも接種率を上回られ、最も低い状況になってしまっている。

注1:ミャンマーの動向を見やすくするため、0-40%の範囲で表示している。
注2:各国データがない箇所も折れ線でつないで表示させている。ミャンマーのデータは図上で表示している通り。
出所:Our World in Data(データ取得は9月2日)

中国・ロシアなどからワクチンを調達

以上が、ミャンマーにおける政変前後でのワクチン接種の動向である。では、同国のワクチンの調達の動向はどうか。ミャンマーは前述の通り、1月末からインドより寄贈されたワクチンで接種を開始していた。政治危機前の1月時点で保健・スポーツ省(当時)は、インドから「コビシールド」ワクチン3,000万回分(1,500万人分)を購入していることを明らかにしていた(2021年1月29日付ビジネス短信参照)。その後、政治危機後の4月17日には、ミンアウンライン国軍司令官が、インドより350万回分のワクチンを調達済みであり、さらに2,800万回分が到着する予定であると述べていた(4月20日イレブン)。しかし、その後、インドが国内の感染拡大が進んだことにより、海外への輸出を停止させたことを受け、インドから購入したワクチンについてはまだ届いていないという(8月25日付国営紙「グローバル・ライト・オブ・ミャンマー」)。

その他の国からの調達については、中国からの調達の動きが見られる。国営紙の報道によると、ミャンマーは4月にはじめて、中国から寄贈された50万回分のワクチンを受領(7月23日付国営紙「グローバル・ライト・オブ・ミャンマー」)。その後も、中国から寄贈分や購入分のワクチンを受け取っており、9月6日付の国営紙の報道によると、ミャンマーはこれまで中国から250万本のシノファーム製ワクチンの寄贈を受けているほか、購入したシノファーム製とシノバック製それぞれ200万本が到着しており、合計650万本のワクチンを受領しているという(9月6日付国営紙「グローバル・ライト・オブ・ミャンマー」)。また、中国以外にも、ロシアから購入した200万回分のワクチンもまもなく到着予定であるとした(8月25日付国営紙「グローバル・ライト・オブ・ミャンマー」)。

政治危機前後のミャンマーにおける、新型コロナの感染状況とワクチン接種の動向をみてきた。前編で確認したとおり、政治危機後、外国投資の激減などの影響は受けるも、5月ごろから企業活動などで回復の傾向が見られたミャンマー。しかし、6月以降経済の状況は再び悪化している傾向がみられるが、その背景には、本稿で示した新型コロナ第3波の感染拡大の影響や、進まぬワクチン接種の状況があることがわかる。8月末現在、長きにわたる公休日の延長の実施の影響もあり、第3波の感染拡大は落ち着いているように見受けられる。しかし、本稿で示したとおり、ワクチン接種はいまだ進んでいるとは言い難く、今後の動向に引き続き注目したい。


注1:
変異株の種類としては、アルファ(英国)型株2人、デルタ(インド)型株が5人、カッパ(インド)型株が4人の感染が発表された。
注2:
ワクチンの種類に応じて必要な回数の接種を完了した人数(例:2回の接種が必要なワクチンであれば2回の接種を完了した人数)。

国軍の権力掌握から半年、ミャンマー経済の現状を各種統計から読み解く

  1. 5月には経済回復の兆しも、新型コロナ第3波の影響直撃
  2. 2月以降、検査の停滞や、ワクチン接種状況に遅れ
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
三木 貴博(みき たかひろ)
2014年、ジェトロ入構。展示事業部海外見本市課、ものづくり産業部ものづくり産業課、ジェトロ岐阜を経て2019年7月から現職。