世界の次世代燃料の生産・消費動向を追う国家戦略で動くインドネシアの次世代燃料市場

2025年12月11日

世界的な脱炭素化の潮流とエネルギー安全保障への関心の高まりを背景に、バイオ燃料や持続可能な航空燃料(SAF)、合成燃料(e-fuel)といった次世代燃料の重要性が増している。これらの燃料は、既存のインフラや内燃機関を活用しながら温室効果ガスを削減できるため、運輸部門、特に航空分野において現実的な解決策として期待されている。

世界最大のパーム油生産国であるインドネシアは、その豊富なバイオマス資源を活かし、国家戦略として次世代燃料の導入を強力に推進している。政府主導のバイオディーゼル混合義務化政策で、インドネシアには大規模な市場が形成されている。本稿は、各種燃料を巡る生産・消費の動向と課題、そしてビジネス機会を概観する。

国家エネルギー戦略とバイオ燃料の位置付け

インドネシア政府は、2060年のカーボンニュートラル達成に向け、2025年9月に公布された2025年政令第40号に基づき、国家エネルギー政策(KEN: Kebijakan Energi Nasional)を改定した。新政策では、一次エネルギー供給に占める再生可能エネルギーの比率について、2030年までの中間目標を19~23%とし、最終的には2060年に70~72%に引き上げる方針を示している。また、パリ協定に基づくNDC(国が決定する貢献)では、2030年までの温室効果ガス排出削減目標が設定され、エネルギー部門の低炭素化が重要課題と位置付けられている。

こうした国家戦略においてバイオ燃料は、環境政策にとどまらず、エネルギー安全保障と産業振興の両面で重要な役割を果たす。石油の純輸入国であるインドネシアは、パーム油由来のバイオディーゼルを国内で大量生産することで、燃料輸入を減らし、経常収支の改善効果を狙うことができる。また、国際市況に左右されやすいパーム油価格の安定や、数百万人にのぼる小規模農家支援にもつながる。

バイオディーゼル:B35政策が牽引する国内市場

インドネシアでは、軽油の代替としてのバイオディーゼル市場が政府の強力な政策の下で発展してきた。特に、移行期間を経て2023年8月に全国で本格導入された、バイオディーゼル「B35」の使用義務化が市場を大きく牽引し、同年の配分量(注1)は過去最高の約1,315万キロリットルに達した(表参照)。B35はディーゼル燃料にパーム油由来のバイオディーゼルを35%混合した燃料だ。この政策は、パーム油の輸出税を財源に、化石軽油の市場指標価格(MIP)とバイオディーゼルMIPの差額をメーカーに補填(ほてん)する、パーム油プランテーション基金管理庁(BPDPKS)の補助金スキームに支えられている。しかし、財源が国際市況に左右される構造的リスクも抱えている。

表:インドネシアにおけるバイオディーゼル配分量(2021年~2025年)

配分量
(万キロリットル)
2021 940
2022 1,103
2023 1,315
2024 1,340
2025(目標) 1,560

出所:エネルギー・鉱物資源省、APROBIから作成

B35普及の成功を受け、政府は2025年に混合率を40%に引き上げる「B40」を導入し、年間配分量を1,560万キロリットルに設定した。しかし、高濃度のバイオディーゼル(FAME)がエンジンに与える影響が懸念されている。対策として、水素化植物油(HVO)の使用が検討されているが、コストが高い。また、原料パーム油の需要増は食料用途との競合や森林減少リスクを伴い、EUの森林破壊・劣化に由来する産品の輸入禁止規則(EUDR)など国際動向を見極めつつ、対応を進める必要がある。

こうした課題を抱えつつも、政府は次なるステップとして、より混合率が高い「B50」について2026年の導入を目標に掲げている。B40の導入でパーム油ベースのバイオ燃料の供給量は増えている。しかし、B50ではさらに多くの供給が必要となるため、バフリル・ラハダリアエネルギー・鉱物資源相は2026年後半にB50を導入する見通しであることを2025年10月上旬に発表した。また、B50を全面的に導入する前に、段階的にB45を暫定的に導入する可能性にも言及している。

持続可能な航空燃料(SAF):プルタミナが主導、実用化が加速

航空分野の脱炭素化に向けて期待されるSAFについて、インドネシア国内ではようやく実用化の動きが始まった段階だ。

国営石油会社プルタミナは既存製油所を改修してバイオ燃料を製造する「グリーン製油所」計画を進めており、中部ジャワ州チラチャップ製油所では、2023年にパーム核油を原料としたSAFの試験製造に成功した。同年10月には同製燃料を用いたガルーダ・インドネシア航空機による試験飛行も実施した。

2025年8月には使用済み食用油(UCO)を一部原料とするSAFが国内初の商業出荷となり、プルタミナ傘下の航空会社ペリタ航空で使用された。国内初のUCO由来SAFの商業利用事例として画期的な一歩と評価されている。

現在、国内でSAFの混合義務はないものの、プルタミナは国際民間航空機関(ICAO)の排出枠組みである「国際民間航空のためのカーボンオフセットおよび削減スキーム(CORSIA)」への対応や将来の需要増に備え、既存製油所の改造・UCO処理能力の増強を進めている。政府も2024年にSAFロードマップを策定した。2027年に混合率1%での供給を開始し、2060年までにはその比率を50%に引き上げる計画だ。

バイオエタノールと合成燃料(e-fuel)の現状

ガソリンの代替となるバイオエタノールの普及は、現時点では限定的だ。プルタミナは、2023年7月、サトウキビの廃糖蜜由来のエタノールを5%混合したガソリン「Pertamax Green 95」をジャカルタおよびスラバヤの一部給油所で試験販売した。インドネシアは砂糖の純輸入国で、国内の砂糖需要を優先するため、燃料用エタノールに回せる原料は不足し、エタノール混合ガソリン(E5)の本格普及には至っていない。

それでも政府はバイオエタノール導入に強い意欲を示しており、大統領令2023年第40号では、2030年までに燃料用バイオエタノールを少なくとも120万キロリットル供給する目標を設定した。エネルギー・鉱物資源省による2025年5月の資料によれば、2028年以降、目標供給量は飛躍的に増加し、2030年には約129万キロリットルに達する計画だ(図参照)。

図:燃料用バイオエタノールの供給目標(2024-2030年)
2024年が10,100キロリットルだったが、2025年には24,989キロリットルへと拡大。その後、2030年には1,290,136キロリットルへと、大幅に拡大する見込み。

出所:エネルギー・鉱物資源省資料から作成

この目標達成に向け、インドネシア投資・下流化省(BKPM)は、外国投資誘致の一環としてバイオエタノールプロジェクトの形成を主導している。代表例が、東ジャワ州ボジョネゴロ県で計画されているトウモロコシを原料とした燃料用バイオエタノール事業だ。本プロジェクトは、年間33.7万トンのトウモロコシから10万トンの燃料用バイオエタノールを生産する計画で、総投資額は2.78兆ルピア(約250億2,000万円、1ルピア=約0.0090円)が見込まれている。最大の特色は、食料との競合を避け、既存の農地ではなく国営林業公社プルフタニが管理する広大な非生産林地(3万ヘクタール、注2)を新たに活用する点にある。

2025年5月下旬の現地視察会では、ボジョネゴロ県の副知事をはじめとする地方政府関係者が投資家支援に前向きな姿勢を示した。貧困削減や雇用創出へも大きな期待を寄せ、投資家と農家の橋渡し役として、最近設立した地方公社を活用する意向も示している。

一方で、現場レベルでは課題も多い。上記の現地視察会における現地農家との意見交換では、灌漑設備が未整備で栽培を降雨に頼っており、収穫も手作業が中心で機械化が遅れている実態が明らかになった。農家は、バイオエタノール向けのトウモロコシ生産に意欲はあるものの、安定的な買い取り価格や、苗・肥料の供給支援を求めている。原料の安定供給には、現場の課題に寄り添ったサプライチェーンの構築が不可欠となる。

また、地方政府主導の案件では、南スラウェシ州ボネ県で農業廃棄物を利用したバイオエタノール事業が計画されている。このプロジェクトは、豊富な農業廃棄物を活用し、環境・エネルギー問題の解決と地域経済の活性化を同時に目指すものだ。総投資額は940億ルピアで、事業は県政府所有の工業指定地を活用して行われる。事業方式は、民間事業者が施設の設計・建設、資金調達、完成後の運営・維持管理までを一貫して担うDBFOM方式が想定されている。地方条例に基づく財政支援や許認可の円滑化といった支援のもと、雇用創出や農家所得向上など地域経済への貢献が期待される。

一方、再生可能電力由来の水素と二酸化炭素(CO2)から製造する合成燃料(e-fuel)は、商業生産には至っておらず、現在は事業化準備段階にある。2025年7月にはプルタミナの新再生可能エネルギー子会社プルタミナ・ニュー・リニューアブル・エナジーがフランス企業などと、バイオ由来CO2を活用した合成燃料開発に関する協力覚書を締結した。

主要企業とプロジェクトの動向

インドネシアの次世代燃料市場では、プルタミナや一部の大手民間企業が主要な役割を果たしている。プルタミナは、国内最大のバイオディーゼル取り扱い事業者で政府の年間配分量の大半を担っている。ジャワ島のチラチャップ製油所やスマトラ島のプラジュ製油所では、バイオ燃料の生産能力の増強プロジェクトが進められている。

民間企業では、シンガポールに本拠を置くウィルマー・インターナショナルおよびムシムマスなどが重要なプレーヤーだ。両社は上流のプランテーションから中流の精製、下流の派生品・バイオディーゼル製造までを自社で一貫して行う垂直統合体制を強みとしている。

日系企業の関与も徐々に活発化している。日本グリーン電力開発は、インドネシアで調達した規格外ココナツを原料とするSAFのサプライチェーン構築を進めている。また、プルタミナと大阪ガス、JGC、INPEXは、パーム油の搾油工程廃液(POME)由来のバイオメタンを創出・利活用するための共同研究を進めるなど、燃料製造以外の領域でも協力が広がっている。

日本企業にとってのビジネス機会と参入上の留意点

インドネシアの次世代燃料市場は大きな成長ポテンシャルを持ち、日本企業にも多くのビジネス機会がある。

有望な分野の1つは、UCOやPOMEを収集・精製し、国内外の需要に応える持続可能原料のサプライチェーン構築事業だ。プルタミナはSAFの生産拡大のため、UCOの国内収集体制強化を計画している。この事業での協力は、プルタミナにとっては原料安定確保、協業パートナーにとっては有望な事業機会に繋がる。

また、製油所のグリーン化計画では、日本の石油・化学各社が持つ触媒技術やプロセスエンジニアリングがHVOやSAFの収率向上・コスト低減に貢献することも考えられる。さらに、食料と競合しない非可食油脂作物(海藻など)の育種・栽培や、それらを原料とする燃料製造技術の共同開発も、長期的に有望な協力分野となろう。

一方、参入に当たっては特有のリスクに留意する必要がある。第一に、市場は政府政策に大きく依存するため、補助金制度の変更や混合義務目標の見直しは需給や採算に直結する。第二に、サプライチェーン全体で持続可能性を担保する体制整備が必要だ。ボジョネゴロの事例が示すように、原料生産の現場ではさまざまな課題が存在する。これらの課題を乗り越えるには、現地の規制や商慣習に精通した信頼できるパートナー企業と連携し、長期的視点で協力関係を構築することが成功に向けて不可欠だ。


注1:
配分量とはエネルギー鉱物資源省(ESDM)が年間のバイオディーゼル義務混合プログラム(Mandatory Program)に基づき、各燃料供給事業者に対して割り当てるバイオディーゼルの年間目標供給量を指す。
注2:
木材生産を目的としない森林で、一般的には、林業に不向きな森林や、天然林・原生林などが該当する。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
八木沼 洋文(やぎぬま ひろふみ)
2014年、ジェトロ入構。海外事務所運営課、ジェトロ・北九州、企画部企画課を経て現職。