世界の次世代燃料の生産・消費動向を追うSAF導入へ、シンガポールの航空脱炭素化の取り組み
2026年1月27日
シンガポールから出発する航空便全てにおいて、2026年内にも使用燃料の1%が持続可能な航空燃料(SAF)になる。SAF調達のため、民間航空庁(CAAS)は2026年10月1日以降、出発便の航空旅客からSAF税の徴収を開始する。SAF税の徴収制度は世界初だ。
航空分野の脱炭素化で先行モデルとみられるシンガポールだが、本格的な導入には課題も少なくない。
2026年10月出発便からSAF税を徴収
シンガポール運輸省は、2024年2月に発表した「持続可能な航空ハブ・ブループリント
(2.3MB)」で、国内の空港の運営に伴う国内の温室効果ガス(GHG)の排出量を、2030年までに2019年の水準比で20%削減する目標を設定した(2024年2月27日付ビジネス短信参照)。さらに、2050年までに航空路線(国内・国際)のGHG排出量を実質ゼロ(ネットゼロ)にする目標を定めた。
SAFは、再生可能な原料〔廃食油(UCO)や動物性油脂、農林業廃棄物など〕から製造する持続可能な航空燃料だ。原料調達から製造までのライフサイクル全体で、従来のジェット燃料と比較して、CO2排出量を最大80%削減できるといわれる。運輸省は同ブループリントの中で、航空業界の脱炭素化を実現する上で「SAF導入が最適な道」と述べた。
この方針に基づき同省は、2026年中にもシンガポールを飛び立つ全ての航空便の燃料の1%をSAFとすることを義務付けると決定した。さらに、2030年までに、同比率を3~5%へと引き上げる計画だ。これを受け、同省管轄下のCAASは2025年11月、2026年10月から、同国の空港を発つ航空便の乗客と貨物便に対し、SAF税を課すと発表した。
旅客便のSAF税率は、飛行距離と座席クラスに応じた設定になる。例えば、東南アジア域内行きエコノミークラスの場合、1人当たり1シンガポール・ドル(約121円、Sドル、1Sドル=約121円)。東京行き(北東アジア圏内)の場合、エコノミークラスで2.80Sドル、米国路線では同10.40Sドルを課す。2026年4月1日以降に販売する航空券に適用する。また、貨物便については、航空距離に応じて貨物1キログラム当たり0.01~0.15Sドル、SAF税を課す予定だ。
徴収したSAF税は、CAASが管理する「SAF基金」に拠出。SAFの共同購入などに使用することになる。この目的のため、CAASは2025年10月、SAFを一元的に調達・管理する非営利の完全子会社「シンガポール持続可能航空燃料会社(SAFCo)」の設立を発表した。SAFCoは、「国際航空のための炭素オフセットと削減のための枠組み(CORSIA)」など、国際的な環境基準を満たす供給源から、SAFおよびSAFの環境属性(EA)(注)を調達する方針だ。調達にあたっては、透明性と公平な競争が担保された入札手続きを通じて行うとしている。なお、具体的な調達方法など詳細については、シンガポール・エアショー
(2026年2月開催)で発表する予定だ。
SAF生産が世界的に伸び悩み
シンガポールでは世界最大の再生可能燃料生産会社ネステ(本社:フィンランド)が、年間100万トンのSAFを製造可能な施設を稼働している。同社のヘイッキ・マリネン社長兼最高経営責任者(CEO)はビジネス・タイムズ紙(2025年9月1日付)のインタビューで、一元的なSAFの調達方式とジェット燃料への混合目標を設定したシンガポールの手法を評価。同社長は、地域における「道しるべになる」と語る。
一方、国際航空運送協会(IATA、本部:カナダ)は、SAF税の導入に慎重な姿勢を示している。IATAのマリー・オーウェン・トムセン環境持続担当上級副社長兼チーフエコノミストは2025年10月、シンガポールは国土が限られ、SAFの製造能力にも制約があると指摘した。このため、旅客から徴収したSAF税を活用して燃料を調達する方式が合理的と述べた(2025年10月23日付ストレーツ・タイムズ紙)。その上で、SAF税が「航空旅行を抑制する影響」を及ぼす可能性に言及し、他の国・地域では同様の政策を推奨しないとの考えを示した。
このほかにも、SAFの普及には、課題が残る。IATAは2025年12月、2025年のSAF生産量について、見通しを示した。通年で推定190万トンと、2024年(100万トン)の約2倍に増加した。しかし、それでも世界のジェット燃料消費量全体の0.6%に過ぎない。IATAは、2025年のSAF生産量が事前予測を下回った要因として、政策的支援の不足を挙げている。また、SAFの価格は、化石燃料に由来するジェット燃料の価格の2倍に当たる。SAFの導入を義務化した市場では、最大5倍にまで上昇しているという。
東南アジアではシンガポールのほか、タイも2026年中にSAFの導入義務化を開始する準備を進めている。このほか、韓国が2027年から、SAFの導入を義務化する予定。日本も2030年からSAFの導入義務化を計画している(表1参照)。
しかし、ネステのマリネン社長は既述したインタビューで、多くの国の政策が具体性に欠け、時間軸も短いと指摘した。同社長は、「政策が年単位だ。長期的な展望がない限り、企業は(燃料生産のための)大規模な投資判断はできない」と述べた(ビジネス・タイムズ紙2025年9月1日付)。
| 国・地域 | 2025年 | 2026年 | 2027年 | 2028年 | 2029年 | 2030年 | 2031年 | 2032年 | 2033年 | 2034年 | 2035年 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シンガポール | — | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 3.0-5.0 | 3.0-5.0 | 3.0-5.0 | 3.0-5.0 | 3.0-5.0 | 3.0-5.0 |
| タイ | — | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 3.0 | 3.0 | 3.0 | 5.0 | 5.0 | 5.0 |
| インドネシア | — | — | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 2.5 | 2.5 | 2.5 | 2.5 | 2.5 | 5.0 |
| マレーシア | — | — | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 1.0 |
| 日本 | — | — | — | — | — | 10.0 | 10.0 | 10.0 | 10.0 | 10.0 | 10.0 |
| 韓国 | — | — | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 3.0-5.0 | 3.0-5.0 | 3.0-5.0 | 3.0-5.0 | 3.0-5.0 | 7.0-10.0 |
| インド | — | — | 1.0 | 2.0 | 2.0 | 5.0 | 5.0 | 5.0 | 5.0 | 5.0 | 5.0 |
注:太字は確定。韓国とインドは、国際線の燃料に限る。
出所:アジアSAF協会(ASAFA)、アーグス・メディア(Argus Media)、「2025年アジア大洋州地域SAF見通し」
UCOの供給安定性に不安も
さらに、各国が今後、SAFの導入を本格化していく場合、主原料UCOの需要が拡大し、供給不足が生じる懸念もある。UCOの最重要輸出国は中国だ。その中国が今後、SAFの国内生産を本格化した場合、海外向けUCO供給が減少する可能性がある。ネステがシンガポールで製造するSAFの主な原料も、UCOや動物性油脂などだ。
そうしたなかでシンガポールでは、UCO以外の原料を用いてSAFを開発する動きもある(表2参照)。例えば、エネルギー・化学会社アスター(本社:シンガポール)とイーサー・フューエルズ(同:米国、シンガポール)は2025年11月、産業排ガスとバイオメタンを原料とした次世代のSAF製造施設を開発する合意書に署名した。また、IHI(同:東京都江東区)も2025年1月、科学技術研究庁(Aスター)傘下の化学・エネルギー・環境持続可能性研究所(ISCE)と共同で、SAF製造技術の開発に取り組んでいる。電力液化(PtL:Power to Liquid)技術を用い、工場などから排出されるCO2と水素を合成してSAFを製造する試験を開始している。
|
企業・団体名 (本社) |
概要 | シンガポールでの生産能力 |
|---|---|---|
|
ネステ (フィンランド) |
西部トゥアス地区に2010年、製造施設を設置。バイオ廃棄物(UCOや動物性油脂など)を用いて再生ディーゼルを生産している。 2023年には、拡張工事した施設を稼働。同年、アジア大洋州地域イノベーションセンターを開所。 |
総生産能力(年間260万トン)のうち、SAFが100万トン |
| アスター(シンガポール)、イーサー・フューエルズ(米国・シンガポール) | アスターの施設(南西沖ブコム島)内に、次世代SAFを製造する施設を設置予定。イーサー・フューエルズが開発した「Aurora」技術で産業排ガス とバイオメタンを原料に、SAFを製造。2026年に着工、2028年に稼働予定。 | 年間2,000トン(予定) |
|
IHI (東京都江東区) |
ISCE内に2025年1月、試験装置を設置。IHIの電力液化(PtL:Power to Liquid)技術を活用し、工場などが排出するCO2と水素を合成してSAFを製造。デモンストレーションプラントの建設を検討中。2030年の商用化を目指す。 | — |
出所:各社ウェブサイト、報道発表、経済開発庁(EDB)
シンガポールは、アジアの中でもいち早く、SAF導入に向け制度設計など具体的な動きを進めている。しかし、原料の調達やコスト高、生産能力など、実際の普及に向けては課題が依然として残る。シンガポールが今後、アジアで航空脱炭素化の真のモデルとなりうるのか、注目が集まっている。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ) - 総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。




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