世界の次世代燃料の生産・消費動向を追う国際的枠組み整備と技術革新に期待
次世代燃料導入の現状(2)

2025年12月11日

運輸部門の気候変動対策で、空輸と海運は電動化による脱炭素化が困難だ。そのため、空輸では、国際民間航空機関(ICAO)が主導するかたちで持続可能な航空燃料(SAF)の活用が始まっている。また海運分野でも、国際海事機関(IMO)を中心に、脱炭素化に向けて目標策定プロセスが進む(ただし、各国の足並みがそろわず、期待ほど進展していない)。

現状では、比較的安価なバイオ燃料の活用が一般的だ。しかし、中長期的な安定供給を視野に入れると、燃料種別の多角化が必要になる。水素由来の合成燃料を活用する必要が生じるだろう。

合成燃料は、現時点で非常に高価だ。そのため、商業利用に向けて、低コスト生産技術の開発や規模の経済の実現などが不可欠になる。SAFや船舶燃料を巡る動きと合成燃料の利用に向けた課題について、報告する。

国際的な枠組みがSAFの生産投資を牽引

航空機や船舶の動力源は、電動化が難しい。依然として、内燃機関を使う必要がある。空輸・海運分野の脱炭素に向けて、現時点で可能な限られた手段として、石油系燃料を低炭素燃料に転換する取り組みが少しずつ進んでいる。

進展が早いのは航空セクターだ。国際民間航空機関(ICAO/国連の専門機関の1つ)は2022年10月、第41回総会を開催。脱炭素化長期目標を採択した。2050年までにカーボンニュートラルを目指すことにしたかたちだ。

ICAOは2016年以降、カーボンオフセット削減制度(CORSIA)の導入を進めてきた。その狙いは、市場メカニズムを活用して温室効果ガス(GHG)の排出を削減するところにある。2021年以降、航空会社が自発的に参加してカーボンオフセット(炭素相殺)が始まった(2025年時点で、世界129カ国の航空会社が参加)。CORSIAに基づき、各航空会社に2019年の二酸化炭素(CO2)排出量を保つことを求めている。超過した分は、炭素市場でカーボンクレジットを購入して相殺しなければならない。オフセットのためのコストを削減するには、SAFなど低排出燃料の利用が必要になる。

ICAOは2027年、加盟国に属する航空会社に、同プログラムを原則として義務化する。しかしこのメカニズムでは、カーボンクレジットの方がSAFよりも安価な場合、SAFの利用が増えない。そのため、EUは2023年4月、2030年までにGHG排出量を1990年比で55%削減する政策「Fit for 55」の一環として「ReFuelEU Aviation」を採択。欧州の空港を離陸する航空機に対し、2025年から航空燃料のSAF混合割合を規定。2025年に2%、2030年6%、2035年20%、2040年34%、2045年42%、2050年70%を義務付けた。このうち、合成燃料の混合比率も定め、2030年1.2%、2035年5%、2040年15%、2045年20%、2050年35%とした。英国も同様の混合比率を義務化しているほか、日本(2030年に10%)、インド(2030年に5%)、ブラジル(2037年に10%)、シンガポール(2030年に3~5%)、アラブ首長国連邦(UAE、2031年に1%)なども目標を設定している。

一方で、民間航空会社がSAF混合比率目標を自主的に掲げる動きもある。それを裏付けるのが、世界経済フォーラム(WEF)が主導するイニシアティブ、Clean Skies for Tomorrow(CST)連合の取り組みだ。CST連合には、国際的なエアライン、航空機メーカー、燃料メーカー、金融機関などが参加(日本企業を含む)。2030年までに世界の航空燃料の10%をSAFに置き換えるという目標を掲げ、航空会社が自主的にSAFの利用を推進している。それだけではない。SAF製造プラントや原料供給チェーンに資金流入を加速する枠組みを整備し、SAF導入を促進する規制・インセンティブ設計を各国政府に提案するなどしている。

では、SAFの消費・生産の現状と見通しはどうなのか。国際エネルギー機関(IEA)によると、2024年時点の消費は、欧州と米国に集中している。

しかし生産では、両者に加え、シンガポールも目立つ。同国には、ネステ(フィンランドの再生可能燃料大手)が世界最大級の工場(年間生産規模100万トン)を構え、輸出向けにSAFを生産している。また、廃食用油(UCO)生産で世界最大の中国でも、SAFを生産。自国以外の消費にも回している。

2030年の見通しとしては、米国での生産が2024年比13倍に拡大する。同国のインセンティブ(本特集「次世代燃料導入の現状(1)運輸脱炭素化にバイオ燃料の選択肢」参照)や航空会社の実需が牽引する結果だ。加えて欧州でも、5倍以上に増えるとみられている。シンガポールや中国でも、引き続き輸出向け生産が増える見通しだ(図1参照)。

図1:バイオジェット燃料(SAF)の国・地域別消費・生産量の現状と見通し
2024年の消費量は欧州6億9,500万リットル、シンガポール300万リットル、米国3億9,700万リットル、中国5,000万リットル。2024年の生産量は欧州7億6,400万リットル、シンガポール3億800万リットル、米国2億2,600万リットル、中国1億3,500万リットル。2030年の消費は欧州49億1,200万リットル、シンガポール2億9,900万リットル、米国27億5,300万リットル、中国5,800万リットル、ブラジル1億7,500万リットル、カナダ1億9,300万リットル、インドネシア2,800万リットル。2030年の生産は欧州41億8,100万リットル、シンガポール8億100万リットル、米国29億5,400万リットル、中国3億8,900万リットル、ブラジル1億7,000万リットル、カナダ1億5,700万リットル、オーストラリア1億3,800万リットル、インドネシア2,800万リットル。

出所:IEA, Renewables 2025

低炭素強度の原料を安定的に調達できるかがカギ

SAFの製造技術としては、バイオ燃料由来の方法が複数ある。また、水素と二酸化炭素から製造する合成燃料由来のものもある。商業化に至っているのは、(1) 水素化処理エステル脂肪酸(HEFA)経由の製法〔植物油などの油脂類に水素化処理を施してHEFAを製造、さらなる追加処理を経て製造する〕と、(2)アルコール・トゥ・ジェット(ATJ)製法〔エタノールを脱水してオレフィンを精製、重合・水素化処理して製造〕だ。現時点では、製造コストの低さから(1)が圧倒的。全体の80~95%(注1)を占める。

(1)の課題は、原料調達だ。原料になる油脂の多くが食用油で、その原料は農作物だ。そのため、食料と競合する。安価でかつ食料と競合しないUCOは、再生可能バイオディーゼル(HVO)にも用いる。そのため、アクセス可能な量が限られる。こうしてみると、安定的な生産量を確保するためには、(1)以外の選択肢も考慮する必要がある。エタノール製造コストが低い国(米国やブラジルなど)の場合、(2)製法によるSAFも選択肢になりえるだろう。

また、原料のサプライチェーンを考える上では、間接的土地利用変化(ILUC、注2)を含めた各燃料の炭素強度のライフサイクル評価(LCA、注3)を考慮に入れる必要がある。前述したICAOのCORSIAプログラムで「SAF」の認定を受けるためには、LCAの上限として、従来型航空ジェット燃料比で最低10%以上のGHG削減を要する。既存ジェット燃料の炭素強度基準値は、1メガジュール(MJ)当たりCO2換算89グラム(89 gCO2e/MJ)だ。その90%(80.1 gCO2e/MJ)を下回らないとSAFと認められない。ICAOが2024年10月に発表したSAFの原料別・生産地別デフォルト値をみると、追加の炭素削減活動(再生可能電力の導入、輸送効率改善、廃熱回収など)を実施し、認証された方法で効果を計測・報告しない限り、SAFとしての認定を受けられないケースもある(表1参照)。したがって、低価格・安定調達という観点だけでなく、LCAの値にも留意してサプライチェーンを選定する必要が生じる。

表1:SAF原料の国・地域別炭素強度(ICAOのCORSIAプログラムが定める原料のうち代表的なもの/LCAベースで算出)(単位:gCO2e/MJ)(△はマイナス値)
原料 生産国 製法
(注1)
デフォルト値 ILUC
(注2)
合計
トウモロコシ 米国 ATJ 65.7 25.1 90.8
サトウキビ ブラジル ATJ 24.1 8.7 32.8
サトウキビ インドなど(ブラジル以外) ATJ 24.1 8.5 32.6
サトウキビ ブラジル SIP 32.8 11.3 44.1
テンサイ EU SIP 32.4 20.2 52.6
ブラスチカ・カリナタ 米国 HEFA 34.4 △ 21.4 13.0
廃食油 中国、米国、日本など HEFA 13.9 0.0 13.9
ジェトロファ インド HEFA 46.9 △ 24.8 22.1
獣脂(動物性油脂) 米国、カナダ、豪州など HEFA 22.5 0.0 22.5
キャムエリナ 米国、カナダ、欧州など HEFA 42.0 △ 13.4 28.6
大豆 米国 HEFA 40.4 24.5 64.9
大豆 ブラジル HEFA 40.4 27.0 67.4
菜種油 EU HEFA 47.4 24.1 71.5
パーム油(注3) インドネシア、マレーシア HEFA 37.4 39.1 76.5
パーム油(注4) インドネシア、マレーシア HEFA 60.0 39.1 99.1

注1:各製法の概要は、次のとおり。
ATJ:エタノールを脱水してオレフィンを精製、重合・水素化処理して燃料(パラフィン)を生成。
SIP:糖類を原料に、微生物発酵でイソパラフィンを生成する。
HEFA:油脂を水素化処理して、航空燃料に適した炭化水素(パラフィン)を製造する。
注2:Indirect Land Use Change(間接的土地利用変化)とは、バイオ燃料などの生産拡大により、間接的に森林や湿地などの土地が農地へ転換。結果的に、GHG排出が増える現象。
注3:パーム油工場で発生する廃液(POME:Palm Oil Mill Effluent)を処理するための嫌気性処理池で発生するバイオガスの処理量が85%以上の場合。
注4:パーム油工場で発生する廃液(POME:Palm Oil Mill Effluent)を処理するための嫌気性処理池で発生するバイオガスの処理量が85%未満の場合。
出所:国際民間航空機関(ICAO)文書(2024年10月)から作成

海運分野のGHG排出削減に向け、国際的枠組み整備が急務

船舶も航空機と同様、電動化を通じた脱炭素化が困難な輸送手段といえる。既存船舶燃料の代替としては、(1)バイオディーゼル、特に再生可能ディーゼル(HVO)、(2)メタノール、(3)アンモニアなどがある。

(1)のうちHVOは、陸上輸送や空輸(SAF)などの用途と競合し、安定調達が難しい。そのため、次世代の船舶燃料としては、(2)と(3)のほか水素が現実的な選択肢になりそうだ。(2)については、特にeメタノール(炭素強度が低いグリーン水素と二酸化炭素(CO2)を触媒反応で結合して生成)に注目が集まっている。

DNV(フィンランドの船主団体/第三者認証機関の側面も持つ)は、重油に代わる燃料を使用する船舶のデータなどを公表した(注4)。2025年上半期に発注を受けた船舶のうち、代替燃料を使用するのは151隻。その内訳は、a) LNG(液化天然ガス)船が87隻、b)メタノール船40隻、c)水素船4隻、d)アンモニア船3隻だった。

LCAを考慮に入れると、b)にはeメタノール、c)にクリーン水素(注5)、d)にクリーンアンモニアを利用したいところだ。しかしc)については、製造コストが高いという問題がある。b)やd)にも、クリーン水素の高コストが影響する。

加えて、a)~d)は非ドロップイン燃料だ。すなわち、HVOなどのバイオ燃料とは異なり、既存の船舶エンジンや輸送・貯蔵・給油(バンカリング)のためのインフラを用いることができないという性格を持つ。そのため、専用船舶の建造や、バンカリングのためのインフラ整備などを要する。本格的に導入するには、初期投資コストがSAFに比べて高くならざるを得ない(表2参照)。

表2:次世代燃料の原料や製造方法(〇はあり、×はなし)(ーは記載なし)
バイオ/
合成
代表的原料 製法
(1)
中間製品 製法
(2)
最終代替
製品
代表的用途 ドロップイン
乗用車 貨物車 航空 船舶
バイオ
燃料
トウモロコシ、サトウキビ エタノール発酵 エタノール ETBE混合(注1) ガソリン ×
トウモロコシ、サトウキビ エタノール発酵 エタノール 直接混合 ガソリン ×
大豆、パーム油、廃食油 エステル化 FAME(注2) 直接混合など 軽油(HVO,注3)
大豆、パーム油、廃食油 HEFA(注4) 軽油・ジェット燃料
トウモロコシ、サトウキビ エタノール発酵 エタノール ATJ(注5) 軽油・ジェット燃料
合成
燃料
水素、CO2 ガス化/FT(注6) 合成粗油 蒸留/分離 全油種
水素、CO2 メタノール合成 メタノール MTG(注7)/MTJ(注8)等 全油種
水素、CO2 メタノール合成 メタノール ×
水素、窒素 HB(注9) アンモニア ×

注1:エタノールとイソブテンを反応させてエチルターシャリーブチルエーテル(ETBE)を合成し、ガソリンに混合。
注2:脂肪酸メチルエステル(FAME)は、脂肪酸とメタノールをアルカリ触媒で反応させて生成されるエステル化合物。
注3:植物油や廃食油などの油脂を水素化処理(高温・高圧下で水素を添加)して得られる燃料。
注4:水素化処理エステル・脂肪酸(HEFA)は、脂肪酸エステルを水素化処理することで炭化水素系燃料を製造する技術。
注5:ATJ(Alcohol-to-Jet)は、エタノールなどを原料に化学反応を通じて航空燃料規格に適合する炭化水素を製造する技術。
注6:フィッシャー・トロプシュ(FT合成)は、一酸化炭素と水素の混合ガスと触媒を用いて合成燃料を製造する技術。
注7:MTG(methanol-to-gasoline)は、メタノールとゼオライト系触媒を用いてガソリンの割合が高い合成燃料を製造する技術。
注8:MTJ(Methanol-to-Jet)は、メタノールとゼオライト系触媒を用いて合成燃料を製造し、ジェット燃料に精製する技術。
注9:ハーバー・ボッシュ(HB)法は、水素と窒素を、鉄系触媒を用いて高温高圧の反応器で反応させアンモニアを合成する技術。
出所:日本エネルギー経済研究所(IEEJ)資料から作成

クリーン水素の製造コストを下げるためには、「規模の経済」が成り立つ大規模生産が必要になる。しかし、水素を幅広く利用する水素社会が実現していない現時点で、大量の水素を安定的に購入するオフテイカーの確保は至難の業だ。グリーン水素やグリーンアンモニア、eメタノールを製造する大規模プロジェクトには、中止に追い込まれた例も多い。民間事業者だけの努力で次世代燃料に向けた移行を進めるのは、困難と言わざるを得ない。SAF同様、国際的な規制の枠組みや各国政府による支援が不可欠だろう。

その観点から、国際海事機関(IMO/国連の専門機関)の「Net Zero Framework(NZF)」採択には期待が高かった。NZFは、IMOが中心になって進める国際的な枠組みで、国際海運からのGHG排出ゼロの実現を目標にしている。IMOは2018年、「2050年までにGHG排出量を2008年比で50%以上削減し、今世紀中のなるべく早期に排出ゼロにする」という目標で合意していた。2023年7月の第80回海洋環境保護委員会(MEPC 80)では、(1)2050年ごろまでにネットゼロを目指す、(2)経過指標として、2008年対比で2030年までに最低20%、努力目標として30%、2040年までに最低70%、努力目標80%の削減を目指す、(3) GHG排出ゼロかそれに近い燃料・技術の使用割合を2030年までに最低5%、努力目標10%を目指す、(4)ライフサイクルベースでのGHG排出量削減を目指す、ことなどを決定した。そして、2025年4月に開催したMEPC 83で、2023年の合意を実行に移すため、「船舶による汚染防止のための国際条約(MARPOL)」の付属書IVに盛り込む新章(第5章)として、NZFを原則的に承認した。

NZFの内容は主に、(1)船舶燃料のライフサイクルGHG強度基準を定め、基準値を上回って排出した船舶が支払う負担金の設定すること、(2) IMOネットゼロ基金を活用して船舶の脱炭素化を促進する(ゼロエミッション燃料船導入へのインセンティブ付与)こと、だ。

(1)については、(A)と(B)、2種類の基準値を設定。基準値(A)よりも基準値(B)の方を緩くしている。ただし、基準値を上回った場合の負担金額は、(A)よりも(B)の方が大きい。例えば、(A)を上回った場合の負担金は1トンCO2換算当たり100ドル、(B)を上回った場合の負担金は同380ドルになる。(B)を超過した船舶は、負担金(B)を支払う選択肢のほか、他の船舶との間で相殺(オフセット)する選択肢も設けている。基準値(B)は、段階的に強化していく見通しだ。

(2)については、負担金(A)と負担金(B)を積み立て、ゼロエミッション船舶などに対する報奨金の原資に用いる構えだ(図2参照)。

図2:IMOのZEFにおける負担金と報奨金のイメージ
ZEFでは、船舶のGHG排出強度として二種類の基準値が設定され、基準値(A)が中長期的に達成すべき厳しい基準、基準値(B)が(A)よりも緩やかな基準となっている。基準値(A)を超過した船舶の場合、基準値(A)を超過した船舶に課される負担金(例えば100USD/tCO2e)を支払い、同負担金はIMO基金に積み立てられる。基準値(B)を上回った船舶については、基準値(A)を上回り基準値(B)に達するまでの排出に関する負担金(A)の支払いに加え、基準値(B)を上回った場合の負担金(B)(例:380USD/tCO2e)を支払い、双方がIMO基金に積み立てられる。負担金(B)については、基準値を下回った他船との相殺が選択できる。IMO基金に積み立てられた資金から、ゼロエミッション船など基準値(A)を下回る排出強度の船舶に対して報奨金を支払い、同インセンティブにより、ゼロエミッションへの移行を早期に達成することを目指す。

出所:国土交通省2025年6月18日付資料から作成

NZFは、MEPCの臨時会合(2025年10月14~17日に開催)で採択する見込みだった。しかし、各国の意見がまとまらなかったため至らなかった。以後1年以内に再度臨時会合を開催し、採択に向けて審議することになった。

臨時会合の開催にあたっては、米国政府が2025年8月12日、NZFに反対する声明を発表していた。米国産LNGの需要が減少することを警戒し、同枠組みを支持する国に対する報復措置をほのめかした。さらに、臨時会合開催直前の10月10日、船舶の入港禁止やビザ発給の制限などの具体的な報復措置を例示。再度NZFへの反対を表明した。ドナルド・トランプ大統領は10月16日、SNS上で「『グリーン新詐欺官僚機構』の創設を許さない。米国とともに立ち上がり、明日ロンドンで反対票を投じよ」と投稿し、採択を強く牽制した(2025年10月21日付ビジネス短信参照)。

このような圧力もあり、サウジアラビアが採択を1年延期する提案を提出した。これに、56カ国(米国、ロシア、イラン、中国など)が賛成。49カ国〔EUや太平洋島嶼(とうしょ)国など〕の反対を押し切り、可決に至った。なお日本は、NZFそのものに賛成しながらも、1年の延期に中立的な立場を取り棄権している(「強行採択しても可決の見通しが立たず、反対国の異議で廃案になる可能性があった」ため)。

採択の延期により、海運燃料の脱炭素化に向けた道筋が不透明になった。企業は、投資判断を先送りせざるを得ない状況にある。新燃料への転換、エンジン改造、長期燃料契約、供給網の整備はいずれも巨額投資を伴う。そのため、ルールが確定しない段階での判断はリスクが高い。新造船の発注や燃料転換計画が停滞し、業界全体の脱炭素スピードが鈍化する懸念が高まっている。

水素価格の低下と新技術開発で、合成燃料の普及拡大を

社会環境面でのインパクト(食料との競合やILUCなど)が小さく、かつ安価なバイオ燃料用原料は、ほぼ廃食用油(UCO)くらいだ。つまり、持続的で安定したバイオ燃料調達に課題があることになる。

そうした中で、既存の内燃機関やインフラを活用できるという観点から、水素由来の合成燃料という選択肢を中長期的に排除できない。合成燃料の普及拡大に向けた課題は、原料になるクリーン水素の高価格だ。また、二酸化炭素(CO2)回収や合成ガス生成などのプロセスでも、コストがかさむ。現状では、バイオ燃料と合成燃料との価格差はかなり大きい。それこそが、商業生産実現に向けた大きな課題になっている。安価かつ安定的に合成燃料を調達できるようにするためには、(1)水素社会を実現することでオフテイカーを大規模に確保し、それを通じてクリーン水素の価格低下を実現する必要がある。加えて、(2)合成燃料を安価に製造できる新技術の開発が不可欠だろう。

(2)に関して、日本企業は積極的に技術開発を重ねてきた。例えば次のような例がある。

  • エネオス:合成燃料を原料から一貫製造
    エネオスに2024年9月末、合成燃料を原料から一貫製造できる日本初の実証プラントが完成した。
    現時点では1日1バレルの小型生産にとどまる。しかし2028年からは、1日300バレル規模の大型プラントで実証する計画になっている。
    当該実証プラントでは、ダイレクトエアキャプチャー(DAC)により大気中から回収した二酸化炭素を水素と反応させる。その上で一酸化炭素(CO)に還元(逆水性ガスシフト反応)して合成ガス(シンガス)を製造。シンガスをフィッシャー・トロプシュ(FT)反応させ、合成粗油を製造する(FT合成)。
    合成粗油は、炭素数分布が幅広い炭化水素混合物だ。既存の製油所設備で、様々な用途の燃料(ガソリン、軽油、ジェット燃料、重油など)を代替するドロップイン合成燃料にアップグレードできる。
  • 東芝エネルギーシステムズ:CO(合成燃料をFT合成する上での原料)を低コストで生成する技術を開発
    東芝エネルギーシステムズは2024年11月から、CO2電解装置「C2One」(CO2を電気分解することにより合成燃料の製造に必要なCOを生成する設備)を実証運転。2025年6月には、社会実装に向けて必要になるデータを確保して完了したと発表した(2025年6月24日付東芝エネルギーシステムズプレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
    この装置は、COを年間150トン(社会実装規模として想定する量)生成できる。
    これに先立って、親会社の東芝が2019年、三相界面制御触媒技術を開発済みだった。この技術を用いると、常温常圧では水に溶けにくいCO2を、人工光合成技術を用いて気体状態のままCOへ直接電解できる。
    一般的なCO2還元技術(逆水性ガスシフト反応)は、取り扱いに困難を伴い、生成コストが高くなる((1)還元材料に水素が大量に必要、(2) CO生成に850度程度の高温条件を要する)。それに対し、同社の技術では、低温・低圧条件(100度未満、0.2メガパスカル)での反応が可能。しかも、還元材料としての水素が不要になる。容易に取り扱えて、より安全かつ低コストでCOを生成することが期待できるという。
  • 産総研、JPEC:固体酸化物形電解セル(SOEC)共電解を用いて、水素から合成燃料を一貫生産する技術を開発
    産業技術総合研究所(産総研)は2024年12月6日、カーボンニュートラル燃料技術センター(JPEC)と共同で、CO2と水から液体合成燃料を一貫製造するベンチプラントを開発。連続運転に成功した。
    このプラントでは、SOEC共電解とFT合成を組み合わせた製造プロセスを採用。従来のプロセスに比べて、より高い効率で液体合成燃料の製造が可能になっている。SOEC共電解を用いた製造施設としては、国内初だ。
    この一貫製造ベンチプラントの連続運転の成功により、高コストが課題になっていた液体合成燃料の実用化と普及に向けて、さらなる研究開発の促進を期待できる。同プラントでは、水素の製造とCO生成の双方を効率的に処理できるからだ。具体的には、次のような技術的利点を実現した(2024年12月6日付産総研プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。
    一般的にグリーン水素の製造には、多くの電力が必要になる。しかし、SOECを活用した電解技術を用いると、その中で水蒸気を高温で電気分解することができる。その結果、セル電圧1.3ボルト(V)程度で電解運転が可能。2.0V付近で作動する従来の水電解技術よりも、大幅に消費電力を抑制できる。
    さらに、逆水性ガスシフト反応(CO2からCOを生成するプロセス)は、熱化学的な触媒反応のため高温での反応が必要。これまでの製法では、(1)SOEC水電解による水素製造と(2)逆水性ガスシフト反応を別々に処理していた。これを同時に行うことで、(1)のために高温環境にした熱エネルギーを無駄にすることなく(2)を実現できるため、高いエネルギー効率が期待できる。

企業だけではない。日本政府も、実証プロジェクトの助成などの支援に乗り出している。具体的には、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「グリーンイノベーション基金」や環境省の委託実証事業などを通じて、日本企業の新技術開発を支える。 こうしてみると、日本の技術力を結集して合成燃料の低価格大量生産の実現に貢献することが期待できそうだ。


注1:
SAFの総生産に占めるHEFA製法の構成比は、国際航空運送協会(IATA)の2024年11月15日付レポートPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(113KB)に基づくと80%。一方、2025年5月26日付ドイツ・バイオ燃料研究センター(DBFZ)のレポートPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.1MB)によると95%以上。このように、調査結果ごとに開きがある。
注2:
既存農地でバイオ燃料作物を栽培すると、食料や飼料の生産が他地域に移る効果が生じ得る。さらにその結果として、新たな森林伐採や草原開墾が発生。GHGの追加排出に至ることがある。そのような排出を評価する上での考え方が、ILUCだ。
注3:
炭素強度のLCAは、ある製品や燃料が「原料の採取から廃棄まで」に経る全過程で排出するGHGの総量を評価したもの。
注4:
DNVウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに記載。
注5:
クリーン水素には、(1)グリーン水素(水を電気分解して生成)や、(2)ブルー水素(天然ガスから水素を生成し、その過程で発生するCO2を回収)などがある。

次世代燃料導入の現状

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(1)運輸脱炭素化にバイオ燃料の選択肢

執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課主幹(中南米)
中畑 貴雄(なかはた たかお)
1998年、ジェトロ入構。貿易開発部、海外調査部中南米課、ジェトロ・メキシコ事務所、海外調査部米州課を経て、2018年3月からジェトロ・メキシコ事務所次長、2021年3月からジェトロ・メキシコ事務所長、2024年5月から調査部主任調査研究員、2025年4月から現職。単著『メキシコ経済の基礎知識』、共著『グローバルサプライチェーン再考: 経済安保、ビジネスと人権、脱炭素が迫る変革』、『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』など。