2024年のアジア大洋州におけるEVの動向タイで飛躍的に拡大したBEV市場、中国ブランド同士で競争激化
2024年10月3日
タイ政府の電気自動車(EV)推進政策の効果もあり、2023年のタイのバッテリー式電気自動車(BEV)の新規登録台数は、前年比7.8倍の7万6,000台と飛躍的に増加した。都市部では最新のBEVモデルが走行するようになり、政府の普及策は順調に進んでいる。2024年に入り、BEV新規登録台数は失速するとの予想もあったが、同年上半期も2桁増となっている。中国系メーカーの工場がタイで稼働を始め、タイ政府の優遇措置を受けた見返りに各社は現地生産を開始する。一方、2024年はタイの自動車市場が全体的に振るわない状態の中で、現地生産のBEVが続々と生産・供給される状態となることが予見される。激しい値引き合戦も相まって、タイのEV市場は混沌(こんとん)としたレッドオーシャン状態になりつつある。
バンコクのカーライフで市民権得るBEV
2023年、タイのバッテリー式電気自動車(BEV)市場では、爆発的な販売拡大がみられ、BEVはタイ市場で一躍、市民権を得るようになった。同年のタイのBEV新規登録台数は、前年比7.8倍の7万6,314台に増えた(図1参照)。2023年の国内自動車販売台数は77万5,780台で、国内自動車市場に占めるBEVの割合は前年の1.1%から9.8%まで上昇した。
実際、バンコクの街中を走行している車を見ていても、2~3年前とは様子が異なっている。比亜迪(BYD)や長城汽車(GWM)、テスラなどの最新BEVモデルが走行している光景を日常的に見かけるようになった。ライドシェアサービスのグラブ(Grab)を利用してみても、1~2年前は日系ブランドのセダンが配車されることが多かったが、今ではBYDの「シール(SEAL)」や「ドルフィン(Dolphin)」、上海汽車CP(SAIC-CP)のブランドであるMGの「MG4 エレクトリック」などのBEVが配車されることが増えた。バンコクでBEVの浸透が進んでいることは、日々の生活の中でもいや応なく実感するようになった。
一方、世界的にはBEVの充電時間の長さや、走行距離、充電ステーションの未整備、バッテリーの寿命(リセールバリューの低さ)といったデメリットが指摘され、ハイブリッド車(HEV)が再評価される潮流もある。そのため、タイ市場でもBEV販売が失速するのではないかという見通しもあった。しかし、2024年に入ってタイ国内自動車市場が冷え込む(2024年7月4日付地域・分析レポート参照)中でも、現在のところ、BEV販売は増加を続けている。
2024年上期(1~6月)のBEV新規登録台数は、前年同期比18.5%増の3万7,625台だった。前年に比べて伸び率は緩やかになったとはいえ、依然として2桁増となっている。また、同期間の国内自動車販売台数は24.2%減の30万8,027台に縮小したため、国内自動車市場に占めるBEVの割合は12.2%まで伸長した。
複数の在タイ日系企業から聞いたところによると、こうした状況のため、これまで日系ブランドを販売していたディーラーがより販売に勢いのある中国系BEVの販売代理店にくら替えするケースが散見されるようになっているという。
2023年に売れたBEVモデルはBYDの「アットスリー」
2023年のタイでのBEVの売れ筋モデルについては、中国ブランドが上位を席巻した。最も登録台数が多かったBEVモデルはBYDの「アットスリー(ATTO3)」で、タイのBEV市場シェアは25.2%にも達した。同モデルの2023年中の販売台数は、12月を除き、毎月約1,000~2,400台の間で推移し、タイのBEV市場で定番モデルとも言える存在となった。タイ電気自動車協会(EVAT)によると、「アットスリー」の価格は約110万~約120万バーツ(約462万~504万円、1バーツ=約4.2円)、バッテリー容量は49.9~60.5キロワット時(kWh)となっており、走行距離は410~480キロだ。
2位は、中国の新興の電気自動車(EV)メーカー・合衆新能源汽車(HOZON)のブランド「哪吒汽車(NETA)」のモデル「NETA V」で、16.7%のシェアを占めた。同モデルはタイ政府の補助金により、BEVとしては低価格の約55万バーツで販売され、人気の車種となった。バッテリー容量は38.5kWh、走行距離は384キロとコンパクトなモデルだが、価格面で支持を受けている。
3位は、BYDが2023年7月に発売した「ドルフィン」がランクインし、12.3%のシェアを占めた。バッテリー容量は同社の「アットスリー」とほぼ同じ44.9~60.5kWhでありながら、価格は約70万~86万バーツと比較的低価格であることが奏功し、2023年下期によく売れた。
4位のGWMの「オラ・グッドキャット(ORA GOOD CAT)」は、2022年のタイEV市場で最も売れたモデルだ。2021年10月から販売されている同モデルは猫をモチーフとした小型乗用車で、若者層・女性層に人気がある。タイ政府の補助金を用いて、約80万~90万バーツで販売されている。バッテリー容量は57.7kWh、走行距離は480キロだ。
5位には、テスラの「モデルY」がランクインし、市場シェアは7.7%だった。上海工場で生産されたものがタイで販売されており、価格は約170万~230万バーツと、BEVの中でも高価格帯のセグメントに入る。バッテリー容量は57.5~75.0kWh、航続距離は455~533キロだ。
6位には、MGの「MG4エレクトリック」(シェア6.3%)、7位には、同「MG EP」(5.9%)がランクインした。MG4は約87万~約97万バーツ、EPは約77万バーツという、NETAとBYDの中間くらいの価格帯でモデルを出している。MG4のバッテリー容量は51kWh、航続距離は425キロ。EPは50.3kWhで380キロとなっている。
2024年上半期、圧倒的なBYD、浮上するCHANGANとAION
2024年上半期は、長安汽車(CHANGAN)や、広州汽車グループのEVメーカー・広汽埃安新能源汽車(AION)など、後発でタイ市場に参入した中資系メーカーによる新モデル投入があり、タイのBEV市場は競争が一層激しく、乱戦とも言えるような状態になってきている(表参照)
メーカー | モデル |
2023年 上半期 台数 |
2023年 通年 台数 |
2024年上半期 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
台数 | シェア |
前年 同期比 |
||||
BYD | ドルフィン(Dolphin) | 1 | 9,410 | 6,394 | 17.0 | 6,394倍 |
BYD | シール(SEAL) | 0 | 1,810 | 4,270 | 11.3 | 全増 |
NETA | NETA V | 5,955 | 12,777 | 3,988 | 10.6 | △ 33.0 |
BYD | アットスリー(ATTO3) | 11,167 | 19,214 | 3,256 | 8.7 | △ 70.8 |
MG | MG 4 エレクトリック | 1,848 | 4,833 | 3,256 | 8.7 | 76.2 |
CHANGAN | ディーパル S07(Deepal S07) | 0 | 0 | 2,816 | 7.5 | 全増 |
AION | Yプラス | 0 | 89 | 2,208 | 5.9 | 全増 |
テスラ | モデル3 | 1,456 | 2,324 | 1,968 | 5.2 | 35.2 |
GWM | オラ・グッドキャット(ORA GOOD CAT) | 2,471 | 6,712 | 1,051 | 2.8 | △ 57.5 |
MG | MG EP | 1,806 | 4,475 | 1,017 | 2.7 | △ 43.7 |
AION | ES | 0 | 0 | 666 | 1.8 | 全増 |
GWM | オラ07(ORA 07) | 0 | 34 | 591 | 1.6 | 全増 |
ボルボ | C40 | 560 | 1,067 | 590 | 1.6 | 5.4 |
ボルボ | XC40 EV | 406 | 761 | 589 | 1.6 | 45.1 |
テスラ | モデルY | 1,456 | 5,881 | 482 | 1.3 | △ 66.9 |
合計(その他含む) | 31,745 | 76,314 | 37,625 | 100.0 | 18.5 |
出所:タイ陸運局などからジェトロ作成
1位、2位、4位はBYDが占めており、タイのBEV市場で圧倒的な強さを見せている。上述した「ドルフィン」(シェア17.0%)が好調で1位となった。また、2023年9月末に発売したセダンBEV「シール」が売れており、2位となった。価格は約133万~約160万バーツ、航続距離は510~650キロ(バッテリー容量は61.4~82.6kWh)と、やや高価格でスポーティなモデルだ。「アットスリー」は引き続き4位にランクインしており、シェアは8.7%となっている。
BYDの各モデルは値引きに加えて、さまざまな保証やオプションが付帯される。例えば、「シール」はキャンペーンにより、約10万~約13万バーツの値引きが定期的に行われている上、8年間または16万キロメートルのバッテリー保証、家庭での充電設備の無料設置、8年間の無料メンテナンスとスペア部品交換などが付帯される。
なお、BYDは2024年7月からタイ工場が稼働している(2024年7月8日付ビジネス短信参照)。現地生産した「ドルフィン」は輸入完成車(CBU)よりもコストがかかり、販売価格も高くなると予想されたが(注)、バッテリー容量50.3kWhのモデルが約57万バーツ、60.5kWhのモデルが約71万バーツで販売が開始された。バッテリー容量が増えたにもかかわらず、価格は約13万バーツも低くなった。同セグメントでエンジン車(ICE)やハイブリッド車を販売する企業にとって脅威となっている。
BYDの値引き幅があまりに大きいため、以前の価格で購入した既存ユーザーからは不満の声もあったが、同社はこうした声に対応するため、値下げ前に購入したユーザーに対して、7月31日から1年間、全国2,000カ所の充電スタンドで無料充電サービスを提供するという驚異のキャンペーンを打ち出している。
6位には、新規参入のCHANGANのSUV「ディーパル S07(Deepal S07)」がランクインした。同社は2023年8月にタイに進出し、2025年第1四半期(1~3月)に初の国外工場となるタイのラヨーン工場が完工する予定だ(2024年7月4日付地域・分析レポート参照)。現在、輸入販売している同モデルは、価格が約140万バーツで、バッテリー容量が66.8 kWh(航続距離485キロ)。同じくSUVで人気のあるホンダ「CR-V」が約142万~165万バーツで、同程度の価格帯となる。なお、BYDと同様に、8年間または16万キロのバッテリー保証が付き、家庭での充電設備が無料で設置される。
7位には、新規参入したAIONのSUV「Yプラス」がランクインした。BYDの「アットスリー」と同じセグメントで、価格は107万~130万バーツ、バッテリー容量が63.2~68.3kWh(航続距離490~550キロ)となっている。AIONの工場も2024年7月に完工しており(2024年7月25日付ビジネス短信参照)、現地生産によって価格が下がった場合、さらに販売が伸びる可能性もある。
現地生産の本格化、輸入BEVからタイ製BEVへ
2023年はタイ市場でBEVが普及した年だったが、2024年はタイのEV産業、生産面でターニングポイントとなる年だ。2022年から2023年にかけて、タイ政府のBEV優遇政策「EV3.0」(2023年4月25日付地域・分析レポート参照)の恩恵を受け、7万~15万バーツの販売補助金を付与されたBEVメーカーは、同期間中に輸入販売した台数と同じ台数のBEVを2024年にタイで製造する必要があるからだ(2025年に遅れた場合は1.5倍の台数を製造する必要がある)。EV3.0で補助金を支給されたBEVの台数は約7万5,000台とされる。
SAIC-CPは2023年11月に「MG4エレクトリック」の生産を開始した。NETAも同月に最初のタイ製BEVを生産し、2024年2月から本格的に商業生産を開始した。GWMは2024年1月から「オラ・グッドキャット」の現地生産を開始した。なお、ホンダも2023年12月からBEV「e:N1」の生産をタイで開始した(販売先はレンタカー、リース会社のみ)。これら現地生産が先行していた企業に加えて、前述のとおり、BYDとAIONが2024年7月に商業生産を開始した。
今後の生産開始見込みについては、長安汽車が2025年第1四半期(1~3月)、奇瑞汽車も2025年内の予定だ。また、BEVピックアップトラックについては、トヨタが「ハイラックス」、いすゞが「D-MAX」のBEVをそれぞれ2025年からタイで生産する見通しとなっている。
タイの輸入統計からも、BEVの完成車を輸入するフェーズは、2023年でピークを迎えたことがみてとれる。2024年第1四半期、第2四半期(4~6月)は前年同期よりも減少している(図2)。他方、現地生産向けにBEV関連部品の輸入は増加していると考えられる。例えば、自動車用リチウムイオン電池(HSコード8507.60.33)については、2024年に入ってから輸入が増えた(図3)。特に中国からのバッテリーが増加しており、2024年上半期の対中輸入は前年同期比55.2%増の8,227万ドルに拡大した。
ハイブリッド市場も競争激化か
最後に、ハイブリッドについても言及したい。タイ運輸省陸上運送局(DLT)のデータからジェトロが集計したところ、2023年のハイブリッド車(HEV)の新規登録台数(乗用車のみ、以下同)は前年比32.9%増の8万4,476台、プラグインハイブリッド車(PHEV)は3.3%増の1万1,703台だった。BEVの勢いに隠れがちだが、タイではハイブリッド市場も拡大しているのだ。なお、2024年上半期のHEVの新規登録台数は56.4%増の7万1,641台、PHEVは21.9%減の4,896台となっている。
トヨタなど日系自動車メーカーは、BEVやHEV、PHEVに加えて、ガソリンエンジン車やディーゼル車などの内燃機関車(ICE)や燃料電池車(FCEV)も含め、消費者のニーズに応じて最適な自動車、さまざまなカーボンニュートラルへのアプローチを提供するという「マルチパスウエー」をタイ社会に提案している。トヨタ・モーター・タイランド(TMT)は8月12日、泰日工業大学(TNI)に対して、マルチパスウエーのための車両や部品などの自動車研究機材を寄贈した。BEVモデル「bZ4X」に加えて、ハイブリッド車やディーゼル車が比較できるようになっており、TNIの学生はそれぞれの特性や最新技術を学ぶことができる。
タイ政府も前述の考えに一定の理解を示しており、セター・タビシン首相(当時)からは度々、既存のICEの生産サプライチェーンの重要性が言及されたり、2024年7月にはHEVメーカー向けに新たな投資優遇措置が発表されたりする(2024年8月7日付ビジネス短信参照)など、BEV以外についても重視・優遇する姿勢がみられるようになった。
日系企業が得意とするHEVに追い風が吹いているのだが、日系企業関係者によると、「本当に脅威なのは、中国系ブランドのBEVではなく、質の高いPHEVなどが市場投入されてきた時だ」という懸念が以前からあった(ジェトロのヒアリング、2023年9月時点)。その恐れがBYDの「シーライオン6 DM-i」(中国名:宋PLUS DM-i)の発売(2024年8月)で現実となりつつある。価格は約94万バーツと、PHEVのSUVにもかかわらず低価格を実現しており、大きな話題となっている。
国内自動車市場が減退する中、中国系メーカーの工場稼働とさらなる新規プレーヤーの参入、BEVに加えてHEV・PHEV市場での競争の激化などにより、タイのEV市場は混沌(こんとん)としたレッドオーシャン状態になりつつあり、先が見通しづらい状況だ。補助金政策に伴う現地生産車が今後も増加することが見込まれ、生産過剰の問題が予見、指摘されている。今後数年は厳しい状態が続きそうだ。
- 注:
- 広州での企業ヒアリングによると、中国国内の自動車販売台数は大きいため、自動車・自動車部品とも生産量が多く、規模の経済が働いてコストが安くなりやすい。加えて、企業によっては、新たな技術等を導入する場合、国や省・市政府から支給される補助金を生産設備などに充てることもできる。また、企業間、サプライヤー間のコスト競争も激しい。こうしたことから、中国の自動車・自動車部品のコストは、タイ国内よりも一般的に安い。他方、タイ現地生産のBEVは開始されたばかりで、生産量は少ない。そのため、中国からの輸入車両の方が現地生産車より安いとみる関係者が多かった。なお、中国からの完成BEVは、ASEAN中国FTA(ACFTA)により、関税0%で輸入できる。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう) - 2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。