中国EV・車載電池企業のグローバル戦略欧米で相次ぐ輸入対抗措置
世界で存在感増す中国NEV企業(後編)

2024年12月12日

2024年は、中国の新エネルギー自動車(以下、NEV)企業がタイ、インドネシア、ブラジル、トルコなどでの現地生産(計画を含む)を相次いで発表するなど、中国NEV企業の海外進出が大きく進展した一年となった。特にタイでは、既に8社ほどの中国NEV企業が現地生産を開始しており、日系企業の競合相手としても存在感を高めている。拡大を続ける中国NEV輸出を含め、特に欧米諸国は警戒感を強めている。

後編となる本稿では、中国NEV企業の現地生産の状況を整理するとともに、米国、EU、カナダによる中国製NEVに対する輸入対抗措置の現状につき紹介する。

現地生産を本格化、タイでは供給過剰も

中国NEV企業は、輸出と並行して、現地生産拠点の設立も加速している(表参照)。現地生産拠点を、現地市場向けの販売拠点とするだけでなく、輸出拠点とする企業も目立つ。進出が最も進んでいるのがタイである。タイ政府のBEV(バッテリー式電気自動車)産業振興策の1つに、BEV購入補助金がある。その支給条件として、2023年中に補助金を利用して販売したメーカーは、販売した台数分のBEVを2024年に現地生産する必要がある。BOI(Thailand Board of Investment)によると、2024年4月時点でBYD、上海汽車(MG)、長城汽車、長安汽車、広州汽車AION、哪吒汽車(Neta)、福田汽車(Foton)、奇瑞汽車の計8社がタイへの投資を進めている(注1)。上海汽車、長城汽車は既にタイに自動車工場を持ち、内燃機関車やHV(ハイブリッド車)を生産していたため、BEVの現地生産でも先行している。哪吒汽車(Neta)は2024年3月から量産を開始した。BYD、広州汽車AIONも7月に工場が竣工(しゅんこう)した。多くの中国NEV企業が、タイを右ハンドル車の生産・輸出拠点として位置付け、ASEAN、オーストラリア、中東などへの輸出を目指している。BOIは、中国NEV企業の現地部品調達に向けた商談会などを実施しており、進出日系企業にも声がかかっていると聞く。ただ、2024年に入り、景況感や消費者マインドの悪化などもあり、タイの自動車市場は低迷している。中国NEV企業が現地生産を本格化する中、タイ市場においても中国市場と同様に供給過剰が起きており、在庫過多による値下げ競争が行われている(2024年10月3日付地域・分析レポート参照)。

インドネシアでは、2022年に上汽通用五菱汽車(SGMW)が超小型BEVの現地生産を始め、同年8月から販売を始めた。2023年には、上海汽車(MG)がSGMW工場に「MG」の生産ラインを設け、BEVの完全ノックダウン(CKD)を開始すると発表。2024年1月には、哪吒汽車(Neta)がPT Handal Indonesia MotorをパートナーにCKDによる生産を開始した。インドネシア政府も国内における販売奨励策として、付加価値税の引き下げ、奢侈(しゃし)品販売税や輸入関税の免除という3つの優遇策を打ち出している。付加価値税の減免を受けるためには、国産化率40%以上を満たす必要もあり(2024年10月3日付地域・分析レポート参照)、中国NEV企業が現地生産を進める背景の1つとなっている。また、中国企業はニッケルなどの採掘・精錬から車載電池の開発、BEVの製造・販売まで、サプライチェーン全体でインドネシアに進出する動きもみせている。

表:中国NEVメーカーの主な生産拠点設立の動き
中国企業 進出先 主な内容
BYD タイ 2022年9月、タイでEV組立工場を建設すると発表し、2024年7月に竣工。年産15万台の生産能力を見込んでいる。
タイ政府は約491億ドルの投資を承認、BYD初の中国国外での全額出資工場となるとしている。タイの生産拠点からアジアと欧州市場向けの車両を生産するとしている。
ウズベキスタン 2023年10月、BYDとウズベキスタン自動車公社(ウズアフトサノアト)の合弁会社が、年産5万台規模の生産を開始すると発表。BYDが外国パートナーと中国国外で電気自動車を組み立てる最初のプロジェクト。2024年6月には量産が開始した。
ブラジル 2023年7月、ブラジルに生産拠点を建設すると発表。総投資額は約45億元(約900億円),BEVとPHEVを年産15万台生産する計画。米州市場での展開を見据えた投資と位置づけ。
ハンガリー 2023年12月、ハンガリー南部のセゲド市にNEVの完成車生産拠点を建設すると発表。同拠点は段階的に建設し、現地に数千人規模の雇用を創出する見込み。BYDは2016年10月に、ハンガリー北部のコマロム市にバス生産工場の建設を発表し、2017年4月から生産開始していた。
カンボジア 2024年6月、カンボジアのフン・マネット首相が、BYDが同国に自動車組立工場を建設する計画だと発表。
トルコ 2024年7月、BYDはトルコ政府と同国への投資に関する合意書を締結した。今後約10億ドルを投じ、年産15万台の電気自動車(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)の生産工場、ならびに技術開発センターの設立を発表した。
長城汽車(GWM) タイ 2021年6月に米ゼネラルモーターズの工場を取得。同年9月から本格稼働し、小型SUV(スポーツ用多目的車)ハイブリッドの「ハバル」などの生産を開始。
パキスタン 2022年9月、パキスタンのノックダウン(KD)方式の工場が正式稼働したと発表。今後はPHEVも生産していくとしている。長城汽車はパキスタンを足がかりに南アジア市場での販売拡大を狙う。
ブラジル 2021年8月、ドイツ・ダイムラーの工場を買収する形で、ブラジルに進出することを発表。2023年後半の稼働予定としていたが遅れている。年産10万台を製造予定で、10年以内にBEV4種類、ハイブリッド車(HEV)6種類を発売する計画。今後10年間で115億元(約2,300億円)以上を投資するとしている。
上海汽車乗用車(SAIC) タイ 2023年10月、EV用バッテリー工場が稼働開始したと発表。2024年に本格稼働する予定。今後は5億バーツ(約21億円)を追加投資し、「ルービックキューブ」バッテリー技術を導入したCTPバッテリーを生産する計画。
上海汽車乗用車は、タイ国内および海外向け、特にASEAN各国向けの生産ハブとして確立していくとしている。
パキスタン 2021年11月、SAICはMGブランドの投入でパキスタン市場に参入し、2021年7月にパキスタン企業JW SEZグループとの合弁で生産を開始。投資金額は13億パキスタン・ルピー (約800万ドル)。今後、パキスタンでの生産拠点の拡大と自動車部品および関連産業の確立を計画。2025年までに新型モデルを投入して、生産能力を10万台にまで引き上げる計画。
哪吒汽車(Neta) タイ 2023年3月、哪吒汽車(Neta)は初の海外工場となるタイ工場の定礎式を行ったと発表。同工場は右ハンドルEV(電気自動車)の製造拠点となる。また、東南アジアへの輸出も行う計画。年間生産能力は2万台。2024年3月末に生産を開始。
インドネシア 2023年8月、哪吒汽車(Neta)は現地パートナーとしてPT Handal Indonesia Motorを選定。両社はCKD車両組み立てで提携し、2024年1月から生産を開始。
長安汽車(Changan) タイ 2023年4月、タイにEV生産拠点を設けることを発表。初の国外の大規模投資となる。2023年11月に起工式を実施。2023年11月から「Deepal」など2モデルを輸入販売。
広汽埃安新能源(AION) タイ 2023年7月、タイへの生産拠点設置を発表。AIONの初の海外工場となる。投資予定額は約60億バーツ(約250億円)。現地生産する予定の小型SUV「AIONYプラス」の販売を2023年9月から開始。航続距離は500キロメートル。価格は107万~130万バーツ。2024年7月に竣工。
奇瑞汽車(Chery) タイ 2023年9月、タイでのEV生産事業への投資計画が明らかになった。組立工程を現地で行うノックダウン方式を採用する予定。第1期(2024年~2025年)は鴻海とPTTの合弁会社であるアルンプラスに生産を委託する(年産1万8,000台)。第2期(2026~2027年)は年5万台を生産し、うち4万5,000台を輸出する。第3期(2028~2030年)は年10万台超に引き上げ、うち6万台を輸出する。
インドネシア 2023年12月、東南アジアで初となるEVの組立生産を開始したと発表。部品を輸入してのCKD方式で生産する。2024年の発売を予定。
スペイン 2024年4月、現地のEVモーターズと欧州市場向けのEV共同生産の合弁契約に調印。旧日産工場を活用しコンパクトSUV「オモダ5」とEVモーターズの電動ピックアップトラック「エブロ」を生産する。官民合わせて4億ユーロを投資する見込み。2029年に年産15万台を目指す。

出所:各社発表・プレスリリースなどからジェトロ作成

ブラジルでは、BYDが2023年7月、生産拠点の建設を発表。総投資額は約45億元(約900億円)で、2024年末~2025年初からの生産開始を見込んでいる。BEVとPHEVを年産15万台生産する計画で、米州市場での展開を見据えた投資と位置付けており、今後のトランプ次期大統領の政策動向が注視される。BYDは2010年代から、配電会社への出資や公共バス市場への参入など官民さまざまなチャネルを活用して脱炭素事業を展開している。長城汽車は2021年8月、ドイツのダイムラー工場を買収する形でブラジルに進出すると発表。ただ、生産開始時期は何度か延長されており、現時点(2024年11月)では2025年初とされている。2024年は哪吒汽車(Neta)や広州汽車が工場建設計画を発表しているが、実際に現地生産を行っている中国NEV企業はまだない。

メキシコでは、主に欧米系自動車企業を中心に北米市場を狙ってBEVを生産しようというニアショアリングの動きがみられる。中国NEV企業は、奇瑞汽車、長城汽車、BYDなどによる生産計画が報道ではみられるものの、現時点(2024年11月)で現地生産しているのは江淮汽車(JAC)のみである(セミノックダウン方式)。しかしながら、進出企業数では日本の1,300社を上回る1,328社(2022年末時点)の中国企業が進出しており、自動車部品企業も多くみられる(2024年9月9日付地域・分析レポート参照)。テスラが米国テキサス州に工場を設立した際、多くの中国系サプライヤーがヌエボレオン州モンテレイ市に投資したともいわれている。一方で、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)が2026年にも見直される予定であり、その中でNEVやNEV用バッテリー、半導体など戦略品目を中心に、中国製品を排除する方向で協定が改定される可能性も指摘されている。

EUでは、BYDが2023年12月、ハンガリー南部のセゲド市にNEVの生産拠点を建設すると発表した。前後するが、2016年10月には北部のコマロム市にバス生産工場の建設を発表し、2017年4月から生産を開始している。奇瑞汽車は2024年4月、スペインの新興EVメーカーであるEVモーターズと欧州市場向けのEV共同生産の合弁契約を締結した。官民合わせて4億ユーロの投資が見込まれており、2029年には年産15万台を目指している。バルセロナにある日産自動車の工場跡地を活用する(2024年4月26日付ビジネス短信参照)。このほか、車載電池では寧徳時代新能源科技(CATL)や蜂巣能源科技(SVOLT)などが進出し、ドイツやハンガリーなどでギガファクトリー事業を展開している。

欧米諸国で相次ぐ対抗措置、米加とEUでみられる対応の違い

中国NEVの輸出が増えることで、輸出先国・地域との摩擦が生じている。欧州委員会は2024年10月29日、中国製BEVに対して今後5年にわたり、EUの自動車輸入関税の10%に7.8%~35.3%の補助金相殺関税を上乗せして課すことを決定し、翌10月30日から適用を開始した。EUへの中国製BEVの輸入は2021年に急増。EUのBEV市場での中国製車の販売台数の割合は2020年に3.5%だったのに対し、2022年10月~2023年9月は22.8%と急伸した。また、中国の2024年のBEV販売台数は約610万台と予測されるのに対し、生産台数は900万台を超え、EUは、中国のBEVは不当な補助金により過剰生産に陥っていると判断した。また、中国内や第三国市場の需要が伸び悩む中、EUへの中国製BEVの輸出は今後さらに増え続けるとの見解を示した。この相殺関税の適用により、中国NEV企業の現地生産は拡大するとの見方もある。ドイツ企業などからは、中国企業との合弁で現地生産するメルセデス・ベンツ、BMWとフォルクスワーゲン(VW)に対しても20.7%の補助金相殺関税が課されていることを受け、BYD17.0%、吉利汽車18.8%など中国メーカーよりも高い関税率に不満の声も聞かれる。

また、カナダ政府も2024年8月26日、中国製BEVに100%の追加関税を課すと発表した。対象はBEVに加え、一部のハイブリッド乗用車、トラック、バスなども含まれる。追加課税は2024年10月1日から、従来の6.1%の自動車輸入関税に加えて適用が開始された。カナダ政府はさらに、バッテリーや同部品、半導体、ソーラー製品、重要鉱物に関しても措置を検討している。

そして、中国NEV企業にとって最大の不確定要素ともいえるのは、今後、トランプ次期大統領がどのような対中国制裁を打ち出すかであろう。中国製品には一律60%の関税を課すとの見方もあるほか、トランプ氏自身は「メキシコから輸入されるEVには100%の関税賦課を行う」と発言しており、中国はもとより、第三国からの輸入にも厳しく対応する姿勢を見せている。

これまで米国では、2023年11月に米国と中国共産党間の戦略的競争に関する特別委員会(中国特別委員会)が、中国NEVの米国への流入を懸念する文書を発出。「中国NEVが米国の主要貿易相手国を経由して米国内に輸入されることにも備える必要がある」として警戒感を強めていた。2024年4月には、米国商務省国際貿易局(ITA)と中国商務部が初めて商業問題ワーキンググループ(WG)を開催したが、その中でITAは、中国NEVとは明言しなかったものの、「中国ではさまざまな分野で生産過剰問題が生じている」と指摘。同月のイエレン米財務長官の訪中の際にも、李強首相や何立峰副首相との会談において「中国経済の特定分野で過剰生産能力が高まっている兆候がある」とし、その懸念に対処するための行動を促している。中国NEV輸出の急拡大や安価な価格設定が、中国政府の補助金や国内の生産過剰などによるものとして、中国側に是正を求めていた。

米国連邦議会下院は2024年9月12日、2022年8月に成立したインフレ削減法(IRA)の下で定められた、クリーンビークル(BEV、PHEV、FCVの総称、以下CV)購入の際に適用される税額控除の対象車両に課せられている条件のうち、中国を含む「懸念される外国の事業体(FEOC)」に関する要件を厳格化する「米国のEV(電気自動車)における中国優位を終わらせる2024年法案(H.R.7980)」を可決した。FEOC要件とは、懸念される外国(現時点では中国、イラン、ロシア、北朝鮮)の事業体が製造にかかわる駆動用バッテリーを搭載するCV車両について、1台当たり最大7,500ドルの税額控除の対象から除外するというもの。この法案により、控除適用から除外する対象を拡大し、中国製CVの市場参入阻止を図ることを目的としている(2024年9月17日付ビジネス短信参照)。

2024年9月13日には米国通商代表部(USTR)が、1974年通商法301条に基づく対中追加関税(301条関税)の見直し作業結果を発表。この中で、中国製EVに対し、これまでの25%から100%の関税を課すことを決め、同年9月27日から適用を開始するなど、規制を強めてきていた(米国の中国EV規制については、本特集「トランプ次期政権下で取られ得る中国製EV流入への対抗措置」を参照)。

EUが相殺関税の適用という、あくまでも中国政府の補助金による不当な競争を是正するという立場を取っているのに対し、米国やカナダは車両のみならず、バッテリーやその部品、重要鉱物などサプライチェーン全体(米国はSDVも念頭にソフトウエアや通信技術なども対象に)で中国NEV産業を規制しており、方針の違いが見受けられる。

中国の有力な経済紙である第一財経は、トランプ氏の大統領当選を受け、「トランプ新大統領が米国の対中関税の引き上げや輸出規制を強化すると、中国の製造業は大きな影響を受ける」と報じた。その上で、各専門家のコメントを引用しつつ、(1)中国企業は新たなサプライチェーンの構築が必要になり、輸送費や倉庫費、その他の管理費などを含め、サプライチェーン全体でコスト増が見込まれる。(2)高付加価値分野を除き、工業用やサービス用ロボット、家電、伝統産業など多くの分野において、中国企業の海外進出が進む。(3)今後は一帯一路沿線国、アフリカ、南米、BRICSなどが中国の重要な経済協力のパートナーとなるとの見方を示した(注2)。米中関係に詳しい日本の有識者は、トランプ新政権下では、中国NEVに対しさらに厳しい措置が取られる可能性が高いとしている。


注1:
2024年4月23日付「THE nation」ウェブ版外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注2:
2024年11月6日付「第一財経」ウェブ版(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課長
清水 顕司(しみず けんじ)
1996年、ジェトロ入構。日本台湾交流協会台北事務所、ジェトロ・北京事務所、企画部海外地域戦略主幹(北東アジア)、ジェトロ・広州事務所長などを経て、2022年12月から現職。

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