高度外国人材と創出する日本企業のイノベーティブな未来日系企業マネージャーとして活躍するベトナム出身人材
ニプロファーマ

2025年7月8日

医薬品を製造するニプロファーマ(本社:大阪府)は、2012年からベトナムに進出し、ハイフォン市に製造拠点を設けている。同拠点で設備技術課長を務めるブイ・チュン・キェン氏は、大阪大学卒業後、日本で新卒採用され、現在はマネージャーとして活躍している。ニプロファーマの外国人材活躍の場を作る取り組みとキェン氏の貢献について、ニプロファーマ・ベトナムの代表取締役社長の田屋舘恵介氏とキェン氏に聞いた(取材日:2025年2月21日)。


左からキェン氏、田屋舘氏(ジェトロ撮影)

ニプロファーマ・ベトナムの取り組み

2012年4月に、ニプロファーマは生産拠点として、ハイフォン市にニプロファーマ・ベトナム・リミテッドを設立した。同社は、ベトナム工場において、社内のベトナム人通訳者向けに日本語の勉強会を実施している。駐在員もベトナム語を勉強して、コミュニケーションのギャップをなくすための施策を行っている。コミュニケーションギャップの原因でもある文化の差について、日本とベトナムの文化に「違い」があることを説明するのではなく、共通の「企業としての文化」を全員に理解してもらうことに重きをおいている。また、ベトナム現地の文化に合わせた女性の日やテト(旧正月)などを祝う社内行事も数多く行っており、折々の機会に合わせて、積極的に社員同士がコミュニケーションをとれるような工夫を行っている。

従業員320人のうち、日本からの駐在員7人(韓国籍1人、ベトナム国籍1人=キェン氏、日本国籍5人)がベトナム工場で勤務する体制で、主に日本向けの製品を製造・出荷している。設備技術課長としてのキェン氏の働きぶりについて、田屋舘社長は次のように語る。「現地採用で通訳を担当する社員も勤務しているが、言葉を置き換えるだけの通訳になることが多いため、文化的な背景の違いからコミュニケーションの齟齬(そご)が生まれることは多い。その点、キェン氏は本社での就業経験があることから、日本的な仕事の進め方とベトナム人社員の仕事の受け止め方の両方の感覚を有しているように思われる。双方の文化的背景を理解したブリッジ人材として、日本人とベトナム人の間に立って、両者の文化的な違いからズレが生じないようにフォローしてくれる」と評価した。特に同社の属する製薬業界においては、非常に厳密な品質管理が求められる。そのため、キェン氏のような、日本的な品質管理の感覚をベトナム人従業員に伝えるブリッジ人材としての存在は大きい。また、専門的経験も積んでいる同氏だからこそ、新しいプロジェクトを任せられるようなキーパーソンとしての活躍が見られる。


ベトナム工場、設備技術課の課長としてマネジメントを担うキェン氏(ジェトロ撮影)

日越戦略的パートナーシップをきっかけに日本留学を志す

キェン氏は、中部タインホア省出身。2010年に日本・ベトナムの2国間で開始された日本・ベトナム戦略的パートナーシップ対話に関する報道を見て、日本に行きたいと思ったことが、同氏が日本に関心を持ったきっかけ。そのため、高校卒業後、ベトナムの大学に合格したが、進学は辞退し、日本への留学を目指すことにした。1年間はホーチミン市にて、その後来日し、2年間は東京にてそれぞれ日本語学校で日本語の習得に励み、2012年に大阪大学工学部に入学。専攻は機械工学で、医療機器などを扱っていたため、卒業後のキャリアとして医療機器業界への就職を希望していた。

日本で医療機器業界への就職を検討する中、大阪のキャリアフェアにおいて、ベトナムの国旗が貼られたブースを見かけたことがニプロファーマとの出会いであったという。2015年当時、ニプロ本社一括での採用だったが、グループ企業のニプロファーマが新たにベトナムで工場を立ち上げたと知ったキェン氏は、同社への入社を志望した。 2016年の入社後、本社での勤務経験を経て2020年からハイフォンに駐在している。

日越の文化的違いを伝え、すれ違いを防ぐ

キェン氏は現在、同社のベトナム工場で、設備技術課の課長としてマネジメントを担っている。キェン氏は、日本とベトナムのコミュニケーションの違いについて、「日本とベトナムは文化的に近い部分と遠い部分があると感じている。その中ですれ違いが生まれ、実際に自分が日本にいた時、仕事上で文化の違いを理解できずに失敗した経験はいくつもある。しかし、文化の違いについて、日本に行ったことのないベトナム人社員に口頭で伝えることは難しい。これをどうやって実感を持たせるようにして伝えていくか、マネージャーとして日々、試行錯誤している。口頭での指示が伝わりにくい場合は、ゆっくりと簡単に指示を伝えたり、動画や写真を使ってやり取りしたりすることで齟齬が生まれないようなコミュニケーションの方法を模索している」と語った。

また、マネージャーとして働く難しさについて、キェン氏は以下のように語った。

「マネージャーは、自分でやった方が早いと言って、自分で仕事をしてしまったらマネージャーではない。いかにして担当者に仕事を任せるかを考える必要がある。他人をマネジメントする前に、マネージャーとしての自分をマネジメントしたうえで、他人の教育に当たらなければならない。また、教育の仕方も個人の性格や関係性によって異なるため、その人に合わせた教育方法を考える必要がある。もちろん人のマネジメントだけではなく、仕事の品質の担保、進捗管理など責任を持たなければいけない場面もある。自分の部署だけをマネジメントするのではなく、ほかの部署に関しても関わりを持って状況を把握しなければいけないところに難しさを感じている」

幹部候補としての隔たりのない育成

幹部候補として高度外国人材を採用する動きは一般的になりつつあるが、定着や育成で悩みを抱える企業は少なくない。中でも、キャリアパスの提示や育成方針などは企業風土による部分も多く、さまざまである。

田屋舘社長は「ベトナムの人だからベトナムに配置しているというわけではない、個々人の適性を踏まえ基準を満たしていることを前提としての配置になっている」と語る。もちろん、双方の文化的背景を理解したブリッジ人材としての、キェン氏の活躍を高く評価している。キェン氏は、高い文化への理解度を職務に生かしている姿が見られる。しかし、あくまでもキェン氏のプロフェッショナリティは「技術職」であり、それは大阪大学やニプロファーマにおいて培われた知見や経験に裏打ちされたものであることは留意すべきだろう。

高度外国人材の活躍において、バックグラウンドは語学や文化理解において大きなアドバンテージになることは間違いないが、それだけではない。活躍の土台に「幹部候補生として積んできた知見・経験」があってこそだ。

ニプロファーマ社は、採用時のバックグラウンドのみに基づいて判断するのではなく、個々人の強みを評価した上で、日本人と同じ土俵で適性を加味して配置、経験を積ませている。「優秀な高度外国人材を経営に取り込む」という高度外国人材活躍の本質を体現した好例ではないだろうか。

執筆者紹介
ジェトロ知的資産部高度外国人材課
吉武 果実(よしたけ かじつ)
2024年、ジェトロ入構。高度外国人材課で主に海外プロモーション事業を担当。

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