アジア大洋州地域の人材確保・賃金高騰の現状と対応経理や技術者など専門職種に不足感、人材育成の動きも(カンボジア)

2024年3月21日

ジェトロが2023年8月21日~9月20日に実施した「2023年度海外進出日系企業実態調査」(以下、日系企業調査)の結果を基に、カンボジアに進出する日系企業(有効回答企業数122社、うち製造業42社、非製造業80社)が直面する人材確保の状況や取り巻くビジネス環境について報告する。

人材の不足感は少ない、縫製業界の需給バランスの影響も

カンボジアで「人材不足の課題に直面している」と回答した日系企業の割合は40.2%で、他国・地域と比較すると、その比率は高くはない(図1参照)。また、2022年比の雇用状況について、17.9%の企業が「改善」と回答したのに対して「悪化」は9.4%にとどまっており、他国・地域と比べても雇用状況が改善していることがうかがえる(図2参照)。カンボジアでは、縫製・製靴・旅行用鞄(かばん)製造などの労働集約型製造業が主要産業となっている。しかし、これらの産業では、主要な輸出先である欧米からの受注減少などを受け、2022年後半から出荷量の低迷が続く。企業によっては生産ラインを縮小し、雇用や出勤時間を減らすなどの調整を余儀なくされている。これにより、カンボジアの地方部を中心に、一時的に人材の採用はしやすくなっている。ベトナム国境付近に工場を構える日系企業によると、当該エリアでは2022年前半に中国系企業の大規模な工場が次々と操業したことから、ワーカーの離職や採用難への懸念が高まっていたが、2024年1月現在、状況は緩和されているという。ただし、縫製業界関係者は2024年下半期以降に欧米の需要回復を見込んでおり、生産の回復につれて人材流動性の変化には留意が必要だ。

図1:人材不足の課題に直面していると回答した企業の割合(国・地域別)
(単位:%)
カンボジアで「人材不足の課題に直面している」と回答した日系企業の割合は40.2%で、他国・地域と比較すると、その比率は高くはない。

注:カッコ内の数字は有効回答数。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

図2:各国・地域の雇用状況の変化(2022年比)(単位:%)
2022年比の雇用状況について、17.9%の企業が「改善」と回答したのに対して「悪化」は9.4%にとどまっており、他国・地域と比べても雇用状況が改善していることがうかがえる。

注:カッコ内の数字は有効回答数。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

専門職種が不足、エンジニア育成への支援が進む

職種別に人材不足の深刻度合い(「とても深刻」「やや深刻」と回答した企業の合計割合)をみると、カンボジアでは一般事務職(48.8%)や工場作業員(50.0%)では5割程度であった(図3参照)。他方、特定の技能・スキル、職務経験などが必要とされる職種(高度人材)での人材不足の深刻度は大きく高まる。特に法務、経理、エンジニアなどの専門職種の深刻度は85.0%にのぼり、ASEAN諸国ではカンボジアが最も高かった。プログラマーなどのIT人材(71.4%)、一般管理職(67.4%)、上級管理職(62.1%)でも6割以上に上っている。当地の人材紹介会社へのヒアリングによると、カンボジアではとりわけ税務を理解する経理担当者は引く手あまたの状態で、管理職よりも給与水準が高くなる場合も多いという。この背景の1つには、カンボジアの投資環境のリスクとして上位に挙げられている「税制・税務手続きの煩雑さ」があり、企業経営における経理担当者の役割が大きいといえる。

図3:在カンボジア日系企業の職種別・人材不足の深刻度合い
職種別に人材不足の深刻度合い(「とても深刻」「やや深刻」と回答した企業の合計割合)をみると、カンボジアでは一般事務職(48.8%)や工場作業員(50.0%)と5割程度であった。

注:専門職種:法務、経理、エンジニアなど。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

製造業では、エンジニアなどの技術専門職不足の解消に向けた取り組みが行われている。技術専門職の育成は、これまで進出企業による人材育成の積み重ねに頼る構図であったが、近年ではカンボジア日本人商工会(JBAC)とカンボジア日本人材開発センター(CJCC)を中心に、現地大学と連携したインターンシッププログラムを行い、人材の裾野を広げる取り組みなどが進められている。また、カンボジア政府も、人材育成を支援する政策を打ち出している。2023年に公布された「投資法の施行に関する政令(No.139 ANK.BrK)PDFファイル(2.27MB)」では、職業訓練や技能訓練の提供を通じた人材育成事業に対して、新たに税控除の優遇措置が設けられた。そのほか、経済財政省傘下の能力開発基金(Skills Development Fund)は企業の人材育成を支援するため、関連費用のうち最大50%を助成する事業を運営している(2021年8月31日付ビジネス短信参照)。

賃金上昇が続くも、近年の上昇率は低水準

2023年の在カンボジア日系企業の月額基本給の上昇率(前年比)は5.1%だった(図4参照)。業種別では、製造業は4.4%、非製造業は5.6%となる。在カンボジア日系製造業の多くは、労働集約型の生産拠点として、月間の法定最低賃金(注)が100ドルを下回っていた2010年代初頭を中心に進出してきた。一方、法定最低賃金は2013年以降、毎年、右肩上がりで上昇し、2023年には200ドルに到達した(図5参照)。日系企業の賃金上昇に対する警戒心は強く、同国の投資環境上のリスクとして、人件費の上昇が毎年、上位に挙がる。ただし、法定最低賃金の上昇率の推移をみると、ここ数年は、物価上昇率を下回る状況が続いており、わずかな伸びにとどまっている。

図4:2023年の日系企業の賃金上昇率(前年比)

総数
2023年の在カンボジア日系企業の月額基本給の上昇率(前年比)は5.1%だった。
製造業
製造業の2023年の在カンボジア日系企業の月額基本給の上昇率(前年比)は4.4%だった。
非製造業
非製造業の2023年の在カンボジア日系企業の月額基本給の上昇率は5.6%だった。

注:職能給や業績給といった個人の能力に左右される給与を除いた、ベースとなる給与の上昇率(名目)。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

図5:法定最低賃金(縫製・製靴・旅行鞄製造など)とその上昇率の推移
月間の法定最低賃金は2010年代初頭、100ドルを下回っていた。一方、2012年以降、毎年右肩上がりで上昇し、2023年には200ドルに到達した。

出所:カンボジア労働職業訓練省発表を基にジェトロ作成

人件費と雇用状況はメリットとリスクが共存

カンボジアの投資環境上のメリットをみると、上位5位に人材に関連する項目が3つ含まれている(表参照)。具体的には、「人件費の安さ」「言語・コミュニケーションの障害の少なさ」「従業員の雇いやすさ(一般ワーカー・スタッフ・事務員など)」である。「人件費の安さ」や「従業員の雇いやすさ」は上述のとおりだが、「言語・コミュニケーションの障害の少なさ」は意外と知られていないカンボジア人材の特徴といえる。カンボジアでは、デリバリーの運転手や飲食店の店員などでも英語が通じることが多い。さらに、タイとベトナムとの国境付近では、それぞれタイ語、ベトナム語が話せる人材が豊富だ。タイにある生産拠点からの生産分業(タイプラスワン)で進出した製造業によると、タイ人のエンジニアがタイ語でカンボジア人従業員に研修することができるなど、メリットがあるという。

人件費については、「人件費の安さ」が投資環境上のメリットとして最上位(54.5%)になった一方、「人件費の高騰」をリスクと考える企業も48.7%に上っている。現状、最低賃金の上昇幅が以前と比べて抑えられているが、経済発展の途上であるカンボジアでは、上昇幅の強弱はあれども中長期的に賃金の上昇は続いていく。最低賃金の上昇幅は毎年、政府、労働組合、雇用者団体から構成される最低賃金諮問委員会において協議のうえで決定されるが、必ずしも労働生産性の伸びなどが考慮されているとはいえず、カンボジアの国際競争力を低下させるリスクもあるため、経済界からは現実的な解決が求められている。

表:投資環境面のメリットとリスク(複数回答)

投資環境上のメリット上位項目
順位 項目 回答率(%)
1 人件費の安さ 54.5
2 安定した政治・社会情勢 49.1
3 市場規模/成長性 44.6
4 言語・コミュニケーション上の障害の少なさ 34.8
5 従業員の雇いやすさ (一般ワーカー・スタッフ・事務員など) 33.9
投資環境上のリスク上位項目
順位 項目 回答率(%)
1 法制度の未整備・不透明な運用 65.6
2 税制・税務手続きの煩雑さ 62.2
3 行政手続きの煩雑さ(許認可など) 52.9
4 現地政府の不透明な政策運営 (産業政策、エネルギー政策、規制など) 49.6
5 人件費の高騰 48.7

出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

人件費以外の魅力にも着目

日系企業へのヒアリングでは、現状、工場周辺でのワーカークラスの採用はほとんど問題なく、採用募集すればある程度の母数は集まるという。一方、専門職や管理職の新規採用は、人材不足の状態にあり、通常より高い賃金を提示しても採用は難しいとの声が多かった。多少時間がかかったとしても企業内での粘り強い専門職人材や管理者層の育成が求められる状況だ。職業訓練校との連携や、既に実施されている日系企業によるインターンシップの受け入れなど、優秀な人材を早期に発掘し、育成するプログラムを充実させる取り組みも必要とみられる。

カンボジアの賃金水準は、過去10年間で3倍以上となった。それでも、アジア大洋州地域のなかでは中位以下の水準であるが、中長期的に人件費が上昇することを踏まえると、人件費だけでなく、南部経済回廊の物流拠点となり得る地の利、社会・政治の安定性、投資誘致策・優遇措置など、総合的な投資環境の優位性を生かした、より高度なオペレーションが求められてくるとみられる。昨今、タイとベトナムに工場を有する企業が、カンボジアを、メコン地域での在庫一元管理を担う物流・倉庫拠点としていくことを検討しているとの話も聞かれる。中長期的な視点で、カンボジア拠点の機能を高度化、多角化させるなど、人件費を重視した従来の考え方を見直す過渡期を迎えているといえるだろう。


注:
法定最低賃金は、縫製・製靴・旅行鞄を中心とする製造業に適用される。
執筆者紹介
ジェトロ・プノンペン事務所 経済連携促進アドバイザー
大西 俊也(おおにし としや)
1987年、総合商社に入社以来、長年、自動車事業領域を中心に、人事などのコーポレート部門、海外拠点の運営などの職務を経験。これまでの海外駐在は、ケニア、インド、ラオス、カンボジア。2023年4月から現職。