アジア大洋州地域の人材確保・賃金高騰の現状と対応ワーカーに余剰感、専門職や管理職は確保に課題(パキスタン)

2024年4月17日

パキスタン経済は、2022年から始まった外貨準備高の逼迫で政府と中央銀行が輸入制限を厳しく行ったために、低成長、高インフレに陥り、現在も経済危機が続いている。危機下にあるパキスタンの雇用環境は、ASEAN諸国とは異なる様相を呈しており、工場作業員には余剰感がある一方、ITや財務などの専門職や管理職の採用には困難さがうかがえる。

2023年度にジェトロが実施した「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、日系企業調査)において、パキスタンは「人材不足の課題に直面している」割合が、調査対象20カ国・地域中、スリランカに次いで低い33.3%という結果になった。また、2023年8~9月の雇用状況について、前年の同時期と比べて「悪化」が20.0%、「改善」が6.7%で、不況を背景に依然として厳しい雇用状況が続いていることがわかる。

図1:人材不足の課題に直面している割合(国・地域別)
パキスタンは「人材不足の課題に直面している」割合が、調査対象20カ国・地域中、スリランカに次いで低い33.3%  という結果になった。

注:有効回答数10社以上の国・地域。
出所:2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

経済は停滞しているものの、ホワイトカラーは不足気味だ。不足の度合いは、「一般事務職」については「とても深刻」(10.0%)と「やや深刻」(40.0%)の合計が50.0%、「あまり深刻でない」(40.0%)と「深刻でない」(10.0%)の合計も50.0%で拮抗(きっこう)しているが、一般事務職全体での深刻度合いは20カ国・地域の中でもやや高めの傾向にある。

図2:「一般事務職」の人材不足状況
人材不足の度合いについて、「一般事務職」については「とても深刻」(10.0%)と「やや深刻」(40.0%)の合計が50.0%、「あまり深刻でない」(40.0%)と「深刻でない」(10.0%)の合計も50.0%で拮抗(きっこう)しているが、一般事務職全体での深刻度合いは20カ国・地域の中でもやや高めの傾向にある。

注:有効回答数10社以上の国・地域。
出所:2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)

さらに、「専門職種」となると、不足感は非常に高い。「プログラマーなどのIT人材」は「とても深刻」が45.5%と調査対象国・地域の中で最も高かった。IT人材が豊富といわれるパキスタン国内でも、人材確保が難しいことがわかる。「法務・経理・エンジニアなど専門技能を必要とする専門職」についても、「とても深刻」(38.5%)、「やや深刻」(46.2%)で合計84.7%とカンボジアに次いで深刻度合いが高かった。「上級管理職(ディレクター)」や「一般管理職(マネージャー)」でも、不足感は域内トップレベルに高い。

ITや財務などの専門職人材はドバイへ

経済が低迷する中で、専門職や管理職が不足する背景は何なのか。日系企業へのインタビューを通じて探ってみた(インタビュー実施日:2024年2月13~14日)。

IT人材については、「IT人材は、弊社の平均賃金を上回る提示が必要なため採用が難しい。パキスタン人は英語ができるので、優秀な人材はドバイに出稼ぎに行っているのではないか」(メーカーA社)、「採用が難しいのでIT・システム業務は外注にした」(メーカーB社)という声が聞かれた。

その他の専門職や管理職の不足については、「財務・会計人材は退職率が高い。ドバイに転職することが多い」(メーカーB社)、「ホワイトカラーの離職が多い。サウジアラビア、ドバイ、欧州へ転職する。特にITと財務、サービスメカニックが多い。ドバイに行くと給料は数倍。他社でも同様のことが起きているだろう」(メーカーC社)、「パキスタンからドバイに転職すれば給料が5~7倍になるだろう」(商社D社)との声が聞かれた。

アラブ首長国連邦(UAE)のドバイは、パキスタンの最大都市カラチから飛行機で2時間強と、北部ラホールや首都イスラマバードに行くのとほぼ同じ時間だ。イスラム教国で英語が通じ、在外パキスタン人コミュニティも大きく生活しやすい。そのため、パキスタン人にとってはとても魅力的な働き場所となっている。前述の通り、パキスタン経済が低迷しているほか、政治が依然として不安定であることから、国内には強い閉塞(へいそく)感がある。特に若い世代ほど将来を見通せないことへの不安が強く、優秀な人材が、家族や友人のいる中東や欧米を目指す姿が浮かび上がる。

工場はリストラへ、商社も人材が余剰

「工場作業員」の不足・余剰については、不況下で余剰人員を削減するとの声が聞かれる。「2022年は輸入規制で販売が落ち込み、契約社員の契約を更新しないことなどで人員を約2割削減した。販売が回復しても、できる限り人は増やさず残業で対応する」(メーカーB社)、「売り上げ減少で、派遣スタッフを中心に工場の人員を大幅に減らした」(メーカーC社)などの声が聞かれた。

日系自動車メーカー3社[パックスズキモーター、インダス・モーター(トヨタ)、ホンダアトラスカーズ]は、輸入規制により2022年4月ごろから部品の輸入が困難になり、たびたび工場の操業停止に追い込まれた。さらに、経済不況の影響で国内需要も停滞し、2023年7月~2024年2月の8カ月間の乗用車販売台数は、ピークの2021/2022年度の同期比で約3割のレベルにまで落ち込み、企業は苦渋の選択を迫られている。

商社からは、「事業投資の比重を高めようとしている中でトレード(貿易)の比重は下がってきているが、パキスタンはカントリーリスクが高く事業投資は現状困難な状況。離職率が低いこともあり、結果として人余りが生じている」(商社D社)、「経済面・治安面・制度面などで事業環境が悪く、事業投資やプロジェクト系の取引が困難。事業が単純トレード中心となってきており、ボリュームも落ちているので、人余り感がある」(商社E社)といった声が上がる。両社とも、トレードのボリュームが下がる中で事業投資を増やせず、結果的に人が余るという課題を抱えているが、これは他の商社にも共通した課題であろう。

高い賃上げも実質賃金は上がらず

パキスタンでは、2023年5月にインフレ率が前年同月比38.0%と史上最高を記録、2024年2月も同20%台半ばで推移している。また、通貨パキスタン・ルピーの下落も著しく、直近の最高値である2021年5月の1ドル=150ルピーに対し、2024年3月現在では280ルピー前後となっている。こうした状況下、日系企業調査の結果では、パキスタンの前年比昇給率は、製造業で平均14.0%、非製造業で18.4%と調査対象国・地域の中でトップクラスで、かなりの賃上げを行ったように見受けられた。しかし、各企業からは「二十数%賃上げしたが、ドルベースでは下がっている」(メーカーA社)、「基本給を二十数%上げたが、これはインフレの補正であり、名目賃金が2割上がったとしても実質賃金は上がっていない」(商社D社)とされ、見た目の賃上げは大きいものの、ドルベース賃金や実質的賃金は上がっていない状況が浮かび上がる。

優秀でコストパフォーマンスの良いパキスタン人材

パキスタン人材の優秀性や高いコストパフォーマンスについての声も多く聞かれた。

  • 「ルピーが下がったので人件費は安く、バングラデシュとほぼ同水準。弊社に関しては、パキスタン人の生産性は高く、他国の工場と比較しても優秀」(メーカーA社)
  • 「当社は知名度があり、比較的良い人材が採れている。当社の人材は全社的に見ても他国の人材より優秀といわれている」(メーカーC社)
  • 「パキスタン人は謙虚で誠実。新しいことを学習する意欲が強い。日本本社はインドと比較した上でパキスタンに当社を設立した」(IT開発F社)
  • 「ドル建てで考えているので、弊社スタッフの人件費が高いとは思っていない。逆に他国と比較すると安い方だろう」(商社E社)

人材への高い評価の声が聞かれる中で、日系企業調査では「製造業・作業員」の年間実負担額(ドルベース)について、2023年はパキスタンの負担額が調査対象国・地域で5番目に低く、「非製造業・マネージャー」についてもスリランカに次いで低いことから、人材のコストパフォーマンスが高いといえるだろう。

繊維や食品など輸出型企業に有利なパキスタン

労務面から日本企業のパキスタン進出を検討した場合、製造業作業員の賃金は、調査対象の20カ国・地域の中でも最も低いレベルにあり、輸出向け製品を生産するには有利といえる。加えて、人口のボリュームゾーンが若年層にあるパキスタンは労働力が豊富だ。

輸入内販型ビジネスに特化する日系企業はパキスタン国内の外貨不足と不況で苦戦を強いられているが、外貨を稼ぐ輸出型の日系企業は政府インセンティブもあり順調だ。さらに、輸出製品の原材料を現地調達できるのであれば、ルピー安の恩恵を一層受けることができよう。その意味で、繊維製品やアパレルに加え、加工食品分野などは有望とみられる。また、海外からオフショア開発を受託するIT企業も同様だろう。

専門職人材や管理職の保持には待遇改善やエンゲージメント向上を

現在、パキスタンでITや財務などの分野で優秀な専門職人材や管理職を採用しようとする場合、前述の通り、ドバイなどと競合することを認識しておく必要がある。景気低迷が続くパキスタン社会では、若者や優秀な人材ほど海外により良い就業機会を求めているためだ。獲得した優秀な専門職人材に対しては、待遇改善や成長機会の提供などと並んで自社への帰属意識やプライドの醸成といったエンゲージメントの向上を通じて、リテンションを高める努力が企業側に求められている。

執筆者紹介
ジェトロ・カラチ事務所長
山口 和紀(やまぐち かずのり)
1989年、ジェトロ入構。ジェトロ・シドニー事務所、国際機関太平洋諸島センター(出向)、ジェトロ三重所長、経済情報発信課長、農水産調査課長、ジェトロ高知所長、知的財産部主幹などを経て、2020年1月から現職。