アジア大洋州地域の人材確保・賃金高騰の現状と対応深刻化する人材確保の課題、多様な人事施策の検討がカギ(ベトナム)

2024年3月21日

ベトナムの人材・雇用の現状と課題について、ジェトロが2023年8~9月に実施した「2023年度海外進出日系企業実態調査」(以下、日系企業調査、注)などを中心に、読み解いていきたい。

ベトナムで人材不足に直面する日系企業の割合はASEAN平均を下回る。しかし、経済成長に伴って人件費の上昇が続いているほか、十分な経験や専門性を有する人材が不足している。特にベトナム北部では、大型投資を進める中国や台湾、韓国などの外資系企業とワーカーの奪い合いもみられる。

既に現地での採用強化や社内制度拡充などに取り組む企業は多いが、求める専門性や経験を踏まえた採用・育成方法の検討などが人材確保のカギになりそうだ。

過半数の企業で管理職や専門職人材が不足

日系企業調査で「人材不足の課題に直面している」と回答した企業は、ベトナムが42.7%で、ASEAN平均の45.9%を3.2ポイント下回った。また、2023年(8~9月)の雇用状況について、前年同期と比べて「改善」と答えた企業は17.7%で、「悪化」の11.2%を上回った。前年度は同様の調査項目がなかったため、経年比較はできないが、2023年は世界的な経済成長の減速により外需と内需がともに減少し、ベトナム国内の生産活動が停滞した。このため、人員や生産ラインに余剰が生じたケースや、当初の採用計画を縮小したケースもありそうだ。

ベトナムの人口は2023年に1億30万人(推定)に到達し、このうち6,700万人以上が生産年齢人口(15~64歳)に当たる。ASEANではインドネシア、フィリピンに次いで生産年齢人口が多い。

職種別にみると、人材不足が深刻とした企業(「とても深刻」と「やや深刻」の合計)は、一般事務職で26.6%、工場作業員で49.5%と、比較的低い割合にとどまった。一方、一般管理職で67.2%、専門職種で61.8%、IT人材で56.8%と半数を超えた。経験や専門性が求められる職種(高度人材)を中心に、人材不足が起きていることが分かった(図1参照)。

図1:ベトナムにおける職種別の人材不足の状況
職種別の人材不足が深刻であると回答した企業の割合は、「とても深刻」と「やや深刻」の合計が多い順から次の通り。一般管理職で67.2%、専門職種で61.8%、IT人材で56.8%、上級管理職(ディレクターなど)で52.2%、工場作業員で49.5%、一般事務職で26.6%だった。

注:カッコ内は集計対象企業数。
出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

製造業が多い北部で、ワーカーが不足

地域別にみると、「人材不足の課題に直面している」と回答した企業の割合は、北部が44.2%、中部は47.5%、南部が40.8%だった。南部に比べ、中部と北部で課題に直面する企業がやや多い結果となった。

とりわけ工場作業員については、「人材不足の課題に直面している」とした企業は、中部が33.3%、南部が20.0%と低い割合にとどまったのに対し、北部が65.7%で深刻なワーカー不足に陥っている。電子機器、機械、輸送機器部品などの製造拠点が集積する北部、特に首都ハノイ市から車で2時間半圏内となる地域では、日本企業や韓国企業に加えて、近年、中国企業や台湾企業の大型投資が相次いでいる。生産能力増強のため新規ワーカーを募集しても、他の外資系企業との人材獲得競争で必要な採用数を確保できないというコメントもあった。

日系企業調査によると、ベトナムは56.7%の企業が今後1~2年で事業展開を拡大する意欲を見せているが、マネージャーや専門職種、北部でのワーカーが不足している状況は、今後の事業拡大に水を差しかねない。

賃金は10年間で各職種4~7割の上昇

雇用環境にとって、もう1つの大きな課題は人件費の高騰だ。62.0%の企業が「人件費の高騰」を投資環境のリスクに挙げている。在ベトナム日系企業の平均賃金(月額基本給)は、ASEANの中でも中位層で、決して高くはない。しかし、賃金上昇率は5%台中盤で推移しており、アジア各国の中でも高い層に位置する。2023年の上昇率をみると、ベトナムはインドよりも低いが、インドネシアとほぼ同じ水準、フィリピン、マレーシア、中国、タイよりも高い(図2参照)。

図2:アジア主要国の前年比昇給率推移
アジア主要国の前年比昇給率推移をみると、ベトナムの昇給率は5%台中盤で推移しており、アジア各国のなかでも高い層に位置する。2023年の上昇率をみると、ベトナムは5.4%。インドより低く、インドネシアとほぼ同水準だが、フィリピン、マレーシア、中国、タイよりは高い。

注:2024年は見込み。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

10年前の2013年の日系企業調査と比較すると、この間のベトナムの月額基本給(ドル換算)上昇率は、製造業・作業員で68.5%、非製造業・スタッフで63.6%だった(表1参照)。当時と2023年の為替差を考慮すると、日本円換算では2倍を優に超える上昇率だ。2018年の日系企業調査と比較しても、各職種とも約20~30%の上昇率となった。

表1:ベトナムの職種ごとの月額基本給の変化(単位:ドル)
職種 2013年 2018年 2023年 2013~2023年の
上昇率
2018~2023年の
上昇率
製造業・作業員 162 227 273 68.5% 20.3%
製造業・エンジニア 344 439 529 53.8% 20.5%
製造業・マネージャー 782 931 1,107 41.6% 18.9%
非製造業・スタッフ 448 554 733 63.6% 32.3%
非製造業・マネージャー 1,073 1,243 1,575 46.8% 26.7%

注1:諸手当を除いた給与。職種ごとの定義は日系企業調査を参照。
注2:各国・地域通貨建て賃金の平均値を、調査年当時の平均為替レート(各国・地域中央銀行発表、中国は外貨管理局発表)でドルに換算している。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

製造業・作業員の月額基本給について、10年間の賃金上昇をアジア主要国と比較すると、ベトナムの上昇率が最も大きい(表2参照)。他方、2013年時点では給与差が2倍以上あったマレーシアとタイの伸びは緩やかだ。月額基本給は現状ではタイとマレーシアとまだ少し開きがあるが、近年の上昇率の推移を踏まえると、今後はタイとマレーシアに近づいていきそうだ。

表2:アジア主要国の月額基本給(製造業・作業員)の変化(単位:ドル)(△はマイナス値)
国名 2013年 2018年 2023年 2013~2023年の
上昇率
2018~2023年の
上昇率
ベトナム 162 227 273 68.5% 20.3%
中国 375 493 576 53.6% 16.8%
マレーシア 429 413 451 5.1% 9.2%
タイ 366 413 410 12.0% △0.7%
インド 217 265 337 55.3% 27.2%
インドネシア 234 296 377 61.1% 27.4%
フィリピン 248 220 271 9.3% 23.2%

注1:諸手当を除いた給与。作業員の対象は、請負労働者と試用期間中の作業員は除いた正規雇用の一般工職で、実務経験3年程度。
注2:各国・地域通貨建て賃金の平均値を、調査年当時の平均為替レート(各国・地域中央銀行発表、中国は外貨管理局発表)でドルに換算している。
出所:ジェトロ「海外進出日系企業実態調査」

採用強化や社内制度拡充に取り組む動きも

このような高度人材の不足、外資系企業との人材獲得競争、さらに、人件費の高騰などに直面する中、日系企業ではさまざまな工夫を凝らし、採用強化や社内制度と職場の改善に取り組む様子がみられる。

日系企業調査の回答企業の具体的な取り組み事例としては、人材の獲得・採用を強化するため、SNSによる採用関連情報発信の強化や、従業員の卒業校のOB・OGネットワーク構築、地元学校や大学と連携した講座、インターンシップなどがあった(表3参照)。

表3:在ベトナム日系企業の人材採用・定着に関する取り組み
項目 内容
採用に関する工夫
  • リファラル採用の報酬制度の導入
  • SNSによる情報発信の強化
  • 転職した社員の出戻り入社を促すための連絡ルートの構築
  • 従業員の出身校のOB/OGネットワークの構築
  • 地元学校や大学と連携した講座、インターンシップの実施
  • 採用業務のシステム化による精度とスピードの向上
定着に関する工夫
  • 表彰やイベントによる従業員のエンゲージメントの向上
  • 福利厚生(施設、食事、任意医療保険や従業員家族を含む健康診断など)の充実
  • 基本給ではなく、各種手当の拡充による支給額の増加
  • 日本語/英語の研修やセミナー参加による能力開発の機会提供
  • フェムテック活用による女性の働きやすい職場づくり
  • 成果型KPIの導入によるインセンティブ設計

出所:ジェトロ「2023年度海外進出日系企業実態調査」

また、リファラル採用の報酬制度(従業員が友人や知人などを紹介し、入社が実現した場合、従業員と新入社員の双方に報酬を支払う)を導入する企業もみられた。採用責任者による目利きが重要になるが、有効な採用手法となりそうだ。

採用した人材を定着させる取り組みでは、手当の拡充やKPI(Key Performance Indicator;重要業績評価指標)といった基本給の昇給以外の手段でインセンティブを設ける企業、任意医療保険や従業員家族も対象とした健康診断の企業負担など、福利厚生の充実を図る企業などがみられた。

大学との連携は近年、推進する企業が増えており、ジェトロでも「海外DX人材へのアンケート調査」「ベトナムのIT系大学と日本企業等との連携可能性に関する調査」「ベトナムの地方大学と日本企業等との連携可能性に関する調査」を作成し、高度人材獲得に向けた日本企業の取り組みを後押ししている。これらの調査によると、ITや工学分野専攻の学生は専攻などのハードスキルを自身の強みと捉え、高い収入を得ることや、専門性を生かすこと、成長機会があることなどを重視する傾向がある。一方、創造力や対応力・適応力などのソフトスキルを強みと捉える学生、また、帰属意識を持って長く働く、ゼネラリストを追求するといったキャリア観を持った学生はあまり見られない。多くの大学では、即戦力の人材を育成する実務教育重視の方針の下、インターンシップを卒業要件としている。この状況を踏まえると、大学窓口との面談やインターンシップ受け入れなどを通じ、求める職種に応じた育成方法の検討、採用する人材像のすり合わせを行うことが日本企業にとっても重要だといえる。

在日ベトナム人の経験生かした人材の循環も検討を

日本で就職や留学を経験したベトナム人の採用強化や、日本本社での現地従業員の研修・育成などを通じた人材の循環を促進することも、必要な人材を確保する上で視野に入れるべき選択肢の1つだろう。

厚生労働省によると、日本で働く外国人労働者204万8,675人のうち、ベトナム人は最も多い51万8,364人だ(2023年10月時点、2024年1月31日付ビジネス短信参照)。ベトナム社会保険局によると、在ベトナム日系企業が雇用するベトナム人は約55万人(社会保険加入者ベース、2023年9月時点)であることから、在ベトナム日系企業が現地で雇用するベトナム人従業員とほぼ同数のベトナム人が現在、日本で就労していることになる。

約52万人の在日ベトナム人労働者のうち、約8万4,700人がエンジニアや海外事業担当などを行う「技術・人文知識・国際業務」の資格によって日本に滞在している。同資格による在日ベトナム人は中国(約11万3,000人)に次いで多く、2013年の3,550人から10年で20倍以上に増加した(図3参照)。日本で就労するベトナム人留学生の数は約8万2,600人。2019年をピークに下降傾向ではあるが、それでもなお国籍別でベトナムが最多だ。

図3:日本で働くベトナム人の在留資格別の推移
約52万人の在日ベトナム人労働者のうち、約8万4,700人がエンジニアや海外事業担当などを行う技術・人文知識・国際業務の資格によって日本に滞在している。本資格による在日ベトナム人は中国(約11万3,000人)に次いで多く、2013年の3,550人から10年で20倍以上に増加した。日本で就労するベトナム人留学生の数は約8万2,600人。2019年をピークに下降傾向ではあるが、それでもなお国籍別でベトナムが最多である。

注:その他専門的・技術的分野に含まれる在留資格は「教授」「報道」「高度専門職1号・2号」「経営・管理」「法律・会計業務」「研究」「教育」「企業内転勤」「介護」「特定技能1号・2号」など。このうち9割以上を占める特定技能の受け入れは2019年から始まった。
出所:厚生労働省「外国人雇用状況」の届出状況まとめを基にジェトロ作成

キャリアアップのために日本での就職や留学を希望する高度人材のベトナム人でも、将来的に家族がいる母国ベトナムでの就職を希望することは少なくない。

よりよい人材の獲得と定着のためには、ベトナム現地法人での登用を見据えた日本本社でのベトナム人採用、在日留学生へのアプローチ、あるいは現地従業員の日本研修実施など、日本本社とも連携した仕組み作りの検討が必要だ。

一方、在ベトナム日系企業でも、高度人材に求めるポジションや経験、スキルなどの発信を強化することができれば、在日ベトナム人が日本で身に付けるべきスキルセットを明確化することにつながるだろう。こうした取り組みが日本企業で働くことへの動機づけや、ベトナム人の日本での就労と留学のさらなる増加を促し、中期的に管理職・専門職種の人材不足を補っていく可能性もある。

また、在日ベトナム人労働者の53.8%(約27万8,800人)を占める技能実習生、特定技能人材も活用が見込める半面、課題も多い。国際協力機構(JICA)の「ベトナム国産業人材育成分野における情報収集・確認調査」によると、実際に技能実習経験者を採用した在ベトナム日系企業からは、技能実習で身に付けたコミュニケーション能力や勤務態度、日本のものづくりに対する考え方への理解などを評価する声が上がる。しかし、ベトナム人技能実習生の帰国後の在ベトナム日系企業や地場企業への就労率は、中国やフィリピンなどの実習生と比べて低い。仮に就労していても、日本語教育機関や技能実習生送り出し機関などで働くケースが多いとされる。帰国後の就労サポートが不十分なことや、帰国した実習生が希望する給与と在ベトナム日系企業が提示する給与のミスマッチ、日本で習得した技能や経験を生かした仕事がなかなか見つからないことなどが要因だ。

専門性やニーズが合致するとは限らず、また、技能実習制度は今後、新制度に代わることになるが、日本企業の仕事の進め方への理解や適応力、時間管理能力などは、ハードスキル(実務に直結する知識や技能)を重視するベトナム地場の教育機関などで学ぶ機会が少ない。日本で培うソフトスキルに着目した活用を検討することは、制度の好循環を促していく上でも欠かせない。

中期的な目線での制度と体制作りを

ベトナムは人口の増加フェーズにあり、2023年にはついに1億人を突破した。しかし、世界銀行によると、2021年の合計特殊出生率は1.94で、フィリピン(2.75)、インドネシア(2.18)を大きく下回り、緩やかな少子高齢化が進行する。加えて、人件費の高騰や人材の奪い合いは避けられず、現状の比較的低廉な賃金体系と豊富な人員体制を中期的に維持するのは困難といえるだろう。

日系企業調査の結果では、社内制度の拡充、大学とのネットワーク拡大などの策で人材の獲得と定着を模索する企業の様子がうかがえた。また、日本で働くベトナム人労働者と在ベトナム日系企業が雇用するベトナム人を合わせると、計100万人以上に及ぶ。これは大まかにいうと、ベトナム人の100人に1人が日本企業で現在勤務をしていることになる。両国の経済活動の強い相互補完関係を表すと同時に、経済関係にとどまらない人的交流の広がりの可能性をも示唆する数字だ。日本ならではのベトナム人材の循環が加速することで、日系企業の雇用確保、ベトナム人のキャリア形成の双方にメリットがもたらされることに期待したい。


注:
今回の日系企業調査のうち、ベトナムでは849社の日系企業から回答を得た。業種別では、製造業407社、非製造業442社。企業規模別では、大企業438社、中小企業411社で、ほぼ半数ずつに分かれる。地域別では、ハノイ市やハイフォン市を含む北部が377社、ダナン市を含む中部が45社、ホーチミン市、ビンズオン省、ロンアン省などを含む南部が427社と、南部の割合が高い。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所 ディレクター
萩原 遼太朗(はぎわら りょうたろう)
2012年、ジェトロ入構。サービス産業部、ジェトロ三重、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、対日投資部プロジェクト・マネージャー(J-Bridge班)を経て現職。