アジア大洋州地域の人材確保・賃金高騰の現状と対応豊富な労働力には優位性も、管理職不足など課題(バングラデシュ)

2024年3月21日

ジェトロが2023年11月に発表した「2023年度海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)PDFファイル(2.24MB)」、2023年11月29日付ビジネス短信参照)によると、「人材不足の課題感に直面している」と回答した企業の割合は、バングラデシュでは39.8%で、アジア・オセアニア平均の47.9%を大きく下回った。2023年8~9月の雇用状況について、前年同期と比べて「改善」とした企業の割合は、国別で最も高い22.9%を記録。工場作業員は北東アジアを中心に人材の不足感が目立った一方で、バングラデシュでは83.3%が「あまり深刻ではない」または「深刻でない」と回答し、アジア・大洋州地域ではその深刻度が最も低い結果となった。また、プログラマーなどのIT人材不足の深刻度合いについてはASEANで60%を超え、特にカンボジア、フィリピン、シンガポール、インドネシアなどで高い結果だったが、バングラデシュは31.6%と、豊富なIT人材(2023年7月18日付地域・分析レポート参照)を背景に、同項目でも国・地域別で最も低い結果となった。

一方、バングラデシュで管理職人材では、他国と比して不足感が目立つ。一般管理職(マネジャークラス)の人材不足に関しては、82.7%が「とても深刻」または「やや深刻」と回答しており、上級管理職(ディレクターなど)も79.1%が同回答で、いずれも国・地域別で最も深刻度合いが高かった。こうしたことから、一般の工場作業員やIT人材に関しては人材の不足感は相対的に低い半面、管理職クラスの人材不足は最も深刻な状況といえるだろう。

また、賃金に関して、バングラデシュの製造業の作業員の基本給月額(諸手当を除いた給与)平均値は114ドル、製造業のマネジャーの同平均値は619ドルで、いずれも依然として相対的に低い水準にある。同国では2023年11月、最低賃金が月額1万2,500タカ(約1万7,125円、1タカ=約1.37円)に改定された。通常、バングラデシュでは5年に1度行われる総選挙前に、縫製産業の最低賃金が改定されており、他の産業もこの改定に準じて、産業別に賃金が改定される。先般の改定により、最低賃金は現地通貨ベースで56.3%の引き上げとなった。同国ではタカ安の進行が抑制されているものの、前回選挙時の対ドルレート(1ドル=83.90タカ)で最低賃金(8,000タカ)は約95ドル相当だったが、現在の同レート(1ドル=110タカ)では、今回の同賃金(1万2,500タカ)は約113ドルで、ドルベースでは18.9%増となっている(2023年12月22日付ビジネス短信参照)。

以下では、当地での賃金上昇への対応や人材採用・育成の課題に関する進出日系企業の取り組みの一部について紹介する。

小島衣料:バングラデシュ最大の強みは豊富な労働力、日本語教育を積極的に

ジェトロは、大手アウトドアブランドの上着などアパレル製品のOEM(他社ブランド品製造)をメインに、海外工場で縫製事業を展開する小島衣料(2023年4月20日付地域・分析レポート参照)の小島高典常務取締役に、同社の関連の取り組みや他国との比較について聞いた(取材日:2024年1月29日)。

質問:
最低賃金の上昇を含む人件費上昇に関する対応状況は。
答え:
先般の縫製産業の最低賃金改定(グレード1~4)に沿って、スタッフの賃金改定を行った。また、従来、毎営業日の生産目標に対する実績に応じたインセンティブ(最大で基本給の10%程度のボーナス)を生産ライン別に管理し、付与している。当社(バングラデシュ法人の)従業員の月額平均給与は、2時間程度の残業代(午後7~9時まで稼働)を含め、185~215ドル(約2万タカ前後)となっている。当地のラマダン(断食)明け休暇のイード(Eid-Ur-Fitr、注1)後に状況をみて、当社に必要な人材および能力が高い人材については雇用を維持するため、さらなるベースアップが必要になる可能性があると考えている。
質問:
雇用・賃金に関して、近隣諸国との比較でバングラデシュのメリットは。
答え:
当地では、対ドルでタカが切り下った後に物価上昇率が上がるイメージで、政府が昨今講じているタカ安抑制の状況で(最低賃金と同様に)ドルベースでみると、ここ数年の賃金上昇幅はそう大きくない。依然としてバングラデシュでは、相対的には人件費が安く、かつ豊富な人口を背景に、縫製工員は集まりやすい環境といえるだろう。例えば、ベトナムでは人材不足の傾向がみられると認識している中、2023年秋に同国の日系縫製企業に自身で行ったヒアリングでは、従業員の平均月額給与は400ドル程度で、当社(バングラデシュ法人)と比較しておよそ倍の人件費となっている。中国やフィリピン、インドネシアとの比較でも、人件費の面で当地は優位な状況と認識している。
質問:
ミャンマーの関連状況や、バングラデシュとの比較は。
答え:
当社はミャンマーでも自社工場を操業しているが、同工場の平均の月額人件費は100ドル程度となっている。国内での資材調達、品質の確保、経営が正常にできれば、政変前後の為替(約1.5~2倍の通貨安)の影響もあり、バングラデシュ以上にドルベースでみた生産コストが下がっている状況だ。欧州向けはコンプライアンスの関係で厳しく、対日本向け生産では、もちろん不安定な情勢とコンプライアンスの観点から、軍事政権下ではオーダーを避けるケースもみられるが、コスト面からニーズが高まる可能性もあり、ミャンマーも引き続き注視していきたい。また、ミャンマーもバングラデシュと同様、電力供給の不安定さが操業上の課題となっているが、当社は5年ほど前にミャンマー政府が講じていたソーラーパネル導入への補助金を活用し、工場内にパネルを設置したことで、現在は同工場全体の消費電力の5割から最大7割程度は同ソーラーパネルによる太陽光発電で賄っている。
なお、2024年1月末時点の当社の生産数量の国別比率は、バングラデシュ50%、ミャンマー35%、フィリピン10%となっており、結果として中国での生産は5%程度まで下がっている。
質問:
当地工場の離職率や、現地スタッフへの教育は。
答え:
ここ5、6年で離職率は徐々に下がってきた一方で、現地スタッフの質は上がっている。2019年までは2工場(現在は1工場)体制で、日本人と中国人の駐在員計34人によって運営していた。その後、新型コロナウイルス禍で遠隔によるマネジメントに工夫しつつ、現地スタッフへの教育に注力した結果、現在は2019年当時と同じ生産量を維持しながら、約3分の1の駐在員(11人、うち日本人4人)で対応しており、「工場運営の現地化」と「管理コストの削減」を実現した。新型コロナやミャンマーの政変を含め、非常事態はいつでも起こり得るという前提の下、現地スタッフへの教育や現地権限の集中を進めてきたことが奏功し、実質的には現在、駐在員ゼロでも稼働・管理が可能となっている。

同社縫製フロアで働く従業員(同社提供)
質問:
現地スタッフへの日本語教育にも注力していると聞くが、現状は。
答え:
当社では、直近の5年間で計30人程度、日本語対応が可能なスタッフを育成した。彼らは日本側の社内外関係者とのメール連絡や対応などを行っている。また、顧客ごとの担当制も導入しており、5人を配置して顧客とSNSを通じた連絡調整も活発に行っている。これらは、当社が活用している海外産業人材育成協会(AOTS)主催の研修制度(注2)を活用した成果でもある。加えて、当地の工場では日本語勉強会を週2回程度行っており、将来の現法幹部の育成を目的に、勉強会参加者から毎年4人を選抜し、AOTSの上記研修を通じて約3カ月間、日本語や日本文化を学んだ後、当社の日本本社(岐阜市)で約8カ月間、縫製技術を中心とした研修を行った上で当地に復帰してもらっている。その後も当該者には日本語で業務してもらっており、業務上問題のない水準まで日本語の習得が進んでいる。毎年4人の上記派遣に計1,000万円程度のコストがかかっているが、当社では先行投資として位置付けており、既に十分投資回収できていると感じている。

バングラデシュ工場内で行われる、日本語勉強会の様子(同社提供)
質問:
総選挙や最低賃金の改定に係わる従業員のゼネラル・ストライキ(ホルタル)をどうみるか。
答え:
ホルタルや交通封鎖をはじめとする従業員の安全・生産活動に大きく影響し得る政治・治安情勢に関して、過去の総選挙では、近隣の縫製工場で抗議活動が発生し、関係のない当社まで大きな影響を受けたこともあった。しかし、10年前と比べれば、そういった騒ぎは総じて沈静化の傾向にあるとみている。当地ではそういったことも起こり得るという前提の下、これまで乗り越えられている。

バングラデシュ・ホンダ:従業員の賃上げ重視 低所得層中心に

二輪の組み立て生産や国内販売を手掛けるバングラデシュ・ホンダ・プライベート・リミテッド(BHL)の松﨑茂マネージングダイレクター兼CEO(最高経営責任者)に、同社の取り組みや課題について聞いた(取材日:2024年1月29日)。

最低賃金の上昇を含む人件費上昇に関する対応状況に関しては、同社工場では毎年4月に賃金改定が行われている。二輪産業の最低賃金改定について、同社が入居する経済特区(EZ)では、管轄するバングラデシュ経済特区庁(BEZA)から指針はまだ来ていないが、通常の改定で最低賃金にもし届いていない場合には、指針に沿って対応する方針だ。同社工場の従業員のうち、月額給与(各種手当含む)は1万2,000~1万5,000タカが現状では給与水準が最も低い層で、他の製造業と比べても低いため、直近2年ほどで積極的に引き上げている。その際、基本的には当地のインフレ率をベースとしつつ、約9%近いベースアップを全従業員一律に行い、加えて、個々の業務実績評価に応じて、最大でさらに5%(計14%程度)上昇させているという。他の外資系二輪企業のベースアップは約8%程度、地場系では5~6%程度とみられ、労働争議を抱えている競合もあると聞くが、同社のような9%以上の昇給率は同業界ではほかに例がないだろう。同社では「地元地域・社会への貢献」の全社共通理念の下、特に給与水準の低い従業員の賃上げ(生活水準の底上げ)を重視していることが背景にある。

また、同社を含め、二輪産業の生産コストのうち約95%は原材料費で、人件費は5%程度だ。そのため、他の当地主力産業のように人件費の低さを前提とした生産、進出ではなく、人件費の上昇以上に対処が困難な課題〔輸入に係わる信用状(L/C)開設や決済の遅延、二輪の裾野産業発展の遅れ、原材料費の調達コスト増、予見性の低い金融・為替制度など〕の方が事業継続に影響を及ぼしている。従業員の新規採用に困ることはないが、「留学・就職で年代を問わず、カナダや米国など海外に流出してしまう人材が増えている印象があり、優秀な人材が二輪産業には集まりづらい面もある」という。製造業の生産基礎となる品質管理や、経営の大前提の現状把握や課題の分析、施策立案、優先順位の設定、それらの予算策定といった海外で基礎的なスキルが身についていない者も多いことも、当地の人材・教育の面の課題として挙げられた。

課題は残る中、豊富な労働力活用への期待高まる

バングラデシュの人材市場では、女性の社会進出の進展や若年層の増加も注目される。バングラデシュ統計局による「労働力調査2022」によると、女性の労働参加率は約43%にまで達し、前回調査(36%)から大幅に上昇している。また、15~29歳までの若年労働人口も、前回調査時〔2016/2017年度(2016年7月~2017年6月)〕の2,010万人から2,682万人に増加しており、若年層の雇用機会も広がっている(2023年4月6日付ビジネス短信参照)。インフレ率の高止まりが続く状況下(2024年2月21日付ビジネス短信参照)での賃金上昇や、深刻なマネジャークラスの人材不足は構造的な課題として残るものの、ジェトロ・ダッカ事務所に日本企業や当地日系企業から寄せられる同国の人材活用に係わる照会は、IT産業を中心に増加しており、関連の企業動向や現地情勢は引き続き注目されるだろう。


注1:
月齢によって変更の可能性があるものの、4月10~13日に予定されている。
注2:
日本企業で働く外国人材向けの日本語教育制度。
執筆者紹介
ジェトロ・ダッカ事務所
山田 和則(やまだ かずのり)
2011年、ジェトロ入構。総務部広報課(2011~14年)、ジェトロ岐阜(2014~16年)、サービス産業部サービス産業課(2016~19年)、お客様サポート部海外展開支援課を経て、2019年9月から現職。