中国EV・車載電池企業の海外戦略 車載電池の主要部材で存在感が高まる中国企業
海外での市場開拓と資源確保を加速

2023年12月21日

リチウムイオン電池(LIB)用部材の世界市場は、新エネルギー車(NEV)の急速な普及、蓄電システムの需要増などを背景に拡大を続けている。本稿では、車載を含む畜電池部材の成長を牽引する中国企業の投資動向、海外での市場開拓、資源確保、課題などについて考察する。

LIBはエネルギー密度が高く、最も実用化されている二次電池として、主に電極に使う正極材や負極材、電極を絶縁するセパレーター(隔膜)、リチウムイオンの伝導性を持つ電解液の4部材で構成されている。

矢野経済信息諮詢(上海)がまとめた4部材の世界市場における国別出荷量シェアをみると、中国は2018年から2021年にかけてそれぞれ10~20ポイント拡大し、正極材、負極材、電解液の3部材で8割超、セパレーターでも7割を超える状況となっている(表1参照)。日本は2位を維持しているものの、いずれもシェアは縮小傾向にある。

表1:LIB主要4部材の上位2カ国の世界出荷量シェア(単位:%)

正極材

2018年
順位 国名 シェア
1位 中国 63.3
2位 日本 17.1
2021年
順位 国名 シェア
1位 中国 83.2
2位 日本 7.4

負極材

2018年
順位 国名 シェア
1位 中国 74.0
2位 日本 20.0
2021年
順位 国名 シェア
1位 中国 89.0
2位 日本 7.5

電解液

2018年
順位 国名 シェア
1位 中国 69.4
2位 日本 22.9
2021年
順位 国名 シェア
1位 中国 82.7
2位 日本 12.1

セパレーター

2018年
順位 国名 シェア
1位 中国 56.4
2位 日本 35.1
2021年
順位 国名 シェア
1位 中国 74.7
2位 日本 20.0

出所:矢野経済信息諮詢(上海)

部材メーカーに相次ぐ増産計画

これら中国の電池部材メーカーが世界市場を席巻している背景には、中国の旺盛なNEV需要などを見込んだ多額の設備投資による大量生産がある。

矢野経済信息諮詢(上海)のまとめによると、中国企業のLIB主要4部材関連の投資額(計画を含む)は2020年に653億元(約1兆3,060億元、1元=約20円)だったが、2021年には前年比5.8倍の3,790億元、2022年には8,082億元に急増した(表2参照)。

表2:中国企業のLIB主要4部材関連の投資計画(2020~2022年)(単位:件、億元)
公表
時期
正極材 負極材 電解液 セパレーター 合計
件数 投資額 件数 投資額 件数 投資額 件数 投資額 件数 投資総額
2020年 14 272 8 254 7 62 3 65 32 653
2021年 76 2,159 23 553 44 456 20 622 163 3,790
2022年 104 4,871 52 1,704 53 1,002 12 505 221 8,082

出所:矢野経済信息諮詢(上海)

例えば、大手セパレーターメーカーの深セン市星源材質科技(星源材質)は2023年2月、江蘇省南通市で手掛けるプロジェクトの1期目が稼働したと明らかにした。総投資は110億元(約2,200億円)で、3期に分けて整備する。完成すれば、湿式セパレーターの生産能力は年間30億平方メートル、乾式セパレーターは16億平方メートルに達する見込みだ。

星源材質は2003年9月に設立された車載電池向け大手部材メーカーで、2016年12月に深セン証券取引所に上場している。生産拠点は本社を置く広東省深セン市のほか、安徽省合肥市、江蘇省常州市、江蘇省南通市、広東省仏山市、スウェーデンなどに構え、研究開発センターは深センのほかに、日本(大阪)、ドイツに設置している。同社は2027年にセパレーターの生産能力が160億平方メートル、世界シェアを約3割にする目標を掲げている。

2023年に入っても、中国電池部材メーカー各社の生産拡大は続いている。中国工業情報化部の発表によると、2023年1~6月の国内生産量は、正極材が約100万トン(前年同期の生産量は73万トン)、負極材が67万トン(同55万トン)、電解液が44万トン(同34万トン)、セパレーターが68億平方メートル(同56億平方メートル)となり、前年同期比でいずれも2割を超える大幅増となった。

海外に活路を見いだす中国企業

中国電池部材メーカーは、国内の激しい競争で磨いたマーケティング力、商品の価格競争力などを武器に、海外市場開拓を進めており、中でも韓国、東南アジア、欧州市場などには積極的に展開している。

深セン証券取引所上場企業のニッケル大手、中偉新材料(CNGR)は2023年6月、韓国の鉄鋼大手ポスコと、NEV用電池材料を生産する合弁会社2社を共同設立すると発表した。いずれも韓国の慶尚北道・浦項市に設置する予定で、1社目は同年8月に設立し、正極材の中間素材となる前駆体を製造する。プロジェクトの総投資額は1兆969億6,000万ウォン(約1,097億円、1ウォン=約0.1円)で、CNGR傘下の香港子会社が8割、ポスコ傘下の電池素材メーカーであるポスコフューチャーエムが2割を出資する。前駆体の年間生産能力は前期で3万6,000トン(投資額5,790億9,000万ウォン)、後期で7万4,000トン(同5,178億7,000万ウォン)と合計11万トンに達する見通しだ。2社目は硫酸ニッケルの製錬を行う予定で、総投資額のうちCNGRが4割、ポスコが6割を出資する予定である(2023年6月29日付ビジネス短信参照)。韓国大手電池メーカー向けに部材供給するための投資が多いとみられる。

同じく中国に近く、今後の成長が期待される東南アジアへの進出も活発だ。星源材質は2023年11月、マレーシア北部ペナン州で東南アジア初のセパレーター工場の着工式を行った。第1期の投資額は50億元で、LIB向け湿式セパレーターと塗布型セパレーターの生産能力は年間20億平方メートルに上る見込みだ。同社はマレーシア進出の目的について、東南アジアではNEVや蓄電池など関連産業が急速に発展しており、サプライチェーン上の企業が相次いで進出する中、現地生産力の向上を通じて、国外市場の新規開拓やシェアの拡大に寄与するとしている(2023年8月31日付ビジネス短信参照)。

また、中国電池部材メーカーは欧州での投資も強化している。寧波杉杉は2023年9月、フィンランドに負極材の生産拠点を設けると発表した。最大投資額は12億8,000万ユーロで、負極材の生産能力は年間10万トンに達する見込み。2期に分けて建設され、各期の生産能力はいずれも5万トンで、工期は24カ月の予定だ。世界の大手LIBメーカーが相次いで欧州で工場を設けており、納入先に近い生産拠点の整備には、新規開拓と安定的な供給を図る目的がある。同社の負極材出荷量は2022年に20万トンを突破し、原料となる人造系黒鉛の出荷は世界最大規模となっている。車載電池最大手の寧徳時代新能源科技(CATL)をはじめ、LGエナジーソリューション、BYDなどに供給しているという。

海外資源の調達を強化

中国電池部材メーカーが海外進出するもう1つの狙いは、LIB向けのコバルト、ニッケル、リチウムなど重要な鉱物資源を獲得し、強固なサプライチェーンを築くことである。非鉄金属業界団体の中国有色金属工業協会が2023年3月末に公表した「2022年中国リチウム産業報告白書」によると、中国が2022年に海外から輸入したリチア輝石(リチウムの原料)は約284万トンで、リチウム原料の海外依存度が約55%に上った(「上海証券報」2023年3月31日)。

リチウム大手の江西贛鋒鋰業(ガンフォン・リチウム)は2023年6月、アルゼンチン北西部フフイ州のカウチャリ・オラロス塩湖でのリチウム開発事業で、炭酸リチウムの生産を開始したと発表した。1期目の生産能力は年間4万トン(炭酸リチウム換算、LCE)、2期目は最低でも2万トン(LCE)の計画だ。カウチャリ・オラロス塩湖のリチウム埋蔵量は約2,458万トン(LCE)に達し、世界で最大規模のプロジェクトの1つで、ガンフォン・リチウムは同プロジェクトの46.7%の権益を所有し(1期目生産分では販売権の76%を持つ)、主導権も握る。同社は、アルゼンチンで4つのリチウム開発プロジェクトを抱えている。総投資額は27億ドルに達し、総生産能力は年間10万トン(LCE)を上回る見通しだ(2023年6月20日付ビジネス短信参照)。

上海証券取引所の上場企業であるコバルト大手、浙江華友钴業は2023年12月、シンガポールの100%子会社を通じ、インドネシアで車載電池向けニッケル・コバルト混合水酸化物(MHP)を年間12万トン生産するプロジェクトを進める方針を明らかにした。総投資額は約38億4,215万ドル。うち同社は73.2%を出資するほか、ブラジル資源大手バーレ傘下のバーレ・インドネシアが18.3%、米国のフォードが8.5%をそれぞれ出資する。インドネシア東南スラウェシ州にあるポマラ鉱山の開発でMHPの原材料を加工・調達し、工期は3年の予定だ。

電池部材メーカーが直面する課題

中国電池部材メーカーは、LIBの需要拡大を見込んで大規模な生産増強を進めた結果、一部の原材料では需給バランスが悪化している。さらに、コバルトやニッケルを使わないリン酸鉄リチウム電池の普及も、これらの資源価格を押し下げた。「証券日報」によると、中国産炭酸リチウムの平均単価は2023年12月5日、1トン当たり12万7,000元に下落し、多くのメーカーの製造原価である10万元に迫っている。2022年12月の単価は約60万元だったことと比較すると、1年間で8割近くも暴落したことになる(「証券日報」2023年12月6日)。

原材料価格の急落は、電池部材メーカーの収益を圧迫している。中国金融サービス大手の万得数据(Wind)がまとめた2023年1~9月期の企業決算情報では、中国のA株市場に上場している電池部材メーカー77社のうち、前年同期に比べて売上高が縮小した企業数は45社で、拡大した32社より多かった。また、赤字企業も50社と、黒字企業の27社を上回った。

中国の電池部材メーカーにとって大きな課題の1つは、次世代電池といわれる「全固体電池」関連の新素材開発が急ピッチで進んでいることである。全固体電池は既存のLIB開発の延長線にあるものではない。液体の電解質やセパレーターがなく、正極材や負極材に使用される材料も新たに開発しなければならない。全固定電池が量産化を実現すれば、中国の電池部材メーカーが持つコスト面での優位性などは一変する可能性がある。自動車の電動化、コネクテッド化などが進められている中、次世代電池の本命ともされる全固定電池の開発競争はこれから本格化する。

執筆者紹介
ジェトロ・上海事務所
劉 元森(りゅう げんしん)
2003年、ジェトロ・上海事務所入所、現在に至る。