中国EV・車載電池企業の海外戦略 EVのサプライチェーン全体で存在感増す中国企業(インドネシア)
新規参入間近、市場の拡大狙う

2024年1月10日

インドネシア政府が積極的に推し進める政策の1つに、低炭素排出車(LCEV)、特にバッテリー式電気自動車(BEV)の開発と普及がある。政府は、ASEANひいては世界におけるBEV、車載バッテリー生産の中心地になる目標を掲げ、積極的な外資誘致や法規制改革を進めている。そのような中、中国企業は車載バッテリーに活用されるニッケル等の採掘・精錬から、車載バッテリーの開発、BEVのインドネシアでの製造・販売まで、サプライチェーン全体で積極的な動きをみせている。本稿では、インドネシアにおける中国の電気自動車・車載電池企業の動向について、市場での販売状況や進出状況、インドネシア政府の姿勢なども交え、報告する。

LCEV市場の拡大続く、BEV市場は中韓企業が牽引

インドネシアのLCEV市場は少しずつではあるが、着実に市場規模を拡大している。ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、BEVを合わせたLCEVの2023年1~10月の販売台数(卸売り)は5万2,939台で、2022年1年間の3.4倍の台数を既に販売している(表1参照)。自動車全体の販売台数におけるLCEVの割合は既に6.3%に達しており、2023年は通年で2022年の1.5%を大きく上回りそうな勢いだ。

表1:インドネシアにおけるLCEV販売台数(単位:台)(-は値なし)
ブランド タイプ(注) 2019年 2020年 2021年 2022年 2023年1~10月
トヨタ BEV 1 27 13 474
PHEV 8
HEV 331 949 1,835 4,109 28,801
現代(韓国) BEV 119 588 2,028 6,084
PHEV
HEV
レクサス BEV 26 127 197
PHEV 52
HEV 44 187 1,087
BMW(ドイツ) BEV 567
PHEV 12
HEV 6 2
DFSK(中国) BEV 2 11 102
PHEV
HEV
日産 BEV 42 63 73
PHEV
HEV 153 592 467 130
三菱自動車 BEV 6
PHEV 20 6 35 10 3
HEV
MINI(ドイツ) BEV 32 82
PHEV
HEV
ウーリン(中国) BEV 8,053 4,005
PHEV
HEV 337 248
メルセデス・ベンツ(ドイツ) BEV 145
PHEV
HEV
MG(中国) BEV 83
PHEV
HEV
スズキ BEV
PHEV
HEV 10,730
KIA(韓国) BEV 50
PHEV
HEV
合計販売台数 351 1,234 3,193 15,437 52,939
(自動車売上全体に占める割合) 0.0% 0.2% 0.4% 1.5% 6.3%
(参考)自動車全体の販売台数 1,030,126 532,407 887,202 1,048,040 836,408

出所:インドネシア自動車製造業者協会(ガイキンド)公表資料を基にジェトロ作成

モデル別の販売台数をみると、トヨタのHEV「キジャン・イノーバ・ゼニックスQ(All New Kijang Innova Zenx Q Modelista)」が1万590台で首位、現代自動車のBEV「アイオニック5(Ioniq5 Signature Extended)」が5,172台で続いた。中国企業では、上汽通用五菱汽車(ウーリン)のBEV「エアEV(Air EV Long Range)」が2,993台で5位に入っている。

表2:LCEV販売上位5モデル(2023年1~10月)
ブランド モデル 生産国 タイプ 台数
トヨタ All New Kijang Innova Zenix Q Modellista インドネシア HEV 10,590
現代 Ioniq5 Signature Extended インドネシア BEV 5,172
トヨタ All New Kijang Innova Zenix G インドネシア HEV 4,617
トヨタ All New Kijang Innova Zenix V Modellista インドネシア HEV 3,751
ウーリン Air EV Long Range インドネシア BEV 2,993

出所:インドネシア自動車製造業者協会(ガイキンド)公表資料を基にジェトロ作成

BEVに限ってみると、ウーリンと現代自動車のモデルが上位を占め、日本勢はトヨタの「BZ4X EV」が474台で5位にとどまっている状況だ(表3参照)。BEVの販売では、ウーリンと現代自動車が市場を牽引しているといえる。

ウーリンのBEV「エアEV」シリーズは、2022年の販売台数が8,053台で、2022年で最も多く売れたLCEVのモデルだった。購入時の奢侈(しゃし)税減免など政策による追い風に加え、特徴的なデザインと手に届きやすい価格帯、政府の交通規制の対象外になるという点などが消費者に好意的に受け止められた形だ。インドネシアは、慢性化している交通渋滞とそれに伴う大気汚染軽減や炭素排出量減少のため、交通量が多い道路については車両のナンバープレートに応じた交通規制を実施しているが、BEVは排気ガスを出さないとの理由からこの規制の対象にならない。エアEVシリーズの価格帯は日本円にして約200万~300万円と、多く購入されるガソリン車の価格と比較しても価格競争力がある。2023年1~10月の販売台数は4,005台と落ち込んでしまっているが、ここからの巻き返しができるかどうかが注目される。

表3:BEV販売上位5モデル(2023年1~10月)
ブランド モデル 生産国 台数
現代 Ioniq5 Signature Extended インドネシア 5,172
ウーリン Air EV Long Range インドネシア 2,993
ウーリン Air EV Lite インドネシア 506
ウーリン Air EV Standard Range インドネシア 506
トヨタ BZ4X EV 日本 474

出所:インドネシア自動車製造業者協会(ガイキンド)公表資料を基にジェトロ作成

進むインドネシア国内での生産、新ブランドの参入が加速

生産面においても、積極的にインドネシアへの投資を展開する動きをみせてきたのは、中国企業と韓国企業だ。ウーリンは2022年8月、プレミアム志向な超小型BEVである「エアEV」シリーズのインドネシア国内での生産開始を発表した。ただ、国内生産が最も早かったのは現代自動車だ。同社は、2022年3月に「アイオニック」シリーズの国内生産を開始し、その動きにウーリン、東風小康汽車(DFSK)、スズキ、トヨタが続いた

表4:インドネシアにおける主な中国メーカーによるLCEVの現地生産・組み立て開始時期
メーカー名 タイプ 生産開始時期(予定を含む)
ウーリン 小型BEV 2022年
ウーリン HEV SUV 2022年
DFSK 小型商用BEV 2023年
チェリー BEV SUV 2024年初頭
MG BEV SUV 2024年2月
GWM 小型BEV 2024年第1四半期
NETA 小型BEV 2024年第2四半期

出所:現地報道、インドネシア自動車製造業者協会(ガイキンド)から作成

今後は、既存ブランドによる新モデルの展開のほか、新たなブランドによる投資や販売も増えていくことが予想される。既存ブランドでは、ウーリンが新モデルである「Binguo」をインドネシア市場で展開、現地生産の開始も発表した(「コンパス」11月16日)。上海汽車傘下のMGも2024年2月の生産開始を発表している(「コンパス」11月17日)。BYDも2024年第1四半期をめどにインドネシア市場への参入を発表する見込みであると報じられている(「CNNインドネシア」12月6日)。

2023年8月10日から20日まで開催された、インドネシア最大の自動車展示会「ガイキンド・インドネシア国際オートショー(GIIAS)」では、初出展の中国ブランドが多くみられ、新モデルの発表が相次いだ。合衆新能源汽車(NETA)は小型EV「NETA V」を発表し、10月末から正式販売を開始した。Neta Auto Indonesia社の渉外・製品担当ディレクターであるファジュル・イルハミ氏は、NETAのインドネシアでの製品販売計画には3つの段階があるとし、(1)完成車輸入による販売、(2)完全ノックダウン(CKD)方式での現地組み立て・販売、(3)不完全ノックダウン (IKD) 方式による現地生産の開始・販売と、今後、段階的に切り替えていくことを示唆した。同氏は、CKD方式による現地組み立ての開始は2024年第2四半期を予定しているとした(「ビスニス」11月10日)。

長城汽車(GWM)は、小型BEV「Ora 03」を発表した。同社は、インドネシア市場での展開を本格化させるべく、英国を拠点とする独立系マルチブランド自動車販売会社であるInchcape社と戦略的パートナーシップを締結するなど(Inchcapeウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、市場参入への動きを加速している。GWMインドネシア社のゼネラルマネージャーであるコンスタンティヌス・ヘルリジョソ氏は、インドネシアのEV市場はポテンシャルにあふれているとし、2024年第1四半期の生産開始を目標にしていると明かした(「コンパス」8月10日)。そのほか、奇瑞汽車(チェリー)がスポーツ用多目的車(SUV)のBEV「Omoda 5 EV」を発表した。同社は、「Omoda 5 EV」のインドネシアでの組み立てを2024年初頭にも開始する方針だ(「ビスニス」11月7日)。

また、ジェトロがインドネシア政府の重要戦略インフラ事業「国家戦略プロジェクト」に指定されている、中部ジャワ州バタンの工業団地グランド・バタン・シティ(Grand Batang City)の担当者にヒアリングしたところ、いくつかの中国メーカーと具体的な契約について協議しているとのコメントもあり、進出計画が着実に進行しているものと思われる。

政府は積極的な投資呼び込み、製造・販売面で優遇

インドネシア政府はインドネシアを東南アジアの「EVハブ」にすべく、関連政策を打ち出しており、中国企業による投資を歓迎する姿勢を示している。中国企業を始めとする外資企業の投資によって、インドネシア企業との協業、ひいては技術移転が進み、国内企業の競争力向上が進むとの期待もあるだろう。こうした投資誘致の促進は、政府が推し進める国産化政策やMaking Indonesia4.0(注)の方向性とも合致する。また、2060年にカーボンニュートラルを達成するとの政府目標に対して、EVが果たす貢献にも大いに期待していることがうかがえる。

工業省は自動車産業ロードマップで、2035年の四輪車全体の生産目標400万台に対し、LCEVの生産目標を30%(120万台)に設定するなど、野心的な目標を掲げている。特に力を入れているのがBEVの開発である。2019年8月にBEV開発促進に関する大統領規定2019年第55号を公布し、2025年までに四輪車の生産台数の20%をBEVにする方針を示した。ただ、2023年12月にはその改定版となる大統領規定2023年第79号を公布し、国内調達率の要件の引き上げ時期を従来の2023年までから2026年までに延長する緩和措置を打ち出した。これにより、設備投資としての機械輸入税、EV生産原料の輸入税、奢侈税などの税優遇を受けるために必要な原材料・部品の国内調達率について、2026年までは40%以上、2027~2029年は60%以上、2030年以降は80%以上となった。

このほか、国内生産奨励を目的とする優遇政策としては、EV車両やその部品を製造する事業者に対する法人税減免の措置がある。2021年2月に施行した投資事業分野に関する大統領規定2021年第10号では、EVの車両やバッテリー、モーター製造などEV関連産業を法人税減免の対象業種とした。1,000億ルピア(約9億5,000万円、1ルピア=約0.0095円)以上の投資を行うプロジェクトに対し、投資金額に応じた期間(5~20年)と割合(50~100%)で法人税を減免する。

販売面では、奢侈税と付加価値税の減免がある。財務省は2021年7月、自動車の購入時に自動車の排気量に応じて課される奢侈税について、所定の国産化率(TKDN)を達成するBEVと燃料電池車(FCV)の課税率を実質0%(奢侈税は15%だが、課税基礎を販売額の0%と設定)とした。さらに、財務大臣規定「2023年第6号」を発出し、BEV購入時の付加価値税の税率を通常の11%から1%に引き下げることを決定した。対象はTKDNが40%超の車種とし、減税期間は2023年末までとした(2023年4月25日付地域・分析レポート参照)。

また、インドネシアは、2022年にG20議長国、2023年にASEAN議長国と政治イベントが続いた。こういったイベントの際には、ウーリンの「エアEV」を公式車の1つとして採用し、招待者の会場までの送迎などに活用した。国内外へのグリーン・脱炭素へのアピールもあったとみられるが、同時に国内消費者の「エアEV」に対する認知向上につながったとみられる。


G20公式車両に採用されたエアEV(ジェトロ撮影)

資源の高付加価値化、車載電池産業の開発も追求

こうした政策の背景には、世界一の産出量を誇り、車載電池にも利用されるニッケルの「高付加価値化」を進めたいとの政府の思惑がある。

インドネシア政府は、鉱物石炭鉱業法(法律2009年第4号:2009年1月施行)に基づき、2014年1月からニッケルの未加工鉱石の輸出を禁止した。その後、エネルギー鉱物資源相規定2017年第5号により低品位のニッケル鉱石の輸出を可能としていたものの、エネルギー鉱物資源相規定2019年第154号により、再び2020年1月からニッケル鉱石の輸出を禁止した。さらに、車載バッテリーの主要原料を生産する精錬所の開発を推進し、ニッケル鉱石の埋蔵量を保つ目的から、ニッケル銑鉄(NPI)とフェロニッケルなどニッケル含有量の低い原材料の輸出を対象に、輸出税を導入する可能性を示唆している。

ニッケル高付加価値化の一環として、政府は2021年3月、国営企業4社の連合で「インドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC)」を設立し、自ら車載電池産業の振興に乗り出した。国営企業4社は、鉱物資源会社マインド・アイディー(MIND ID)、ニッケル資源の開発などを行うアンタム(ANTAM)、石油公社のプルタミナ(Pertamina)、電力公社のピー・エル・エヌ(PLN)で、車載バッテリーのエコシステムを育成すること、2030年に年産140ギガワット時(GWh)の電池製造容量を有することを目標とする。

車載バッテリーのエコシステム育成には外資企業との協業が不可欠とみられていた中で、存在感を示したのが中国企業と韓国企業だ。寧徳時代新能源科技(CATL)は2022年4月、IBCとの間で、ニッケルの採掘・精錬を含む車載バッテリーの統合事業を行うことで合意した。ニッケルの採掘・精錬のみをみてみると、CATLのほか、青山鉄鋼や華友コバルトなど中国企業の大型投資が目立つ。韓国企業では、2021年7月に、LGエナジーソリューションと現代自動車が、インドネシア初となるバッテリーセル工場の設立についての覚書(MoU)を締結しており、2024年前半にバッテリーセルの生産開始が予定されている(2023年4月25日付地域・分析レポート参照)。

LCEV全体、そしてBEVの販売がどこまで伸びるか注視

インドネシアでは、LCEV、特にBEVの開発や、ニッケル採掘・精錬も含む車載電池関連産業での中国企業の積極的な動向が目立つ。新規完成車メーカーの参入も本格化するとみられ、消費者にとっては自動車購入時の選択肢が増えることは間違いない。一方で、LCEV市場の販売は右肩上がりで推移しているものの、自動車産業全体でのシェアは1割にも満たない。加えて、自動車産業全体の販売状況をみると、2023年11月まで5カ月連続で前年同月の実績を下回る状況だ。年末商戦を控え、販売状況が上向くことが期待されているが、長期的にはコロナ禍以前から伸び悩みをみせているインドネシアの自動車産業で、LCEV、とりわけ中国企業や政府が注力するBEVの販売がどこまで伸びるか注目される。


注:
インドネシアにおける「インダストリー4.0」。自動車、電子電機、化学、繊維・アパレル、飲食料品の5つの産業を対象に位置付け、2030年までに世界の10大経済国になることを目標として掲げる。特に自動車産業について注力しており、BEVの国産化基準を定めるなど、積極的な国内生産を進める方針を示している。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
尾崎 航(おざき こう)
2014年、ジェトロ入構。生活文化産業企画課、サービス産業課、商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部 EC・流通ビジネス課を経て、2020年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
八木沼 洋文(やぎぬま ひろふみ)
2014年、ジェトロ入構。海外事務所運営課、ジェトロ・北九州、企画部企画課を経て現職。