特集:半導体グローバルサプライチェーンはどう変わる?台湾ファウンドリーとの連携強化が要に
半導体産業の日台連携(1)

2023年2月6日

デジタル・グリーン社会の基盤である半導体の安定供給の確保は昨今、主要国・地域にとって喫緊の課題となっており、日本も国家事業として取り組む方針を明確に打ち出している。その中で、台湾積体電路製造(TSMC)をはじめとする台湾の大手ファウンドリーなどの誘致や連携強化は、国内の半導体生産・供給能力の確保、ひいては次世代製造技術の開発を進める上でカギを握るとみられる。

本稿では、台湾大手ファウンドリーとの足元の連携事例を取り上げながら、今後の日本における半導体産業の日台連携の発展可能性について考察する。また、次稿では、先端半導体の製造拠点が集中する台湾での日台連携について展望する。

海外ファウンドリーとの連携強化による供給能力確保・技術開発推進へ

経済産業省は2021年6月に「半導体・デジタル産業戦略」(注1)を公表。同戦略の中で、世界の半導体市場が1990年ごろ(5兆円)から約30年間で10倍の規模(50兆円)に拡大した一方で、同市場での日本企業のシェアは5割から1割程度に落ち込んだと指摘した。その上で、半導体はデジタル社会を支える重要基盤かつ経済安全保障に直結する戦略技術であり、半導体工場の新設・改修を国家事業として主体的に進めることが必要との認識を強調。日本の半導体産業が目指すべき方向性として、(1)国家として必要となる半導体生産・供給能力の確保、(2)デジタル・グリーン投資を支える設計開発、(3)装置・材料のチョークポイント技術強化の3点を示した(参考参照)。

参考:「半導体・デジタル産業戦略」で示した半導体分野の目指すべき方向性

(1) 国家として必要となる半導体生産・供給能力の確保
先端ロジック半導体について、経済安全保障上の戦略的自律性の強化を図るため、海外ファウンドリーとの合弁工場の設立等を通じ、国内製造基盤を確保する。さらに次世代製造技術の国産化を進める。
日本国内の既存工場については、グローバルサプライチェーンを支える役割を果たしていくため、メモリー、センサー、パワー、マイコンのそれぞれについ て、重要な半導体製造拠点の担い手とターゲットを見定め、大胆な刷新を進める。
(2) デジタル・グリーン投資を支える設計開発
ポスト 5G・Beyond 5G システムやグリーンイノベーション等を支える半導体設計・技術開発を強化する。
(3) 装置・材料のチョークポイント技術強化
経済安全保障上の戦略的不可欠性の獲得・強化を図るため、世界の半導体エコシステムおよびサプライチェーンを支える製造装置・材料分野について、海外ファウンドリーとの共同技術開発等を通じて、チョークポイント技術を磨き上げる。

出所:経済産業省「半導体・デジタル産業戦略」(2021年6月4日発表)を基に作成

(1)~(3)を進める上の具体策の中で、海外企業との連携を明示している点としては、以下の2点。

まず(1)で、先端ロジックIC(集積回路)に関し、海外ファウンドリーとの合弁工場の設立などを通じた国内製造基盤の強化と次世代製造技術の国産化を盛り込んでいる。また(3)では、海外ファウンドリーとの共同技術開発などを通じた製造装置・材料分野の技術のさらなる向上を図るとしている。

相互補完関係が成り立つ日台半導体サプライチェーン

前述の(1)(3)の中で示した日本の半導体産業における海外ファウンドリーとの連携に関しては、台湾企業との親和性が高いと考えられる。

日本の半導体産業の強みについて整理すると、メモリー、センサー、マイコン、パワー半導体など一部の部品のほか、特に半導体製造装置や素材産業で引き続き世界市場での競争力を維持しているとされる。米国半導体工業協会(SIA)のデータによると、2021年の半導体産業の国・地域別の付加価値額で、日本の構成比は13%を占める(図1参照)。また、半導体製造装置の同付加価値額についてみると、日本の構成比は米国(42%)に次ぐ27%を占めるほか、ウエハー製造(16%)、素材(14%)でも一定の存在感を示している(図2参照)。

図1:半導体産業における国・地域別の付加価値額の構成比(2021年)
米国35%、韓国16%、日本13%、中国11%、台湾10%、欧州10%、その他5%。

出所:米国半導体工業会(SIA)「2022 STATE OF THE U.S. SEMICONDUCTOR INDUSTRY」(2022年11月)

図2:半導体製造装置、ウエハー製造、素材分野における
国・地域別付加価値額の構成比(2021年)

製造装置
米国が42%、日本が27%、欧州が21%、その他が10%。
ウエハー製造
中国が21%、台湾が19%、韓国が17%、日本が16%、その他が27%。
素材
台湾が23%、中国は19%、韓国が17%、日本が14%、その他が27%。

出所:米国半導体工業会(SIA)「2022 STATE OF THE U.S. SEMICONDUCTOR INDUSTRY」(2022年11月)

さらに、これら分野のうち、特定の領域では日本企業がトップシェアを維持しているとされる。製造装置では前工程の塗布装置などで、素材では前工程のシリコンウエハーやレジスト、後工程の封止材などで、日本企業が高いシェアを有すると言われる(注2)。

日本の半導体素材産業の優位性について、みずほ銀行の村田温・台北支店・台中支店・高雄支店長は「日本の強みの源泉は専門性にある。海外の主要国・地域では、川上から川下まで一連のサプライチェーン形成が図られてきたが、日本では各社が細分化し、ニッチながらも専門性の高い技術が育ってきた」と強調する。また、村田支店長は「日系素材メーカー各社は、半導体メーカーや製造装置メーカーとの関係強化やすり合わせを通じ、その技術を高めてきた。これには時間とコストを要することから、競合他社の追従が難しい」と指摘した。

一方で、台湾企業は、TSMCなど大手ファウンドリー企業を中心としてロジックICの生産に強みを有しており、中でも線幅が狭い最先端のロジックICで特に存在感が大きい(本特集「ファウンドリーは海外進出も、最先端技術は台湾に」参照)。しかし、台湾の半導体産業のサプライチェーン全体を見ると、上流の生産設備や材料については多くを輸入に頼っている(2021年6月21日付地域・分析レポート参照)。

既出の村田支店長の指摘が示唆するように、日本企業は台湾ファウンドリーに生産を委託しつつ、上述のような製造装置や素材を供給し、相互にすり合わせを重ねながら、ともに技術を高めてきたといえる。

日本政府は、日本の製造装置、素材産業の強みや、日本国内への立地優位性などをテコに、台湾など海外の先端ファウンドリーの呼び込みを強化。その上で、前工程の微細化技術、後工程の3D積層技術など、先端半導体製造プロセスの技術開発の連携を進め、先端半導体ファウンドリーの国内立地を目指す方針を掲げる。

他方で、台湾企業にとっては、強みを有するロジックICのさらなる先端化を進め、競争力を維持する上で、日本の製造装置や素材メーカーとの連携は不可欠だ。相互連携の強化は日台双方にとってウィンウィンの関係が成り立つと考えられる。

TSMCの熊本進出からみる日台連携

最近の半導体産業での日本における日台連携の状況について概観する際、世界最大手のファウンドリー企業である台湾積体電路製造(TSMC)の対日進出事例を取り上げる。

TSMCとソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)は2021年11月、半導体の製造受託サービスを提供する子会社Japan Advanced Semiconductor Manufacturing (JASM)を熊本県に設立し、SSSがJASMに少数株主として参画することを発表した。SSSはソニーグループの100%子会社で、スマートフォンのカメラなどに用いられるイメージセンサーで高いシェアを誇る。また、2022年2月には、デンソーもJASMへの少数持ち分出資を行うと発表した。JASM熊本工場では、12~28ナノメートルプロセスのロジックICの製造が予定されており、月間生産能力は5万5,000枚、設備投資額は約86億ドルを計画している。なお、これまで日本に立地するロジックIC工場では、40ナノメートルが最も線幅の狭いノードだった。

SSSとデンソーは、それぞれ本件への参画を表明したプレスリリースの中で、半導体の安定調達への寄与に期待を示している。まずは、両社の実需に基づくノードについて国内製造を進めることで、両社にとっては調達安定化につながり、TSMCにとっては供給先確保が成り立つとみられる。他方、TSMCの魏哲家・最高経営責任者(CEO)は2023年1月12日に実施した2022年12月期決算の記者会見で、顧客の需要と政府の支援レベルを踏まえつつ、日本での第2工場建設を検討しているとも明らかにしている。JASM熊本工場の設立を皮切りとして、次なる連携事例へとつながりをみせるのか、今後の動向に注目が集まる。

台湾の市場調査会社トレンドフォースの鐘映庭アナリストは、さらに線幅の細い最先端チップの日本での製造可能性について、「ファウンドリー経営の観点からは、日本で7ナノメートル以下の先端半導体を生産するには、供給先となる日本国内の顧客ニーズが必要となる。しかしながら、現時点では日本の供給先におけるアプリケーションニーズがやや曖昧な印象を受ける。線幅に限らずチップ生産ラインの拡大には顧客のコミットメントが重要である」と指摘する。この点について、半導体の業界団体に所属し、同サプライチェーンの動向に明るい在台湾アナリストは「将来的には、日本で最先端チップの生産が行われる可能性もあるだろう」と言及。その理由について「自動運転システムの開発が日本国内で進んでいけば、最先端半導体の需要先が見えてくることになる」との見方を示した。

TSMCは利益率確保を重視、展開先のサポーティングインダストリーの存在もカギに

TSMCの魏CEOは前出の決算記者会見の中で「地政学的な(側面を考慮した)生産の柔軟性を、顧客に対するソリューションの1つとして新たに提供していくべく、台湾域外での生産キャパシティーを増やしている」と言及している(本特集「ファウンドリーは海外進出も、最先端技術は台湾に」参照)。他方で、同社は利益率の確保を重視する姿勢で一貫しており、同会見でも劉徳音董事長が「粗利率53%以上の維持が海外展開の歩調を決定する基準」と強調する。

利益率の確保に向けては、一般的には、初期コストの低減に加え、ランニングコストをいかに抑制できるかも重要視される。初期コストに関しては、日本政府からJASMに対し上限額4,760億円の助成金支給が決定している(注3)。同上限金額は予定する設備投資額約86億ドルの4割以上に相当する。

また、ランニングコストの抑制に関しては、展開先のサポーティングインダストリーの存在が重要な要素の1つといえる。劉董事長は同じく決算記者会見の中で、コスト削減に向けて進出先でサプライチェーン構築を進める考えを明らかにした。TSMCが進出を決めた日本の熊本県および九州地域には、古くから前工程や後工程を担う半導体産業の集積があり、同地域は「九州シリコンアイランド」とも呼ばれてきた。上述の助成金申請時の計画概要の中でも、「JASM は、ウエハーを主に日本のサプライヤーから調達するとともに、間接材料についても九州半導体人材育成等コンソーシアムと協力しながらローカル・サプライチェーンから 50%以上購入することを追求する」との記載がある。地元の産業基盤、サプライチェーンの有効活用を前提として計画が進められていることが読み取れる。サポーティングインダストリーの存在は、今後の日本でのさらなる連携動向を展望する上でもキーワードの1つとなりそうだ。

JASMの熊本工場設立決定後には、日本の製造装置や素材メーカーが熊本県をはじめとする九州地域などの日本国内で、生産能力の増強や研究開発機能の強化に関する新たな投資を積極化させる動きがみられる。製造装置では、荏原製作所が2022年2月、熊本県でCMP(Chemical Mechanical Polishing、化学的機械研磨)装置などを生産する工場について、新棟の建設決定を発表。2024年6月の完成を目指して生産能力を従来比1.5倍以上に拡大する計画だ。また、同社は同時に神奈川県での開発棟の建設も発表している(注4)。東京エレクトロンは2022年3月、同社製造子会社の東京エレクトロン九州の合志事業所 (熊本県) で開発棟を建設すると発表した。2024年秋の完成を目指し、前工程でウエハーへの感光材塗布と現像を行う装置であるコータ・デベロッパと、洗浄装置のサーフェスプレパレーションなどの開発を行うとしている(注5)。応用電機も2022年4月、熊本県の既存工場に新棟建設を発表。今後の需要増を見込み、半導体検査装置、開発製品の新規受注に対応できる生産体制の構築を図るとし、2023年2月の竣工を予定する(注6)。

材料メーカーの投資も活発だ。東京応化工業は2022年3月、熊本県内で高純度化学薬品などを製造する工場の新設に向けた用地取得を発表(注7)。富士フイルムは2022年9月、同県内の生産子会社の富士フイルム九州で、半導体製造プロセスの基幹材料のCMPスラリーを生産する最新鋭設備を導入すると発表した。2024年1月の稼働を予定する(注8)。半導体向けの表面処理薬品などを手掛けるJCUも2022年9月、同県で半導体関連薬品の研究開発とそれら薬品を含めた製造拠点の設立に向けた用地取得を発表している(注9)。

他方、TSMCの台湾サプライヤーが同社に追従して熊本県など日本に進出する可能性については、前出の在台湾アナリストは「台湾サプライヤーのほとんどが中小企業で、進出コストを考慮すると、日本に製造拠点を設立するケースは多くはないだろう。台湾と日本は距離が近いため、何かあれば台湾からの出張ベースでサポートする体制を取るのではないか」との見方を示した。その上で「サポート拠点として日本に駐在員事務所を設置する可能性はあるだろう」と述べた。

3D積層技術の開発でも双方の強み結集

TSMCは従来、微細化技術に注力し、強みとしてきたが、既に2ナノメートルと、その高性能版のBeyond2ナノメートルノードも手掛けており、微細化の追求には物理的限界に近づいているとみられる。また、微細化を進めるにつれて、膨大な設備投資も必要となる。SIAとボストンコンサルティンググループが2022年11月に発表したレポート(注10)によると、5ナノメートルノードの半導体設計に必要なコストは28ナノメートルノードの約10倍に上る。そうした中、同社は新たな技術として注目される3D積層化の技術開発にも力を入れている。日本政府としてもまた、微細化技術に加えて、3D積層技術も重視しているのは上述のとおりだ。

同分野でも、TSMCと日本の製造装置・素材メーカーの連携強化が図られている。TSMCが2021年3月に茨城県つくば市に最先端の3DIC実装の研究開発に取り組む「TSMC ジャパン3DIC 研究開発センター」を設立。2022年6月には同敷地内のクリーンルームの完成も発表している。経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2021 年 5 月、「ポスト 5G 情報通信システム基盤強化研究開発事業/先端半導体製造技術の開発」事業の実施予定先として、同センターを選定したと発表。同事業には実施者の 同センターのみならず、TSMC のサプライヤーである複数の日本の製造装置・素材メーカーが参画しており、さらに、産業技術総合研究や、先端システム技術研究組合(RaaS)、東京大学もパートナーとして参画している(注11)。TSMCは上述のクリーンルーム完成に関するプレスリリースでも、今後も日本の製造装置・素材メーカーと共同で研究開発に取り組んでいく方針を表明している。

上述の補助金による支援や、サポーティングインダストリーの存在は、投資の決定の際に重要な要素だ。しかし、持続的な成長には顧客・市場のニーズが不可欠といえる。また、より中長期的な視点では、例えば、パートナーとの連携強化による技術の先進化への寄与など、その他の要素も考慮され得るだろう。本稿で取り上げたTSMCによる日本進出事例では、地政学的な情勢を踏まえた顧客からのニーズに応えるためだけでなく、コスト面や市場ニーズやパートナーの存在など、さまざまな要素が総合的に勘案されている様子が読み取れる。

同進出事例を踏まえると、日本における先端ロジックICの国内製造基盤のさらなる強化を図る上では、補助金やサポーティングインダストリーなどの存在のほかにも、需要先となる次世代デジタル産業の日本での発展・育成動向がカギを握るとみられる。また、TSMCなど海外大手ファウンドリーの誘致や連携強化をきっかけとして、日本が強みを有する製造装置・素材などの技術に磨きをかけていくことがさらなる投資を呼び込む好循環をもたらすと考えられる。


注1:
経済産業省は2021年3月、日本の半導体とデジタル産業の競争力強化に向けた検討を進めるべく、同産業に関わる企業関係者や有識者、関係省庁などをメンバーとした「半導体・デジタル産業戦略検討会議」を立ち上げて第1回を開催。「半導体・デジタル産業戦略」は、第1回から第3回までの同検討会議での意見交換を踏まえて取りまとめたもの。なお、同検討会議は2022年12月までに7回開催されている。
注2:
経済産業省「半導体戦略(概略)」(2021年6月発表)での記述に基づく。
注3:
2022年6月17日に行われた閣議後の会見で、萩生田光一・経済産業相(当時)はTSMCとJASMから共同で申請のあった先端半導体の生産設備整備に関する計画について、特定高度情報通信技術活用システムの開発供給及び導入の促進に関する法律(5G促進法)に基づき認定したと発表した。
注4:
2022年2月14日付の同社プレスリリースに基づく。CMP装置はウエハー表面を研磨して平坦にするプロセスを担うもので、微細化・多層配線に欠かせない技術と言われる。
注5:
2022年3月31日付の同社プレスリリースに基づく。
注6:
2022年4月5日付の同社プレスリリースに基づく。
注7:
2022年3月9日付の同社プレスリリースに基づく。
注8:
2022年9月8日付の同社プレスリリースに基づく。
注9:
2022年9月2日付の同社プレスリリースに基づく。
注10:
米国半導体工業会(SIA)・ボストンコンサルティンググループ「The Growing Challenge of Semiconductor Design Leadership」(2022年11月)。
注11:
調査レポ―ト「台湾における半導体産業について‐台湾の関連政策と主要企業のサプライチェーン調査‐PDFファイル(2.00MB)」(2022年5月)参照。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
小林 伶(こばやし れい)
2010年4月、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジア課、企画部企画課事業推進班(北東アジア)、ジェトロ名古屋などを経て2019年6月から現職。