特集:半導体グローバルサプライチェーンはどう変わる?対中輸出管理規制、台湾企業の対中半導体ビジネスへの影響は必至か

2023年2月16日

台湾にとって、中国は集積回路(IC)の最大の輸出先であり、その市場の動向は半導体市況全体の見通しをも左右する。中国市場に関しては、2022年には、新型コロナウイルス感染拡大に伴う生産活動の停滞や消費マインドの低下などによって、IC需要の縮小が懸念されていたが、同年10月に米国が先端半導体などの対中輸出管理規制を強化したことで、不確実性がさらに高まっている。本稿では、米中間の対立を踏まえた台湾の半導体企業への影響について、有識者へのヒアリングを基に解説する。

対中半導体ビジネスの不透明感高まる

台湾財政部によると、2022年のICの輸出総額に占める中国と香港向けの割合は合計で58.0%、うち中国は31.3%だった(図1)。ただし、同年の中国向けの輸出額について、四半期ごとの伸び率(対前年同期比)をみると、第2四半期(4~6月)以降、伸び幅は3四半期連続で縮小を続けた(図2、注1)。この傾向について、経済部は2022年10月、貿易統計の発表に先立って、米中間の科学技術競争の影響に加え、新型コロナウイルス流行に伴う封鎖管理や景気後退を受けて、サプライチェーンの下流の製品の生産能力が影響を受けたと分析している(注2)。

図1:台湾の主な集積回路輸出相手(2022年)
中国31.1%、香港26.7%、シンガポール、11.1%、日本8.6%、韓国7.6%、マレーシア5.0%、その他9.7%

注:貿易額は速報値(2023年1月7日時点)。
出所:財政部統計

図2:主要国・地域向けの集積回路輸出額伸び率(前年同期比)
世界全体の輸出額伸び率は、2020年第1四半期から順に、23.1%、22.6%、21.5%、21.2%、28.2%、30.8%、27.6%、22.5%、35.2%、26.2%、11.4%、5.1%。中国は44.0%、34.2%、23.6%、22.0%、24.5%、27.9%、11.4%、8.1%、31.6%、17.0%、15.0%、8.4%。 香港は10.9%、26.9%、30.8%、23.0%、44.6%、30.0%、35.2%、34.1%、40.9%、24.1%、-2.7%、-13.6%。シンガポールは26.2%、13.6%、17.8%、24.6%、30.8%、29.7%、35.1%、23.7%、34.8%、19.5%、-4.3%、-7.4%。日本は19.8%、26.0%、7.9%、9.7%、4.1%、22.5%、46.7%、35.4%、37.3%、40.2%、20.2%、35.1%。韓国は30.1%、15.7%、24.7%、25.7%、30.2%、54.3%、36.5%、20.3%、17.8%、32.9%、24.9%、7.0%。マレーシアは-8.6%、1.8%、5.0%、12.8%、28.4%、24.3%、28.7%、37.9%、50.0%、68.4%、50.7%、29.3%。

注:貿易額は速報値(2023年1月7日時点)。
出所:財政部統計

半導体を巡る米中間の科学技術競争については、米国商務省産業安全保障局(BIS)が2020年12月に、中国の半導体最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)やその関連企業などについて、輸出管理規則(EAR)に基づくエンティティー・リスト(EL)に追加したと発表。同措置により、線幅が10ナノメートル以下のICを製造する際に必要な米国製品をSMICなどの企業に供給することが原則として不可能となった。

また、米国は「CHIPS for America Act」「CHIPSおよび科学(CHIPSプラス)法」によって、補助金を通じた半導体企業の対米投資誘致を進めている。大手半導体メーカーは、資金援助を受ける前提で投資計画を発表しており(2022年12月28日付地域・分析レポート参照)、例えば、台湾積体電路製造(TSMC)はアリゾナ州での生産拠点設置を決定。4ナノメートルのICウエハーを生産する第1工場と、3ナノメートルを生産する第2工場の建設を既に開始しており、それぞれ2024年と2026年の生産開始を目指している。ただし、CHIPSプラス法では、補助金受給企業に対し、中国を含む懸念国への投資を制限しており(注3)(2022年8月10日付ビジネス短信参照)、TSMCを含むICメーカーにとっては、対米投資と対中投資をてんびんにかけて考える必要が生じている。

さらに、BISは2022年10月7日に対中輸出管理規則の強化を発表し、先端半導体や先端半導体を含むコンピュータ関連製品、それらの製造に必要な装置(注4)を中国に輸出・再輸出・みなし輸出する場合に、BISへの事前の許可申請を義務付けた(2022年10月11日付ビジネス短信参照)。

半導体の業界団体に所属し、同サプライチェーンの動向に明るい在台湾アナリストは「2022年8月に成立したCHIPSプラス法や、同年10月に発表した先進半導体などの輸出管理規制は、海外企業の対中ビジネスに大きな影響を与え得る。米国は中国での半導体製造装置のアップグレードを止め、対中投資を抑制しようとしている」との見方を示した(2022年12月)。規制の結果、中国の半導体技術向上にかかる時間が引き延ばされ、生産コストが上昇し、半導体を含むハイテク分野での米国の優位性がより長い期間維持されることになる。また、同アナリストは「米国の対中輸出規制は、これまではELへの追加などによるファーウェイ(華為技術)やSMICなどの特定企業を対象とするものだった。しかし、10月の規制強化ではハイテク企業全体が規制対象に含まれることとなり、先端半導体に関連する対中輸出を全面的に管理するかたちとなった。人材の移動や部品の最終利用先についてまで米国が介入するようになっており、規制範囲が拡大した」と指摘した(2022年12月)。

半導体関連の新規対中投資は困難か

TSMCは米国に工場を新設する一方で、中国では江蘇省南京市に大口径の12インチ(300ミリメートル)のシリコンウエハーを用いたICチップの量産体制ギガファブ(巨大工場)を有する(注5)。南京工場では、16ナノメートルのICチップと28ナノメートルの車載用IC(注6)を主に生産しているが、このうち16ナノメートルのICは米国の対中輸出管理規制の対象になると考えられる。

具体的な影響の1つとして考えられるのが、半導体製造装置の対中輸出制限だ。ジェトロの「世界貿易投資報告」によると、2021年の世界の半導体製造輸入額に占める中国の割合は約3割と大きい市場だ。さらに、中国の貿易統計を見ると、2021年時点の半導体製造装置の輸入元上位は日本、米国、韓国、シンガポール、オランダ、台湾で、これらの輸入シェアは9割を超えた(表参照)。ところが、米国が2022年10月7日に発表した対中輸出管理規制の運用によって、米国原産品・技術が含まれる装置を中国に輸出・再輸出・みなし輸出することが困難となる可能性が高い。TSMCや韓国のサムスン、SKハイニックスなど、中国に既に製造拠点を構えている企業は中国拠点への製造装置輸出について、すぐに禁止にはならず、1年間の猶予期間を得ていると報じられているが(「中央社」2022年10月13日)、以降の供給については不透明感が強まる。TSMCについて、台湾の市場調査会社トレンドフォースの鐘映庭アナリストは「南京工場の生産拡大計画については、28または22ナノミリメートルのICの製造が主で、1年の猶予期間を既に受けているため、影響は生じないだろう。ただし、今後、半導体製造装置の調達の先行きが不透明なため、将来的な新規対中投資は難しいかもしれない」と分析している(2022年12月)。

表:中国の半導体製造装置輸入額と国・地域別構成比(単位:億ドル、%)
国・地域名 2019年 2020年 2021年
輸入額 構成比 輸入額 構成比 輸入額 構成比
総額 266.1 100.0 317.6 100.0 410.4 100.0
日本 89.3 33.6 96.5 30.4 129.2 31.5
米国 41.4 15.5 53.3 16.8 69.4 16.9
韓国 53.7 20.2 59.8 18.8 57.9 14.1
シンガポール 18.0 6.8 28.4 8.9 49.3 12.0
オランダ 16.8 6.3 28.0 8.8 34.3 8.3
台湾 25.0 9.4 26.2 8.3 31.3 7.6

注:半導体製造装置はHSコード8486で定義。2023年1月時点のデータ。
出所:グローバル・トレード・アトラスを基にジェトロ作成

米国の規制は台湾にとってデメリットとの指摘も

米国による中国での最先端半導体の開発・生産を抑制する一連の取り組みがかえってレガシー分野を含めた中国の半導体生産の自前化を促すとの指摘もある。台湾当局系の外郭団体である資訊工業策進会傘下の産業情報研究所(MIC)情報電子産業研究センターの鄭凱安シニア産業アナリストは「米国の措置によって、中国は成熟した製造プロセスの開発に集中することを余儀なくされており、製造プロセスの歩留まりと効率が向上すると予想される。同時に、成熟した製造プロセス分野でのIC設計とアプリケーションの開発がさらに進むだろう。その結果、高い競争力を得て、結果的に日本や台湾、韓国企業との競合が激化する可能性がある」との見解を示した(2022年12月)。

中国企業の台頭を後押しするのは、中国の大規模な内需と、中国政府による地場企業支援だ。内需については、中国が世界のIC輸入額の3割を占める(2021年ベース)など存在感が大きい。また、米国半導体工業会(SIA)とボストン・コンサルティング・グループの合同調査によると、2020年の世界の半導体OEM需要は米国が34%で最大、次いで中国が27%だった。これらの中国企業には、ファーウェイやレノボ、BKKエレクトロニクス、シャオミなどが含まれるという。

他方、政策に目を向けると、中国は、台湾企業や韓国企業の在中国工場で生産または国外から輸入したチップを多く利用していると言われる。中国政府はこうした国外依存からの脱却を目指し、国産チップの応用や適合能力を高めるとしている(2021年9月7日付地域・分析レポート参照)。IC技術の発展は一朝一夕ではないものの、内需と政府の支援をてこに、中国のIC製造企業が技術開発を継続する可能性は高いだろう。鄭凱安シニア産業アナリストは「結果的に中国のサプライチェーンと、米国や同盟国のサプライチェーンが構築される可能性がある」と分析している。

さらに、中国が国内で独自の半導体サプライチェーンを構築した場合、台湾企業が中国市場でのビジネスチャンスを失う状況にもつながりかねない。半導体の業界団体に所属するアナリストは「中国が自前のサプライチェーンを構築してしまえば、台湾企業の既存の中国ビジネスに損失が生じるほか、今後新たに中国市場に進出する余地もなくなる可能性がある。特に、線幅の大きい半導体市場(成熟分野)ではこの影響が深刻になる」と指摘した。

このほか、MIC情報電子産業研究センターの鄭凱安シニア産業アナリストは、台湾のICデザイン企業は中国に顧客を多く抱えているとした上で、「米国による規制が長期にわたり、中国の半導体製造企業の生産が停滞した場合、(台湾のICデザイン企業に)影響が生じる可能性もある」と述べた。

ここまで、台湾企業の対米投資と対中投資の動向を整理してきた。米国政府はこれまでは、ELなどによって特定企業向けの取引を制限するかたちで、中国への半導体輸出を規制してきたが、2022年10月以降は、先進半導体とその装置の輸出を制限することで、より網羅的な管理を強めている。米国の政策を受け、TSMCをはじめとする台湾のファウンドリー企業は、先端半導体分野に関わる対中ビジネス戦略について、再考を迫られている。また、ファウンドリー以外の企業も、米国の対中規制が長期化すれば、中国地場企業向けなど内需をターゲットにしたビジネスモデルの再編に直面する可能性があるだろう。


注1:
グローバルIC市場の在庫調整(本特集「半導体の特需は一巡、在庫調整は2023年後半まで続く見込み(世界)」参照)により、日本、韓国、マレーシアなどの伸び率も第2四半期(4~6月)をピークに縮小傾向が続くようになった。
注2:
経済部統計処「半導体業全年産値可望続創新高」2022年10月5日。
注3:
28ナノメートルより先進の半導体生産について、中国で著しく拡大することを 10 年間禁止。
注4:
輸出者の商品が以下の(1)~(3)を満たす半導体を製造する在中国の施設で生産・開発に使用されると認知している場合、全ての輸出管理規則(EAR)対象製品の輸出・再輸出・国内移転時に、商務省への事前の許可申請が義務付けられた。ただし、申請をしても原則不許可となる。
(1)16ナノメートルまたは14ナノメートル以下のロジックIC
(2)18ナノメートルハーフピッチ以下のDRAM
(3)128層以上のNANDフラッシュメモリ
注5:
TSMCは上海市に8インチ(200ミリメートル)のシリコンウエハーを用いたICチップ生産工場も有している。
注6:
南京工場については、TSMCが2021年4月に車載用の28ナノメートル製造プロセスの生産能力拡大の追加投資を発表した。計画では、2022年下半期に量産を開始し、2023年には生産能力が月産4万枚に達する予定(「工商時報」2021年4月23日)。 TSMCの魏哲家・最高経営責任者(CEO)は2023年1月12日に開催した2022年12月期決算の記者会見で「中国で拡張中の28ナノメートルプロセスについては、ローカル顧客を支援するため計画どおり投資を進めるとともに、全ての規制やルールには十分に従う」と言及している。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
柏瀬 あすか(かしわせ あすか)
2018年4月、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、市場開拓・展示事業部海外市場開拓課を経て現職。