特集:進む北米のEV化、各地域の市場と政策を探る国内生産実現と早期普及、双方をにらんで政策展開(米国、カナダ)

2022年11月24日

北米の電気自動車(EV)市場が、予想を上回る勢いで伸びている。米国では、2030年の新車販売台数が全車の5割を超えるとの予測もみられる。カナダでも、2030年に120万台の販売目標が掲げられた。

米国のジョー・バイデン大統領は、インフラ投資雇用法やインフレ削減法などを通じて、政策を多角的に打ち出している。米政府はEV普及を進めるとともに、EV化に伴う自動車産業の空洞化を回避し、国内でEVのサプライチェーンを早急に構築したい意向だ。他方、課題は山積している。早期のEV普及と国内生産体制の構築を両立できるか、その動向が注目されている。

加速する北米のEV化、2030年時点で販売台数12倍超へ

北米のEV(注1)市場は、大方の予想を上回る勢いで拡大している。

米国の2022年第1~3四半期(1~9月)のEV販売台数は全車の6.5%を占めた。前年から2.4ポイント増加したかたちだ(モーターインテリジェンス調べ)エネルギー関連の調査会社であるブルームバーグNEFは、2030年時点でEVが全車販売台数に占める割合を52%と予測している。ボストン・コンサルティング・グループもバッテリー式電気自動車(BEV)と燃料電池車(FCV)だけで47%に上るとみている。

カナダでも、2021年の自動車販売台数に占めるEVの割合が前年比1.8ポイント増の5.6%と伸びている。またカナダ政府は、2030年のEV販売を120万台にする目標を掲げている。

図1:米国のEV販売台数割合予測
2019年、2020年は2%,2021年は4%,2022年(第1四半期から第3四半期)は6%となった。ブルームバーグの予測では、2025年に23%、2030年に52%となる。

注:第1四半期から第3四半期の合計販売台数より算出。
出所:ブルームバーグNEF、モーターインテリジェンス、エネルギー省データからジェトロ作成

EV普及の背景に連邦政府の普及策

米国では、テスラのスポーツ用多目的車(SUV)タイプのEV「モデルY」が2022年第3四半期に車種別の販売台数で第8位。乗用車の「モデル3」が第9位に浮上。主要都市やその郊外でも、日常的にBEVを見かけるようになった。一部の専門家は、EV市場がテクノロジーの普及過程でいう「インフレクションポイント」(注2)に達し、今後さらに勢いが増すのではないかと指摘している。

この背景には、連邦政府による積極的なEV普及策がある。バイデン大統領は2021年8月、温室効果ガス(GHG)を削減する取り組みの一環として、2030年までに新車販売の50%以上をEVとFCVにするという目標を掲げた。環境分野では、2026年モデル車について、GHG排出量を1マイル(約1.6キロ)当たり161グラム、燃費基準を1ガロン(約3.8リットル)当たり49.1マイルとする厳しい基準を定めた。また、連邦政府が購入する車両は2035年までに全てEVにするとも発表している。

2021年11月に成立したインフラ投資雇用法の下では、EVスクールバスの購入に5年間で50億ドルの助成金が支出される。そのほか、州政府向けの「EV充電プログラム」(2022年9月29日付ビジネス短信参照)の運用が始まった。その狙いは充電施設を増設するところにあり、5年間で予算総額50億ドルに上る。「代替燃料回廊」(注3)を中心として州間高速道路に、50マイルごとに少なくとも4基(充電ポート各4口)急速充電器を設置する。各州政府による申請は、2022年9月に承認済みだ。連邦政府はこうしたイニシアチブを通じてさらなる民間投資を誘引し、2030年までに充電器を50万基設置しようとしている。

リチウムイオンバッテリーの国内生産に向けた青写真

他方、EVへの移行が進む中、国内のサプライチェーン構築が喫緊の課題になっている。エネルギー省(DOE)は2021年6月、EV価格の約3割を占めるバッテリーを対象に「リチウムイオンバッテリーに関する国家計画」を策定した。この計画に基づき、中国を中心とするサプライチェーンからの脱却を目指す。短期的には、パートナー国との協力を強化。中長期的には、原材料の見直しや代替品の開発による新たなサプライチェーンを構築するための青写真を提示した。この計画によると、2020年時点で世界のEV用リチウムイオンバッテリーセルの生産能力は747ギガワット時(GWh)だった。そのうち中国が76%を占め、米国は約8%の59GWhにとどまっている。世界の生産能力は2025年までに2,492GWh、米国でも224GWhに増加する。その一方、米国でのEV需要はこの生産能力を上回ると試算されている。さらに、後述のとおり、原材料である重要鉱物の多くは、米国外からの調達に依存せざるを得ない。特に精製品については、中国が圧倒的なシェアを占めている。

こうした中、国家計画を具体化するため、複数の施策が策定されている。2022年5月には前出のインフラ投資雇用法の下、米国内でバッテリーの生産やリサイクルのサプライチェーンを構築するために、31億6,000万ドルの助成金が設けられた。また、DOEも研究開発のために4,500万ドルの助成プログラム「米国の低炭素生活のための電気自動車(EVs4ALL)」を発表している。

インフレ削減法でEV普及とサプライチェーン確立を狙う

2022年8月に成立したインフレ削減法には、EV普及と米国を中心としたサプライチェーン確立の双方を目的とする歳出項目が盛り込まれた。EV普及に関しては、「2009年米国再生・再投資法」で定めた税額控除額(注4)を据え置いた。そのほか、メーカーごとの累計販売台数の上限(20万台)が撤廃された(注5)。これにより、ゼネラルモーターズ(GM)やテスラの車両も、再び税額控除の対象になる。対象車両も拡大した((1) FCVを対象車両に追加する、(2)中古車の控除額を最大4,000ドルに、商用車を最大4万ドルに設定する、など)。また、生産者向けの税額控除も講じられた。(1)バッテリーセルを製造した場合、1キロワット時(kWh)当たり35ドルが、(2)バッテリーモジュール製造の場合は、1kWh当たり10ドル、(3)電極活性物と重要鉱物(注6)を製造する場合については生産者負担額の10%、と設定した。これにより、生産と消費の両面でEVの普及を促進する仕組みが整備されたことになる(2022年8月18日付ビジネス短信参照)。

他方、米国を中心としたサプライチェーンの確立に関しては、特別な要件も設定された。法律の原文を読む限り、バッテリー生産のほぼ全ての過程から中国を締め出し、北米にサプライチェーンをシフトさせようとしている。

  • 税額控除の対象車両について、北米での最終組み立てを義務付けた(以下、組み立て要件)。また、バッテリーに含まれる重要鉱物のうち40%(調達価格ベース)が、米国か自由貿易協定(FTA)締結国(注7)で抽出もしくは処理され、または北米でリサイクルされる必要がある。この割合は、2024年以降10%ずつ段階的に増加し、2027年には80%になる。バッテリー部品に関しても、2023年から50%が北米で製造または組み立てられる必要がある。この割合は、段階的に引き上げた後、2029年以降は100%となる(以下、調達価格要件)。
  • 加えて、重要鉱物は2025年、部品は2024年以降、「懸念される外国の事業体」(注8)が関与した場合に、税額控除の対象外となる(以下、事業体要件)。

インフレ削減法が示す税額控除の要件は、中長期的に米国の自動車産業の空洞化を回避し、雇用を確保するのが狙いだ。そのために思い切った措置と言えるだろう。それだけに、業界団体などからは、政府の判断を評価する声が聞かれる。さらに、バッテリー用重要鉱物の採掘や精製を担う米国内の鉱業界では、新たな商機の到来に対する期待が高まっている。今後、重要鉱物を使用しない新たなバッテリーの開発が促進される可能性も高い。

一方、組み立て要件を満たす車両は、2022年8月時点で市場に投入されているEVの約3割にすぎない。調達価格要件や事業体要件が加わると、税額控除の全額が対象となる車両はほぼゼロになりかねない。例えば、インフレ削減法の成立過程で、民主党のジョー・マンチン上院議員(ウエストバージニア州)が調達価格要件を成立条件としたと報じられている。関係者の十分な賛同を得ず成立した同法に関し、日系を含む自動車関連団体や政府関係者から、「EV普及とは相いれない結果になりかねない」といった声が聞かれる(2022年8月5日付ビジネス短信参照)。またEUや韓国、中国は、WTOに基づくルールに違反しているとして、見直しを求めている。

このような状況を受け、財務省は2022年末までに同法の運用ガイダンスを発表する予定だ。業界団体は現在、米政府に対しロビー活動を行っている。連邦政府と業界関係者、諸外国による調整がどのように進められるか、注目が集まる。

バッテリー材調達では複雑な調整を要す

ここで、インフレ削減法によるEV税額控除の要件の中でも、達成が困難とみられる重要鉱物の調達について概観する。

EV用として主流の三元系(注9)リチウムイオンバッテリーの主な原材料は、同法で重要鉱物に指定されている。例えば、正極材のリチウム、ニッケル、コバルト、マンガンと、負極材のグラファイトなどだ(図2参照)。これらのいずれも、米国内生産は限定的だ(注10)。さらに、事業体要件を満たすためには、2025年以降、中国からの調達を避けなければならない。結果、バッテリーメーカーなどは、生産体制の確立に向け複雑な調整を行う必要が生じる。

図2:バッテリーセルに含まれる鉱物の割合(重量)
グラファイトが32%、アルミニウムが22%、ニッケルが18%、銅が13%、マンガンが6%、コバルトが5%、リチウムが4%となった。

注:60キロワット時のバッテリーの例。
出所:Transport & Environment、Mineral Price.com

正極材の価格のうち大きな部分を占めるリチウムについては、世界の8割以上に当たる年間8万1,000トンが、オーストラリアとチリで採掘されている(図3参照)。このいずれも、米国がFTAを締結している国だ。また、米国内で、アルベマール(内資の化学品製造会社)がネバダ州シルバーピークで塩水からリチウムを採取する事業を展開しているほか、2027年をめどにノースカロライナ州キングス・マウンテン鉱山の再開を予定している。リチウム・アメリカズ(カナダ系の資源会社)も、ネバダ州タッカーパス鉱山で採掘事業の計画を進めている。さらに、アルベマールは精製事業のため米国内に年間10万トン規模の生産能力を有する拠点の設立を計画している。そのほか、ピードモント・リチウム(内資の資源開発会社)がテネシー州とノースカロライナ州で年間100万台分の供給を行うため、2025年以降に拠点を立ち上げる予定だ。

図3:バッテリー用鉱物の生産量の上位5カ国の内訳(2021年)
リチウムはオーストラリアが53.6%、チリが25.3%、中国が13.6%、アルゼンチンが6%、ブラジルが1.5%、ニッケルはオーストラリアが8.1%、ロシアが12.7%、インドネシアが50.8%、フィリピンが18.8%、ニューカレドニアが9.6%、コバルトはオーストラリアが3.9%、コンゴ民主共和国が84.5%、ロシアが5.4%、フィリピンが3.2%、カナダが3.0%、グラファイトは中国が84.8%、ロシアが2.8%、モザンビークが3.1%、ブラジルが7%、マダガスカルが2.3%となった。

出所:米国地質調査所(USGS)データを基にジェトロ作成

ニッケルとコバルトは、それぞれ主にインドネシアとコンゴ民主共和国で採掘されている。いずれも米国内の生産量は、世界の1%にも満たない。また、精製品の多くが中国で生産されている(図4参照)。こうしたことから、政府は前出の国家計画の中で、両鉱物を「特に外国依存から脱却すべき鉱物」と位置付けている。

ニッケルに関する米国内の現状は、ランディン・マイニング(カナダの鉱山会社)がミシガン州イーグル鉱山で採掘しているだけにとどまる。ただし、タロン・メタルズ(内資の探鉱会社)も、ミネソタ州タマラック鉱山で採掘に向けて調査を進めている。また、コバルトに関して、国内生産はほとんど行われていない。ただし、ジャボア・グローバル(オーストラリアの鉱山会社)が2023年にアイダホ州サーモンで採掘を始める予定だ。個別メーカーが材料確保に向けて努力する動きもみられる。例えばGMは、クイーンズランド・パシフィック・メタルズ(オーストラリアの探鉱会社)からのコバルト・ニッケル調達について契約した。

他方、ニッケルやコバルトを使用しないリン酸鉄リチウムイオン(LFP)バッテリーの開発も期待されている。このLFPバッテリーについて、フォードは2026年に北米で生産を現地化すると発表した。テスラは、2022年第1四半期(1~3月)に販売した車両の約半数にLFPバッテリーを搭載済みだ。さらにフォルクスワーゲン(VW)も、2023年以降これをオプションに追加する。LFPバッテリーは、三元系リチウムイオンバッテリーに比べ、エネルギー密度が低いものの、安価という特長を持つ。原材料のリン鉱石が、米国でも一定量採掘されているのも強みだ。LFPバッテリー以外でも、パナソニックエナジーがニッケルの比率を高め(コバルト含有量を減らして)製品開発する試みなどが散見される。今後の技術改良が期待されるところだ。

図4:バッテリー用鉱物の処理量の上位3カ国の内訳(2019年)
リチウムは中国が57.8%、チリが28.6%、アルゼンチンが9.6%、ニッケルは中国が35.3%、インドネシアが14.7%、日本が7.6%、コバルトは中国が64.7%、フィンランドが9.5%、ベルギーが4.9%となった。

出所:IEAデータを基にジェトロ作成

負極材の材料としてほぼ全量を占めるのが、グラファイト(黒鉛)だ。その世界生産のうち8割以上を、中国が占めている。片や米国では1950年以降、生産されていない。その結果、全てを米国外(うち中国が3割以上)からの輸入に頼っているのが実情だ。国内での調達を進めるため、DOE融資プログラム局(LPO)は2022年4月、シラーテクノロジーズ(オーストラリアの鉱物探査会社)によるルイジアナ州でのグラファイト生産拡張に対し、最大1億700万ドルの融資を承認した。また、アラスカ州キグルアイク山脈では、グラファイト・ワン(カナダ系)による開発事業が進行している。他方で代替品として実用化が期待されているのが、シリコン材だ。シラ・ナノテクノロジー(内資)は、2024年にワシントン州でその生産を開始する予定と言われる。そのほかテスラも、企業買収を通じ開発を進めている。

インフレ削減法の税額控除要件は一部を除いて2023年1月から適用される。しかし、現実には多くの課題が残されている。EV普及を加速させつつ、国内でサプライチェーンを構築できるのか、米国政府の対応が今後の見どころだ。

地域ごとに、状況や課題は異なる

本特集の総論に当たる本稿では、最近の連邦政府によるEV普及策と、特にメーカーが対応に苦慮すると思われるバッテリー生産を巡る動向について紹介した。

本稿に続く各論として、「EV・バッテリー生産に向けた動きが加速する米国南東部」では、南東部州のビジネス環境と誘致政策、最近の投資実績などについて取り上げる。南東部では、ほぼ全州で主要メーカーによる生産拠点設立が発表されている。当該域内が、EV集積地として新たなエコシステムが生まれつつあることを報告する。「中西部でもEV化が進展(米国)」では、伝統的な自動車サプライチェーンを持つ北西部のEVシフトについて報告。州をまたがる規制やインフラ整備、EV産業振興策を紹介する。「米加州、2022年ZEV販売台数32万台見込むも、EV充電器の約3割に不具合」では、EV普及率が最も高いカリフォルニア州の現状に触れる。需要が拡大するEV充電施設を巡る州政府の取り組みや、バッテリー分野のスタートアップ企業の動きを紹介する。「カリフォルニア州、トラックを中心とした商用車のZEV化を推進」では、カリフォルニア州の厳しい環境規制を受けて、EVトラック市場が活性化している現状についてまとめる。「米テキサス州のEV市場、都市部中心に静かに加速」では、石油産業を中心と産業構造を持ちながら、テスラが本社・生産拠点を構えるテキサス州について解説する。最後に「EV市場に大きな成長余地、充電基盤整備が課題(カナダ)」では、カナダのEV市場の特性や政策、バッテリー工場を含む投資誘致などの動きについて記述する。


注1:
ここでいう「EV」とは、バッテリー式電気自動車(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)。
注2:
インフレクションポイントとは、製品が一時的な流行ではなく、トレンドになる転換点という意味。
注3:
代替燃料回廊とは、主要な高速道路沿いに連邦政府が指定した充電・代替燃料供給施設を結ぶネットワーク。陸上交通修繕法(FAST法)第1413条が、その根拠。電気、燃料電池、プロパン、天然ガスの燃料供給技術を採用する乗用車や商用車の機動性を向上させるのが目的だ。
注4:
2009年米国再生・再投資法では、EV購入者に対し、1台当たり最大7,500ドルの税額控除を規定した。
注5:
内国歳入庁(IRS)によると、2009年12月31日以後のEV販売台数が20万台に達した場合、翌四半期の控除額は100%で据え置かれる。しかし、その後6カ月間は50%、次の6カ月間は25%に削減。以降は0%になる。 テスラの場合、2020年1月の販売分から税額控除の適用外となった。
注6:
米国地質調査所によると、米国経済または国家安全保障にとって不可欠で、サプライチェーンが混乱しやすい非燃料鉱物または鉱物材料。
注7:
対象になるFTAは、オーストラリア、バーレーン、カナダ、チリ、コロンビア、コスタリカ、ドミニカ共和国、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、イスラエル、ヨルダン、韓国、メキシコ、モロッコ、ニカラグア、オマーン、パナマ、ペルー、シンガポール、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)。
注8:
合衆国法典第42編18741条(a)(5)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照。
注9:
リチウムのほか、コバルト、ニッケル、マンガンを正極材として利用するバッテリーのこと。
注10:
IEAは、2040年の世界のEV販売台数が2020年の約24倍の7,000万台超になると仮定すると、リチウム、ニッケル、コバルト、グラファイトの需要が大幅に増加すると予測している(それぞれ、43倍、41倍、21倍、25倍)。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 リサーチ・マネージャー
大原 典子(おおはら のりこ)
民間企業勤務を経て2013年からジェトロ・ニューヨーク勤務。自動車産業を柱に米国の産業調査を担当。