特集:進む北米のEV化、各地域の市場と政策を探る米テキサス州のEV市場、都市部中心に静かに加速

2022年10月17日

米国テキサス州で、電気自動車(EV)大手テスラの躍進が止まらない。同社のイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は2020年7月に同州オースティン市でのEV工場「ギガテキサス」の建設を、2021年10月には同州への本社移転を表明した。2022年4月にはギガテキサスからEV出荷が開始。7月にはギガテキサスに隣接する68エーカー(27万5,000平方メートル、東京ドーム約6個分)の用地で新たな何らかの製造計画があることが明らかになった。9月にはギガテキサスから南に225マイル(約360キロ)、メキシコ湾岸の中核都市コーパスクリスティ市近郊で3億7,500万ドルを投じ、EV用バッテリーに使用する水酸化リチウムの精製工場を建設する可能性も浮上した。テスラを核とするEV製造業が地域経済に明るい話題を提供している。

一方、テキサス州と言えば、多くの人が「大型のガソリン車で豪快に疾駆する土地」のイメージを強く持っているはず。果たして、EVは受け入れられているのだろうか。

州民の5割強がEVに肯定的

「カリフォルニア州がずれているのではない。テキサス州やミシシッピ州とは足並みはそろわないが、世界とは足並みはそろっている」。カリフォルニア州大気資源委員会(CARB)は8月25日、州内で販売する全ての新車乗用車(小型トラックを含む)を2035年までに無排出車にする目標の達成に向けた規制を承認した。上記はCARBの一委員のコメントだ。テキサス州は、EV推進派にとって対極に位置する土地の代名詞である。2022年のテキサス州議会では、EVが増えると、州高速道路の建設財源の3割を占めるガソリン税収が減るとして、EVに年間200ドルの新税を課す提案がなされた。結果として廃案になったものの、原油生産量が全米の5割を占める石油産業の中心地テキサス州ならではの動きと言えよう。

米国エネルギー省の2021年統計によると、テキサス州内のEV登録台数は8万900台。州別では、カリフォルニア州の56万3,100台、フロリダ州の9万5,600台に次ぐ3位と多い。しかし、全ての登録車両に占めるEVの割合はわずか0.3%にすぎない。1位のカリフォルニア州の1.6%のみならず、ワシントン州(1.0%)、オレゴン州(0.8%)、コロラド州、ネバダ州、ニュージャージー州(各0.7%)などに後れを取り、普及の余地は大きい。

テキサス州民は実際のところ、EVをどう受け止めているのか。脱炭素を推進する環境系非営利団体コルテュラ(本部:ワシントン州シアトル)が2021年11月、全米各地でEVに対する認識についてアンケート調査を実施したところ、テキサス州の回答者のうち「肯定的」が52%と、「否定的」の26%を大きく上回った。調査実施主体がEV支持を掲げる団体なことなどから、肯定的な意見が多めに出た可能性はある。とはいえ、意外に前向きな意見が多いという印象を受ける。

米国エネルギー省のプログラムであるダラス=フォートワース・クリーン都市連盟のウェブサイトでは、テキサス州のEV登録台数を郡単位で確認できる。2022年8月10日時点の最新データによると、州内約14万8,000台のEV登録台数のうち、テスラが本社を構えるトラビス郡(群庁所在地オースティン市)で2万1,079台、ハリス郡(同ヒューストン市)で2万575台と多く、ダラス郡(同ダラス市)の約1万5,417台、コリン郡(同ダラス近郊マッキニー市)約1万3,383台、ベア郡(同サンアントニオ市)1万1,619台と続く。これらは全て都市部だ。

先のコルテュラの世論調査によると、全米回答者のうち18~34歳の若者世代では、71%が2030年までのガソリン車からの脱却を支持しているという。実際に州内の都市部ではこの1年ほどで、テスラの高級セダン「モデル3」を随分見かけるようになった。テキサス州でも都会で生活する若者を中心に、EVが肯定的に受け止められていると言えそうだ。

テキサス州、充電ステーション建設に4億ドル

テキサス州でのEV拡大のカギについて、コルテュラの世論調査報告は「連邦による7,500ドルの税額補助」と「充電器の増加」を挙げている。

まず、政府による財政支援は続く。2022年8月に成立したインフレ削減法では、EV新車1台当たり最大で7,500ドルの税額控除が2032年まで継続することを規定した(2022年8月18日付ビジネス短信参照)。製造車両の原産地規則や購入者の所得制限などの縛りはあるものの、EV普及に向けて一歩前進との見方はある。

また、充電器整備にも追い風は吹いている。2021年11月成立のインフラ投資雇用法の下、全米で75億ドルが投じられ、2030年までに50万基の充電器が設置される。テキサス州では今後5年で州別最多の4億ドルが投じられ、州内にある州間高速道路沿いの充電器が約2倍に増える見込みだ。

テキサス州に設置された充電施設は2,126基(米国エネルギー省、2022年9月時点)で、8割以上がダラス=フォートワース、ヒューストン、オースティン、サンアントニオの各広域都市圏に集中する〔ダラス連銀2022年第2四半期(4~6月)報告〕。テキサス州運輸局は、まず州間高速道路や主要幹線道路沿いに充電施設を50マイル(約80キロ)おきに配備する計画だ。グレッグ・アボット知事は「州の整備計画により、EV充電に必要となるインフラを全ての州民が利用できるようにしなければならない」と意気込む。

都市部を中心に充電器の設置例が増えている。石油精製大手フィリップス(本社:テキサス州ヒューストン)は2022年6月、充電器を同社のガソリンスタンドに配備すると発表した。1号機はヒューストン市中心部の旗艦店に設置した。また、テキサス州東部を中心に有名なガソリンスタンドチェーンのバッキーズ(本社:テキサス州レイクチャールズ)は2021年11月、同州中心に南部に展開する26カ所のガソリンスタンドにテスラの急速充電器を配備すると発表している。

テキサス大学オースティン校の運輸工学専門のチャンド・バーツ教授は、充電インフラの整備計画を追い風に、EVを選択する人が増えると見通し、「今後2~3年で明確に(充電器の)需要が増えるだろう」とコメントした(「テキサス・トリビューン」6月20日)。


ヒューストン市内のフィリップス66の充電ステーション(ジェトロ撮影)

EV採用に動く「世界のエネルギー首都」ヒューストン

「2030年までに、ヒューストン地域の新車販売の50%をEVに」。ヒューストン市やヒューストン大学、電力大手センターポイント・エナジー、石油大手シェルなどが2019年に創設した官民連携組織イボルブ・ヒューストン(Evolve Houston)は、ヒューストン都市圏の温室効果ガス排出削減を実現するため、EV普及を推進している。同市が2020年4月に発表したヒューストン気候変動対策計画(Houston Climate Action Plan)では、2050年までのカーボンニュートラル達成を目標に掲げた。ここでイボルブ・ヒューストンとの協力により、EVの理解促進や普及を図ることが明記された。計画では、非緊急車両や軽量の自治体車両を2030年までに100%EVにすることを目指している。

同市は既にEV採用を増やしている。2022年2月に老朽化が進んで買い替え時期を迎えた公共車両100台をEVに切り替えた。2030年までに購入対象はゼロエミッション車両のみにする考えだ。シルベスター・ターナー市長は「全ての非緊急と軽量の車両をEV化するまでには長い道のりがある。しかし、われわれは模範を示し続ける覚悟だ」と決意を示す。

ヒューストン地域では、民間事業者のEV利用も進み始めている。自動運転車両開発メーカーのニューロ(本社:カリフォルニア州マウンテンビュー)は9月8日、米国内のウーバーイーツの配達に同社EVを活用することに合意したと発表した。10年にわたるパートナーシップ契約で、2022年秋に同社本拠のマウンテンビューに加え、ヒューストンで開始する予定だ。ニューロは2019年3月に食料雑貨大手クローガー、同年12月にウォルマート、2020年5月にドラッグストア大手CVS、2021年6月には配送大手フェデックスとそれぞれ、ヒューストン地区で自動運転EVによる配送実証で提携すると発表している。

イボルブ・ヒューストンによると、ヒューストン地域のEV登録台数は2020年以降で2倍以上に増加した。先に挙げた最新データによると、同地域のEV登録台数は約2万台あるが、2022年だけでさらに1万台の追加が予測されている。

仮にテキサス州内の全ての自動車がEVに置き換わると、エネルギー消費量は現時点の28%増になるとの予測もある(テキサス大学オースティン校)。購入インセンティブや充電器整備以外にも、こうした新たな課題はさらに浮上するだろう。普及への道のりは遠いものの、テキサスEV市場は確かに、静かに加速を始めている。

執筆者紹介
ジェトロ・ヒューストン事務所長
桜内 政大(さくらうち まさひろ)
1999年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューヨーク事務所〔戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員〕、海外調査部北米課、サービス産業部ヘルスケア産業課などを経て、19年10月から現職。編著書に「世界の医療機器市場―成長分野での海外展開を目指せ」など。