特集:EPAを強みに海外展開に挑む-日本企業の活用事例から吉久保酒造から学ぶFTA活用による日本酒のベトナム・タイ向け輸出(茨城県)

2022年7月1日

吉久保酒造外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (茨城県水戸市)は、創業以来、12代にわたって代表銘柄である「一品」をはじめとした純米酒や純米大吟醸を展開する。同社はこれら日本酒の輸出にあたり、経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)(以下、FTA)を利用しており、FTA利用のきっかけやメリットなどについて、同社の吉久保博之代表取締役社長と海外営業を担当する萩野美沙氏に聞いた(取材日:2022年2月28日)。


同社の酒蔵内(吉久保酒造提供)
質問:
貴社の海外展開について。
答え:
現在、北米、南米、アジア、オセアニア、ヨーロッパの計14カ国に輸出している。オーストラリアには現地法人があり、主にオーストラリア国内とニュージーランドにて営業活動を行っている。新型コロナ前までは販路開拓のため、約20カ国へ自ら足を運んだ。輸入も事業の一環だが、主に輸出を行っており、海外での売り上げが当社の売り上げ全体の約3割を占める。直接輸出を行なっているのはベトナム、台湾である。
最も輸出している商品は、純米酒と純米大吟醸酒である。純米大吟醸は海外向けに商品開発を行い、値段も抑えられるところまで抑えている。取引相手には辛い物が好まれる国のバイヤーも多く、辛い物を食べてもしっかり味や香りが分かるように工夫した海外向けの商品開発を行っている。輸出する商品はこちらから提示するのではなく、様々な商品を輸入者に試してもらい、その国に合った商品を選んでもらっている。海外では日本食レストランや富裕層ではなく、現地系のレストランなどをターゲットにしているため、売値や販売方法は我々よりも市場をよく知る現地企業に任せており、新型コロナ禍においても順調に海外の売り上げを伸ばしている。また、マドリッド協定議定書出願(注1)により、20カ国で商品名の商標登録も行っている。
直接輸出を行っているベトナムには、主に純米酒と純米大吟醸酒を輸出しており、輸出を始めてから現在までの約2年で業績が軌道にのってきている。国際化施策を進める茨城県が2014年に行った海外進出支援事業の一環としてベトナムを訪問し、ハノイとホーチミンで商談を行った。その当時商談をした商社を通じて、現在の輸入者であるハノイの地場企業と2016年ごろに出会い、2020年から輸出を開始。輸入者が輸入ライセンスの取得、および現地側で酒を輸入する際に必要な商品の分析や登録に時間がかかったため、輸出を開始するまでに時間を要した。現在は、輸入者が設立した販売総代理店(Ippin Vietnam)と独占契約を交わしている。

タンクで酒を仕込む様子(吉久保酒造提供)
質問:
FTAの利用状況、またメリットは
答え:
ベトナム、タイでFTAを活用しており、ベトナムについては自社で原産地証明書を取得している。韓国は、関税が徐々に引き下げられるRCEP(注2)を今後活用予定で、現在準備を進めている。
ベトナムへの輸出は新型コロナ禍の2020年から計5回行っており、すべてにおいて原産地証明書を取得している。FTAについては知らなかったが、現地から輸入時の関税コスト削減のために利用したいと依頼があったため活用を始めた。
1番のメリットは、やはり現地での販売価格が抑えられる点である。海外で日本酒を販売するとなると、関税や輸送費、仲介手数料が上乗せされるためどうしても価格が高くなってしまうが、当社は商社を通さず直接貿易をし、かつFTAを利用することでコストを削減し、現地での販売価格を抑えられている。そのため、ベトナムのマーケットでは手頃な価格で、かつ品質の良いものとして認知してもらえている。当社のベトナムでの販路は飲食店であり、その中でも高級日本食レストランではなく、現地系のレストランへ販売されている。そのため販売価格は重要であり、FTAを活用することにより市場競争力を高められるメリットは非常に大きい。
原産地証明書の取得にあたっては、解説動画などを参考にしながら探っていった。まず申請に必要なHSコードの特定においては、リキュールなど原材料が多くなればなるほどHSコードの特定は難しく、原産地証明書の申請に時間がかかった。初回に輸出する商品の原産地証明書の取得は大変だが、その後は同じ商品であればそのHSコードを生かすことができ、スムーズにFTAを活用できている。
質問:
今後、どのようにFTAを活用したいか
答え:
酒類は関税が高く、リーファーコンテナ(冷凍・冷蔵貨物用の特殊コンテナ)で配送しているため、輸送費も高い。これらが価格に反映されてしまっているため、FTAを利用していない台湾では日本の小売価格の約2倍、韓国のレストランでは約8倍で売られている。一方、ベトナムなどのFTAを活用できる国では、現地での売値を抑えられている。
当社の海外の取引相手は地場企業が中心であり、基本的には現地系のレストランで提供されている。そのため、関税が価格に転嫁されないよう手頃な価格で提供できるようにしたいと考えており、FTAを活用できる国へ輸出する際は積極的に利用していきたい。輸入者が負担する関税を削減できるため、相手の要望があれば進んで取得していく。
現在も輸出を積極的に拡大しているが、今は輸出国の数を増やすより、既存販路の拡大に注力している。輸出先の人々が求めやすい価格で販売することが重要であると考えており、海外向け商品の開発はもちろん、FTAの活用などにより価格競争力を高め、輸出拡大を図っていく。

※ 本レポートの取材にご対応いただいた吉久保酒造および吉久保社長の「吉」の正式な表記は、「つちよし(土の下に口)」ですが、環境により文字が表示できないことがあるため、「吉」と表記しました。


注1:
マドリッド協定議定書に基づき、複数国に一括して商標登録手続きをする方法。
注2:
日本を含めた15カ国が参加する地域的な包括的経済連携(RCEP)協定
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
市川 郁伽(いちかわ あやか)
通関業者での勤務を経て、2021年11月から現職。

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