特集:北米地域における環境政策の動向と現地ビジネスへの影響自由党の政権続投で産油地域でのグリーン経済移行となるか(カナダ)

2021年10月15日

米国のバイデン政権の誕生により、世界的に気候変動対策への積極的な動きが顕著となる中、石油・ガス産出で経済を潤してきた隣国のカナダも、グリーン経済移行に向けて動き出した。2021年4月にバイデン大統領主催の気候サミットに参加したカナダのジャスティン・トルドー首相は、2030年の温室効果ガス(GHG)排出量を2005年比で40~45%削減(従来は30%削減)という目標を表明した(2021年6月9日付地域・分析レポート参照)。連邦政府は6月にカナダ・ネットゼロ排出説明責任法を施行し、2050年GHG排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)を法定目標とした。産業界も同調を始めた8月、グリーン・リカバリーを掲げるトルドー首相は下院を解散、総選挙に臨んだが、少数与党の状況は解消できず(2021年9月22日付ビジネス短信参照)、より厳しい環境政策を打ち出す新民主党との協調可能性も指摘されている。本稿では、カナダのGHG排出量削減目標について概観した上で、ビジネス動向や選挙後の見通しについて紹介する。

2030年GHG排出削減目標達成には2019年比39~44%削減の必要

カナダ・ネットゼロ排出説明責任法では、2050年までの目標に加え、トルドー首相が4月の気候サミットで表明した2030年までに2005年比40~45%削減という目標も盛り込まれた。

環境・気候変動省によると、カナダの2019年のGHG純排出量〔二酸化炭素(CO2)吸収分を含む〕は7億3,000万トンで、2005年時点の7億3,900万トンと比べると1.2%の減少にとどまる。2030年の2005年比40~45%削減を達成するには、2019年時点からさらに39~44%削減する必要がある(図参照)。

図:GHG純排出量の推移と目標削減量
日本とカナダにおけるGHG純排出量の推移と目標削減量を示しています。日本の2030年度のGHG目標排出量は7億6,000万トンで、2013年度の14億800万トンに比べ46%削減の目標となっています。日本の2019年度時点の排出量は12億1,200万トンです。カナダの2030年のGHG目標排出量は4億600万トンから4億4,300万トンで2005年の7億3,900万トンに比べ40から45%削減の目標となっています。カナダの2019年時点の排出量は7億3,000万トンです。日本、カナダとも2050年度、2050年には排出量目標をゼロとしています。

注:日本は年度、カナダは暦年。
出所:国立環境研究所、カナダ環境・気候変動省

カナダのカーボンニュートラルを理解する上で、エネルギー供給の概況を知ると全体像をつかみやすい。国際エネルギー機関(IEA)によると、カナダの2019年の一次エネルギー供給源は、化石燃料が75.2%(天然ガス35.3%、石油34.8%, 石炭5.0%)、再生可能エネルギーが16.2%(水力10.7%、バイオマス4.4%、風力・太陽光などその他1.1%)、原子力8.6%(表1参照)。日本と同様に化石燃料への依存度が高く、脱炭素経済に向けた伸びしろがある。

表1:2019年のカナダと日本の一次エネルギー供給比較〔単位:1,000石油換算トン(ktoe)、%〕
項目 カナダ
供給量
日本
供給量
カナダ
構成比
日本
構成比
化石燃料 230,043 369,902 75.2 88.3
階層レベル2の項目石油 106,630 158,877 34.8 37.9
階層レベル2の項目石炭 15,280 114,122 5.0 27.2
階層レベル2の項目天然ガス 108,133 96,903 35.3 23.1
その他 76,041 49,181 24.8 11.7
階層レベル2の項目原子力 26,366 16,618 8.6 4.0
階層レベル2の項目風力、太陽光など 3,345 9,799 1.1 2.3
階層レベル2の項目水力 32,829 6,933 10.7 1.7
階層レベル2の項目バイオマス 13,501 15,831 4.4 3.8
合計 306,084 419,083 100 100

出所:IEAデータを基にジェトロ作成

図のとおり、GHG純排出量が2013年から減少基調にある日本と比べると、トルドー首相が気候サミットで誓約した2030年の2005年比40~45%削減のハードルは高くみえ、実際、削減の具体策はいまだに示されていない。ただし、2005年比36%減の4億6,800万トンまでのシナリオは、環境政策に176億カナダ・ドル(約1兆5,488億円、Cドル、1Cドル=約88円)を投じた2021年度連邦予算案や、2020年12月発表の150億Cドルの気候変動対応計画「健全な環境と健全な経済」で描かれており、炭素汚染への価格付与が削減に貢献するとされている。カナダでは、2018年に可決したGHG汚染価格法に基づいて全州・準州で炭素汚染価格制度を導入した。2019年にCO2換算1トン当たり20Cドルに設定した連邦炭素価格は、毎年10Cドルずつ上昇して2022年に50Cドルに達した後、2030年に170Cドルになるまで毎年15Cドルずつ上昇するよう設定している。州や準州が連邦の炭素価格を上回る独自制度もしくはキャップ・アンド・トレードシステム(排出量取引制度)を有していない場合、連邦政府の最低価格が適用され、排出削減の動機付けとして機能している。加えて、ネットゼロ・アクセラレーター基金を通じた最大80億Cドルの国内GHG排出量削減事業の支援や、2030年までに石炭火力発電の段階的廃止、2025年までの石油・ガス部門のメタン排出量40~45%削減(2012年比)に向けた各種の支援策なども打ち出され、GHG排出削減に寄与する見込みだ。「カナダ水素戦略」も公表され、カーボンニュートラルに向け水素を用いた低炭素・ゼロエミッション燃料技術を重要な要素と位置づけ、カナダを水素の主要輸出国かつ水素技術の世界的リーダーとする野心的な目標が打ち出された。カナダは上位10カ国の水素生産国の1つとして、2050年までに約12兆Cドルに達すると予想される水素需要の拡大の恩恵を受けることができるとしている。

産業界も目標達成に向け政府に同調

こうした政府の誓約に呼応して、産業界も排出実質ゼロに向けて動き始めた。

連邦政府が2021年4月に発表したGHG純排出量に関する報告書によると、2019年のカナダ国内での部門別GHG純排出源シェアはエネルギー部門が26.2%と最も高く、運輸25.4%、建築12.4%が続き(表2参照)、この3部門は2005年比でも増加している。

表2:カナダの経済分野別排出量(CO2換算)(単位:100万トン、%)(△はマイナス値)
部門 2005年 2019年
排出量 排出量 構成比 対2005年比
エネルギー 160 191 26.2 19.7
運輸 160 186 25.4 16.1
建築 84 91 12.4 7.6
重工業 87 77 10.6 △11.8
農業 72 73 10.0 △0.5
電気 118 61 8.4 △1.3
廃棄物およびその他 57 52 7.1 △10.3
合計 739 730 100 △1.2

出所:カナダ環境・気候変動省

この傾向に歯止めをかけようと、エネルギー部門では、カナダのオイルサンド産出量の約9割を担うカナディアン・ナチュラル・リソーシズ、セノバス・エナジー、インペリアル、MEGエナジー、サンコー・エナジーの5社が2021年6月、「オイルサンドのネットゼロへの道」と題したイニシアチブを発足し、CO2の回収・利用・貯留技術(CCUS)を軸に連邦政府やアルバータ州政府と協力して、2050年までにオイルサンド事業からのGHG排出量正味ゼロ達成を目標に掲げた。

また、運輸部門でも政府のゼロエミッション車(ZEV)推進に合わせ、各メーカーが生産体制の構築を急ぐ。米国自動車大手フォード・モーターが2020年9月に、オンタリオ州のオークビル工場の電気自動車(EV)生産設備に18億Cドルの投資を発表(2020年10月1日付ビジネス短信参照)したほか、フィアットクライスラー・モービルズ(FCA、現・ステランティス)も同年10月、ハイブリッド車とEVの両方を生産する最先端設備に最大15億Cドルの投資を発表、加えて、ゼネラル・モーターズ(GM)は2021年1月、オンタリオ州インガーソルの工場を大規模商用EV製造工場へ転換するため10億Cドルを投じると発表した。こうした官民挙げたZEV化をさらに加速させるべく、2021年7月、連邦政府は販売される新車(乗用車とピックアップトラック)のZEV化義務付けをこれまでの2040年から2035年に前倒しすることを発表している(2021年7月8日付ビジネス短信参照)。

在カナダ日系企業の動向も脱炭素化を反映

日系企業に目を向けると、2021年4月の気候サミットで日本も2050年のカーボンニュートラルを宣言して以来、石油産業への投資を取りやめ、脱炭素化へ移行する傾向が明らかになっている(表3参照)。アンモニア、水素、メタノールの利用や潮流発電など、カナダの豊富な天然資源を背景とした日本企業との協力が行われており、今後もこうした事例はさらに増えるものとみられる。

表3:日系企業のカナダでの資源関連撤退・参画事例
発表時期 企業名 事例 事例概要
2021年7月 石油資源開発 オイルサンド事業終結 子会社を通じたカナダ・オイルサンド事業の終結を発表。1970年代からカナダでオイルサンド層の開発生産技術確立などに貢献し、日量2万バレル台のビチューメン(超重質油)を生産してきたが、原油価格が下落するなか、世界的な脱炭素化の急速な進展などを踏まえ事業終結。
2021年7月 商船三井 メタノール輸送会社株式部分取得 世界最大のメタノール船隊を有するグローバル海運企業メタネックスと同社子会社ウォーターフロント・シッピングの株式部分取得に関する基本合意書を締結。再生可能メタノールの活用も含め、舶用燃料としてのメタノールの商用化を推進。再生可能資源から生産されるメタノール は、従来の舶用燃料と比較して最大 95%の CO2 排出量を削減可能。
2021年8月 伊藤忠商事 アンモニア生産施設建設(検討中) マレーシア国営石油大手ペトロナスの子会社と共同で13億米ドルを投じて水素燃料の原料となるアンモニア生産施設の建設をアルバータ州で検討中。経済産業省がネット・ゼロ・エミッション達成の一環として2050年までに3,000万トンのアンモニア確保目標を発表するなか、日本の火力発電、発電所の炭化水素系燃料の代替、鉄鋼や化学製品の生産用としてアンモニア需要を見込む。天然ガスを窒素と結合させてアンモニアを生成し、副産物として発生するCO2を回収して貯留することで、「ブルーアンモニア」と呼ばれる気候変動への影響を抑えたアンモニア生産を行う。2023年に建設開始予定で、建設には直接・間接合わせて1万人、プラント稼働後は3,300人の雇用を予定。
2021年8月 中部電力、
川崎汽船
潮流発電事業開発契約 アイルランドの再生可能エネルギー開発企業、DPエナジーとノバ・スコシア州での潮流発電事業の開発契約を締結。日本企業による海外初参画の潮流発電事業で、潮の満ち引きに合わせて発生する潮流で水中に設置するプロペラを回して発電する。2023年から運転を開始し、想定年間発電電力量は一般家庭約5400世帯分に相当する約1700万kWhを見込んでおり、現地の電力会社へ15年間の電力販売契約を締結するとともに、カナダ天然資源省から事業に対する補助金として約3,000万Cドルを受領予定。
2021年9月 三菱商事 CCS活用水素製造覚書締結 シェル・カナダとアルバータ州エドモントン市近郊でのCCS(二酸化炭素回収・貯留)を活用した水素製造に係る覚書を締結。シェル保有の化学工場隣接地に水素製造設備を建設し、2020年代後半に年間約16万5,000トンの水素を製造し、輸送効率の良いアンモニアに転換後、日本市場へ輸出することを目指す。水素の製造過程で発生するCO2は、シェルがアルバータ州で検討・開発中のポラリスCCSプロジェクトにて地下貯留する計画。

出所:各社プレスリリース、報道を基にジェトロ作成

左派、新民主党との協力を得ながらの政権運営

カナダ・ネットゼロ排出説明責任法施行を契機に目標達成に向けた機運が高まってきた産業界だが、連邦下院選挙で機運は一時休止した。トルドー首相は、少数与党を解消すべく8月15日に下院を解散して選挙を公示した(2021年8月18日付ビジネス短信参照)が、結果は解散前とほぼ変わらず(2021年9月22日付ビジネス短信参照)、石油・ガス業界の排出規制強化を掲げる左派の新民主党などの協力を得ながらの政局運営が続くとみられる。両党の環境分野での公約を比較すると、2030年までに2005年比40~45%GHG排出削減を掲げる自由党に対し、新民主党は同50%削減とさらに厳しい目標を打ち出している(表4参照)。エネルギー・環境政策に詳しいカルガリー大学公共政策学部のジェニファー・ウインター准教授は「(与党)自由党の計画は(野党)保守党よりも野心的で、新民主党や緑の党よりも野心的ではない」と形容しており(CBCニュース9月10日)、環境関連の法制化で自由党が新民主党へ協力を求める場合、より厳しい環境政策へ移行する可能性はあっても、自由党が掲げる目標を下回ることはないとみられる。

表4:カナダ連邦選挙における主な環境分野公約と比較
項目 自由党(与党) 新民主党(左派野党)
排出削減目標 2030年までに2005年比で40~45%の排出量を削減。 2030年までに2005年比で50%の排出量を削減。
炭素価格
  • 炭素価格上昇を継続。
    (2020年12月発表の気候対策計画では、2019年にCO2換算1トンあたり20Cドルに設定され、毎年10Cドルづつ上昇して2022年に50Cドルに達した後、2030年に170Cドルになるまで毎年15Cドルずつ上昇すると設定)
  • 米国やEUなどの主要な貿易相手国と協力して、炭素汚染の削減や気候変動への対策に取り組んでいない国からの輸入品に「国境炭素調整」を適用。EUのアプローチと同様に、鉄鋼、セメント、アルミニウム、その他の排出集約型産業の輸入品への国境炭素調整を適用検討も含む。
  • カーボンプライシングを継続する一方で、より公平にし、自由党政権が汚染大企業に与えた抜け道を解消。
分野(1)
エネルギー
  • エネルギー企業へ2025年から5年ごとに目標を定めて炭素排出量削減を義務付け。
  • エネルギー企業へ2030年までにメタンガス排出量を2012年比で75%以上削減義務付け。
  • 化石燃料への補助金・公的資金投入の廃止。
  • 2030年までに一般炭の輸出を段階的に廃止。
  • クリーンエネルギー技術プロジェクトを援助。
  • 2035年までにネットゼロの電力網を構築。
  • 再生可能エネルギー、エネルギー効率、低炭素技術への投資促進のためカナダ気候銀行を設立。
  • 化石燃料への補助金を廃止。
  • 石油会社に休止中の油井の清掃費用を負担させ、その過程で雇用を創出。
  • 2030年までにネットゼロ電力供給の目標を定め、2040年までに完全にネットゼロ電力を供給。
分野(2)
運輸分野
  • ゼロエミッション車の購入補助金を50万人以上を対象として5,000Cドル提供。
  • 2030年までに販売される乗用車の50%以上、2035年までに100%をにゼロエミッション車にすることを義務付け。公約により既存プログラムへ新たに15億Cドル追加。
  • ゼロエミッション車用の充電器を5万台増設。
  • カナダ・コミュニティー構築基金を恒久的に倍増し、都市部の公共バスプログラムを開発。
  • ZEVに対する現自由党政権の優遇措置を拡大。ZEV購入時の連邦売上税を免除し、カナダ製車両の場合、1世帯あたり1万5,000Cドルまで拡大。
  • 公共部門や貨物車でのZEV使用を拡大。
  • 充電インフラを整備するとともに、新車または中古のZEVを購入者のプラグイン充電器の設置費用の負担支援。
  • ZEVの研究開発のためのセンター・オブ・エクセレンスを設立し、水素、バッテリー、エネルギー貯蔵ソリューションなどの関連技術を推進。
  • 大型トラック、貨物、船舶、航空分野での排出量削減に貢献するグリーン水素燃料電池技術に関連する機会を模索。
  • 低炭素燃料基準を強化する方法を検討。
分野(3)
建築
5年間で44億Cドルを通じて、カナダ住宅金融公社を通じて最大4万Cドルの無利子融資を行い、住宅所有者のエネルギー効率改善を支援。
  • エネルギー効率の高い改善を行う世帯に低金利の融資を提供し、低所得世帯や賃貸住宅に的を絞った支援を実施。
  • 全セクターで大規模建造物の改修を義務付けるとともに、今後20年間で2020年以前に建てられた全建造物から始めて、2050年までにカナダの全建造物を改修。
  • 2025年までにカナダの全建築物がネットゼロとなるよう建築基準を更新。
分野(4)
循環経済
  • 2029年までにリサイクル率90%を目標に、デポジットリターンシステムを用いてペットボトルをリサイクル。
  • 2030年までに、全プラスチックパッケージに50%のリサイクル材料使用を義務付け。
  • 使い捨てプラスチックを直ちに禁止し、これらの施設が新しい製品を作るための移行を支援することで、その分野で働く労働者を保護。
  • プラスチック廃棄物の輸出を禁止するための新しい法律を制定し、人々が機器を修理するのを妨げる不要な規制を撤廃することで、電子廃棄物を削減。
  • 現在ゴミとして処理されている食品の量を減らすために、国家的な食品廃棄物戦略を策定。
分野(5)
雇用(環境関連)
  • 化石燃料の使用を制限していく中で、労働者のグリーン経済移行支援のため、石油・ガスが伝統的に大きな雇用主であった地域の労働者のための20億Cドルの基金を設立。
  • 異常気象のため、新たに1,000人の地域密着型消防士を養成し、設備を購入。
その他奨励制度
  • 企業の排出量削減を支援する「ネット・ゼロ・アクセラレーター」に7年間で50億Cドルを投資。
  • ゼロエミッション技術を製造する企業の法人税・中小企業所得税を50%軽減。
国家危機戦略を策定し、特に脆弱(ぜいじゃく)な地域、遠隔地、先住民族のコミュニティーが、気候リスクや異常気象を軽減し、対応できるようにするとともに、適応策、災害軽減策、気候変動に強いインフラに長期的な資金を提供。

出所:各党公約を基にジェトロ作成

産油州でのグリーン経済移行となるか

トルドー首相は9月20日夜の選挙勝利演説で「国内の分断について語る人もいるが、私にはそうは見えない。この数週間、国中で目にしたのは、カナダ人がともに立ち上がっている姿だ」と語り、アルバータやサスカチュワン州など産油地域の保守党支持基盤州と他州との分断を否定した。自由党の公約は、エネルギー企業に対して2025年から5年ごとの目標を定めたGHG排出量削減の義務付けや、2023年までの化石燃料への補助金・公的資金投入の廃止などを打ち出しており、産油州への風当たりは強い。同地域で潜在的に失業する労働者への支援策として、グリーン経済移行のための20億Cドルの基金設立も公約として掲げたものの、地元の反応は冷ややかだ。オイルサンド開発が盛んなアルバータ州コールドレイクのクレイグ・コープランド市長は「オイルサンドでの何千人もの就労者が、転職用の再教育を受けることではなく、今の仕事の継続を望んでいる」と訴え、基金はオイルサンド企業の排出削減支援に充てるべきだと選挙前にコメントしていた(カナディアン・プレス9月1日)。

自由党の勝利宣言を受け、カナダの天然ガスと石油生産の約8割を担い、40社以上から構成されるカナダ石油生産者協会(CAPP)も「世界の天然ガスと石油の需要は拡大しており、2040年には全エネルギー供給の50%以上を占める」として、「われわれが連邦政府に求めることは、世界が必要とする天然ガスや石油の供給を他国に頼るのではなく、自国の資源を支えることでカナダの繁栄を支え、環境保護についても国民を信じて託すことだ」と環境に配慮しながら生産継続を要望するコメントを発表した。連邦政府はGHG排出量設定の権限を有するが、石油生産に対する制限は州政府の管轄下にあるため、トルドー首相の公約にも生産量に対する言及はみられない。このため、各企業は生産を継続しながら排出量削減を達成する道筋を探るものとみられる。

自由党政権の続投により原油・ガス産出地域でのグリーン経済移行が決まった今、化石燃料からの脱却を図りたい連邦政府と、こうした企業がどのように対話を進めながらグリーン経済移行を促していくのか、今後の動向が注目される。

執筆者紹介
ジェトロ・トロント事務所
飯田 洋子(いいだ ようこ)
民間企業勤務を経て2007年からジェトロ・トロント事務所勤務。