特集:北米地域における環境政策の動向と現地ビジネスへの影響テキサス州で石油ガス企業がCCUSに注目(米国)
脱炭素新興企業も続々誕生

2021年10月14日

米国テキサス州の産業構造は、この数十年で変化した。石油ガス依存が減退。裏返しとして、自動車や航空宇宙といった先端製造業、IT、半導体、通信、医療、金融などへと多様化してきた。とはいえ、石油とガスの生産量はそれぞれ全米1位。製油能力は全米の31%を占める。直接・間接に州経済の3割を構成すると言われる石油ガス産業は、脱炭素にどう向き合っているのか。

「自分たちの専門性、経験を踏まえると、再生可能エネルギー(以下、再エネ)事業に突然手を付けるのも違う気がする。石油・ガス関連でもっとできることがあるのではないか」州内の石油ガス生産事業者が語るとおり、米系石油ガス企業は必要な化石燃料の開発はしっかり継続することを基本方針に据える。ただし、グレーター・ヒューストン・パートナーシップ(注1)でエネルギー移行委員長を務めるボビー・チューダー氏は「これからの25年は、過去25年のようなかたちで伝統的な石油ガス産業がヒューストンの成長のエンジンになることはないだろう」と語る。石油ガス産業も、脱炭素で新たな事業柱を打ち立てる必要に駆られている。

テキサス州の石油ガス産業では、フレアリング(余剰随伴ガスの焼却処分)の削減から、長期的な視野での水素ビジネスの創出まで、多様な脱炭素対策が練られている。多くの企業が現実的な解として注目する技術の1つが、二酸化炭素(CO2)回収・貯蔵(CCS)技術だ(注2)。

石油ガス産業関係者は、気候変動対応の実現は「CCS抜きにはありえない」(エクソンモービル幹部)と語る。ヒューストン市にあるライス大学ベーカー公共政策研究所も「州内産業部門は全米産業部門のCO2排出量の4分の1を占める。CCUSを通じ、CO2を全米で生かせる機会を有している」とコメント。テキサス州でのCCUSの可能性に一目置く。実際に州内では、計画中、構想段階のものを含めさまざまな案件が動いている(表1参照)。

表1:テキサス州におけるCCUSプロジェクト事例
プロジェクト名 関係企業(例) 位置 運用開始
(予定含む)
対象
区分
CO2回収後
の用途
CO2回収量(年/百万トン) 運用
状況
バル・ベルデ・ガス・プラント ペンゾイル(米) 州西部バルベルデ郡。優良石油ガス田パーミアン盆地の南東端 1972年 天然ガス処理施設 EOR
(注)
年130万トン 運用中
センチュリー・プラント オキシデンタル(米) 州西部ペコス郡。優良石油ガス田パーミアン盆地の南部 2010年 天然ガス処理施設 EOR 年840万トン 運用中
APCIポートアーサーCCUSプロジェクト エアー・プロダクツ・アンド・ケミカルズ(米) 州南東端ポートアーサー市 2013年 石油精製施設 EOR 年400万トン 運用中
ペトラノバ NRG(米)、
JX石油開発(日)
州東部ヒューストン市近郊(南西)のフォートベンド郡 2016年 石炭火力発電所 EOR 年140万トン 停止中
プロジェクト・インターセクト オキシー・ローカーボン・ベンチャーズ(米) 州北西部。優良石油ガス田パーミアン盆地の北部 2021年 エタノール製造施設 EOR 年70万トン 計画中
ダイレクト・エア・キャプチャー施設 オキシー・ローカーボン・ベンチャーズ(米)、カーボンエンジニアリング(加) 州西部の優良石油ガス田パーミアン盆地の北部 2023年 大気中からCO2を回収 EOR 年50万トン 計画中
リオグランデLNG プラント ネクストディケード(米)、オキシー・ローカーボン・ベンチャーズ(米) 州南端のブラウンズビル港 LNG液化プラント 渓谷に貯蔵 年500万トン 計画中
ジェファーソン郡CCSプロジェクト タロスエナジー(米)、カーボンバート(米) テキサス州の沖合 メキシコ湾岸産業集積地 海底に貯蔵 最大2億7,500万トン 計画中
ヒューストンCCSイノベーションゾーン エクソンモービル(米) メキシコ湾(ヒューストン地域から回収) 石油化学施設 海底に貯蔵 2040年までに年1億トン 構想段階

注:EOR:Enhanced Oil Recovery(石油増進回収法)。油層に炭酸ガスなどを圧入し、原油の回収率を上げる手法。
出所:Carbon Brief、pillsburylaw.com、各事業主体ウェブサイトなどを参考にジェトロ作成

エクソンモービルのダロン・ウッズ社長は2021年8月、同年4月に発表した「ヒューストンCCSイノベーションゾーン」構想(2021年4月21日付ビジネス短信参照)の現状について、「産業界やその他関係者の支持を得ている」と述べた。この構想は、官民共同によりメキシコ湾海底でCCUS を進めるというものだ。その規模は1,000億ドルという。市東部にあるヒューストン港周辺は石油化学産業の集積地。「CO2排出量全米1位・テキサス」の象徴的な場所だ。これを逆手に取り、大量の排出CO2を地中に押し込め、ヒューストンを排出量削減のハブへと構想する。その回収規模は「カリフォルニア州全体を森で覆うのと同じだけの可能性がある」(エクソンモービル幹部)という。

「われわれこそがCCSを主導する」。海洋開発に強い独立系石油ガス生産企業タロス・エネルギー(本社:テキサス州ヒューストン)のティモシー・ダンカン最高経営責任者(CEO)もCCSの商機に注目する1人だ。同社は8月、テキサス州沖合のCCS用地のリース権取得を発表(2021年8月27日付ビジネス短信参照)。石油メジャーのエクソンモービルに、オキシデンタルのような準メジャー、さらにそのほかの独立系生産会社もCCUSで積極的に動く。油田へのCO2輸送で実績あるパイプライン運営大手キンダー・モーガン(テキサス州ヒューストン)も、「CO2回収はわれわれのパイプラインネットワークに隣接する限り、経済性のある事業だ」と、CCUSビジネスの拡大に期待を寄せる。

石油ガス産業が注目する水素ビジネスの発展にも、CCSは欠かせないパーツとみられている。シンクタンク「ヒューストン未来センター」は、風力や太陽光を活用したCO2排出ゼロのグリーン水素製造に先立ち、当面はテキサス州に豊富な天然ガスを水素とCO2に分解し、CO2をCCSで隔離することで、ブルー水素の量産に商機があるとみる。

CCUSには、運用停止の事業もある。さらに、エクソンモービルが提唱するようなハブ構想を支えるたけのCCS事業を確保できるのか、化石燃料の延命策にすぎないのではないか、などの批判がある。採算面でも課題は多い。一方、バイデン政権で気候変動対策を担当するジーナ・マッカーシー大統領補佐官は、政権の優先課題として、CCSハブ構想は一石二鳥と捉えている。ここでいう2つの優先課題とは、気候変動対策の前進と、新型コロナで打撃を受けたエネルギー生産地域での雇用創出だ。そのため、バイデン政権が進めるインフラ法案には、CCS推進予算として120億ドルが計上された。

依然として、公的支援を前提とする領域であることは否めない。だとしても、石油ガス生産の維持と脱炭素の両立の1つの解だ。こうして、州内石油ガス業界はCCUSへの関心を高めてきた。

新興企業も登場、オープンイノベーションに機会

脱炭素に関するビジネス領域は多岐にわたる。CCUSのほかにも、再エネ、エネルギー管理、バッテリー、水素、電気自動車などがある。

本稿では、これまで電力の状況や、CCUSなど既にエネルギー業界で存在感ある大手企業の活躍領域を中心にみてきた。しかし、新興企業の役割も今後増してきそうだ。ヒューストン市は、2025年までにCO2回収技術など革新技術企業を50社誘致・創出するという。これは、2050年までのカーボン・ニュートラル実現などを掲げる気候変動計画の中で、表明された(2020年4月策定)。エネルギー移行の推進役として、スタートアップ企業に活躍が期待されていることになる。

この数年だけでも、ヒューストンやオースティンを中心に、さまざまな新興企業が誕生している(表2参照)。州内の環境エネルギー系インキュベーターやアクセラレーターもこの流れを後押しする(表3参照)。テキサス州の環境エネルギー企業とのオープンイノベーションに関心ある日本企業にとって、こうした支援機関とのネットワーク強化は脱炭素ビジネスで活路の1つとなろう。

表2:テキサス州を本拠地とする環境エネルギー分野のスタートアップ企業の事例
分野 企業名 所在 設立 概要、特徴
再エネ コネクトジェン ヒューストン 2018年 再エネ発電・蓄電事業者。2019年にアリゾナ、カリフォルニア、ネバダ3州合計278メガワット(MW)分の太陽光発電事業をファーストソーラー(アリゾナ州)から他社と共同取得(50%取得)。現在計画中の事業は、テキサス州内での太陽光発電のほか、イリノイ、ニューヨーク、カリフォルニア、ワイオミング各州に広がる。
エネルギー
管理
クオンタム・ニュー・エナジー ヒューストン 2018年 人工知能(AI)を活用したエネルギー管理プラットフォーム「EnerWisely」を提供。創設者で最高経営責任者(CEO)のパトリシア・ベガ氏は元ゼネラル・エレクトリックオイル・ガス・ラテンアメリカ社長。EnerWiselyはエネルギー消費量を表示し、炭素排出量を分析し、炭素排出削減方法の提案や、最適な電気料金プランの提供などを行う。
クリアートレイス(元swytchX) オースティン 2017年 ブロックチェーン技術を活用し再エネの最適利用を管理するSaaSソリューションを提供。同社前進のswytchXは2019年11月、ニューヨークエネルギー消費者協議会(NYECC)のエネルギー・ニューヨーク・アワードでイノベーション賞を受賞。
電池 テックスパワー ヒューストン 2019年 リチウムイオン電池に用いるコバルトフリー正極材を開発。テキサス大学オースティン校からのスピンアウト。従来の正極材に比べエネルギー密度は最大20%増。2020年には、米エネルギー省エネルギー効率・再生可能エネルギー局が同社に中小企業研究開発補助金を供与。
水素 ユーティリティ・グローバル ヒューストン 2018年 電気を使わず熱を利用し、高効率、低コストで、水を高純度の水素を転換するシステムを開発。モジュール式のシステムのため、需要に応じてシステムの大きさを変更しやすい。
CCUS カーボンフリー サンアントニオ 2016年 セメント工場からの排ガスから重曹を製造する。世界60カ国で68件の特許を取得。同社設備はモジュラー型のため、CO2を運ぶための大規模インフラ投資の必要がない。2020年12月、ライス大学付属機関ライスアライアンスの年次エネルギー・ベンチャー・フォーラムで、最も有望な企業上位10社に選出。
電気
自動車
イー・カーラ キャロルトン(ダラス近郊) 2018年 テスラを利用した高級電気自動車のライドシェアサービスを展開。2020年、ダラス地域、バージニア州のAWS幹部、従業員向けのライドシェアサービスを提供。ダラス地域のイノベータを表彰するD CEO & Dallas Innovatesのイノベーションアワード2021年のファイナリストに選抜。

出所:各社ウェブサイトを基にジェトロ作成

表3:環境エネルギー分野企業、スタートアップ支援を行っているテキサス州内関係機関の事例
組織名 所在 設立 概要、特徴
ライス・アライアンス・フォー・テクノロジー・アンド・アントレプレナーシップ ヒューストン 2000年 ライス大学工学部、自然科学部、経営学部が中心になり設立。技術の商業化、起業家教育、技術系企業の創出を支援。アライアンスに参画する2,860社のうち、エネルギー関連は961社に上る。毎年エネルギー・ベンチャー・フォーラムを開催。2021年には石油メジャーや電力大手、ヒューストン市なども支援する、ライス・クリーン・エネルギー・アクセラレーター・プログラムを設置。
グリーンタウン・ラボ・ヒューストン ヒューストン 2021年 マサチューセッツ州本拠の北米最大気候変動テックインキュベーターが2番目の拠点をヒューストンに開設。シェブロン、NRG、シェル、BHPなどのエネルギー大手に加え、電力会社、マイクロソフトなどのテック企業、ライス大学、金融大手などがパートナーとして参画。
ATIクリーン・エナジー・インキュベーター オースティン 2001年 テキサス大学オースティン校付属機関であるインキュベーター「Austin Technology Incubator(ATI)」のプログラム。エネルギー効率、再エネ、エネルギー貯蔵などで支援実績を有する。ATIは、ジェトロのグローバル・アクセラレーション・ハブ事業を通じて、日本のスタートアップ企業向けにメンタリングなどを実施中。
クリーンTX オースティン 2006年 母体は再生エネルギー業界団体テキサス・リニューアブル・エナジー・インダストリー・アライアンス。デューク・エナジーやオースティン・エナジー、cpsエナジーなどの電力企業が参画。クリーンテック産業関係者の情報提供、ネットワーキング機会として年次会議GridNEXTを開催。
キャピタル・ファクトリー オースティン 2009年 ベンチャーキャピタル兼アクセラレーター。環境エネルギー分野を含む幅広い産業分野のスタートアップ企業への投資のほか、投資家やビジネスパートナーとのマッチングなどを通じ、スタートアップを支援。
テキサスA&Mエンジニアリング・エクスペリメント・ステーション・クリーン・エナジー・インキュベーター カレッジステーション テキサスA&M大学の関係機関。同大や同大関連のエンジェル投資団体アジー・エンジェル・ネットワークなどの支援を受けられる。経営難に陥ったスタートアップには融資による企業再建支援や、資産売却などを支援する「Ctrl-Alt-Delプログラム」を提供。

出所:各機関・団体のウェブサイトを基にジェトロ作成


注1:
ヒューストン都市圏の商工会議所。
注2:
「CCS(carbon dioxide capture and storage)」は火力発電所や産業現場などで排出された気体中からCO2を分離して「回収(capture)」し、地中深くに圧入し「貯留(storage)」する技術を指す。
「CCUS」は「carbon dioxide capture, utilization and storage」の略。CCSで回収したCO2を特に有効活用(utilization)する技術や取り組みを指す。代表的なのが、石油増進回収法(EOR、enhanced oil recovery)への応用だ。EORは、油田の石油を気体の圧力で押し出し、生産量増加を図る技術。その際にCO2を利用する。CO2削減と石油増産の一挙両得につながるものとして、注目されている。
執筆者紹介
ジェトロ・ヒューストン事務所長
桜内 政大(さくらうち まさひろ)
1999年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューヨーク事務所〔戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員〕、海外調査部北米課、サービス産業部ヘルスケア産業課などを経て、19年10月から現職。編著書に「世界の医療機器市場―成長分野での海外展開を目指せ」など。