特集:未曽有の危機下で日本企業が模索する海外ビジネス海外事業拡大意欲は過去最低も、新規進出意欲は衰えず(世界、日本)

2021年3月8日

ジェトロの調査によれば、新型コロナウイルス禍は日本企業の海外事業に対する意欲に大きな変化をもたらした。1つは海外事業拡大意欲の後退、さらに事業拡大の検討対象先の増加だ。検討対象として米国の注目度も増した。この背景を企業の声から読み解きたい。

海外事業拡大意欲は大きく後退

今回は2020年10月末から12月初めにかけて実施となり、コロナ禍が続く中で今後の海外事業方針を尋ねることになった(注1)。未曽有の危機下で、企業はどのような姿勢で海外事業に臨むのか。今後3年程度について、「海外進出の拡大を図る」(注2)と回答した企業の比率は43.9%にとどまった。比較可能な2011年度以降で最も低い水準となり、企業の海外事業拡大意欲が大きく後退したことが明らかになった(図1参照)。

図1:今後(2020年度も含む3カ年程度)の海外進出方針
2011年度から2020年度までの日本企業の今後(3年程度)の海外進出方針をパーセントで示す。選択肢は以下の6つに分かれる。さらに拡大を図る、新たに進出したい、現状を維持する、縮小・撤退が必要と考えている、今後とも海外への事業展開は行わない、その他。 さらに拡大を図る、新たに進出したい、の2つの選択肢は2013年度以降のみ。 さらに拡大を図ると、新たに進出したい、の合算値を海外進出の拡大を図るとする。なお選択肢がない2011年度、2012年度は、新規投資または海外の既存事業の拡充とする。   海外進出の拡大を図る、2011年度63.3%、2012年度68.3%、2013年度58.3%、2014年度60.5%、2015年度61.2%、2016年度61.4%、2017年度57.1%、2018年度57.1%、2019年度56.4%、2020年度43.9%。   さらに拡大を図る、2013年度36.6%、2014年度36.8%、2015年度35.9%、2016年度36.1%、2017年度31.2%、2018年度32.9%、2019年度30.9%、2020年度19.1%。   新たに進出したい、2013年度21.7%、2014年度23.6%、2015年度25.3%、2016年度25.2%、2017年度25.9%、2018年度24.2%、2019年度25.5%、2020年度24.8%。   現状を維持する、2011年度21.9%、2012年度16.3%、2013年度15.5%、2014年度17.0%、2015年度14.7%、2016年度15.3%、2017年度16.1%、2018年度13.7%、2019年度12.8%、2020年度15.0%。   縮小、撤退が必要と考えている、2011年度1.3%、2012年度0.8%、2013年度1.0%、2014年度1.2%、2015年度0.8%、2016年度0.7%、2017年度1.0%、2018年度0.9%、2019年度0.8%、2020年度1.2%。   今後とも海外への事業展開は行わない、2011年度9.7%、2012年度11.1%、2013年度18.7%、2014年度15.7%、2015年度16.2%、2016年度17.4%、2017年度21.0%、2018年度23.2%、2019年度22.2%、2020年度32.8%。   その他、2011年度3.8%、2012年度3.6%、2013年度6.5%、2014年度5.7%、2015年度7.1%、2016年度5.2%、2017年度4.8%、2018年度5.1%、2019年度7.8%、2020年度7.1%。

注1:nは「無回答」を除く企業数。
注2:海外拠点を持つ企業が「さらに拡大を図る」と回答した比率、および海外拠点を持たない企業が「新たに進出したい」と回答した比率の合計。2011年度、2012年度の「さらに拡大を図る」は「新規投資または海外の既存事業の拡充」と回答した企業の比率。
出所:2020年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

ここ数年、日本企業の海外事業拡大意欲は足踏み状態が続いていた。そこに、新型コロナウイルス感染拡大が追い打ちをかけたかたちだ。リーマン・ショック後の2009年を底とする世界経済の落ち込み、あるいは2011年3月の東日本大震災など、過去の困難な局面においても、本調査においては海外事業拡大意欲の大幅な落ち込みはみられなかった。調査対象企業群が異なるため単純に比較できないとは言え、今般のコロナ禍のマグニチュードの大きさを物語っている(注3)。

特に大きな後退がみられたのが、「既存の海外拠点を拡充する」方針を持つ企業の比率だ。前年度は30.9%の企業が既存拠点の拡充に積極姿勢を示したのに対し、今回は19.1%と10%ポイント以上縮小した。繊維・織物/アパレル(前年度:36.0%→12.9%)や専門サービス(43.5%→18.5%)、石油・プラスチック・ゴム製品(40.7%→20.0%)では20%ポイント以上の縮小がみられた。

一方、「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」と意欲を示す企業の比率は24.8%と前年から微減にとどまり、既存拠点を拡充すると回答した企業の比率を上回った。このところ新たに進出したいとの意欲を持つ企業の比率は25%近傍を推移、コロナ禍においても衰えはみられなかった。「コロナ禍が落ち着いたら新たに海外進出」(アパレル)、「コロナの影響でストップ。本来はベトナムを念頭に交渉中」(金属製品)など、コロナ後を見据え、海外進出を計画する、との声もある。コロナ禍は既存拠点を持つ企業の事業拡大意欲に冷や水を浴びせたものの、新規の海外進出意欲に与えた影響は軽微なものにとどまったようだ。

事業拡大意欲の強弱にかかわらず、海外市場には高い関心

他方、「今後とも海外での事業展開は行わない」とする企業の比率は32.8%と前回よりも増加した。一見すると、海外事業に消極的な企業比率が高まっているようにもみられる。しかし、海外市場をターゲットから外しているわけではなく、戦略として海外拠点を持たないとする企業も多く含まれる。過去の調査でも、「代理店の活用など輸出で対応」あるいは「Made in Japanが付加価値であるため海外拠点は持たない」との声があがっていた。加えて、近年は越境EC(電子商取引)などオンライン活用の動きも広まりつつあった。

こうした中、コロナ禍による人の移動制限や都市封鎖(ロックダウン)などにより、ビジネスのデジタルシフトが急速に進展。海外ビジネスについてもオンライン活用など新たな視点での海外拠点戦略の練り直しも図られた。「越境ECに特化したビジネスモデルを構築中」(小売り)、「Zoomなどを活用した営業で顧客からは例年以上のオーダーあり。オンラインのみの営業でもビジネス可」(商社・卸売り)として、今後も海外拠点を持たないとする企業、あるいは「代理店強化とリモートによる打ち合わせなどで拠点は必須ではなくなった」(情報・ソフトウェア)と、海外ビジネスの拡大に必ずしも海外拠点は必要不可欠ではないと戦略を転換する企業も現れた。

海外事業方針別に、輸出の拡大を図る企業の比率をみる。「今後とも海外への事業展開は行わない」とする企業では65.0%(前年度:62.7%)、海外拠点を「縮小、撤退が必要と考えている」企業では63.0%(47.6%)と、いずれも輸出に積極姿勢を示す企業の比率が増加した(図2参照)。海外事業拡大意欲の強弱にかかわらず、企業は海外市場に高い関心を示している。

図2:海外進出方針別にみる輸出拡大企業の比率
海外進出方針別に、2019年度、2020年度の「輸出の拡大を図る」と回答した企業の割合をパーセントで示す。 なお「輸出の拡大を図る」の回答比率は、「さらに拡大を図る」の回答比率、「新たに取り組む」の回答比率の合計。   以下、5つの海外進出方針別に示す。 1.さらに拡大を図る企業。2019年度87.8%、2020年度87.1%。 2.新たに進出したい企業。2019年度94.0%、2020年度91.1%。 3.現状を維持する企業。2019年度66.9%、2020年度64.2%。 4.縮小、撤退が必要と考えている企業。2019年度47.6%、2020年度63.0%。 5.今後とも海外への事業展開は行わない企業。2019年度62.7%、2020年度65.0%。

注1:nは今後の海外進出方針の各選択肢を回答した企業のうち、今後の輸出方針について、「輸出を行う業種ではない」、「無回答」を除いた企業数(2020年度のみ記載)。
注2:「輸出の拡大を図る」回答比率は、「さらに拡大を図る」、「新たに取り組みたい」の合計。
出所:2020年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

事業拡大の検討対象国・地域数が増加

今回の調査では、企業の海外事業拡大意欲の後退とともに、事業拡大の検討対象国・地域数の増加も明らかになった。海外事業方針を問う設問では、具体的に事業拡大を検討する国・地域を尋ねている。これまでは検討先の回答数は1社あたり3.5~3.8カ国・地域だった。しかし、今回は4.9カ国・地域に増え、各社とも検討先を1カ国・地域程度、増やした形となった(図3参照)。

図3:海外で事業拡大を図る国・地域数(平均)
2016年度から2020年度までの、海外拡大を検討する国・地域の1社あたりの回答数を示す。   全体、2016年度3.7、2017年度3.6、2018年度3.5、2019年度3.8、2020年度4.9。 製造業、2016年度3.9、2017年度3.9、2018年度3.7、2019年度3.9、2020年度5.3。 非製造業、2016年度3.5、2017年度3.3、2018年度3.3、2019年度3.6、2020年度4.4。

注1:nは「現在、海外に拠点があり、今後さらに拡大を図る」、「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」と回答し、かつ拡大する機能も回答した企業数。
注2:一つの国・地域で複数の機能を拡大する場合でも、回答国・地域数は1としてカウント。
注3:延べ回答国・地域数/nにより算出。
出所:2020年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

この背景には何があるのか。まず挙げられるのが、現在の海外ビジネス拠点を足掛かりにさらに周辺国への展開という、定石のビジネス戦略に沿っているということだ。例えば、前年に事業展開先としてタイを選択していた回答企業が、今回は「現在の拠点を充実させ、新規展開の準備をする」として、タイに加えてインドネシア、フィリピン、ベトナムを検討対象に追加した例がある(商社・卸売り)。また「ビジネスチャンスをしっかりつかみ取るため」(その他製造業)として、前年はインドネシア、今回はインドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナムを事業検討先と回答した企業もあった。

今回はこうした戦略に加え、海外ビジネスリスクの高まりも要因に挙げられよう。2019年までも米中対立など世界経済の不安定要素が解消されていなかったが、2020年はコロナ禍の世界的な広がりが加わり、海外ビジネスをめぐる環境はさらに厳しさが増している。それでも海外事業を拡大するという企業からは、「コロナ禍においては複数マーケットを持つことがリスク分散につながる」(飲食料品)、「進出地域を分散し、カントリーリスクの軽減を図る」(その他製造業)など、リスク回避の観点から事業展開先の分散化、多元化を進める動きがある。こうした観点も、事業拡大先の検討対象の増加につながったと考えられる。

事業拡大先として米国が3位に浮上

それでは、事業展開先として検討している国・地域はどこか。例年、本調査では中国を挙げる企業の比率が最も高い。今回も首位は中国(48.1%)で、次にベトナム(40.9%)と前年と同じ結果になった(表参照)。中国を挙げた企業からは、「市場規模の大きさ」、ベトナムを挙げた企業からは「今後の成長性」「チャイナプラス1としての拠点拡充」との声が寄せられた。

表:海外のどの国・地域で事業拡大を図ろうとするのか(上位10カ国・地域)(複数回答、%)
国・地域名 2020年度(n=1,156) 2019年度(n=1,871) 2018年度(n=1,800) 2017年度(n=1,703) 2016年度(n=1,654)
回答率 順位 回答率 順位 回答率 順位 回答率 順位 回答率 順位
中国 48.1 (1) 46.3 (1) 49.9 (1) 44.7 (1) 46.4 (1)
ベトナム 40.9 (2) 38.9 (2) 34.0 (2) 35.3 (2) 32.9 (4)
米国 40.1 (3) 31.9 (4) 30.2 (4) 31.8 (4) 33.4 (3)
タイ 36.7 (4) 32.7 (3) 31.8 (3) 33.3 (3) 35.5 (2)
台湾 33.3 (5) 26.8 (5) 24.7 (5) 26.5 (5) 24.6 (5)
西欧 30.4 (6) 25.3 (6) 21.4 (6) 22.5 (6) 20.4 (8)
インドネシア 25.8 (7) 22.3 (7) 20.8 (7) 21.4 (7) 24.5 (6)
シンガポール 25.1 (8) 20.0 (8) 18.2 (8) 20.3 (8) 21.4 (7)
マレーシア 23.1 (9) 15.3 (11) 14.2 (11) 15.3 (10) 15.0 (10)
香港 20.2 (10) 17.2 (9) 17.1 (9) 19.6 (9) 19.5 (9)
ASEAN6 65.4 69.4 65.7 67.4 69.1

注1:nは「現在、海外に拠点があり、今後さらに拡大を図る」、「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」と回答した企業のうち、拡大する機能について無回答の企業を除いた数。
注2:ASEAN6は、シンガポール、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナムのいずれかを選択した企業。西欧の内訳は選択肢の設定が無い。2017年度以降の西欧は、英国、西欧(英国以外)のいずれかを選択した企業。
注3:各国・地域で一つ以上の機能を拡大する企業数の比率。一つの国・地域で複数の機能を拡大する場合でも、1社としてカウント。
出所:2020年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

中国、ベトナムに次ぐ位置につけたのが米国(40.1%)だ。前年度よりも8.2%ポイントと大きく比率を上げ、前年の4位から3位に浮上した。米国は市場の大きさという需要面だけではなく、生産や研究開発、物流、地域統括など、拡大する機能は全般にわたる。海外で拡大する機能ごとのランキング(別の設問)では、米国はほぼ全ての機能で前年から順位を上げ、地域統括機能では前年度2位から首位に、販売機能では前年度3位から2位となっている(注4)。従来、中国やASEANなどアジアが上位を占めた汎用品の生産機能においても、前年の8位から5位に浮上した。

前年度に事業拡大の検討先として米国を選択しなかったものの、今回は米国を検討先とした企業は62社。このうち多くの企業(57社)が販売機能を拡充するとしている。このほか、研究開発機能が7社、生産、物流機能が各6社、地域統括機能が3社あった。米国を検討先に追加した企業からは、「東南アジアへのさらなる販売強化に加えて、その他エリアへの進出・拡大を検討中」(商社・卸売り)、「現地状況の把握、生産コストなどを考えた場合、現地拠点を持つことが競争力のアップにつながる」(飲食料品)などの声があがる。米国という巨大市場を、販売面だけではなく研究開発や生産など複数の側面から自社のバリューチェーンの一角に組み込み、厳しさが増す海外ビジネス環境を乗り切ろうとする企業の意図が読み取れる。


注1:
本調査は、海外ビジネスに関心の高いジェトロのサービス利用日本企業1万3,503社を対象に、2020年10月末から2020年12月初にかけて実施。2,722社から回答を得た(有効回答率20.2%、回答企業の84.9%が中小企業)。プレスリリース報告書も参照。なお、過去の調査の報告書もダウンロード可能。
注2:
「海外進出の拡大を図る」企業は、「現在、海外に拠点があり、今後、さらに拡大を図る」「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」と回答した企業の合計。
注3:
平成23年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査概要」(2012年3月)において、今後の海外進出方針に関する調査結果(2008年度~2011年度)を比較可能な形式で掲載。
注4:
報告書において、「海外で拡大を図る機能 機能別国・地域ランキング」等を掲載。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 国際経済課
中村 江里子(なかむら えりこ)
ジェトロ(海外調査部、経済情報部)、(財)国際開発センター(開発エコノミストコース修了)、(財)国際貿易投資研究所(主任研究員)等を経て2010年より現職。