特集:未曽有の危機下で日本企業が模索する海外ビジネスコロナ時代のDX、日本企業のデジタル活用は進んだか(世界、日本)

2021年2月26日

世界から「周回遅れ」との指摘もある日本企業のデジタル活用だが、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、各社は、新しいビジネス環境への対応を進めてきた。数年前から提唱されてきた、デジタルトランスフォーメーション(DX)(注1)の取り組みも急速に加速している。ジェトロのアンケート調査(注2)で、3年ぶりにデジタル活用について尋ねた。企業が活用するデジタル技術のメリットや課題を、過去の結果と比較しつつ読み解く。

IoT・AIなどのデジタル技術、「攻めのDX」への活用割度合低く

新型コロナ感染拡大が続く状況で実施した本調査では、影響が大きい7つのデジタル技術別(注3)について、それぞれの活用メリットを聞いた(図1参照)。直近で同じ質問をした2017年度調査と比較すると、電子商取引(EC)では「マーケティングの強化・販売先の拡大」をメリットとして挙げる企業が10.8%ポイント増加し、新型コロナ禍で、ECへの期待が高まっていることがわかる。SNSを活用したデジタル・マーケティングやバーチャル店舗の開設など、顧客との接点をオンライン上に求める動きが加速した。そのほか、3Dプリンターやビッグデータでは「新製品・サービス等の創出」をメリットに挙げる企業の割合が増加するなど、前回調査から、デジタル技術に対する認識の変化がみられる。

図1:デジタル技術活用のメリット(時系列)

EC
ECを最も影響が大きいデジタル技術だと回答した2017年度500社、2020年度397社の回答。メリットは、年度順に「マーケティング・販売」67.8%、78.6%「個々の顧客ニーズ」39.4%、36.8%「新製品等創出」32.6%、34.0%「参入障壁低下」26.0%、25.9%「品質安定・向上」21.0%、24.2%「賃金上昇・労働力不足」24.0%、21.4%「業務効率化・最適化」20.2%、17.1%「熟練技術継承」6.8%、9.6%。
ロボット
ロボットを最も影響が大きいデジタル技術だと回答した2017年度227社、2020年度116社の回答。メリットは、年度順に「賃金上昇・労働力不足」71.4%、62.1%「品質安定・向上」63.4%、55.2%「業務効率化・最適化」51.5%、50.0%「熟練技術継承」27.8%、38.8%「新製品等創出」25.1%、23.3%「マーケティング・販売」17.2%、18.1%「個々の顧客ニーズ」16.3%、18.1%「参入障壁低下」4.0%、1.7%。
3Dプリンター
3Dプリンターを最も影響が大きいデジタル技術だと回答した2017年度80社、2020年度47社の回答。メリットは、年度順に 「新製品等創出」43.8%、57.4%「業務効率化・最適化」71.3%、53.2%「品質安定・向上」32.5%、48.9%「個々の顧客ニーズ」37.5%、23.4%「マーケティング・販売」23.8%、23.4%「熟練技術継承」16.3%、23.4%「賃金上昇・労働力不足」15.0%、23.4%「参入障壁低下」7.5%、8.5%。
IoT
IoTを最も影響が大きいデジタル技術だと回答した2017年度316社、2020年度173社の回答。メリットは、年度順に 「品質安定・向上」55.4%、58.4%「新製品等創出」48.4%、54.9%「業務効率化・最適化」49.1%、49.7%「熟練技術継承」34.5%、37.6%「個々の顧客ニーズ」42.1%、35.8%「マーケティング・販売」35.4%、34.7%「賃金上昇・労働力不足」27.8%、30.1%「参入障壁低下」4.1%、6.9%。
ビッグデータ
ビッグデータを最も影響が大きいデジタル技術だと回答した2017年度71社、2020年度53社の回答。メリットは、年度順に 「新製品等創出」60.6%、62.3%「個々の顧客ニーズ」57.7%、62.3%「マーケティング・販売」59.2%、58.5%「品質安定・向上」38.0%、43.4%「熟練技術継承」18.3%、30.2%「業務効率化・最適化」35.2%、22.6%「賃金上昇・労働力不足」16.9%、13.2%「参入障壁低下」5.6%、3.8%。
AI
AIを最も影響が大きいデジタル技術だと回答した2017年度217社、2020年度135社の回答。メリットは、年度順に 「品質安定・向上」47.0%、47.4%「業務効率化・最適化」40.6%、47.4%「新製品等創出」41.9%、45.9%「マーケティング・販売」29.0%、44.4%「個々の顧客ニーズ」33.6%、38.5%「賃金上昇・労働力不足」50.7%、38.5%「熟練技術継承」32.7%、33.3%「参入障壁低下」7.8%、6.7%。
フィンテック
フィンテックを最も影響が大きいデジタル技術だと回答した2017年度75社、2020年度44社の回答。メリットは、年度順に 「新製品等創出」64.0%、61.4%「個々の顧客ニーズ」42.7%、45.5%「品質安定・向上」45.3%、36.4%「マーケティング・販売」37.3%、29.5%「業務効率化・最適化」24.0%、27.3%「賃金上昇・労働力不足」20.0%、22.7%「参入障壁低下」18.7%、18.2%「熟練技術継承」6.7%、2.3%。

注:nは当該技術を最も影響が大きい技術だと回答した企業。選択肢の正式名称は以下のとおり:「賃金上昇・労働力不足」=賃金上昇や労働力不足に対処できる、「熟練技術継承」=熟練技術の「見える化」・継承が可能、「品質安定・向上」=製品・サービスの品質が安定・向上、「マーケティング・販売」=マーケティングの強化・販売先の拡大、「業務効率化・最適化」=開発・生産工程や業務の効率化・最適化(期間短縮、コスト削減等)が可能、「個々の顧客ニーズ」=個々の顧客ニーズに応じた製品・サービスの提供が実現、「新製品等創出」=新しい製品・サービス・ビジネスモデルを創出できる。この他、選択肢として、「デジタル技術活用のメリットは低い」、「メリットについてよく分からない」、「その他」がある。
出所:2020年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

自社内でコントロールできる改革的なデジタル技術の活用は「守りのDX」とされ、業務プロセスの再設計や経営データの可視化による意思決定の迅速化・最適化などに用いられる。一方、顧客をはじめとするステークホルダーを巻き込むデジタル技術の活用は「攻めのDX」とされ、商品・サービスの高度化やビジネスモデルの改革などが該当する(注4)。これらの定義をもとに、企業が回答したデジタル技術活用メリットを「攻めのDX」と「守りのDX」に分け、技術がより活用されている方に評価したのが図2である。

活用が進むECでは、顧客との接点に重きが置かれているのに対し、IoT(モノのインターネット)や人工知能(AI)、ロボットといったデジタル技術は、「開発・生産工程や業務の効率化・最適化が可能」であることや、「賃金上昇や労働力不足へ対処できる」ことがメリットとして強く認識されており、「守りのDX」に偏っていることがわかる。

図2:攻めと守りのDXに分類した日本企業が活用するデジタル技術(時系列)
「守りのDX」は自社でコントロールできる改革的なテーマ。「攻めのDX」は顧客を中心としたステークホルダーや自社だけでなくエコシステムをも巻き込むテーマ。2017年度は守りのDXから順にロボット(14.6%)、AI(13.9%)、IoT(20.3%)、3Dプリンター(5.1%)、フィンテック(4.8%)、ビッグデータ(4.8%)、EC(32.1%)。2020年度は守りのDXから順にロボット(11.4%)、IoT(17.0%)、AI(13.3%)、3Dプリンター(4.6%)、フィンテック(4.3%)、ビッグデータ(5.2%)、EC(39.0%)。

注1:括弧内は「影響が大きいデジタル技術がある」と回答した企業うち、当該技術別選択した企業の割合。
注2:評価手法については本文(注5)参照。
出所:2020年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

2017年度調査と比較すると、デジタル技術の活用は少しずつだが「攻めのDX」にシフトしていることがわかる。特にAIの活用では、「マーケティングの強化・販売先の拡大」と「個々の顧客ニーズに応じた製品・サービスの提供が実現」のメリットの認識が前回調査から拡大した。デジタル技術への理解が進んだことや導入コストが下がってきたことから、業務効率化や品質安定にとどまらない、より広範囲な活用へシフトしている。

DXへの取り組みは海外も視野に

変化の激しいビジネス環境下では、新規事業創出やビジネスモデルの変革のため、外部リソースを活用することの重要性がますます指摘されるようになっている。

本調査では、新しい事業領域、商品・サービス、ビジネスモデル開拓などを目的とした国内外企業との協業・連携の取り組みについて尋ねた。回答企業のうち、これに「取り組んでいる」もしくは「取り組んでいないが検討中」と回答した企業は35.7%となった(図3参照)。具体的な協業・連携の取り組み内容では、「国内企業との業務提携・共同研究等」が最も多く、65.0%に上った。

一方、「海外企業との業務提携・共同研究等」「海外スタートアップと連携」など、海外のリソース活用を模索する企業の割合も30.7%に達した。大企業ではオープンイノベーションの手法として、コーポレーションベンチャーキャピタル(CVC)などの「出島」を利用した協業先の発掘や、M&Aでの事業・資源獲得など、広範囲の外部リソースを巻き込んだ形で、DXを加速させる動きがみられる。

図3:国内外企業・期間との協業・連携の取り組み
回答した2,722社のうち、取り組んでいると回答した企業は18.6%、取り組んでいないが検討中と回答した企業は17.1%、取り組んでいないと回答した企業は62.0%、無回答は2.3%。 「取り組んでいる」もしくは「取り組んでいないが検討中」と回答した企業の取り組み内容は、「国内企業との業務提携・共同研究等 」が65.0%、「大学・研究機関との業務提携・研究」が22.2%、「 国内スタートアップと連携」が16.3%、「国内の専門人材の出向・人事交流等」が7.0%、「国内外企業のM&A による事業・資源獲得」が6.0%、「出島戦略を通じた新規領域の開拓」が2.1%、「海外企業との業務提携・共同研究等」が23.3%、「海外スタートアップと連携」が9.1%、「海外企業との新規事業展開」が3.6%、「海外の専門人材の出向・人事交流等」が3.3%、「その他」が4.0%、「無回答」が4.4%。

注:右図のnは「取り組んでいる」もしくは「取り組んでいないが検討中」と回答した企業数。
出所:2020年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

課題はIT人材、確保に遅れ

デジタル技術を活用する上で、IT人材の確保は喫緊の課題だ。本調査の結果でも、デジタル技術活用の課題として「人材不足」を挙げる企業が55.7%と最も多かった。優秀なデータサイエンティストや開発者は世界的に不足しており、国境を越えた人材の獲得競争が激化する。しかしながら、日本のIT人材の平均給与は世界的に高くない。英国人材調査会社ヘイズのレポートによると、アジア5カ国・地域(日本、中国、香港、マレーシア、シンガポール)におけるITディレクターの給与は、中国、香港、シンガポールより低い傾向にあることがわかる(図4参照)。

図4:IT人材の年収比較(アジア5カ国)
ITディレクターは中国では2,880万円、シンガポールでは2,840万円、香港では2,450万円、日本では1,800万円、マレーシアでは1,130万円。AIグローバルアーキテクトは中国では1,600万円、香港では1,680万円、日本では1,300万円、マレーシアでは970万円。データサイエンティストは中国では1,600万円、香港では1,100万円、日本では1,200万円、マレーシアでは750万円。ディープラーニングプロジェクトマネージャーは中国では1,360万円、香港では1,850万円、日本では1,200万円、マレーシアでは970万円。サイバーセキュリティコンサルタントは中国では960万円、香港では1,680万円、日本では1,300万円、マレーシアでは810万円。

注:ヘイズでの成約実績ベース。回答数は中国2,227人、シンガポール794人、香港645人、日本655人、マレーシア825人。
出所:「2020年ヘイズアジア給与ガイド」(Hays)

世界的に高騰するIT人材獲得競争に、日本企業はどのように対応しているのか。本調査でIT人材確保に関する取り組みについて尋ねたところ、「確保していない」が最も多く、全体の4割に上る(図5参照)(注6)。一方、企業規模別でみると、大企業は「確保していない」との回答が大きく後退し、「新卒、中途採用による直接雇用による確保、育成」を行う企業が64.9%と最も多い。次いで、「特定技術を持った企業やIT技術者と契約」(21.0%)が続く。IT人材確保にかかる大企業と中小企業の温度差が明らかとなった。

図5:IT人材確保に関する取り組み
回答社数は全体で2,722社、大企業で410社、中小企業で2,312社。「確保していない」は全体で40.0%、大企業で15.6%、中小企業で44.3%。「新卒、中途採用による直接雇用による確保、育成」は全体で37.9%、大企業で64.9%、中小企業で33.1%。「特定技術を持った企業やIT技術者と契約」は全体で14.1%、大企業で21.0%、中小企業で12.9%。「外国人・留学生の採用」は全体で8.2%、大企業で7.1%、中小企業で8.4%。「国内の大学や研究機関との連携強化」は全体で6.4%、大企業で11.0%、中小企業で5.6%。「確保したいが方法がわからない」は全体で5.0%、大企業で1.5%、中小企業で5.7%。「海外の子会社や関連会社で採用」は全体で2.9%、大企業で5.9%、中小企業で2.3%。「M&A や他社への出資などを通じた人材獲得」は全体で2.7%、大企業で5.4%、中小企業で2.2%。「海外の大学や研究機関との連携強化」は全体で1.5%、大企業で2.4%、中小企業で1.3%。「その他 」は全体で3.5%、大企業で3.7%、中小企業で3.4%。「無回答」は全体で3.5%、大企業で7.3%、中小企業で2.8%。

注:nは本調査の回答企業総数。
出所:2020年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

優秀なIT人材を世界から確保する場合、上述のとおり、国際レベルの高い給与水準に引き上げることが必要だ。日本でも外資系企業や急成長するスタートアップでは、グローバル水準の給与体系が敷かれている場合が多い。IT人材の獲得をめぐり、従来の年功序列型を見直す動きがみられる。2019年にはすでに、NECは新卒でも優秀な研究者には年収1,000万円以上の新たな賃金制度の導入、また富士通はカナダ子会社のAI人材を日本の役員並みの年収にすると報道されるなど、大手各社は世界の給与水準を見据えた方針を打ち出している。

日本で働き方改革が進む中、グローバル採用を基準とした給与体系の構築や、リモートワークを念頭においた評価方法の見直しなど、人材マネジメントの改革が急務といえよう。

注1:
DXは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義される(経済産業省)。
注2:
本調査は、海外ビジネスに関心の高いジェトロのサービス利用日本企業1万3,503社を対象に、2020年10月末から2020年12月初にかけて実施。2,722社から回答を得た(有効回答率20.2%、回答企業の84.9%が中小企業)。プレスリリース報告書も参照。なお、過去の調査の報告書もダウンロード可能。
注3:
これら7つの技術は、アンケート調査票に選択肢として記載。なお、フィンテックには、自社の財務管理を主目的としたインターネットバンキングや資産管理サービスの利用は含まない。これらの技術選定にあたっては、国連貿易開発会議(UNCTAD)の”Information Economy Report 2017”が挙げたデジタル経済の鍵を握る技術〔先進ロボット工学、AI、IoT、クラウド・コンピューティング、ビッグデータ解析、3Dプリント技術、デジタル決済システム、相互利用可能な(interoperable)システム・プラットフォーム〕などを参考にした。
注4:
NTTデータ経営研究所「日本企業のデジタル化への取り組みに関するアンケート調査」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます から定義参照。
注5:
8つの選択肢を、攻めのDXと守りのDXに分類し、回答が多い選択肢から1~8ポイントで点数化したものを項目ごとに足し上げた。攻めのDXの選択肢は、「マーケティングの強化・販売先の拡大」「個々の顧客ニーズに応じた製品・サービスの提供が実現」「ビジネスへの参入障壁が低下する」「新しい製品・サービス・ビジネスモデルを創出できる」。守りのDXの選択肢は、「賃金上昇や労働力不足に対処できる」「熟練技術の見える化・継承が可能」「製品・サービスの品質が安定・向上」「開発・生産工程や業務の効率化・最適化(期間短縮、コスト削減など)が可能」。攻めのDXの選択肢はプラス、守りのDXの選択肢はマイナスで評価した。
2017年度
項目 ポイント
EC (n=500) 16
ビッグデータ (n=71) 8
フィンテック(n=75) 6
3Dプリンター (n=80) 0
IoT (n=316) △ 4
AI (n=217) △ 10
ロボット (n=227) △ 16
2020年度
項目 ポイント
EC (n=397) 16
ビッグデータ (n=53) 8
フィンテック(n=44) 8
3Dプリンター (n=47) 0
IoT (n=173) △ 6
AI (n=135) △ 4
ロボット (n=116) △ 16

注:nは当該技術を最も影響が大きい技術だと回答した企業数。

注6:
「確保していない」には、確保したくてもできていない企業や確保の必要がない企業が一定数いる可能性がある。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
伊尾木 智子(いおき ともこ)
2014年、ジェトロ入構。対日投資部(2014~2017年)、ジェトロ・プラハ事務所(2017年~2018年)を経て現職。