特集:コロナ禍で未曽有の危機下にある世界経済と新たな潮流新型コロナ関連の貿易措置がもたらした教訓

2020年10月8日

新型コロナウイルスへの緊急対応として、世界では2020年1~6月にかけて約190件の貿易関連措置が導入された。輸出制限に注目が集まったが、結果として、貿易を自由化する措置の方が件数としては多く取り入れられ、有志国による協調の動きもあった。この半年間の動向を背景とした、既存の国際貿易ルールの強化と新規ルールの確立が求められる。

感染症対策としての禁輸措置相次ぐ

2020年前半の新型コロナの感染拡大に伴い、その予防を目的とした貿易関連措置が多数導入された。導入は中国から地理的に近いアジアを中心に早くは1月末から始まり、3月以降に感染が深刻化するとともに、欧米でも医療関連物品を中心とする輸出制限の動きが広まった。こうした措置の累計件数は6月までに80件超に上った(図参照)(注1)。製品によっては生産拠点が少数の国に集中したことに加え、世界全体で急速に需要が拡大したことが背景にある。

感染拡大が一時ピークアウトしたことで措置の導入ペースも鈍化、特に5月には新規導入件数が顕著に減少した。6月以降も地域によっては感染拡大が続くが、貿易関連措置導入のピークは3月ごろで、新たに件数が増える傾向はない。措置を撤回する国も増えている。

図:新型コロナ対策として導入された世界の貿易関連措置
新型コロナ対策として導入された貿易関連措置は、貿易を制限する性質のものと、貿易を緩和するものとに分類できる。 貿易制限措置は2020年3月に急増し、5月までに計83件が導入された。感染拡大のスピードに合わせて、3月は特に欧州での措置が多かった。 一方で貿易緩和措置も3月から4月にかけて増加し、6月にまでに導入されたのは107件と、累計件数としては貿易制限措置を上回った。

注1:新型コロナとの関係が明らかな措置のみ計上。
注2:2020年6月までに解除されたものも累計件数に含む。
注3:導入日が不明な措置は、WTOなどへの通報日で代替した。
出所:WTO、WCO、「ビジネス短信」(ジェトロ)から作成

一方で、医療・衛生物資などへのアクセス拡大を目的として、3月ごろからは輸入関税の撤廃や輸入手続き簡素化といった緩和的措置を導入する国も多い。実際、半年間の傾向としては、貿易制限よりも緩和措置の方が件数としては多かった。3月に米州の緩和措置の件数が突出したのは、ブラジルを中心とする中米諸国が医療用品へのアクセス改善のために、特定品目の関税を撤廃したり、電子化などの輸入手続き簡素化などを行ったりしたためだ。動植物検疫の関連では、輸入時の書類を電子的に受け付ける動きが多く見受けられた。

そのほか、水際措置以外の緩和策として、医薬品や食品に関する規格や基準を一時的に緩和する動きもあった。例えば、電気電子技術の国際規格を発行する国際電気標準会議(IEC)が人工呼吸器メーカーに一部の規格を無料提供したほか、マスクや個人用防護服に関する規格の閲覧を無料化した例が報告されている。

国際貿易ルール上の問題点

一連の貿易制限は、いわゆる保護貿易主義(貿易の阻害や自国産業の保護が目的)とは位置付けにくい。むしろ、自国民の人命と健康の保護のため、まずは必要物資の国内需要を充足し、余剰分を輸出に回すための調整措置と見なされる。WTO協定は、GATT第11条「数量制限の一般的禁止」に基づき輸出入の禁止・制限を認めていない。しかし、加盟国には各種例外規定に基づく政策余地を残している(表1参照)。今回の輸出制限の多くは、GATT第20条(b)(人・動物または植物の生命や健康の保護のために必要な措置)に該当するため、貿易制限に対する一般的例外として許容される。WTOの各委員会への措置の通報も、同条を根拠として行われている場合が多い。

表1:新型コロナと関連する貿易自由化の例外
協定 条項 自由化に対する例外 新型コロナに当てはめると… 該当する措置
貿易と関税(GATT) 第11条2(a) 食糧その他輸出国に不可欠の産品の危機的な不足を防止・緩和 マスクなどの防護用品や人工呼吸器などの一部医療機器といった、医療・衛生物資の十分な供給確保による国民の感染症予防や治癒 医療・衛生物資の国内需要を充足するための輸出禁止・制限、あるいは関税撤廃や輸入手続き円滑化による同物資へのアクセス改善
第20条(b) 人・動植物の生命や健康保護
第20条(j) 供給が不足する産品の獲得や分配
第21条(b) 軍事施設への物資供給 都市封鎖や臨時施設における軍の動員
サービス貿易(GATS) 第14条(a) 公衆道徳の保護や公の秩序の維持 人の移動によるウイルス拡散を防止 感染拡大地域からの入国禁止・制限
第14条(b) 人・動植物の生命や健康保護 医療崩壊による死者の発生を防止
衛生植物検疫措置(SPS) 第5条7項 証拠に基づく、国民の生命・身体安全や健康確保 野生動物が感染源である可能性に基づき、パンデミックを予防・沈静化 衛生検疫措置の強化
貿易の技術的障害(TBT) 第2条2項 正当な政策(人の健康保護)目的のための措置 医療機器や医薬品の迅速な流通を確保 医療機器の認証や規格の緩和
知的所有権(TRIPS) 第31条 一定の条件下、特許権者の許諾なく第三者が特許を実施できる 特効薬を開発した製薬会社の特許権を制限 一部国による強制実施権の強化
政府調達(GPA)
〔任意加入〕
第3条2項 人・動植物の生命や健康保護 医薬・医療機器などの特定産品の需要急増 政府による物資・サービスの購入

出所:WTO協定から作成

貿易自由化の例外を認めるWTOのルールは、GATT以外にもある。例えば、「衛生植物検疫措置の適用に関する協定」(SPS)は、国民の生命・身体の安全や健康の保護に必要な貿易制限を科学的根拠に基づき採用することを認めている。「貿易に対する技術的障害に関する協定」(TBT)も、正当な政策目的のための措置を許容しており、人命の保護もこの目的に当たる。

このように、WTOルールは、複数の条項で生命や健康の保護を貿易自由化よりも上位に置いており、新型コロナ対策はまさに正当な目的と言える。他方で、物資の囲い込みを中心とした貿易制限措置はさまざまな悪影響をもたらす。具体的には、輸入国での供給不足の深刻化、財の価格高騰、ある措置が他国の貿易制限をさらに呼ぶドミノ効果などが今回実際に生じた。サプライチェーン分断も深刻な問題だ。例えば、インドが3月上旬に導入した医薬品有効成分の禁輸などは、業界全体のサプライチェーンを脅かす恐れがあるとして、米国や欧州は警戒感をあらわにした。その影響からか、インドは約1カ月後にこの措置を解除した。医薬品のみならずマスクなどの防護用品の禁輸により、外国製品への輸入依存度が高い日本でも供給不足が社会問題化した。

さらに今後、各国が新型コロナ後を見据えて導入する公的支援策や消費刺激策の中には、内国民待遇に抵触するものが出てくる可能性もある(注2)。リーマン・ショックの際にも、バイアメリカン条項を中心に、国内産業保護を念頭に置いた同様の措置が多数取り入れられた。今回の関連政策との関係でも、GATT第3条(内国民待遇)や補助金協定との抵触が問題化する可能性も指摘される。

WTOを中心とした国際協調による対応

ルールの性質上、貿易制限措置を防止する強力な仕組みがない中、WTOは新型コロナ関連の措置を3月末からモニタリング外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますし、通報による透明性確保を加盟国に求めた。4月末には関連措置の概要をまとめた報告書を発表するなど、各国の措置が過度に貿易制限的にならないよう繰り返し自制を求めた。日本を含めた有志国による協調の動きも続き、組織単位のものも含めると7月末までに20件以上の声明が出された(表2参照)。例えば、参加国を増やしながら複数回出された「新型コロナと多国間貿易体制に関する閣僚声明」では、緊急に取られる貿易制限措置は「的を絞り、目的に照らして相応で透明かつ一時的」、かつ「不要な障壁やグローバル・バリューチェーンへの混乱を生じさせず、WTOルールに整合的」たるべきと強調された。

さらに、G20や、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)、APECなどでも、WTOでの各声明を踏襲するかたちで、同様の宣言が出された。しかし、米中貿易摩擦の影響もあり、特にG20ではこの数年、保護主義への対抗力が弱まるなど、リーダーシップを取る国が不在な中で強力な国際協調には至っていない。

表2:新型コロナ関連の貿易措置抑制に向けた国際協調の例(2020年)
主体 月日 概要
WTO・FAO・WHO 4月2日 新型コロナに起因する食糧ナショナリズムによるサプライチェーン阻害を防止するための協力の必要性
ニュージーランド・シンガポール含む9カ国 4月6日 サプライチェーン維持に関する共同閣僚声明(改訂)
WTO・WCO 4月6日 重要物品の貿易円滑化に関する共同声明
ニュージーランド・シンガポール 4月15日 重要物品の貿易に関する宣言
ニュージーランド、シンガポール
(各国が同日に発出)
4月16日 新型コロナへの対応として、重要物品の円滑な貿易を確保する取り組みに関する声明
WTO・WHO 4月20日 医療必需品流通のための自由な貿易の重要性に関する共同声明
WTO・IMF 4月24日 輸出制限を採用する際には慎重に検討するよう強く要請
ASEAN 5月1日 新型コロナに関する共同声明
後発開発途上国(LDC)グループ 5月4日 LDCによる必要物資および食品への緊急アクセス確保に関する声明
APEC 5月5日 APEC貿易担当相による閣僚声明
オーストラリア・カナダ・韓国・ニュージーランド・シンガポール 5月12日 物品・サービスの貿易および人の移動を円滑化する行動計画に関する共同声明
G20 5月14日 G20貿易投資相による閣僚声明
日本含む53のWTOメンバー 5月26日 新型コロナ下における中小零細企業の重要性を強調する声明(改訂)
日本含む30のWTOメンバー 5月29日 開放的かつ予見可能性ある農林水産物・食品の貿易確保に関する宣言(改訂)
オタワ・グループ (注2) 6月16日 新型コロナに焦点を当てた行動に関する声明
ケアンズ・グループ (注3) 6月17日 自由貿易を通じた食糧安全保障の確保に関するイニシアチブ
アフリカ・グループ 6月25日 新型コロナのインプリケーションに関する声明
日本含む48のWTOメンバー 7月30日 新型コロナと多国間貿易体制に関する閣僚声明(改訂)
TPP11 8月5日 保護貿易主義への対抗とサプライチェーン維持に関する共同声明

注1:太字は国際機関ないしフォーラム単位で発出されたもの。
注2:オタワ・グループ:WTO改革推進派の有志国で構成されるグループ(オーストラリア、ブラジル、カナダ、チリ、EU、日本、ケニア、韓国、メキシコ、ニュージーランド、ノルウェー、シンガポール、スイス)。
注3:ケアンズ・グループ:農産品の貿易自由化を提唱する主要農産物輸出国(アルゼンチン、オーストラリア、カナダ、チリ、コスタリカ、インドネシア、マレーシア、ニュージーランド、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ)。
出所:WTOウェブサイトなどから作成

新型コロナを契機とした新たな国際ルール

貿易関連措置は減少する傾向にある。しかし、今後感染が再び拡大する可能性があり、かつ有志国による国際協調にも限界が見える中、今回の緊急対応で導入された貿易制限が撤廃されずに残ることに対しては警戒が必要だ。中には、終了時期を明記したものもあるが、「新型コロナの脅威がなくなるまで」といった曖昧な表現をしているものもあり、確実に終了したかどうかの確認が困難な面もある。今回の教訓を踏まえ、既存ルールの強化や新規ルールの確立が類似の状況が今後生じた場合に重要となろう(表3参照)。

表3:新型コロナを踏まえた多国間国際貿易ルールの在り方
項目 該当ルール 概要
既存ルールの強化 貿易円滑化協定(TFA) 書類の電子化や迅速通関などを全WTOメンバー間で着実に履行
情報技術協定・拡大情報技術協定(ITA) 人工呼吸器などへの適用対象品目拡大および参加国の拡大
貿易の技術的障害(TBT) 必要物資の迅速な供給を可能にする国内規制に関するルール明確化
知的所有権(TRIPS) 強制実施権の適用。ただし権利保護とのバランスは要検討
貿易制限措置の抑制 措置の発動要件を明確化するなど、各種共同声明も踏まえた何らかのガイドライン策定へ
新規ルールの確立 一時的な関税撤廃や手続き緩和の恒久化 EUは、医薬品・医療用品の関税を、最恵国待遇ベースで撤廃する仕組みを提案
電子商取引 移動制限に伴いEC活用が急増したことを踏まえ、有志国間で進む新規ルール策定を加速
個人情報保護やデータ移転に関する共通規範(※WTO外) リモート活動増加や追跡システム利用拡大に即した国際ルールの検討

出所:各種資料から作成

既存ルールの関係では、新型コロナを機に特許権の取り扱いについて議論が活発化している。「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPs協定)は第31条で、一定の条件下、特許権者の許諾なく第三者が特許を実施できる強制実施権を認めている(表1参照)。強制実施権をめぐっては、例えば、チリ下院が2020年3月に新型コロナの予防や治療のための医薬品と技術へのアクセスと利用を促進するため、強制実施権を支持する決議を可決した。また同月、イスラエルも、それまで国内での販売を認めていなかった米アッヴィ社「カレトラ」のジェネリック医薬品に関し、新型コロナ治療を目的にインドから輸入することを許可した。このほか、カナダやドイツなどでも、公衆衛生対策上必要な特許使用に関し法整備を進めている(注3)。G20では、主に途上国での医薬品アクセスを改善するため、国際機関が特許権を管理する特許権プールの仕組みを新型コロナにも適用する構想も動いている。このように、TRIPS協定が規定する特許権を人命維持のため制限する流れができつつある。他方で、発明奨励や企業収益の観点からは、協定が本来目的とする権利保護も併せて確保する必要があり、その均衡点が模索されている。

既存ルールの深化に加え、今回の動きを契機に新たなルールを確立することの意義は大きい。例えば、新型コロナ対応として導入された、一時的な関税撤廃や手続きの電子化に代表される緩和措置は恒久化が望ましく、EUなどはこれをルール化することを提案している。具体的には、医薬品・医療用品を中心とした「必需品」の関税を多国間で撤廃する枠組みを6月に提案した。最恵国待遇で全WTOメンバーが恩恵を等しく享受する「情報技術協定」(ITA)方式を目指す。さらには、この「必需品」に関わる国内規制や税関手続き、公共調達における透明性の確保などを盛り込んだ、包括的な規律を検討すべきとしている。実現すれば、新型コロナを契機とした新たな多国間貿易ルールが誕生することとなる。


注1:
WTOや世界税関機構(WCO)に通報された措置を基に、(1)新型コロナとの関係が明らかながら、通報が漏れている措置について、ジェトロの海外事務所などの情報から追加、(2)WTOに通報されたものの、検討段階にあり未導入のもの、新型コロナとの明確な因果関係が不明なもの、既存措置の改定や重複通報は排除する、といった加工を行ってカウント。なお、措置が貿易「制限」なのか「緩和」なのかについては、WTOのデータベース上では混在し、整理されていないため、筆者が措置ごとに内容を検証し分類した。主要な措置一覧は「ジェトロ世界貿易投資報告2020年版」第Ⅲ章p76PDFファイル(1.94MB) を参照。
注2:
例えば、日本の経団連は7月14日に出した提言「コロナの下での自由で開かれた貿易投資の実現外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」の中で、「景気対策に名を借りた特定産業への補助金は市場歪曲(わいきょく)化につながりかねない」と警鐘を鳴らしている。
注3:
詳細は「ジェトロ世界貿易投資報告2020年版」第Ⅲ章p93PDFファイル(1.94MB) を参照。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
吾郷 伊都子(あごう いつこ)
2006年、ジェトロ入構。経済分析部、海外調査部、公益社団法人 日本経済研究センター出向を経て、2012年4月より現職。世界の貿易投資、および通商政策に関する調査に従事。共著『メイド・イン・チャイナへの欧米流対抗策』、『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)など。