特集:コロナ禍で未曽有の危機下にある世界経済と新たな潮流コロナ禍は新産業創出の端緒となるか
デジタル関連ビジネス事例からの考察

2020年10月8日

2020年に入って猛威を振るう新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)は、世界中の人々の生活基盤や企業活動を急速にデジタル化させる契機となった。斬新なアイデアと技術で、ポストコロナ社会の構築に挑戦する企業への投資資金の流れを止めないことが、今後の新産業創出のカギとなる。

新型コロナに対応するデジタル関連ビジネスが各地で登場

新型コロナ拡大下においては、近年台頭するデジタル関連ビジネスの重要性が再認識された。インターネットを通じた海外取引の機会が増加し、テレビ会議システムなど、テレワークに関連するデジタルインフラ整備も一気に進んだ。主要国の2020年上半期のデジタル関連サービス輸入額の前年同期比伸び率をみると、いずれの国もデジタル関連サービスの伸び率がサービス貿易全体の伸びを上回っている(本特集「新型コロナで拡大が見込まれるデジタル関連サービス貿易」参照)。

新たに掘り起こされたニーズや価値観、形成された生活様式は、新型コロナ禍の収束後も定着化することが予想される。過去を振り返ってみても、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)発生に伴う電子商取引(EC)需要の拡大を捉え、中国でアリババが躍進し、2008年のリーマン・ショック後には、「所有」から「共有」への価値観の変化を捉えて、ウーバーやエアビーアンドビーなどのシェアリングビジネスが進展した。パンデミックや経済的混乱などの災禍は、新たなビジネスが創出される契機でもある。

ジェトロは、海外55カ国76拠点のネットワークを活用し、最新のビジネス動向の収集・発信を行っているが、いまや世界各国・地域で、新型コロナに対応したデジタル関連ビジネスの拡大が顕著だ(図参照)。

とりわけ、オンライン診療などの医療分野や、教育、飲食などの分野でデジタル化の進展が目立つ。インドネシア発のゴジェックは、かつてライドシェアを手掛ける、いわゆる「インドネシア版ウーバー」だったが、今やECや電子マネーなどさまざまなプラットフォームを運営するスーパーアプリとなっている。同社は感染が拡大する中、保健省と共同で医師とのオンライン診断のサービスを開始し、新型コロナへ素早く対応した。薬の宅配サービスも手掛け、人々の移動による感染拡大の防止に貢献している。米IBMは米国疾病予防管理センター(CDC)が公開しているデータを基に、新型コロナに関する問い合わせ体制を構築した。既存のネットワークやデータベースを活用して、目の前の脅威に迅速に対応する様子がうかがえる。

図:新型コロナに対応した新たなデジタル関連ビジネス
医療分野の事例は次の通り。IBM:米国疾病予防管理センターが公開しているデータをもとに、新型コロナに関する問い合わせ対応体制を構築(米国)。アスツール:マスク、アルコールジェルなどの価格比較サイトをリリース(日本)。Tina3d:感染者が確認されるとアラームが鳴るアプリを開発(韓国)。ゴジェック:医師とのオンライン診断により感染の疑いがある場合必要な薬を自宅まで届ける仕組みを構築(インドネシア)。ドクトリブ:フランス全土の医師が使用できる動画診察プラットフォームを発表(フランス)。COVID19CZ:感染リスク対象者を早期に割り出すITネットワークを活用した「スマート検疫」の導入(チェコ)。教育分野の事例は次の通り。大連厚仁教育科技:AI技術とビッグデータに基づく小中高生向けの教材アプリを開発 (中国)。トッパー:受験対策のためのオンライン模試や問題演習、映像授業を提供(インド)。アタマプラス:遠隔での授業支援のため、講師向けのプロダクト・サービスを強化(日本)。飲食分野の事例は次の通り。グーグル:グーグルマップ上で、テイクアウトやデリバリーの情報が表示可能に。テイクアウトやデリバリーを開始した飲食店などにトレーニングプログラムを実施(米国)。グラウクス:食品関連事業者の食品ロスを解消するためフードシェアリングプラットフォームの商品を拡大(日本)。ディッシュカバリー:レストランのメニューを翻訳し、デジタル化するサービスを展開(イタリア)。雇用支援の事例は次の通り。ワンキャリア:就活生向け企業説明会をYoutubeでライブ配信を開始(日本)。盒馬鮮生:外食産業の従業員を一時的に受け入れ、自社の配達員の不足を補う、「従業員シェアリング」の取り組みを開始(中国)。スコットランド農園:海外からの季節労働者が確保できないため、地元の学生や休業中の飲食店従事者らをオンラインで募集(英国)。その他の事例は次の通り。ズーム:ビデオ会議プラットフォームを日本、イタリア、米国の小中高に提供(米国)。コンプリ・ドス・ピケノス:事業継続と雇用維持の問題に着目し、終息後の中小企業の製品、サービスの商品券を販売(ブラジル)。ジェイビル:資材調達などのサプライチェーン管理やリスクの可視化などリスクをデジタルツールで管理(シンガポール)。パガ:デジタル決済サービスにおいて現金の取り扱いを減らすため、手数料なしでユーザーから支払いを受けられるように変更(ナイジェリア)。ヨーコー:顧客のネットワーク上でウェブリンクを介して送金を可能にするリモート決済製品の開発を加速(南アフリカ共和国)

出所:ジェトロビジネス短信、報道から作成

教育現場でも、学校の休校措置を受け、オンライン化が加速した。トッパー(インド)は、受験対策のためのオンライン模試や問題演習、映像授業を提供し、質問にはチャット機能で講師が24時間対応できるサービスを展開。新型コロナ下での学力維持を図る。大連厚仁教育科技(中国)は、人工知能(AI)技術とビッグデータに基づく小中高生向けの教材アプリを開発するなど、オンライン教育に関わる企業は一躍、注目を集めている。

日本でも、雇用支援・働き方改革の取り組みが加速し、テレワークの推進やテレビ会議システムの普及が進んだ。就活生向けのオンライン説明会など、従来とは異なる就職活動の様子も見られた。米オンライン会議システムのズームは新型コロナ下におけるビジネス面談の需要を捉え、飛躍的に市場を拡大し、世界中でサービスを展開している。

さらには、「従業員シェアリング」の動きもみられた。急速に人員が過剰になった企業から人手不足の企業へ労働者を移動させ、雇用を守るといった事例がある。中国のフーマー生鮮では、他の外食産業に従事する従業員を一時的に受け入れ、自社の配達員の不足を補っている。また、スコットランド農園では、収穫を担う海外からの季節労働者が確保できずに農作物を廃棄していたが、地元の学生や休業中の飲食店からオンラインで収穫者を募集したところ、募集枠が全て埋まった、との報道があった。

コロナ下で活躍する日本のスタートアップ

デジタル技術を用いてコロナ危機に即応する企業の動きの中で、特に活躍の場を広げたのはテック系スタートアップだ。近年成長が著しいスタートアップは、小規模かつ柔軟な対応力で、さまざまな社会課題への解決策を提示することを得意とする。新型コロナ下においても、スピード感を持って現場のニーズに対応するスタートアップが躍進した(表参照)。

表:新型コロナ下で活躍する日本のテック系スタートアップ事例
項目 企業名 事業内容 主なデジタル技術
コロナと戦う LEBER 24時間・365日スマホで医師に相談できる「ドクターシェアリングプラットホーム」を展開。新型コロナに関する医療相談を無料展開中。 プラットフォーム
GROOVE X LOVOTという家族型ロボットを開発。新型コロナでのメンタルヘルスに貢献。外出自粛によるストレスの解消に有効とされるペットの代替。 IoTロボット
Idein Actcastにより高度なAIカメラを安価に提供、発熱者検知・トラッキングアプリの開発を進め、グローバル拡販・大規模施設等への導入を計画。 IoTAI
MOLCURE 既存手法では検出できなかった新たな医薬品候補(新型コロナに対応できる医薬品も対応)を機械学習で高速かつ安価に発見し新薬を生む。 AIプラットフォーム
エクサウィザーズ 超高齢社会等の課題解決に挑むAIベンチャー。新型コロナ関連の問合せ対応のために官公庁・自治体等へFAQ検索エンジン「Qontextual」を無償提供。 AIプラットフォーム
カケハシ 薬局向け電子薬歴システムの提供、新型コロナで多忙な薬局業界の業務効率化に寄与するサービス。 プラットフォーム
メドレー 日本最大級のオンライン診療システム「CLINICSオンライン診療」を医療機関・クリニックに提供。約1,000の医療機関で利用されている。 プラットフォーム
ポストコロナ社会を構築する DIRIGIO 飲食店のテイクアウトサービス「PICKS」を運営。企業規模の大小を問わずにPICKSを2020年9月まで完全無償で提供。 プラットフォーム
Libry デジタル教科書プラットフォーム、学習管理ツール。 AIプラットフォーム
QBIT Robotics 協働型ロボットによる作業支援ロボットソリューションの提供。飲食店等のオペレーションのロボット化支援及び無人化支援を行う。医療分野への展開も狙う。 IoTロボット
グリーンカード 国内最大級のアマチュアサッカーメディア運営を軸に、AIカメラを活用したアマチュア試合のオンライン配信支援サービスを開発している。 AIプラットフォーム
スタジアム オンライン面接に特化したクラウド型採用管理システムの「インタビューメーカー」を提供し、新型コロナ下で滞る採用活動を非対面で実現する。
スタディプラス SNS機能のある学習管理サービス「Studyplus」を運営。学習記録の可視化による達成感、仲間との励まし合いによるモチベーション向上が図れる。 AIプラットフォーム
すららネット 新型コロナの影響を受け在宅学習を予定している全国の学習塾に対し、オンライン教育サービスを無償で提供中。 プラットフォーム

注:IoT:IoT AI:AI ロボット:ロボット クラウド: プラットフォーム:プラットフォーム
出所:JVCA「コロナと戦うベンチャーリスト」ともとに作成

独自のデジタル技術で「コロナと戦う」スタートアップの中には、オンライン診療や発熱者トラッキングなどを行う企業がある。メドレー(東京)はオンライン診療システムを提供しており、約1,000の医療機関で利用されている。薬局向け電子薬歴システムのカケハシ(東京)は、新型コロナで多忙な薬局業界の業務効率化を寄与するなど、さまざまな面から医療従事者をサポートする仕組みが構築されている。

また、「ポストコロナ社会を構築する」スタートアップは、飲食、教育、エンターテインメントなどの分野で、AIやオンライン・プラットフォームを活用した新しいサービスを提供している。すららネット(東京)は、新型コロナの影響を受け在宅学習する全国の学習塾に対し、無学年式 AI×アダプティブラーニング「すらら」のIDを無償で提供する。また、AIカメラソリューションを提供するアウル(東京)は、カメラ映像を用いて来店人数、性別・年齢、マスクの着用有無などを推定し、同時に店内の混雑状況を予測する端末を開発した。「3密」を可視化するシステムを導入することで、ウィズコロナ時代の事業支援を行っている。新たな生活様式で創出された需要は、今後も拡大するとみられる。

危機をチャンスにできるか

コロナ対応で活躍するスタートアップだが、その多くが、とりわけ資金調達面で負の影響を受けている。投資家は損失を回避する傾向が強くなり、足元の業績や黒字化のめどといった短期的な指標を重視する姿勢へと変化した。2019年は投資バブルとの指摘もあったが、今や資金調達がままならないスタートアップは、事業戦略の見直しを迫られている。

一方、「良いスタートアップに投資できるチャンス」と前向きに捉える投資家もいる。これまで出資競争の過熱による評価額の上昇で、出資がかなわなかった投資家にとって、適正な価格で出資するチャンスが到来している。コロナ需要に対応するスタートアップの中には、順調に売り上げを伸ばし、企業価値が上がったケースもある。成長を続けるスタートアップへの資金の流れを止めないことが、今後の新産業を創出する一歩となるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
伊尾木 智子(いおき ともこ)
2014年、ジェトロ入構。対日投資部(2014~2017年)、ジェトロ・プラハ事務所(2017年~2018年)を経て現職。