特集:ロシア・デジタル経済政策とスタートアップ生態系投資家はロシア企業よりも海外企業を選好
ロシアのベンチャー投資市場概況
2019年6月19日
ロシアのベンチャー投資市場は2014年以降、景気低迷やルーブル為替レートの下落による停滞が続いている。マクロ経済の安定的な成長が見込みにくい中、ロシアのベンチャーファンドはリスクヘッジのため、ロシア国内企業よりも、海外企業への投資に重きを置いている。他方、経済多様化に向けた科学技術分野の起業家の育成には、ベンチャー市場の拡大が不可欠なことから、経済発展省はこれに向けた長期発展戦略をまとめた。ロシアのベンチャー投資市場の概要と特徴、問題点と課題、展望について報告する。
5年前に比べベンチャー投資額は4分の1に減少
国家ベンチャー投資・育成支援機関のロシアベンチャー会社(RVC)によると、ロシアで活動しているベンチャーファンド数は2017年時点で194件、投資残高は40億7,100万ドルだ。投資主体別の金額シェアは国営ファンドが22%、民間ファンド78%で、投資対象を産業別にみると、情報通信技術(ICT)58%、産業技術13%、バイオ技術7%、などとなっており、IT分野が過半を占める状況は日本や米国と同じである。
RVCと大手会計事務所プライスウォーターハウスクーパース(PwC)が作成しているロシアのベンチャー市場レポート「Money Tree」によると、2017年のロシアのベンチャー投資実行額は2億4,300万ドルで前年比47.5%増となったものの、近年のマクロ経済の不安定さやルーブル為替レートの下落などもあり、2014年以降低迷が続き、2012年に比べるとわずか4分の1にすぎない(表1参照)。
取引種類 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018年上半期 | |||||||
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案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | |
株式売却 | 12 | 372 | 21 | 2,000.0 | 30 | 731.5 | 26 | 1,573.5 | 30 | 120.0 | 15 | 79.9 | 6 | 68.5 |
ベンチャー投資 | 188 | 912 | 222 | 653.1 | 149 | 480.9 | 180 | 232.6 | 184 | 165.2 | 205 | 243.7 | 97 | 93.4 |
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57 | 29 | 57 | 29.4 | 46 | 38.1 | 27 | 7.1 | 38 | 9.2 | 35 | 18.4 | 14 | 12.6 |
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96 | 107 | 96 | 106.6 | 51 | 102.9 | 19 | 13.8 | 15 | 8.4 | 20 | 16.6 | 12 | 16 |
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51 | 221 | 51 | 221.2 | 32 | 130.9 | 77 | 64.5 | 73 | 60.4 | 52 | 42.4 | 23 | 21.7 |
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18 | 296 | 18 | 259.9 | 18 | 184.0 | 28 | 147.2 | 31 | 87.2 | 60 | 166.3 | 24 | 63.5 |
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n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | 2 | 25.0 | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. |
大規模投資 | 3 | 516 | 1 | 130.0 | 2 | 350.0 | 2 | 200.0 | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. |
グラント(助成金) | 702 | 145 | 2,469 | 158.7 | 4,512 | 110.5 | 6,074 | 178.2 | 4,651 | 121.4 | 4,558 | 88.5 | 2,266 | 37.1 |
合計 | — | 1944.9 | — | 2941.8 | — | 1672.9 | — | 2184.3 | — | 406.6 | — | 412.1 | — | 199.0 |
注:本表におけるベンチャー投資の段階は以下のとおり。
シード:コンセプト、製品アイディアはあるものの試作品製造段階、完成品がいまだない状況。
スタートアップ:試作品が完成している、あるいは製品デモンストレーション、テスト段階。
アーリー:市場投入する完成品を保有。需要テスト実施段階。
エクスパンション:製品市場投入済み。販売・需要の急拡大段階。
レイター:大企業への発展と世間で広く認知される段階。
出所:PwCおよびRVC「MoneyTree」(2012~2018年版)よりジェトロ作成
投資対象を段階別でみると、件数では、2012~2014年はアイディア・コンセプトや試作品段階である「シード」や「スタートアップ」が過半を占めていたが、2015年以降は試作品完成後である「アーリー」と「エクスパンション」が太宗を占めている。金額別にみると、ベンチャー投資額の半数が「アーリー」と「エクスパンション」に向けられている。
IT分野の投資先を細かいビジネス分類別でみると、年によって変動はあるが、「金融技術」と「医療サービス」は件数、金額とも安定的に推移している。一方、「電子商取引(EC)」や「観光」は減少が続いている(表2参照)。2015以降の主なベンチャー投資案件は表3のとおり。2015年には1億ドル規模の大型投資案件があり、また、ロシアのベンチャーファンドによる海外企業への大型の投資案件(米国のミランティスやグリッドゲイン・システムス)がみられた一方、2017年以降は、最大でも2,000万ドル程度に大型案件の規模が縮小している。
分野 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018年上半期 | |||||||
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案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | 案件数 | 金額 | |
ビジネスソリューション | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | 32 | 45.1 | 14 | 14.9 |
プラットフォーム | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | 14 | 33.0 | 8 | 12.6 |
金融技術 | 6 | 11.8 | 16 | 50.0 | 6 | 48.0 | 6 | 9.8 | 9 | 15 | 9 | 33.8 | 4 | 7.1 |
医療サービス | 6 | 11.6 | 3 | 2.9 | 2 | 3.3 | 3 | 2.4 | 5 | 10.4 | 14 | 12.8 | 3 | 4.7 |
セキュリティー | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | 2 | 15.2 | 1 | 2 |
電子商取引(EC) | 26 | 395.6 | 28 | 172.8 | 25 | 96.4 | 17 | 73 | 13 | 10.3 | 5 | 9.1 | 4 | 3.2 |
観光 | 10 | 47.2 | 8 | 59.5 | 6 | 51.8 | 6 | 11.1 | 4 | 12.1 | 2 | 8.8 | 0 | 0 |
教育サービス | 6 | 12.6 | 10 | 13.5 | 7 | 5.7 | 7 | 4.1 | 4 | 2.9 | 6 | 8.7 | 0 | 0 |
ゲーム | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | 6 | 8.4 | 3 | 3.4 |
ソフトウエア開発 | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | 4 | 8.1 | 3 | 7.9 |
画像ソリューション | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | 4 | 4.5 | 1 | 2 |
広告技術 | n.a. | n.a. | 27 | 28.5 | 13 | 17.4 | 2 | 11 | 13 | 4.9 | 5 | 2.2 | 2 | 1.1 |
検索・推薦サービス/SNS | 25 | 24.8 | 17 | 26.4 | 13 | 40.4 | 8 | 43.2 | 7 | 15 | 3 | 1.6 | 0 | 0 |
雇用 | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | 2 | 1 | 0 | 0 |
通信・IT | 3 | 82.1 | 4 | 105.9 | 4 | 25.3 | 3 | 3.3 | 4 | 10.9 | 7 | 0.7 | 9 | 1.5 |
その他サービス | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. | 16 | 13.9 | 10 | 14.8 | 5 | 17.1 |
クラウド技術、ソフト | 26 | 100.3 | 23 | 44.7 | 13 | 47.7 | 11 | 34.4 | 19 | 41.8 | 0 | 0 | 0 | 0 |
メディア | n.a. | n.a. | 7 | 12.7 | 2 | 20.5 | 1 | 0.2 | 3 | 6.1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
携帯アプリ | 13 | 29.3 | 16 | 18.4 | 7 | 8 | 3 | 1.5 | 3 | 2.2 | 0 | 0 | 0 | 0 |
電子・コンピューター機器 | n.a. | n.a. | 1 | 1 | 6 | 4.3 | 9 | 6.5 | 10 | 4.3 | 0 | 0 | 0 | 0 |
出所:PwC, RVC「MoneyTree」(2012~2018年版)よりジェトロ作成
企業名 | 分野 | 投資家 | 金額(百万ドル) | 時期 |
---|---|---|---|---|
ミランティス | クラウドプラットフォーム | インテルキャピタル、オーガストキャピタル、エリクソン、ゴールドマンサックス、インサイトベンチャーパートナーズ、サフィーレベンチャーズ、ウエストサミットキャピタル | 100 | 2015年8月 |
ヴィルトゥス・プロ | オンラインスポーツゲーム | USMホールディングス | 100 | 2015年10月 |
レヴォテフノロギイ・ソルスダタ | 金融技術(消費者向け製品・サービスの金利なし分割払いシステム) | バーリングヴォストーク、ヴォストークエマージングファイナンス | 20 | 2017年1月 |
グリッドゲイン・システムス | ビックデータ | ズベルバンク、アルマズキャピタル、マネータイムベンチャーズ、RTPベンチャーズ | 15 | 2016年2月 |
タイムパッド | イベント企画・運営・電子チケット販売管理システム | セルゲイ・ソローニン(個人) | 10 | 2018年2月 |
ヴェジョト (ルータクシー、ファステン) | タクシーサービス | アルマズキャピタル | 10 | 2017年12月 |
セーブタイム | 買物代行サービスアプリ | タシール | 8.7 | 2018年3月 |
NGINX | フリーでオープンなウェブサーバー | ルナキャピタル、テルストラベンチャーズ、NEA、イーベンチャーズ、インデックスベンチャーズ | 8 | 2016年4月 |
ワンツートリップ・コム | 最安航空券検索アプリ | ヴォストーク・ニューベンチャー | 5.8 | 2017年1月 |
スマートシード | 農業分野の取引・輸送仲介オンラインサービス | VEBイノベーション | 5.25 | 2017年10月 |
マルティクビク | 手のひらサイズの携行可能な小型プロジェクター | ヴィマンキャピタル | 5 | 2018年5月 |
フードフォックス | 出前サービスアプリ | ターゲットキャピタル、アレクサンドル・チェルヒャーク(個人)、その他個人投資家 | 5 | 2017年6月 |
グロウフード | ダイエット食配達サービス | アドベンチャー | 5 | 2017年7月 |
DOC+ | 最寄りの医療従事者呼び出しサービス | バーリングヴォストーク、ヤンデックス | 5 | 2017年7月 |
インドライバー | タクシー運転手と乗客による合意形成を支援する配車サービス | レタキャピタル | 5 | 2017年9月 |
出所:PwCおよび RVC「MoneyTree」(2012~2018年版)よりジェトロ作成
主な国営および民間のベンチャーファンドは表4のとおり。国営ファンドは、ファンドに出資する「ファンド・オブ・ファンド」と、直接投資を行うファンドに分かれる。前者はRVCやロスナノ、後者は国営開発金融機関VEB.RF(旧ロシア開発・対外経済活動銀行)傘下のVEBイノベーションやスコルコヴォ・ベンチャーズ(SV)、インターネットイニシアチブ発展基金(IIDF)である。IIDFが「シード」から「アーリー」、SVが「アーリー」「エクスパンション」、ロスナノとVEBイノベーションは「エクスパンション」以降を対象とするなど、機関によって、投資対象が異なる。試作品製作・試験や展示会出展などに活用できるグラント(助成金)の拠出元は科学技術分野小規模企業発展協力基金(イノベーション協力基金)とスコルコヴォ基金がメインで、年間で合計4,500件を超えている。民間ファンドはどちらかといえば、「エクスパンション」や、大企業への発展と公企業として認められる段階に達した「レイター」への投資がメインである。
種類 | 名称 | 概要 |
---|---|---|
公的ファンド | ロシアベンチャー会社(RVC) | ロシア政府の技術系企業育成や「国家技術イニシアチブ」(NTI、注)政策に則った分野の発展に向けたファンドの組成・出資を行う「ファンド・オブ・ファンド」。26の官民ファンド(うち2つは海外ファンド)に出資。総出資額は225億ルーブル。分野別投資先内訳は、医療技術・製薬30%、IT・インターネット29%、エネルギー10%、エレクトロニクス8%、産業設備・製造7%など。 |
ロスナノ | ロシアにおけるテクノロジーチェーンの創設とナノテク分野の新規生産実施に向けた投資を実施する国営機関。リアルセクターのハイテク分野の企業、および同企業に対する技術・研究・分析のサービスプロバイダー(ITサービス含む)に特化。放射線医療・医療機器製造、革新的ナノバイオ製薬、ナノエレクトロニクス・フォトニクス、新素材、再生可能エネルギー・省エネの6分野98企業に投資を行っているほか、9のファンドに出資。 | |
VEBイノベーション | ロシア開発・対外経済活動銀行(現VEB.RF)によって2017年に創設。「国家技術イニシアチブ」やデジタル経済政策に則り、ロシアのイノベーション企業の海外展開に対して出資。出資比率は49%以下、出資額は1,000万~10億ルーブル。 | |
科学技術分野小規模企業発展協力基金(イノベーション協力基金) | 「プレシード」、「シード」、「アーリー」ステージ、商業化、大企業とのプロジェクト実施に至るまで段階別に幅広い支援グラントメニューを展開している、最も初期段階にあるスタートアップ企業が活用できる基金。金額規模は50万ルーブル~2,500万ルーブルで段階によって、付与する金額が分かれている。これまでに6,500社以上のスタートアップ企業を創設し、3万1,000件以上のプロジェクトを実施。70の連邦構成体に代表部を有する。 | |
スコルコヴォ基金、スコルコヴォ・ベンチャーズ | グラントとベンチャー投資の両方を実施。グラントでは「マクログラント」(申請1件当たり最大150万ルーブル、年間最大400万ルーブル。全額負担)、「ミニグラント」(最大500万ルーブル、負担率50%)、「グラント」(500万~3億ルーブル。負担率25~75%)の3種類のメニューあり。知財保護、試作品の作成、試験実施、試験のための実験機器レンタル、展示会出展・カンファレンス参加、調査、マーケティングなどに活用可能。2017年の実施件数は1,090件で、実施総額12億9,096万ルーブル。ベンチャー投資は「スコルコヴォ・ベンチャーズ」が実施。産業、IT、農業技術の3つのファンドを運営。投資対象段階はラウンドA(アーリー)とラウンドB(エクスパンション)に限定。2017年の投資実績は9件で総額18億ルーブル。 | |
インターネットイニシアチブ発展基金(IIDF) | IT分野に特化したアクセラレーター。同基金のアクセラレータープログラムに参加したIT、インターネット、モバイル分野の企業が、「プレシード」段階最大250万ルーブル、シード段階同2,500万ルーブル、発展段階同3億2,400万ルーブルの投資を受けることが可能。投資優先分野は通信、遠隔医療、企業内プラットフォームソフトウェア、教育技術、ビックデータ・機械学習、情報セキュリティー、IoT、広告、メディア、ニッチ製品・ソリューション。 | |
民間ファンド | ルナキャピタル | ロシア最大の民間ベンチャーファンド。ロシアの「アーリー」段階のスタートアップ向け投資に特化。創業者は世界的に有名なOS仮想化ソフト開発会社パラレルスを立ち上げたセルゲイ・ベロウソフ氏。投資対象分野はB2B Saas, ディープテック、フィンテック、ヘルスケア、教育など。主な出資先は、HTTP, リバースプロキシサーバー提供会社「Ngnix」、語学教育アプリ「LinguaLeo」など、約50社。出資規模は100万ドル~1,000万ドル。出資総額は2億7,000万ドル。 |
アドミタッドインベスト | 立ち上げ2年以内のインターネット分野(特にSaas分野、マーケットプレイス、B2Bサービス、リードジェネレーションなど)の企業への投資に特化。出資規模は20万ドル~200万ドル。 | |
キートベンチャーズ | Eコマース分野に特化。パートナー探しやプロモーション支援も行う。主な出資先はメードインロシアのアパレル製品販売サイト「トレンドブランズ」、宿泊予約サイト「オストロボク・ルー」など。平均出資比率3~30%、出資額最大1,000万ドル。 | |
ルーネットベンチャーズ | レオニード・ボクスラフスキー氏によって設立されたファンド。Eコマース、メッセンジャー、ソフトウエア分野に特化。主な投資先はヤンデックス、オゾンなど。平均出資比率30~35%、平均出資規模100万ドル以上。 | |
IMI.VC | ロシアの大手ベンチャーファンドで、ゲーム、ソーシャルアプリ、消費者サービスに特化。モバイル・ソーシャルゲーム開発ゲームインサイト、モバイルコンテンツチャンネル「ナール」など40社以上に投資。平均出資比率40%、最大出資額100万ドル。 |
注:世界的に市場拡大が見込まれる有望市場での、新技術の開発および国際的競争力の強化に向けた国家技術発展戦略。
出所:各機関ウェブサイト、その他ウェブサイト記事情報などからジェトロ作成
2015~2018年のベンチャーファンドによる主要な株式売却(エグジット)案件は表5のとおり。EC案件が多く、同分野の大手ウェブサイト運営会社であるアヴィトやウィキマート、チケットランドなどの大型取引案件が見られた。
企業名 | 分野 | 買い主 | 売り主 | 取引額(百万ドル) | 時期 |
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アヴィト・ルー | EC | ナスパース | アクセルバートナーズ、キンネヴィク、ノースゾーン | 1,200 | 2015年10月 |
ヤンデックス | IT | n.a | モルガンスタンレー | 380 | 2014年5月 |
ヤンデックス | IT | n.a | キャピタルグループインターナショナル | 200 | 2014年2月 |
ヤンデックス | IT | n.a | オッペンファイマーファンド | 190 | 2015年7月 |
ヨタデバイス | 通信 | レックスグローバルエンターテイメント | テルコネットキャピタル | 100 | 2015年10月 |
ウィキマート | 電子商取引(EC) | n.a | タイガーグローバル | 90 | 2014年9月 |
エンビジョン | クラウド技術ソフト | AFKシステマ | 同社創設者、マルシャルキャピタルバートナーズ共同創設者 | 83 | 2014年1月 |
ヤンデックス | IT | n.a | バーリングヴォストーク | 72 | 2014年3月 |
チケットランド・ルー | EC | MTS | iテックファンド、セルゲイ・ソローニン(個人) | 55 | 2018年2月 |
ニコマル | 産業技術 | ニコヒム | ロスナノ | 39 | 2016年8月 |
ピクソティック | IT | メール・ルーグループ | キートベンチャーズ、アンドレイ・ロマネンコ(個人)、ビジネスエンジェルアドベンチャーファンド | 30 | 2016年9月 |
ネトロギアグループ | 教育 | セヴェルグループ | ブランベンチャーキャピタル | 20 | 2017年8月 |
フロックトリー | 広告 | Qiwi | デジタルベンチャーズ | 14 | 2017年3月 |
出所:PwCおよびRVC「MoneyTree」(2012~2018年版)よりジェトロ作成
ロシアのベンチャーファンドは海外への投資が大半
ロシアのベンチャー投資市場の特徴はどうか。ロシア市場においては、ヤンデックス(検索サイト)、フコンタクチェ(SNS)、カスペルスキー(セキュリティーソフト)、メール・ルー(フリーメール)、オジンエス(1S、統合基幹ソフト)など、グーグル、フェイスブック、ヤフー、SAPなどに拮抗する企業が存在する。また、数学や物理に強い人材が多く、特にソフトウエア分野では高い技術力・発想力を持つ優秀な人材が豊富で、米国をはじめとする世界のIT企業でロシア人エンジニアは活躍している。実際に、 OS仮想化ソフトなどを開発する米国パラレルスの創業者はロシア人であり、ロシア国籍でない企業であってもロシア人が立ち上げている例は数多くみられている。
他方、ロシアのベンチャー市場規模は、米国(842億ドル)、中国(659億ドル)、韓国(72億ドル)、ドイツ(45億ドル)、イスラエル(21億ドル)、日本(12億ドル)などに比べ、極めて小さい。
ロシアのベンチャーファンドは2017年に6億9,580万ドル投資しているが、このうち国内への投資額は1億4,380万ドルにとどまり、残りの5億5,200万ドルは海外企業に向けている。経済の安定的な成長が見込みづらい中で、ロシア企業だけに投資するのはリスクが高く、海外企業に投資してリスクヘッジを図る必要性もあるが、投資家に市場性や輸出可能性が高いと思わせる魅力的なアイディア・製品・サービスを有するロシアの起業家が、それほど多くないともいえよう。
これに加え、欧米による経済制裁の影響などにより、投資回収メカニズムが限定されていることもある。2013年までは、TKSバンク(現チンコフバンク、大手ネット銀行)やQIWI(決済代行サービス)、ルクソフト(Luxoft、デジタルソリューションプロバイダー)などIPO(新規株式公開)案件が見られたが、2014年以降は欧米による経済制裁により、資本市場の活動が阻害されていることから、現時点では、ベンチャー投資家の投資回収メカニズムは投資先企業からの配当収入や、株式売却などに限られる。
政府はベンチャー市場の抜本的拡大に向け戦略を策定
このような現状に対し、経済発展省はRVCと共に「2025年までのロシアのベンチャー投資・直接投資市場発展戦略と2030年までの長期展望」と題する戦略案とまとめ、2018年12月に連邦政府に提出した。
戦略案には、a. 民間年金基金の活動制限の撤廃を含む市場参加者の拡大、b. 税制優遇をはじめとする投資活動の促進、c. 転換社債や優先株などのストラクチャー取引などの手段の多様化、d. コーポレートアクセラレーターや試作センターなどのインフラ整備、e. 社内起業家育成やベンチャーファンド運営者のなどの能力向上、f. 海外市場への販路開拓に向けた障害の軽減など販売市場拡大、などが盛り込まれている。具体的な指標としては、2025年のベンチャー市場規模を、2017年の140億ルーブル(約2億ドル)に比べて約14倍となる2,010億ルーブル(約31億ドル)に、2030年には約30倍の約4,100億ルーブル(約63億ドル)に拡大させ、取引案件数も2017年比で6.2倍の1,041件に、2030年には9.4倍の1,576件に増加させるとしている。
ロシアのベンチャー投資市場の拡大は、資金ソースの誘致や投資手段の多様化、制度改善だけでなく、投資したいと思わせる魅力的なロシアのベンチャー企業の創出拡大も重要な観点となるだろう。2013~2014年にベンチャー投資が行われたラモダ(アパレル分野のEC)やパラレルスといった企業は成長が非常に速く、一般に認知されるまで発展したこともあり、今日のスタートアップが5年後には有名企業に成長している可能性もある。他方、投資家にとっては、投資のファンダメンタルとなるマクロ経済の安定性が欠如している中では、相当優れた案件以外へのベンチャー投資は難しいと言えよう。まずは、マクロ経済面を安定させ、投資先の裾野を拡大するための環境整備が、ロシア政府には求められていると言えるのではないか。

- 執筆者紹介
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海外調査部欧州ロシアCIS課 リサーチ・マネージャー
齋藤 寛(さいとう ひろし) - 2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸、ジェトロ・モスクワ事務所を経て、2019年2月から現職。編著「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。