特集:ロシア・デジタル経済政策とスタートアップ生態系モスクワは世界屈指のエコシステム
連邦・地方のスタートアップ生態系

2019年6月19日

ロシアにおけるスタートアップエコシステムは、行政主導という点が特徴だ。モスクワには人材、資本、支援機関が集中していることで、世界でも有数のエコシステムを形成している。サンクトペテルブルクやカザンなどの地方でも、地方政府主導でエコシステム整備が進んでおり、それぞれ地域の特色がある。連邦レベル、地方レベルのエコシステム概要について報告する。

連邦政府主導の色合い濃く

エコシステムとは「生態系」を意味する言葉であり、ビジネスにおいては、供給者、消費者、競争相手、支援・協力者などが協業・分業・連携・イノベーションを行う環境を意味する。スタートアップ向けのエコシステムを構成する主体としては、大企業、大学・研究所、サービスプロバイダー、投資家、支援機関などが挙げられる。

ロシアのエコシステムは、連邦政府、地方政府、テクノパーク、大学・研究機関、イノベーションクラスター、ベンチャーファンド・エンジェル投資家、ビジネスインキュベーター、アクセラレーター、スタートアップなどによって構成される。ロシアのエコシステムは他国と比較し、連邦政府主導の色合いが濃く、戦略イニシアチブ庁(ASI)、科学技術分野小規模企業発展協力基金(イノベーション協力基金)、ロシアベンチャー会社(RVC)、スコルコヴォ基金、インターネットイニシアチブ発展基金(IIDF)などの政府関連機関が主導している(表参照)。

表:連邦および主な連邦構成体のエコシステム中核機関
レベル 名称 場所 活動内容
連邦 戦略イニシアチブ庁(ASI) モスクワ 連邦政府によって設立された非営利自治組織(ANO)。ロシアをトップレベルまで引き上げる野心のあるリーダーに自己実現の機会を提供することが目的。主な事業活動は、社会的プロジェクトの振興、ヤングプロフェッショナルの養成、「国家技術イニシアチブ」(NTI、注)プログラムの実施・支援、同ロードマップの進捗管理。多くの連邦構成体と協力関係にあり、ロシアにおけるビジネス環境整備の中核機能を担っている。
科学技術分野小規模企業発展協力基金(イノベーション協力基金) モスクワ 国営の非営利機関として1994年に設立。70の連邦構成体に代表部を設置。国の科学技術分野の開発支援政策の遂行、 支援インフラの策定 、科学技術力の有効活用に向けた雇用創出、資金・情報・その他支援、イノベーション活動への若者の誘致などを実施。資金支援では、企業向けに発達段階に応じて50万から2,500万ルーブルの助成金や、補助金を提供。
ロシアベンチャー会社(RVC) モスクワ ロシアのベンチャーキャピタル市場開発を使命とする国家機関。 ファンド向けの投資、大企業のニーズに基づく「ジェネレーションS」と呼ばれるコーポレーションアクセラレタープログラムを実施するほか、「テックアップ・レーティング」と呼ばれる成長の早い技術系企業ランキング作成、「国家技術イニシアチブ」プロジェクトの事務局、ロシアにおける大規模スタートアップ支援イベント「オープンイノベーション」の開催などを行っている。ファンド向けの投資については、27件の基金を設立し、488億ルーブルを出資。「ジェネレーションS」プログラムには150以上の大企業、約16,000件のスタートアップ企業、1,500名の専門家・メンターが参加している。
スコルコヴォイノベーションセンター モスクワ 2010年に設立。省エネ、IT、原子力、バイオを優先分野とし、新技術の商業化支援を行い、ロシア経済の多様化に貢献することが目的。同センターの入居者として認可されると、税制の優遇、施設の利用、商業化・販路開拓・ビジネス拡大、ファンドへのアクセスなどの支援が得られる。2018年1月時点の入居者数は約1,800社。ロシア法人である必要があり、専門家によるビジネスプランの審査を経て、入居者として承認される。
インターネットイニシアチブ発展基金(IIDF) モスクワ 2013年創設。主な事業活動は起業家教育の実施、法令・標準化整備のほか、IT分野におけるアクセラレータープログラムを実施。同プログラムの枠内で、無料オフィスの貸与(モスクワ)、「アーリー」と「レイター」段階(注2)にある企業への投資、起業家教育、大企業とのマッチング支援などを行う。2017年末までのアクセラレーター支援件数390件、投資実施企業数は347社で総額25億8,430万ルーブル。地域代表部は11カ所。
地方 テクノパーク「スラワ」 モスクワ モスクワ市が運営するテクノパークのうちの1つ。生体医療技術、 薬理学、 医療用設備・素材、 省エネ、 エナジーセキュリティ、ナノテク・素材、 機械・ロボット工学、情報通信技術、分析設備・監視用装置などの分野の企業が50社以上入居。多機能ビジネスセンター(会議場やミーティングルームの提供)、コワーキングスペース、ナノテク・素材向け装置の集団利用サービス、 マーケティング、人事・労務、コンサルティングや通訳・翻訳・編集(50カ国語に対応)、翻訳の公証、公印確認、領事認証などのサービスを提供。
フィズテックパーク モスクワ モスクワの主要テクノパークの1つ。ハイテク分野の大手IT企業と設立間もない将来性ある企業をプラットフォーム上で統合し、迅速な成長のために必要な条件を提供することが目的。サイバースポーツ、仮想現実(VR)・拡張現実(AR)、ブロックチェーン、マイクロエレクトロニクス、ロボット工学、機械学習、ディープテックなどの分野の企業50社が入居。スタートアップ企業へのサービスとしては、アクセラレーションプログラム、コワーキング、ミニオフィスの貸与、レンタルサーバー、 オフィス設備、 特殊設備、高速WiFiなどの技術インフラ、資金や法務などのサービスの提供など。
サンクトペテルブルク国立IT機械光学研究大学(ITMO) サンクトペテルブルク IT・光学分野でロシア有数の国立研究大学。優先分野は、IT、光学、ロボット、量子ネットワーク通信、遠隔医療、都市地理学、芸術・科学など。タイムズ誌の高等教育機関ランキングでは、コンピューターサイエンスで世界100位以内、エンジニアリング・技術で400位以内にランクインしたほか、QS世界大学ランキングでは物理学分野がトップ400位以内に評価されている。大学研究をベースとして、これまでに約50社が起業。加えて、2012年にITスタートアップ企業への投資を目的とし約600 万米ドルの基金を立ち上げた。2013年よりRVCがパートナーとなっている。
テクノパーク「サンクトペテルブルク」 サンクトペテルブルク サンクトペテルブルク工業政策・イノベーション委員会が運営。スタートアップから大規模なクラスタープロジェクトまで幅広いプロジェクトを扱いエコシステム参加企業による高度な製造と技術移転のネットワーク創出を目指す。本テクノパーク傘下のビジネスインキュベーター「イングリア」が、ビジネスプロジェクトの市場参入と投資誘致を支援。「試作センター」および「エンジニアリングセンター」は、開発・技術面の様々なレベルの問題解決支援を行う。「クラスター開発センター」は、企業の地域クラスターへの統合と連邦構成体のクラスター政策の実施により製造ネットワークの形成を支援。あらゆる発展段階にあるプロジェクトが本テクノパークで支援を得ることが可能。
イノポリス カザン タタルスタン共和国カザン市郊外に立地。経済特区「イノポリス」はIT・ハイテク企業の中心地として注目を集めている。イノポリス域内には共同住宅、大学、大学寮、テクノパーク(経済特区の入居予定者用ビル)、幼稚園、病院(未開業)、スポーツ複合施設が立地。大学は情報システム、テクノロジー及びソフトウエア開発、ロボット工学、情報セキュリティーに力を入れており、Java、C++、Android開発者、ソフトウエアテスターなどのIT研修専門センターを設置。大学では特にこの分野の教育を実施している。入居企業は、所得税、固定資産税、土地税などで優遇税制恩典が与えられ、加えて、「イノポリス」域内は特別な関税領域となっており、入居者は関税・付加価値税(VAT)の支払いなく物品の輸入が可能。
ITパーク カザン、ナベレジヌィエ・チェルヌィ 連邦情報技術・通信省(現デジタル発展・通信・マスコミ省)が実施する国家プログラム「ロシアにおけるハイテク分野テクノパークの設立」の枠組みにおいて、スタートアップ企業への優遇条件提供、IT企業育成のために設立。本ITパークはタタルスタン共和国のカザン市とナベレジヌィエ・チェルヌィ市の2カ所に立地。2018年1月1日時点の入居企業数は151社。入居企業は、 データセンターサービス、 会議ホール、プレスセンター、会議室などが提供される。ビジネスインキュベーター施設もある。
ハイテクパーク「ウニヴェルシチェツキー」 エカテリンブルク 高度な技術を活用する企業の設置、競争率向上、投資誘致、経済の活発化、地域の抱える社会問題の解決に向け創設。ウラル連邦管区とスヴェルドロフスク州における科学、技術、イノベーション、産業のポテンシャルの向上が目的で、スコルコヴォ財団の同地域における出先拠点運営を行っている。IT技術・ソフトウエア、省エネ・代替エネルギー、新素材・ナノテク、計装・エレクトロニクス、医療機器などの分野で、イノベーションを推進しているスヴェルドロフスク州内の個人起業家、法人、ロシア企業・外国企業の支社・駐在員事務所が入居者になれる。
アカデムパルク ノヴォシビルスク イノベーション企業の創出・発展、ハイテク企業のさらなる発展に向けた、特色ある技術・ビジネスインフラを有する複合テクノパーク。IT技術、新素材、バイオ技術向けの技術サービスなどを提供。スタートアップ企業のインキュベーションや敷地の賃貸、イベントの企画も実施。これまでの投資誘致額は12億5,000万ルーブル。
シベリアサイエンスポリス研究生産クラスター ノヴォシビルスク IT、生物薬剤学、バイオテクノロジー、ハイテク医薬品、高度医療サービスなどの分野において、企業・研究機関など相互連携し継続的に発展しているクラスター。ノヴォシビルスク・ソビエト地区、コルツォヴォ、ベルツクが拠点。国内外市場におけるクラスター参加企業製品の販売促進、投資誘致と参加者への資金支援を行っている。
太平洋国立大学 ハバロフスク ハバロフスクにおけるイノベーション推進の核となる大学。科学、教育、文化面の新たな価値の創造、教育分野の統合を深めることによる極東の社会経済・国際連携の発展を、人的・科学的に複合支援することが使命。大学組織の構造改革に基づき、研究・教育・イノベーション・経営活動を向上させ「2025年までの極東バイカル地域発展戦略」に基づく、極東連邦管区の経済とアジア太平洋地域の大学の連携をさらに高めること目標としている。
テクノパーク・ルスキー ウラジオストク 極東連邦大学施設内にあり、スコルコヴォ財団など30以上のパートナー組織が参加する共同活動プログラムを有する。本プログラムの枠内で、極東でイノベーションを推進するための起業家精神喚起に必要なエコシステムを形成し、ロシア企業をアジア太平洋地域の有望市場に送り出すこと目指す。「テクノパーク・ルスキー」は極東における、あらゆる段階の技術プロジェクトと連携し、アジア諸国への展開を視野に入れている。入居企業は、国内・アジア市場でロボット工学、グリーンビルディング、バイオ医療、仮想現実のハイテク製品を開発・販売している企業で、ロシアのデジタル機器最大手企業DNSやカスペルスキーなど大手企業がパートナーとして活動している。テクノパークで提供されるサービスは、ネットワーキング(入居企業とスタートアップ企業の間での成功事例の共有)、ワーキングスペース、サービスパッケージ(テクノパークと極東連邦大学の全てのサービスと機会へのアクセス)、専門家(世界中の助言者と専門家とプロジェクトについて討議)など。

注1:世界的に市場拡大が見込まれる有望市場での、新技術の開発および国際的競争力の強化に向けた国家技術発展戦略。
注2:スタートアップ企業の発展段階。「アーリー」は市場投入する完成品を保有し、需要テスト実施段階。「レイター」は大企業への発展と公企業として認められる段階。
出所:各機関ウェブサイトなどからジェトロ作成

ロシアはグローバルランキングで15位

スタートアップ向けの世界のエコシステムランキングを作成しているスタートアップブリンクの2019年の調査によると、ロシアの順位は202カ国中、15位で、韓国(19位)、シンガポール(21位)、日本(23位)より高順位に位置付けられている。同調査では、ロシアのスタートアップエコシステムは西側にとって「謎」だが、一度訪れれば、際立った才能を持つ技術者の多さに驚くだろうと評価する一方、昨今の地政学的問題が外国との資金送金や査証取得をはじめとする人の往来面の障害となっており、また、インターネットに対する規制・監視強化の動き(2019年5月8日ビジネス短信記事参照)はエコシステムの阻害要因となっていると指摘している。スタートアップのマッチング・育成に力を入れているデロイトトーマツベンチャーサポートも、ロシアは政府による積極的なサポート、自然科学・数学に強い人材の豊富さ、エネルギーコストの安さなどが魅力な一方、政治経済面でのリスクの存在や、官僚主義や規制面が足かせであると評している。

スタートアップはモスクワへ一極集中

各地方のエコシステムはどうか。上記ランキングによると、モスクワが10位とダントツで、その後に、サンクトペテルブルク(79位)、カザン(230位)が続く。シベリアの中心地ノヴォシビルスクは231位、ウラル地域の中心地エカテリンブルクは501位と辛うじてトップ500前後に含まれている一方、極東地域の都市はランキングでは言及されていない。

モスクワについては、前述の連邦レベルの支援機関が立地していること、スコルコヴォの入居企業となるためにはモスクワにオフィスを構える必要があることや、IIDFもアクセラレーションプログラムに参加するためにはモスクワの施設に入居しなくてはならないことから、モスクワにはロシアのスタートアップが自然に集まりやすい構造が出来上がっている。また、企業の流入が多いため、モスクワ市政府が運営するテクノパークやインキュベーション施設が4カ所もあり、企業の集積により、ベンチャー基金やアクセラレーターのほとんどが拠点を構えている。数多くの大学が立地しているため人材の供給が多く、ロシアの大企業、外国大手企業の多くがモスクワに立地している。専門人材や資金、支援施設も集中していることが、モスクワのエコシステムをずば抜けて良くしている要因といえる。

ロシア第2の都市、サンクトペテルブルクは、モスクワには規模で劣るものの、大学・研究機関、クラスター、テクノパーク、インキュベーション施設、アクセラレーター、ベンチャーキャピタルなどスタートアップ向けエコシステムを構成する要素は一通りそろっている。サンクトペテルブルク市政府を核として、サンクトペテルブルク・テクノパークやインキュベーション施設イングリア、アクセラレーターである起業家発展・支援センターが整備され、とりわけ、サンクトペテルブルク工科大学、サンクトペテルブルク経済大学、国立IT機械光学研究大学(ITMO)などが学生を含む起業家育成に注力している点が魅力である。加えて、ソフトウエア開発に携わる140以上の企業が参加している協会「ルスソフト」もある。

3番目は、タタルスタン共和国の首府カザンだ。同共和国は、石油ガス採掘などから得られる豊富な税収を非資源産業分野の育成に回しており、共和国政府・政府機関を中心とするエコシステムが形成されている。これにはナノテク分野の地域イノベーションクラスター、テクノパーク「イデア」、経済特区「イノポリス」、タタルスタンベンチャー投資基金、ITパーク、タタルスタン起業家支援基金、タタルスタン共和国中小企業クラスター発展協力センターなどが含まれている。

このほか、ノヴォシビルスクのエコシステムは、同州政府主導によるテクノパーク「アカデムパルク」と研究生産クラスター「シベリアサイエンスポリス」で構成され、エカテリンブルクでは、スヴェルドロフスク州政府管轄のハイテクパーク「ウニヴェルシチェツキー」、同州起業家支援基金、エカテリンブルク市起業家発展センターなどによって形成されている。

てこ入れが始まった極東地域

極東地域についてはどうか。残念ながら、ロシアにおいて競争力あるエコシステムが存在しているとは言いがたい。しかし、最近はてこ入れの動きがみられている。例えば、ハイテク産業振興に向けた政府系ファンドであるロスナノは、2017年に極東地域へのハイテク技術の導入・ハイテク企業誘致に向け、極東・バイカル地域発展基金およびRVCと共同で、極東ハイテク基金を組成した。2018年9月時点の投資総額は3億5,000万ルーブル(約5億9,500万円、1ルーブル=約1.7円)で、VRプロフェッショナルズ〔拡張現実(AR)を用いた従業員研修〕、BMパワー(水素燃料をベースとする電池技術)、ビジテック(産業分野での労働者保全自動モジュール)、テフノアフトマット(到達困難な施設への自動電源供給システム)などに出資している。

ウラジオストクでは、極東連邦大学を核とするエコシステム整備が進んでおり、2017年9月に同大学内に「テクノパーク・ルスキー」が2017年9月に設置され、また、スコルコヴォ基金の極東支部が開設されている(2019年2月1日付ビジネス短信参照)。一方、ハバロフスクは、地方政府による投資発展エージェンシーや太平洋国立大学付属のインキュベーション施設があるものの、テクノパークやイノベーションクラスターは欠如している。

ロシアでは、連邦政府や地方政府の主導によるエコシステム整備が行われている。とりわけ、連邦レベルの支援機関が集中し、人材、資金、企業が集まるモスクワは、世界ランキングの上位に位置するなど高く評価されている。また、地方部では地方政府主導による特徴あるエコシステム整備が行われている。他方で、政府主導によるエコシステム整備が強すぎて、外国企業を含めた民間企業同士による競争、協業、協調などが十分に図られているとは言いがたい。政府が火付け役になることは重要だが、世界的に見て競争力あるヤンデックス(検索サイト)やカスペルスキー(情報セキュリティー)、フコンタクチェ(SNS)、メール・ルー(フリーメール)などに続く企業を民間企業が主体となり発掘・育成し、それを核として優秀人材を世界各地から集めるといった流れを作っていくことが今後、必要となるだろう。

執筆者紹介
海外調査部欧州ロシアCIS課 リサーチ・マネージャー
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸、ジェトロ・モスクワ事務所を経て、2019年2月から現職。編著「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。

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