特集:ロシア・デジタル経済政策とスタートアップ生態系イノベーションを通じたデジタル経済化を議論
「Open Innovations 2018」

2019年6月19日

フォーラム「オープン・イノベーションズ」は、2018年は10月15日~17日にモスクワ郊外のスコルコヴォ・イノベーション・センターで開催された。イノベーション業界の産学官関係者が約2万人参加、「人材と教育」「ビジネスと国家」「科学と技術」について討議が行われた。


場内の風景(ジェトロ撮影)

IT人材が40万人不足

初日の「人材と教育」では、「才能の獲得競争:デジタル時代の人的資本の雇用と確保」と題したテーマで議論が行われた(肩書きは当時。以下、同じ)。

モデレーターで、スコルコヴォ財団のアドバイザーを務めるフィンランドのペッカ・ビリヤカイネン氏は冒頭、才能ある人材の獲得競争が世界的に激しくなっている点と、特にロシアでは大企業が人材育成に関心を払わない点を指摘し、a.人材をいかに獲得するか、b.人材をいかに育成するかの2点について議論を促した。

戦略イニシアチブ庁(ASI)のスヴェトラーナ・チュプシェワ長官は「最近の統計では、年間10万人がロシアを離れており、これには高等教育を受けた人も含まれる」と述べ、才能ある人材がロシアで自己実現できる環境の整備や機会の提供が重要と指摘した。その上で、同庁で実施している選抜された若者向けの教育プログラムの事例を紹介した。

インターネットイニシアチブ発展基金(IIDF)のキリル・ワルラモフ社長によると、IT業界で働く人口は200万人だが、まだ40万人が不足しているという。大学や専門学校から毎年8万2,000人輩出されるが、外国への流出も多い。人材需要との差を埋められていないため、IT専攻の学生を増やすべきと訴えた。しかし、IT業界で働く若者は仕事に対し新しいチャレンジやエキサイティングな課題を求め、専門性を高めたいという欲求があるが、ロシアの主要なIT企業がそれに応えるのは容易ではないと指摘し、それが人材の流出要因の1つとの見方を示した。

ボストン・コンサルティング・グループのプリンシパルであるアレクサンドル・シュデイ氏は、ロシアのIT人材の就職動機は、以前は所得だったが、今は自分の成長が見込めるかどうかを重視する方向に変化したと述べた。さらに、人材は企業以上にグローバルに考えているとも指摘した。同社の調査結果によると、ロシアで働きたいという希望を持つ国の上位はウズベキスタン、キルギス、カザフスタン、ベラルーシなど。IT産業が発展している欧米諸国の人材でロシアでの就職を希望する人材は相対的に少ない。この点に言及してシュデイ氏は、グローバルな高度人材獲得競争で、ロシアはいまだ有力な位置には到達していないとした。

人材採用にAIを活用

「人事における技術トレンド」のセッションでは、ロシアのスタートアップ企業の関連技術や大企業による採用事例が紹介された。


セッション「人事における技術トレンド」(ジェトロ撮影)

スタートアップ企業セヴェルAIのエフゲニア・ドヴォルスカヤ最高経営責任者(CEO)は、同社で開発した人工知能(AI)を活用した人材選考・採用自動化システムを紹介した。このシステムを利用すると、人手で履歴書1枚の選別に30秒かかるところ、1,000枚の履歴書を5秒で処理できるという。また、採用候補者との面接時間の調整やビデオ面接もAIで自動化され、面談時には表情や声のイントネーション、答え方などから、候補者の適性の分析も可能だ。同社のウェブサイトによると、同社に投資するセヴェルグループ傘下の鉄鋼大手セヴェルスタリ、携帯通信大手MTSがその技術を採用している。

小売り大手X5グループのスヴェトラーナ・テセルキナ研修部長は、傘下のスーパーマーケット「ペレクリョストク」の一部店舗の販売員研修に、スタートアップ企業のセレブルムが開発したVR(仮想現実)技術を試験的に導入している例を紹介した。店舗が全国各地に点在するため、VRゴーグルを活用することで、講師の経験の差で研修内容に違いが出ないこと、時間を問わず研修できることをメリットとして挙げた。

通信大手のロステレコムは採用面接にスタートアップ企業のスタフォリーが開発したロボットプログラム「ロボット・ヴェラ」で試験的に人材の選考を自動化していることを紹介した。

政府、デジタル経済化に1兆ルーブル拠出

2日目は「ビジネスと国家」というテーマで議論が行われた。国家プログラム「デジタル経済」に関するセッションで、デジタル経済政策の政府責任者であるマクシム・アキモフ副首相は「何よりも国家のデータ・アーキテクチャ(注1)が重要となる。官民のニーズを踏まえて創設されなければならない。国家プログラム実施の枠内で、今後2年間で創設する」と語った。

コンスタンチン・ノスコフ・デジタル発展・通信・マスコミ相は、国・地方自治体などによる国産プログラムの活用、安全で高速通信インフラの整備などを通じてデジタル経済化を進めていく方針を述べた。このため、2024年までに連邦予算から総額1兆800億ルーブル(約1兆8,360億円、1ルーブル=約1.7円)、うち、情報インフラ整備に4,134億ルーブル、人材育成に1,387億ルーブル、行政管理のデジタル化に2,263億ルーブルを拠出することを明らかにした。

ロシア語検索サイト最大手ヤンデックスのエレーナ・ブニナCEOは、デジタル経済分野のビジネスの特徴として、「伝統的な分野と比べて変化が早く、意思決定も早くしなければならない」と指摘した。同社では2017年から従業員の企画立案に一定の予算を提供して、ビジネスの「実験」を行っているという。例えば、現在展開されているカーシェアリング事業は2017年11月に従業員からの提案がきっかけだった。既に他社が参入していたが、提案後わずか3カ月後の2018年2月に事業を立ち上げ、今では同分野での主要な位置を占めることができたという。

「未来の物流デジタル・ソリューション」のセッションでは、Eコマースの拡大により物流の重要性が増している中、物流におけるデジタル化の可能性について議論が行われた。ロシア郵便のイーゴリ・チェブニン副社長代行(物流担当)は「2017年に海外から届いた宅配便で同社が処理した数は前年比3割増の3億5,000万件余り。国内38都市にあるハブとなる配送センター間の輸送を2日間にする目標を掲げている。このため、既に一部の配送センターで設備を導入して仕分けの自動化を行っている。最終的には、配送センターの自動化を3つのレベルに分けて推進する計画だ。これを実現するITソリューションを求めている」と述べた。

アマゾンやアリババといったEコマース企業も在庫管理の自動化のため、倉庫のロボット化に巨額の投資を行っている。スタートアップ企業であるウェア・ビジョンのイワン・カリモフ・プロジェクト・マネジャーは、ロボットは高価で、高所にある商品管理が不得手と指摘した。高所の対応が可能なロボットは筐体(きょうたい)が大きく、他の作業を邪魔するデメリットが生じる。その一方、同社が開発したドローンを使用した移動式ロボットはコストが安く、1年半で導入コストを回収できるという。既にカルーガ州にあるサムスン電子の家電工場で試験的に活用した例があるという。

障がい者向け対話支援技術に高い評価

3日目にはロシアのIT・スタートアップ企業7社が、日本企業関係者などに対してピッチを行うセッションが開催された。


スタートアップが日本企業にピッチ(ジェトロ撮影)

ハドウェイはスマートフォンを使用した自動車のGPSナビゲーションを紹介した。同社のアプリをインストールし、ダッシュボードに置くとスマートフォンからフロントガラスにナビ画面が映される。通常は走行速度やエンジン回転数が表示され、ナビ画面にも切り替えることができる。電話がかかってくると、画面をスワイプすることで通話も可能だ。

テシスは1990年代初頭にロシア科学アカデミーで開発された技術を基に商業化した数値流体力学(CFD)活用のシミュレーションソフトウエアを開発する。自動車、航空、医療、電子機器など活用分野が広く、既にグッドイヤー、ノキアなどの外国企業を顧客に持つ。同社のソフトウエアを利用することで、さまざまなタイヤ原料を前提としたハイドロプレーニング現象のマルチフィジックス・シミュレーション(注2)解析が可能になるという。

CEATEC 2018にジェトロが招聘した障がい者向け対話支援技術を開発するニューロチャット(記事「CEATEC Japan 2018にロシア企業4社を招聘」参照)もピッチを行った。

ほかに4社がピッチを行い、コンテストの結果、ニューロチャットとテシスが最優秀賞を獲得した。前者は人との交流を支援する技術のブレイクスルーを実現したこと、後者は海外市場におけるポテンシャルが評価された。


注1:
多種多様なデータが構造化されたもの。
注2:
複数の物理モデルや複数の同時発生する物理現象を含むシミュレーションのこと。
執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所 次長
浅元 薫哉(あさもと くにや)
2000年、ジェトロ入構。2006年からのジェトロ・モスクワ事務所駐在時に調査業務を担当したほか、農水産輸出促進事業、知的財産権保護事業にも携わる。本部海外調査部勤務時に「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。2017年7月から再びジェトロ・モスクワ事務所勤務。

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