特集:ロシア・デジタル経済政策とスタートアップ生態系CEATEC Japan 2018にロシア企業4社を招聘
スタートアップ企業のマッチング事例

2019年6月19日

モノのインターネット(IoT)、人工知能(AI)、ビッグデータといった技術の進展により、産業構造や社会構造が大きく変化する中、業種・企業規模・国籍を越えた連携が求められており、海外企業との連携を模索する日本企業は増えている。ジェトロは2018年10月16~19日、経済産業省、IoT推進ラボ(注1)と連携し、アジア最大級の規模を誇るIT技術・エレクトロニクスの国際展示会「CEATEC Japan 2018」の開催に合わせ、IoT分野の海外のスタートアップ企業を日本に招聘(しょうへい)し、日本企業との商談会やピッチ(プレゼン)イベントを実施した。展示会に招いたロシアのスタートアップ企業および日本企業とのマッチング状況を報告する。

ロシアから40社が応募

ジェトロが招聘した企業はASEAN、インド、イスラエル、EU、ロシアから合計で40社。2017年も同様のイベントを実施したが、今回はデジタル経済分野の共同行動計画を締結している(注2)ロシアも対象地域に含めて募集をしたところ、モスクワやサンクトペテルブルクだけでなく、タタルスタン共和国、スベルドロフスク州、トムスク州、スタウロポリ地方から40社のロシア企業から応募があり、IoT推進ラボ会員企業の関心に基づき4社を選定した。招聘企業の概要は表のとおり。4社はいずれも独自の高い技術やユニークな発想にも基づくハードウエアとソフトウエア技術を組み合わせた完成品のメーカーおおびサプライヤーだ。

表:CEATEC Japan 2018に招聘したロシア企業概要(2018年10月時点)
企業名 場所 企業概要
ニューロチャット モスクワ 2016年設立。従業員数30名程度。脳神経から感知する「メンタルシンボル」をAIソフトを用いて言語化し、身体動作や発声を介さずに指令の実行するコミュニケーションツールを開発。インターネットを介して同時翻訳することで多言語間のコミュニケーションも可能とする。目下、医療分野での活用に注力するが、将来的には電子商取引(EC)と連携し、障がい者が直接購買活動をできるようにする予定。臨床試験の最終段階にあり、量産はこれから。
VRテック モスクワ 2016年設立。従業員数は200名程度。ロシアで有数の仮想現実(VR)のソリューション開発業者であり、BtoC,BtoBビジネスに適用可能。産業用途では鉄道検札員の研修や自動車整備工の育成のほか、原発や災害現場など、生身の人間が研修しづらい分野での活用が想定されている。欧州最大規模のVRホールネットワークを創設。VRおよびそのプラットフォームシステムを用いて、同時多発的な多人数参加型のゲームや研修に活用する。
テクセル モスクワ 2014年設立。従業員数は50名程度。全身に対応したカラー3Dスキャナーおよび高速でのスキャニングデータ処理システムを開発。非接触での3D計測で自身のアバターを作成。ECなどに活用することで、返品率を下げることが期待されている。すでに、約7万6千体のスキャンデータを蓄積しており、同ビッグデータを活用した高精度の計測も強みとする。小売分野以外では、VRやゲームでの利用が可能。
ネットバイト スタウロポリ地方 2018年設立。従業員数は1名〔最高経営責任者(CEO)のみ〕。「BEESENSOR」と呼ばれるハチ農家向けIoTシステムを開発。養蜂箱の温度・湿度・音声などを24時間モニタリングし、必要に応じてこれらを調整するなど、人間が触れることなく、蜂の群れや固体の健康状態を把握・改善し、効率的な蜂蜜の収穫と品質の管理を可能とする。システムは試作段階で量産はこれから。

出所:各社ウェブサイトや企業ヒアリングなどから作成。

商談会や出展ブースには、日本の大手自動車メーカー、精密機器メーカー、電子部品メーカー、商社、IT関連企業などが参加・来訪し、自社が有する課題解決への応用や、大量生産・部材供給における連携、日本内外におけるディストリビューションパートナーシップ提携などに関する活発な意見交換が行われた。

商談会の様子(ジェトロ撮影)
出展ブースの様子(ジェトロ撮影)

日本が弱い分野、ニッチ分野の技術に高い関心

ロシアからの招聘企業の中で、最も注目を集めたのはニューロチャットだ。同社は脳波を検知し、動作や音声に基づかない指示を送ることができる技術を有するため、少子高齢化で人手が足りなくなっている建設現場で体の不自由な人が機械を操作したり、作業員の手がふさがっているような現場での作業指示が可能かどうか、自動運転技術での活用ができるか、といった課題を相談する来訪者が相次いだ。同社のブースには、CEATEC Japan 2018の視察に訪れた世耕弘成経済産業相も立ち寄った。

脳波の検知・活用分野に詳しい専門家によると、この分野の日本における研究開発は欧米に比べ20年ほど遅れているようだ。日本企業が弱い分野については、海外企業の技術を積極的に採用しようという意欲が、ニューロチャットの技術に注目を集めさせたともいえよう。

ニッチな分野の技術で関心を集めたのがネットバイト社だ。同社は養蜂箱にセンサーを組み込み収集したデータを独自のソフトウエアで解析し、ヒーターなどを用いながら、養蜂箱内を蜂にとって快適な条件に調整・維持する技術を有する。2018年10月時点では試作器段階にあるものの、日本の養蜂業は高齢化が進んでいることから、省力化・自動化のニーズは高いとみられ、ブースを訪れた来場者からは、「完成品はいつごろできるのか」といった質問が相次いで寄せられた。日本だけなく、蜂の生産量世界一の中国からの訪問者による引き合い提案もあった。

日本企業のやり取りの遅さに苦言

今回招聘した企業の中には、展示会終了後も商談が継続し、製品試験を進めたり、今回商談を行ったパートナーを通じて日本のベンチャーサポートプログラムへの参加を検討するなど、引き続き日本市場への進出、日本の投資家との連携に関心を有するところがある一方、日本企業とのやり取りに時間を要することに苦言を呈する企業もあった。ある招聘企業は、ジェトロのフォローアップ・インタビューに対し、「商談企業とのやり取りは、商談実施直後は活発だったが、その後、非常に遅くなった。遅いペースでは、われわれが期待する成果を得るのに数年を要する。このような遅いやり取りにロシア企業は慣れていない」とコメントした。


注1:
IoTを活用した地域課題の解決・新事業の創出などを推進する産学官連携のコンソーシアム
注2:
日本の経済産業省とロシア連邦経済発展省は2018年5月に「デジタル経済に関する協力に係る共同行動計画」を締結している。
執筆者紹介
海外調査部欧州ロシアCIS課 リサーチ・マネージャー
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸、ジェトロ・モスクワ事務所を経て、2019年2月から現職。編著「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。