特集:中堅・中小企業の米国ビジネス先行事例から学ぶ個別事例から学ぶ(2)オーガニック製法を売りに米国市場拡大を目指す(月の井酒造)

2019年5月17日

月の井酒造店(本社:茨城県)は、10年ほど前から米国に吟醸酒を輸出している。最近では、オーガニック原料と有機的な手法にこだわって造った日本酒を、その特色ある製法を売りにPRし、米国での市場拡大を目指している。

年々、米国での売り上げを伸ばしている同社の坂本直彦専務取締役兼8代目蔵元に、米国輸出を開始した経緯や、どのように販路を拡大しているのか話を聞いた(2018年10月10日)。

客単価の高い都市部を中心に市場開拓

質問:
現在の米国輸出の状況と、輸出に至った経緯は。
答え:
現在、ニューヨーク、サンフランシスコ、サクラメントへ輸出している。輸出量はニューヨークが最も多い。
10年ほど前に日系商社から引き合いがあり、吟醸「鯛より」という、片岡鶴太郎氏にラベルのタイの絵を描いてもらった日本酒の輸出を始めた。今も米国で1番売れているのは同商品。タイの絵柄から「すしに合う」「刺し身に合う」というメッセージが伝わりやすいのだと思う。特にマンハッタンのすし屋では評価が高い。
最近、米国への輸出に力を入れ始めたのは、オーガニック日本酒「和の月60」「月の井 無濾過生原酒」などである。

月の井酒造の日本酒(ジェトロ撮影)
質問:
ターゲット層は。
答え:
すし、懐石など高めの値段設定の店をターゲットとしている。当社の商品は価格が高めなので、いわゆる居酒屋形態の店にはあまり適さない。
質問:
どのように販路を開拓したのか。
答え:
「鯛より」の輸出を足掛かりに、本格的に米国輸出を拡大していこうと考えた。検討し始めて1年目は、市場性、顧客(レストラン)、土地勘などを知るため、知り合いを通して米国在住の日本人をコーディネーターとして雇った。調査の結果、まずは、核となる販売先(レストラン)をつくることが重要と考え、ニューヨークの有名和食レストランで置いてもらうことにした。「鯛より」以外の商品が成約に至るまでに、2年ほどかかった。
質問:
サンフランシスコにも約1年前から輸出を開始したということだが、なぜサンフランシスコを選んだのか。
答え:
ニューヨークには既に商流があったので、西海岸にも商流を持ちたいと思った。西海岸では、ロサンゼルスの展示会にも1度出展したが、ロサンゼルスは市場は大きいが競合も多いと考え、シリコンバレーなどで勢いのあるサンフランシスコをターゲットとした。
サンフランシスコ周辺では、客単価が高い市内を主なターゲットとしているが、シリコンバレー、サンタクララなどサンフランシスコ・ベイエリア南部にも出している。

年2回の米国訪問で情報収集

質問:
社内の海外事業体制は。
答え:
専任担当者は設けておらず、社長と専務が国・地域を分けて担当している。米国はニューヨークが専務担当、サンフランシスコとサクラメントは社長が担当。輸出に関する書類関係の手続きは、すべて専務が担当している。米国向けの輸出には日系商社を利用しているため、商品は横浜の港渡しで、保険や輸送は商社が責任を負う。このため、当社が直接細かい手続きをする必要はなく、見積もりや免税付表を出している程度である。
質問:
米国市場の情報収集はどのようにしているか。
答え:
年に2回は米国へ行き、レストランを回って情報収集している。また、現地商社との同行営業や、コミュニケーションを通して顧客のニーズを探っている。
質問:
外部スキーム(ジェトロや自治体などの支援)は活用しているのか。
答え:
ジェトロの新輸出大国コンソーシアムを利用して、アドバイザーに米国案件の相談をしている。また、茨城県と茨城県中小企業振興公社の助成金を使い、展示会出展費用に充てている。地元の銀行がニューヨークに支店を持っているので、現地情報の入手でお世話になった。制度情報が変わったときなどは、商社から連絡をもらい、ラベル表記の変更など必要な対応を取っている。

商社との同行営業で積極的なプロモーションを行う

質問:
プロモーションはどうしているか。
答え:
ニューヨークで開催される日系商社主催の、レストラン関係者向け展示会には5年連続で出展している。展示会では試飲と、その場での受注を行っている。商談というよりは、毎年の顔出しという意味が強い。5年出続けると、顔見知りのレストランが増えてきている実感がある。
ただ、展示会に出るだけでは駄目で、営業同行、販売促進をしないと売り上げは上がらない。米国のレストランで、日本酒の仕入れを決めるのはビバレッジマネージャー。シェフを紹介してもらっても、仕入れの権限がないこともあるので、ビバレッジマネージャーへの売り込みが重要。
さらに、日本酒は、日本全国で酒蔵が1,200蔵ほどある。製品が良ければ売れるというのもあるが、差別化を図るためには、経営陣が直接営業に加わり、蔵や経営陣を含む蔵人の人間性そのものを印象付けていくことも営業活動には必要だ。

特色あるオーガニックの日本酒を強みにして市場開拓

質問:
今後の展望は。
答え:
オーガニック日本酒を売りにして、米国での販売拡大を狙っている。米国市場で想定している競合先は日本の酒蔵だが、オーガニック製品を米国に出している酒蔵はまだ少ない。このため、米国向けはオーガニックを押して売っていきたい。まずは既存の輸出先(都市)に対し、輸出量の底上げをしていきたいと考えている。そこである程度売れてくると、口コミで他の都市にも広がっていくためだ。

坂本直彦専務取締役兼8代目蔵元(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所
飯田 桃子(いいだ ももこ)
2014年茨城県庁入庁。2018年からジェトロに出向し、海外調査部米州課を経て2019年よりジェトロ・シカゴ事務所勤務。