特集:中堅・中小企業の米国ビジネス先行事例から学ぶ先行企業の課題や失敗の経験から学ぶ

2019年5月17日

新たな市場でビジネスを展開する際には、何らかの課題や困難に直面するのが一般的である。多くの場合、担当者が試行錯誤を繰り返しながら解決策を探ることになるが、すぐに最善の策が見つかる保証はない。もくろみ通りに事が進まないと、事業計画に遅れが生じたり、場合によっては計画そのものの見直しを迫られたりしかねない。米国輸出に際して、先行企業はどのような問題に直面し、それを乗り越えたのか。その対応から学べることは少なくない。

事業立ち上げ時に落とし穴

今回調査した50社へのヒアリングでは、輸出ビジネス立ち上げ時の各社の取り組みを聴取することを目的としていたが、その過程において直面する課題に加えて、苦労話や失敗談を聞く機会に恵まれた。中には、米国ならでは困難に遭遇した事例もあった。先行企業が直面した課題にいかに応じたか、主な事例を紹介する。

米国への輸出ビジネスを始める際に陥りやすいのが、外部専門家への過度な依存である。米国輸出の際に必要となる制度情報やノウハウはいろいろある。貿易実務はもちろんのこと、通関手続き、米国内の関連法制度、流通構造、顧客需要など幅広い。他国へ輸出経験がある企業であっても、こうした情報をすべて自社でそろえるのは容易ではない。そこで、輸出ビジネスコンサルタントや、法律、会計、税務などの専門家などに相談するのが1つの選択肢となる。しかし、コンサルタントや専門家が適正コストで、こちらの期待する助言を提供してくれるとは限らない。中には、着手金として相談料を支払ったにもかかわらず、企業側の要望に十分に応じてくれない場合がある。中日本のある企業が輸出ビジネスを本格化する際に利用したコンサルタントも、同社の要望に十分に応えてくれなかったという。結局、同社は自社の人材でビジネスを進める道を選択した。加工食品の輸出を展開する西日本の企業の事例も似ている。同社は米国輸出を始めるに当たって十分な事前調査なしに現地の輸入代理人と契約したが、成果は芳しくなかったため、契約を打ち切った。失敗を機に両社とも、自社の社員で対応する方針に切り替えて現在に至る。

ビジネス立ち上げ時のリスク管理に失敗した事例もある。前述した西日本の企業は、自社製品の可能性を信じ過ぎた結果、十分な発注の裏付けなしに立ち上げ時から現地で在庫を抱えた結果、輸出初期の時点で少なからぬ損害を受けた。同社の場合、この失敗を経験したことによって、在庫管理や取引先の開拓などで自社の方法論を確立することに成功した。「在庫については最低限に減らし、注文後に日本から輸送する方法に切り替えた。販売促進手段としても、当初は他社と同様に展示会への出展を重視していたが、今では自社製品が持つ魅力やストーリー性を訴求することを重視している」と同社の責任者は語る。

製品の市場性に対する評価

米国市場では、事業計画策定時に顧客の好み、競合相手の有無、関連法制度など外部環境を適切に把握することがとりわけ重要になる。その理由は、『総論:対米輸出成功の方程式は』で述べたように、国土の広さ、州ごとに異なる法制度、複雑な人種・文化構成などに基づく市場の多様性にある。今回の対象企業でも販路拡大を急ぐあまり、なかなか期待した結果が伴わないという声が複数聞かれた。

多様性を理解するのは、米国企業であっても容易ではない。実は米国企業には、全国展開することを望まず、同質性の高い市場環境でのみ事業を展開する企業が少なくない。不要なビジネスリスクを抱えず、より高い利益率を実現しやすいのがその理由だ。

一方、製品・サービスに対する顧客のニーズがあっても、文化や習慣の違いによって現地顧客に受け入れてもらえない場合もある。ホームセンター向け住宅建材を供給する企業は、製品の取り付けに苦労した購入者からの返品の多さに耐えかねて、米国輸出を見直した経験を持つ。米国では簡単な建材の取り付けなどは専門業者に頼まずに、自ら行う消費者が多く、いわゆるDIY市場が発達している。同社の商品は「取り付けやすさ」というDIY市場で重視される要素への対応が必ずしも不十分ではなかったことに加えて、米国の「返品文化」に対する理解が不足していた。米国では、購入した商品に不満がある場合、一度手を付けた商品であっても返品を求めるのが一般的である。全米小売業協会(NRF)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(6.5MB) によると、2018年の商品の返品率は11%に及ぶ。同社は消費者を対象としたB to Cビジネスを見直し、施工を手掛ける販売店や工務店に営業先を変えた結果、手応えを感じているという。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部海外調査企画課長
秋山 士郎(あきやま しろう)
1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・アビジャン事務所長、日欧産業協力センター・ブリュッセル事務所代表、ジェトロ対日投資部対日投資課(調査・政策提言担当)、海外調査部欧州課、国際経済課、ニューヨーク事務所次長(調査担当)、米州課長などを経て2019年2月より現職。