特集:日本企業の海外事業展開を読む日本企業の海外ビジネス拡大意欲は薄らぐ?

2018年4月24日

ジェトロが毎年、実施している「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(注)では、海外ビジネス(輸出、海外進出)や国内事業展開について、3年程度の中期的な企業方針を尋ねている。2016年以降では米トランプ政権の誕生や英国の欧州連合(EU)離脱決定など、海外ビジネスを巡る環境が変化し続けており、先行きの見通しが難しい。このような中で、企業は海外ビジネスに対してどのような姿勢でのぞむのか。

「人材」が海外ビジネス拡大のボトルネックに

まず、輸出に対する今後の企業方針を尋ねたところ、67.8%の企業が「さらに輸出の拡大を図る」と回答し、輸出拡大に意欲的な企業が7割近くと高水準を維持した(図1)。だが足元では輸出拡大意欲に若干の落ち着きもみられる。今後の輸出に関してさらに拡大を図ると回答した比率は2011年度以降、増加傾向にあったが、2015年度の74.2%からは2年続けて比率を下げた。特にその傾向が見られるのが中小企業である。企業規模別にみると、輸出拡大方針を示した企業は、大企業では74.5%と前年(74.6%)とほぼ変わらないのに対し、中小企業では前年の69.1%から今回は66.4%に縮小した。

図1:今後(3年程度)の輸出方針
2011年度から2017年度までの日本企業の今後(3年程度)の輸出方針をパーセントで示す。選択肢は以下の5つに分かれる。さらに拡大を図る、今後新たに取り組みたい、現状を維持する、縮小・撤退を検討する、今後とも行う予定はない。 さらに拡大を図る、2011年度55.3%、2012年度62.0%、2013年度67.4%、2014年度66.2%、2015年度74.2%、2016年度70.1%、2017年度67.8%。 今後新たに取り組みたい、2011年度10.7%、2012年度14.2%、2013年度10.4%、2014年度12.4%、2015年度10.7%、2016年度11.8%、2017年度11.6%。 現状を維持する、2011年度16.6%、2012年度12.6%、2013年度14.2%、2014年度14.7%、2015年度10.2%、2016年度11.6%、2017年度14.1%。 縮小・撤退を検討する、2011年度1.7%、2012年度0.8%、2013年度1.1%、2014年度0.9%、2015年度0.7%、2016年度0.9%、2017年度0.8%。 今後とも行う予定はない、2011年度15.7%、2012年度10.3%、2013年度6.9%、2014年度5.8%、2015年度4.1%、2016年度5.6%、2017年度5.8%。 脚注、母数は輸出を行う業種ではない(2012年度に新設)、無回答を除いた企業数。2011年度2,515社、2012年度1,696社、2013年度2,962社、2014年度2,444社、2015年度2,462社、2016年度2,603社、2017年度2,960社。
注:
母数は「輸出を行う業種ではない」(2012年度に新設)、「無回答」を除いた企業数。
出所:
2017年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

では海外進出に対する姿勢はどうであろうか。今後の海外進出方針について、「拡大を図る」企業の割合は57.1%で依然として過半は超えているが、前年(61.4%)からは比率を下げた(図2)。企業規模別では、「拡大を図る」と回答した企業の比率は大企業で61.6%(前年67.4%)、中小企業では56.1%(同59.7%)といずれも縮小し、輸出方針と同様、海外進出に対しても企業の慎重さは増しているようだ。

図2:今後(3年程度)の海外進出方針
2011年度から2017年度までの日本企業の今後(3年程度)の海外進出方針をパーセントで示す。選択肢は以下の5つに分かれる。拡大を図る、現状を維持する、縮小・撤退が必要と考えている、今後とも海外への事業展開は行わない、その他。 拡大を図る、2011年度63.3%、2012年度68.3%、2013年度58.3%、2014年度60.5%、2015年度61.2%、2016年度61.4%、2017年度57.1%。 現状を維持する、2011年度21.9%、2012年度16.3%、2013年度15.5%、2014年度17.0%、2015年度14.7%、2016年度15.3%、2017年度16.1%。 縮小、撤退が必要と考えている、2011年度1.3%、2012年度0.8%、2013年度1.0%、2014年度1.2%、2015年度0.8%、2016年度0.7%、2017年度1.0%。 今後とも海外への事業展開は行わない、2011年度9.7%、2012年度11.1%、2013年度18.7%、2014年度15.7%、2015年度16.2%、2016年度17.4%、2017年度21.0%。 その他、2011年度3.8%、2012年度3.6%、2013年度6.5%、2014年度5.7%、2015年度7.1%、2016年度5.2%、2017年度4.8%。
注:
母数は「無回答」を除く企業数。
注:
2013年度以降は、「現在、海外に拠点があり、今後さらに拡大を図る」と「現在、海外に拠点はないが、今後新たに進出したい」の回答の合計を「海外進出の拡大を図る」として集計。
注:
2017年度に「今後とも海外への事業展開は行わない」の比率が拡大した要因としては、本調査回答企業に占める海外進出企業(海外拠点を有する企業)の比率が低下(2016年度52.5%→2017年度47.0%)したことなどが考えられる。
出所:
2017年度「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(ジェトロ)

この2つの結果をみると海外ビジネスに対する拡大意欲は薄らいだかにみえる。本当にそうであろうか。輸出と海外進出に対する今後の方針について近年の推移をみると、「拡大する」という層が縮小した一方で、「現状維持」を選択する層が比率を伸ばしている。今後の輸出方針において「現状維持」を選択した企業の割合は14.1%と、2015年度から2年連続で拡大、海外進出方針に関しても「現状維持」とする企業は16.1%となり、輸出と同じく2年連続で増加している。

「現状維持」を選択する企業が海外ビジネス拡大にかじを切れない要因はいくつか考えられる。そのうちの一つは人材確保の難しさだ。輸出や海外進出において現状維持を選択した企業からは、「輸出は手間がかかり、自社の人員が少なく拡大は難しい」(電気機械)、「国内での新製品開発に注力しており、海外事業の拡大には人手が足りない」(精密機器)などの声が寄せられた。また「海外生産拠点における人件費向上、労働力の確保が課題」(繊維・織物)と海外においても人材確保に苦心する様子がうかがえ、「人材」が海外ビジネス拡大へのボトルネックの一つとなっている。

また、国内経済が上向きにあることも海外ビジネス拡大意欲に間接的ながらも影響を与えている。今回の調査では、今後(3年程度)の国内事業について「拡大を図る」とした企業の割合は61.4%となり、比較可能な2011年度以降で初めて6割を超えるなど、国内事業に対する拡大意欲は高まっている。「国内で工場を新設したため、今は国内販売を強化。海外については順調に推移しており現状維持」(プラスチック製品)、「国内は需要拡大により事業を強化。海外事業は拡大したばかりであり現状維持」(一般機械)と、まずは好調な国内需要に目を向け、海外については、今は無理に攻勢を強めずとも良いという企業も見受けられた。一方で「来年以降、海外市場に目を向けるべく、現在は国内に注力し地盤を固める」(電気機械)、「増収増益はまず国内で。海外は様子見の段階だが、機会があれば事業拡大に生かしたい」(家具・建材)と、海外ビジネスにおいて「現状維持」とする層の中には、拡大に向けての準備期間と捉える企業もあり、企業の海外ビジネスに対する姿勢は決して消極的になったという訳ではなさそうだ。

事業拡大の場としてベトナムが躍進

今後の海外進出について拡大方針を持つ企業は、どこの国・地域で事業を拡大するのであろうか。現在、海外に拠点があり、今後さらに海外進出の拡大を図ると回答した938社に尋ねたところ、中国(49.4%)との回答が最も多く、比較可能な2011年度以降、首位を維持し続けている(表)。中国に次ぐ位置につけたのは、近年、躍進が著しいベトナム(37.5%)である。ベトナムは2014年度の5位から2015年度4位、2016年度3位と着実に順位をあげ、今回は2位に上昇した。一方、2011年度から6年連続で2位に位置していたタイは36.7%と前年(38.6%)から比率を下げ、3位に後退した。

ベトナム、タイ以外のASEANでは、インドネシア(前年26.8%→24.8%)が前年と同じ5位となるものの比率は4年連続で縮小と振るわなかった。またシンガポール(同17.7%→17.1%)、マレーシア(同14.7%→14.0%)、フィリピン(同13.4%→13.1%)、ミャンマー(同12.7%→10.2%)、カンボジア(同5.2%→4.8%)とそろって鈍化し、事業拡大の場としてのベトナムへの期待の高さが際立った。ベトナムにおける事業拡大方針を示した業種は、前年は医療品・化粧品、窯業・土石、鉄鋼・非鉄金属・金属製品など製造業で意欲の高まりがみられたのに対し、今回は建設、通信・情報・ソフトウェア、専門サービスなど非製造業の伸びが目立ち、さまざまな業種へと広がりを見せている。

その他の地域では、前年に事業拡大意欲にブレーキがかかったメキシコでは製造業を中心に拡大意欲に陰りがみえ、今回も6.9%と落ち込みが続いた。米国のトランプ政権誕生以降、北米自由貿易協定(NAFTA)は見直しに向けて再交渉の段階にあるが、妥結への道筋が読み切れずに今回もメキシコでの事業拡大の判断を見送った企業があったものと思われる。

景気が堅調とされる米国でも事業拡大意欲を示した企業は29.0%と4年ぶりに3割を切り、企業の慎重姿勢が垣間見える。米国大統領選直後に調査を実施した前回は米国での事業拡大意欲に大きな変化はみられなかったが、今回は落ち込みを見せた。米国では前述のNAFTA見直しをはじめとしてトランプ政権の経済政策の先行き不透明感は拭いきれず、特に製造業で、石油・石炭製品/プラスチック・ゴム製品(同50.0%→17.1%)、精密機器(同46.9%→30.8%)、情報通信機械器具/電子部品・デバイス(同42.1%→26.9%)など拡大意欲の鈍化を示した業種が多かった。

中国ビジネスへの期待は市場規模と成長性

海外事業拡大の場としてベトナムへの期待が高まるものの、首位を維持し続ける中国との差は10%ポイント以上も離れており、海外ビジネスにおける中国の存在感は健在だ。中国のビジネス環境は人件費の上昇、知的財産権保護の問題など課題を認識する企業も多いが、裏を返せばそれだけ中国ビジネスに携わる企業が多く、関心の高さの現れでもある。そこで、中国への進出のみならず、貿易、業務委託、技術提携なども含めた中国ビジネス全般に対する今後の企業方針について尋ねたところ、「既存の中国ビジネスを拡充、新規ビジネスを検討する」と回答した企業は48.3%と前年(48.7%)並みにとどまった。一方で「まだ分からない」とする企業は前年の30.1%から32.0%に比率を上げた。ここ数年、中国ビジネス拡大の方針を示す企業の割合が5割弱で推移しているのに対し、明確な方針を示さない企業の割合は増加する傾向にある。他方、中国ビジネスから手を引く兆しが見られるかというと、そうでもない。「既存ビジネスの縮小・撤退を検討する」企業の比率は年々縮小傾向にあり、今回は4.1%にとどまった。総じてみれば、企業は今後の方針は決めかねるものの、中国ビジネスの軸足は手放したくないとの様子がうかがえる。

このように企業が中国ビジネスを視野から外さないのは、多くの課題が指摘されてはいても、市場としての中国の魅力が高いためである。今後の中国ビジネスに対して拡大路線を示す企業に対し、ビジネスを拡大・維持する理由を尋ねたところ、72.9%が「中国の市場規模、成長性」をあげ、「中国人の所得向上に伴うニーズの変化」(31.4%)が続いた。巨大な市場規模、今後の成長性、消費高度化への期待と三拍子そろったマーケットは企業にとって大きな魅力であり、「高付加価値製品の新規受注を目指す」(電子部品・デバイス)と期待を寄せる。

生産拠点としての中国の側面をみると、石油・石炭製品/プラスチック・ゴム製品、繊維・織物/アパレル、精密機器などでは「市場規模、成長性」、「ニーズの変化」に次いで「生産コストなど製造面での優位性」をあげており、人件費の高騰などの課題はあるものの優位性を失ってはおらず、生産面での事業拡大余地も有している。

マーケットとして、また製造拠点としての魅力を損なわない中国では日本企業だけではなく中国地場企業や各国・地域の企業がしのぎを削っている。この状況を新たなチャンスと捉え、「世界各国の企業とつながりができ、他国進出への足掛かりに」(自動車部品)、「中国企業と協力して第三国でのビジネスの可能性に期待」(その他製造業)など、中国ビジネスを起点に他国への足掛かりを模索する企業もある。さまざまなビジネス環境の課題を感じつつも企業が中国ビジネスの軸足を手放さないのは、こうした多彩な側面も影響を与えているのであろう。


注:
本調査は海外ビジネスに関心の高いジェトロのサービス利用日本企業が対象。2017年度調査は9,981社を対象に、2017年11月から2018年1月にかけて実施。3,195社から回答を得た(有効回答率32.0%、回答企業の81.1%が中小企業)。プレスリリース・概要報告書も参考にされたい。なお、過去の調査の報告書もダウンロード可能である。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 国際経済課
中村 江里子(なかむら えりこ)
ジェトロ(海外調査部、経済情報部)、(財)国際開発センター(開発エコノミストコース修了)、(財)国際貿易投資研究所(主任研究員)等を経て2010年より現職。