英国政府の肥満対策
国民の食欲はコントロールできるか(1)

2025年4月28日

成人の約3割が肥満である英国では、肥満対策を巡る規制導入や、治療法の話題に事欠かない。肥満の原因とされる超加工食品(Ultra Processed Foods、注)について取り上げた書籍「Ultra-Processed People」が2023年8月のベストセラーになった。2024年末には英国紙「タイムズ」が、50万人以上の英国人が、月150ポンド(約2万8,350円、1ポンド=約189円)から200ポンドの費用がかかる減量薬をオンライン購入していると報じた。本稿では、英国の肥満の現状を捉えた上で、政府と食品メーカーの対応を検証する。

英国の肥満の現状とスターマー政権の対策

世界保健機関(WHO)では、成人の場合、BMI〔体重(kg)÷(身長(m)×身長(m))〕が25以上30未満を過体重(Overweight)、30以上を肥満(Obesity)と定義している。WHOの2022年のデータによると、英国の成人肥満率は28.7%、過体重も含めると65.0%に及ぶ。G7各国の成人肥満率と比較すると、米国が42.9%と突出しているものの、英国は米国に次ぐ2番目の高さとなっている(日本は4.9%)(図1参照)。

図1:G7各国の肥満率
2022年のG7各国の成人肥満率は、高い順に米国42.9%、英国28.7%、カナダ27.3%、ドイツ24.2%、イタリア21.6%、フランス10.9%、日本4.9%。

出所:WHOのデータを基にジェトロ作成

さらに、英国健康改善・格差局によると、10~11歳の子供の肥満率は、さかのぼって有効なデータが得られる2009年度(9月始まり)と比較して、2023年度は18.7%から22.1%に3.4ポイント増えている。なお、新型コロナウイルス禍の時期には25.5%(2020年度)まで増加したが、これは外出抑制による運動不足が主な原因と考えられる。2020年度から2023年度にかけては減少している。ただし、2023年度の22.1%は新型コロナ禍前の2019年度より高い水準にあり、新型コロナ禍前の増加傾向に基づく予測と一致した数値で、今後も子供の肥満率が増加していくと予想されている(図2参照)。

図2:子供(10-11歳)の肥満率(イングランド)
2006年度は17.5%、2009年度は18.7%、2018年度は20.2%、2019年度は21.0%、2020年度は25.5%、2021年度は23.4%、2022年度は22.7%、2023年度は22.1%。

注1:子供の肥満率は、成長過程に沿った評価ができるよう英国政府の研究グループが測定基準を設定しており、成人肥満率と単純な比較はできない。
注2:2006年度から2008年度までは測定数が少ないため参考値。
出所:英国健康改善・格差局のデータを基にジェトロ作成

こうした背景から、英国政府は、喫緊の課題として肥満対策に取り組んでいる。キア・スターマー首相は野党時代の2024年1月10日に「子供の健康アクションプラン」を発表した。予防に重点を置いて、健康状態の改善と地域格差の減少に取り組む意思を表明していた。3本柱の目標の1つ「子供たちが健康に暮らせる未来」では、以下を挙げていた。

  • テレビでの午後9時前のジャンクフードの広告や、子供向けオンラインメディアでの不健康な食品の有料広告を禁止すること
  • 全ての小学校に無料の朝食クラブを設け、全ての子供たちが健康的な朝食で1日をスタートし、親が仕事に行けるようにすること
  • 子供が興味を持つような電子たばこの広告を禁止し、段階的な喫煙の禁止に関する法案が議会を通過するようにすること
  • 前述の政府全額負担の朝食クラブで、3歳から5歳までの子供を対象に、全国的な歯磨きプログラムを導入すること

スターマー政権は2024年7月に政権を獲得して以降、これらを順次実行に移している。1点目のジャンクフードの広告規制については、次項で詳しく述べる。朝食クラブについては、2024年10月30日に提出された予算案に、2025年4月からパイロット事業を実施するための3,000万ポンドの予算を盛り込んだ。たばこについては、2024年11月5日に、議会に「たばこ、電子たばこ法案」を提出し、2009年以降に誕生した人へのたばこ販売を禁止する内容で議会の審議が進められている。歯磨きプログラムについては、2025年3月7日に歯磨き関連製品の大手ブランドのコルゲートと提携して、翌4月からイングランドで毎年最大60万人の子供を対象に実施することを発表した。

保守党政権下の肥満対策とその評価

スターマー政権の取り組みの1つに挙げられているジャンクフードの広告規制は、保守党政権下でも取り組んできたものだ。英国では、規制対象とするジャンクフードの明確な区分として、HFSS食品というカテゴリーを定義している。HFSS食品とは、脂肪、塩分、砂糖を多く含む(High in Fat, Salt, or Sugar)食品のことで、ある商品がHFSS食品に該当するか否かは、英国保健・ソーシャルケア省の栄養素プロファイリングモデル(NPM)の技術ガイダンスに基づくNPMスコアで判断される。脂肪、塩分、砂糖が多いとNPMスコアが高くなり、野菜・果実・ナッツ類、タンパク質、食物繊維が多いとNPMスコアが低くなる仕組みで、一定以上のNPMスコアだと、HFSS食品と判定される。

保守党政権下では、2016年8月に「子供の肥満に関する行動計画」、2018年6月に「子供の肥満に関する第2次行動計画」が発表された。前者で清涼飲料水産業税の導入、後者でレストランなどでのカロリー表示の義務化、HFSS食品の広告・販売促進規制などが盛り込まれた。

清涼飲料水産業税は、2018年4月から導入された。100ミリリットル当たり5~8グラムの砂糖を含む清涼飲料水に1リットル当たり18ペンス、8グラム以上の砂糖を含む清涼飲料水に1リットル当たり24ペンスの税金を製造業者や輸入業者から徴収するものだ。なお、2025年4月からは、物価上昇を反映して、それぞれ19.4ペンス、25.9ペンスに引き上げられた。英国政府は、清涼飲料水産業税の導入により、清涼飲料水の砂糖含有量が46%減少したと、政策の効果を評価している。

2022年4月からはイングランドで、従業員250人超の企業によるレストラン、カフェ、テイクアウトを対象に、メニューや食品ラベルに、当該食品のカロリー情報と1日に推奨される摂取カロリーを表示することが義務付けられた。この政策の効果について、リバプール大学やケンブリッジ大学の研究者グループの研究によると、カロリー表示の義務化前後で、メニューの平均カロリーが減少した。大手外食店のメニューからカロリーの高いメニューが削除されてカロリーの低いメニューが導入された結果だという。しかし、レストランなどで顧客が購買・消費するカロリーに有意な変化は見られなかった。

HFSS食品については、2000年代前半からテレビ広告の子供への影響が取り沙汰されるようになった。2007年に示した英国情報通信庁のテレビ広告規範で、キャラクターや有名人を使った未就学児と小学生対象の広告や、子供向け番組内や前後の16歳未満の子供を対象とした広告などを禁止した。2018年の「子供の肥満に関する第2次行動計画」では、2030年までに子供の肥満率を半減させることを目標に掲げ、さらに、以下の広告・販売促進の規制を行っていくこととした。

  1. 午前5時半から午後9時までのHFSS食品のテレビ広告の禁止
  2. オンラインでのHFSS食品の有料広告の制限
  3. 小売店の入り口近くやレジ前でのHFSS食品の販売禁止
  4. HFSS食品を対象とした「1つ買うと1つ無料(2 for 1、buy one get one free)」などの複数購入を促す割引販売の禁止

3.については、2022年10月から施行された。それ以外については、2023年1月から施行予定だったものの、経済情勢や業界の準備期間を考慮して、1年延期し、その後さらに延期があって、2025年10月から施行することとなった。なお、3.については、オンライン販売でも実店舗と同じく、トップページや支払いページでのHFSS食品の表示を禁止した。4.については、レストランなどでの砂糖が入った清涼飲料水(コーヒー、紅茶を含む)の無料おかわりサービス(飲み放題)の提供も禁止する。

食品メーカーの規制対応の動き

HFSS食品に対する広告・販売促進の規制が厳しくなる中で、英国の食品メーカーは、いわゆるHFSS対応(HFSS-compliant)商品の開発に力を注いでいる。英国の代表的なスナック食品メーカーのウォーカーズ(Walkers、PepsiCo傘下)は、2022年に塩分を45%カットしてHFSSに該当しないポテトチップスを発売した。同社は2025年までに同社の売り上げの半分を非HFSS食品、または100キロカロリー(kcal)以下の商品にすることを目標に立てた。


塩分45%カットのポテトチップス(出所:PepsiCoウェブサイト)

冷凍ピザメーカーのグッドフェローズ(Goodfella's、Nomad Foods傘下)は、2024年に全商品が非HFSS食品になったと発表した。2022年時点の同社の非HFSS食品の割合は85%だった。

英国食品業界誌「The Grocer」の2023年10月2日付Web記事によると、小売店のポテトチップス販売で、HFSS食品のシェアは、2022年から2023年にかけて95.6%から88.2%に減少した。ピザについても、51%から42%に減少した。

このように、HFSS食品への規制をはじめとした肥満対策は功を奏しているように見えるが、残念ながら、英国の肥満率は減少していない。糖尿病や高血圧など肥満関連疾患関係の、国営医療サービス(NHS、National Health Service)の予算が、財政を逼迫している。次稿では、肥満に対する英国民の意識と、減量薬を巡る動向に焦点を当てる。


注:
複数の食材を工業的に配合して製造された加工度が高い製品。一般的に糖分、塩分を多く含むほか、添加物が加えられていることが多い。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
林 伸光(はやし のぶみつ)
2009年、農林水産省入省。2023年9月からジェトロ・ロンドン事務所に在籍。