英国は過保護国家?
国民の食欲はコントロールできるか(2)

2025年6月17日

英国政府による肥満対策の取り組みにもかかわらず、英国国営医療サービス(NHS)がイングランドで行った調査によると、肥満率の増加は一向に止まっていない(図1参照)。一方、国民が何を見て、何を買い、何を食べるかを政府が規制や税制を駆使して誘導しようとする英国はしばしば、過保護に国民に干渉する様を形容して「ナニー・ステート」(乳母国家、過保護国家)ともやゆされる。

2025年4月28日に公表された清涼飲料水産業税の課税対象拡大案(2025年4月30日付ビジネス短信参照)についても、保守党のケミ・ベイデノック党首は、この税が同党によって最初に導入されたにもかかわらず、「やや度を越したナニー・ステートだ」と批判した。リフォームUKのナイジェル・ファラージ党首も「政府がわれわれにどう生きるべきか指図するのはうんざりだ」とコメントした(2025年4月29日付BBCニュース)。

本稿では、政府から介入を受ける側の英国民自身が実際にどのような食生活をしており、政府の介入をどう捉えているのか考察する。

図1:成人の肥満率の推移(イングランド)
1993年の男性13%、女性15%から年々増加傾向にあり、2022年には男性28%、女性30%。

注:2020年と2021年は比較可能なデータがない。
出所:NHSのデータを基にジェトロ作成

過体重や肥満の自覚が薄い中年男性

NHSの2022年のイングランド健康調査(図2参照)によると、過体重(BMIが25以上30未満)の男性のうち51%が自身の体重をほぼ適正と認識しており、肥満(BMIが30以上)の男性についても、11%がほぼ適正と認識している。女性では、それぞれ30%と7%であることに比べると、男性は自身を過体重や肥満と認識していない割合が高い(図2参照)。

図2:自身の体重に対する認識(イングランド、2022年)

自身の体重に対する認識(男性)
健康体重の男性が「ほぼ適正」76%、「重すぎる」4%、「軽すぎる」13%、「わからない」6%。過体重の男性が「ほぼ適正」51%、「重すぎる」40%、「軽すぎる」2%、「わからない」7%。肥満の男性が「ほぼ適正」11%、「重すぎる」82%、「軽すぎる」0%、「わからない」7%。
自身の体重に対する認識(女性)
健康体重の女性が「ほぼ適正」76%、「重すぎる」11%、「軽すぎる」5%、「わからない」8%。過体重の女性が「ほぼ適正」30%、「重すぎる」58%、「軽すぎる」0%、「わからない」11%。肥満の男性が「ほぼ適正」7%、「重すぎる」89%、「軽すぎる」0%、「わからない」4%。

注:BMI〔体重(kg)÷(身長(m)×身長(m))〕が18.5以上25未満を健康体重、25以上30未満を過体重、30以上を肥満と定義。
出所:NHSのデータを基にジェトロ作成

また、調査会社ユーガブ(注1)も、イングランドの成人3,719人に質問調査を行い、肥満に関する自己認識と現実のギャップを明らかにしている(表参照)。この調査では、自身が過体重または肥満と回答した人の割合を、NHSの統計での過体重または肥満の人口割合と比較した。55歳から64歳までの男性で、自身が過体重または肥満と回答した割合は55%だったが、NHSの統計ではその年代の男性の79%が過体重または肥満だ。24ポイントの差は全年代の中で最も大きかった。一方、女性は男性より自己認識と現実のギャップが小さい傾向にある。45歳から54歳までの女性では差が5ポイントと、全年代の中で最も小さかった。

表:過体重または肥満のいずれかに該当する人の割合

男性
年齢 回答割合 統計値
18-24歳 27% 37% +10ポイント
25-34歳 44% 60% +16ポイント
35-44歳 52% 68% +16ポイント
45-54歳 60% 79% +19ポイント
55-64歳 55% 79% +24ポイント
65歳以上 59% 78% +19ポイント
女性
年齢 回答割合 統計値
18-24歳 26% 37% +11ポイント
25-34歳 44% 54% +10ポイント
35-44歳 52% 61% +9ポイント
45-54歳 62% 67% +5ポイント
55-64歳 60% 66% +6ポイント
65歳以上 58% 69% +11ポイント

注:「回答割合」は、ユーガブが2021年6月にイングランドで実施した質問調査の結果。「統計値」はNHSが2019年に実施したイングランド健康調査の結果。
出所:ユーガブのデータを基にジェトロ作成

3人に1人が1日2回以上の間食

ほかにも、英国民の食生活の実態を知る手がかりとして、次のようなデータが示されている。

  • 「自身の食習慣は健康的か」との質問(2025年3月調査)に対し、「非常に健康的」11%、「まあまあ健康的」61%、「あまり健康的ではない」22%、「全く健康的ではない」4%との回答結果となっており、計26%が自身の食習慣は健康的ではないと捉えている。
  • 「どの食品をどのくらいの頻度で食べているか」との質問(2021年11月調査)には、「1日に1回」と「1日に複数回」の回答の合計は、「乳製品」で68%、「野菜」と「果物」もそれぞれ70%、52%となっており、他の食品と比べると、日常的に食べられている(図3参照)。また、「肉」は37%なのに対し、「魚または水産物」は2%と非常に少ない。なお、この調査で自身を「ビーガン」と回答した人は2%、「ベジタリアン」は6%、「フレキシタリアン」(柔軟なベジタリアン、たまに肉や魚を食べる人)は11%となっている。
  • 「食事の回数」の質問(前掲2021年11月調査)では、「1日3食」が59%、「1日3食未満」が37%、「1日3食超」が2%となっている。「朝食を食べる頻度」の質問(2023年1月調査)では、「週7日、朝食を食べている」と回答した人は49%で、「週4日以下」(週3日以上朝食を食べない)が計34%、うち「週0日」(週に1日も朝食を食べない)は13%だった。
  • 「どのくらいの頻度で間食をするか」との質問(前掲2021年11月調査)では、「1日1回」46%、「1日2回」25%、「1日3回」7%、「1日3回超」4%となっており、計36%の人が1日2回以上間食をしている。若い人ほど間食の回数が多い傾向にあり、16歳から24歳までの年代別にみると、49%が1日に2回以上間食をしている。
  • 「好きな間食は何か」との質問(前掲2021年11月調査、2つまで複数回答可)では、1位が「ポテトチップス」(33%)、2位が「クッキー、ケーキ、ペイストリー」(28%)、3位が「コンフェクショナリー(チョコレートなどの菓子)」(23%)、4位が「果物、野菜」(22%)、5位が「クラッカー、ビスケット」(14%)となっている。
図3:どの食品をどのくらいの頻度で食べているか
乳製品が1日に複数回37%、1日に1回31%、週に数回20%、月に数回5%、あまりない3%、全くない3%、不明1%。野菜が1日に複数回27%、1日に1回43%、週に数回24%、月に数回3%、あまりない2%、全くない1%、不明1%。果物が1日に複数回25%、1日に1回27%、週に数回26%、月に数回12%、あまりない8%、全くない2%、不明1%。チョコレート、ビスケット、ケーキおよび甘味が1日に複数回11%、1日に1回28%、週に数回34%、月に数回14%、あまりない10%、全くない2%、不明1%。肉が1日に複数回10%、1日に1回27%、週に数回41%、月に数回8%、あまりない3%、全くない10%、不明1%。パスタ、ジャガイモまたはコメが1日に複数回3%、1日に1回32%、週に数回49%、月に数回11%、あまりない4%、全くない1%、不明1%。ナッツが1日に複数回2%、1日に1回10%、週に数回19%、月に数回28%、あまりない29%、全くない10%、不明1%。魚または水産物が1日に複数回0%、1日に1回2%、週に数回35%、月に数回36%、あまりない14%、全くない12%、不明1%。

出所:ユーガブのデータを基にジェトロ作成

朝食の欠食などで1日3食を食べない人が多い一方、1日に複数回の間食をしている人が多くいるといった英国民の食生活の特徴が垣間見え、これらの結果からは、間食の多さが英国民の肥満の一因のようにも見える。

英国のヘルステック企業ゾーイ(ZOE)が英国で実施した研究によると、英国民の1日の摂取熱量に占める間食由来の熱量割合は平均24%だった。間食の定義が必ずしも一致しないが、日本の国立保健医療科学院の研究では、日本国民の間食由来の熱量割合の平均は7%だ。

しかし、ZOEの同研究によると、「間食の頻度」と「間食由来の熱量割合」については、血液の測定指標(グルコース、インスリン、コレステロールの血中濃度など)と、人体の測定指標(BMI、内臓脂肪、ウェスト/ヒップ比など)のいずれでも、有意な差が見られなかった。一方で、「間食の質」と「間食のタイミング」が血液の測定指標と人体の測定指標に有意な差を与えることが確認された。「間食の質」は、NOVA分類という食品の加工度に基づくもので、果物、野菜、ナッツ類など加工度が低い食品は「高品質」、スナック菓子や砂糖入り清涼飲料水など加工度の高い食品は「低品質」として分類される。高品質の間食をする人は、低品質の間食をする人のみならず、間食をしない人よりもBMIや内臓脂肪が低く、血液の測定指標も、低品質の間食をする人より良好な結果だった。「間食のタイミング」は、午前、午後、夕方、夜のいつ間食をするかで、夜(午後9時以降)の間食は、血液の測定指標に悪影響を及ぼしていた。

前稿「(1)英国政府の肥満対策」で見たように、英国政府は、ジャンクフードや砂糖入り清涼飲料水を国民から遠ざけ、「低品質」の間食を減らそうと努力しているとも言える。では、国民はそうした政策をどのように捉えているだろうか。

2024年7月と8月に実施されたユーガブの調査では、子供の健康を改善させるための政策に対する賛否を尋ねた(図4参照)。

「16歳未満の子供への高カフェイン・エナジードリンクの販売禁止」「子供を対象としたオンラインサイトでの不健康な食品の広告禁止」「全ての食品・飲料製品に対する栄養ラベル表示義務」について80%以上が支持しているなど、総じて、国民生活や企業活動に対する政府の介入を支持する傾向が見られる。

また、消費者の利便性や金銭負担に影響する政策では不支持が多い傾向もあるが、「高糖分の清涼飲料水への課税の他のHFSS食品(注2)への拡大」といった負担が増える政策であっても国民に支持されている点は注目に値する。

図4:子供の健康を改善させるための政策に対する賛否
子供の健康を改善させるための政策に対する賛否は、「強く支持」「どちらかといえば支持」「どちらかといえば不支持」「強く不支持」「わからない」の順にそれぞれ次のとおり。(1)16歳未満の子供への高カフェインエナジードリンクの販売禁止は62%、26%、4%、2%、5%。(2)午後9時までのテレビでの不健康な食品の広告禁止は34%、36%、13%、6%、10%。 (3)子供を対象としたオンラインでの不健康な食品の広告禁止は49%、34%、6%、4%、7%。(4)学校や公園から400m以内での不健康な食品の広告禁止は35%、35%、13%、7%、11%。(5)あらゆる形での不健康な食品の広告禁止は23%、30%、25%、12%、11%。(6)学校や公園から400m以内の温かい料理のテイクアウト店の閉鎖は14%、19%、32%、22%、14%。(7)学校や公園から400m以内の温かい料理のテイクアウト店の新規出店禁止は25%、27%、22%、11%、15%。(8)高糖分の清涼飲料水への課税の他のHFSS食品への拡大は22%、29%、22%、15%、12%。(9)全ての食品・飲料製品に対する栄養ラベル表示義務 は45%、35%、7%、3%、9% 。(10)不健康な商品への子供が好むイメージ(アニメ・漫画のキャラクター、スポーツ選手)の使用禁止は38%、35%、11%、5%、10%。(11)不健康な食品における低糖分や食物繊維豊富といった健康関連の主張の使用禁は39%、34%、10%、4%、14%。(12)企業に対する不健康な食品由来の売り上げの報告義務は20%、32%、19%、10%、19%。(13)小学校における全ての子供に対する無料の朝食の導入 は45%、28%、11%、8%、8%。 (14)レストラン・カフェにおける砂糖入り清涼飲料水のおかわり無料(飲み放題)サービスの禁止は15%、22%、28%、20%、15%。

出所:ユーガブのデータを基にジェトロ作成

肥満は個人の責任の問題ではない

公衆衛生政策の専門家のドリー・バン・タレケン氏と、食料政策の専門家のヘンリー・ディンブルビー氏は2024年11月、英国の首相や保健相の経験者など20人へのインタビューを基にまとめた政策提言集「英国を育てる:国家の健康を改善する政策マニュアル」を公表した。同書では、「ナニー(・ステートとやゆされること)への恐怖(注3)は、数十年にわたって、効果的な公衆衛生政策に対する最も強力なレトリック的抑止力となってきた。それは『英国人は特に自由を愛する国民である』という古来の虚栄心に訴えかけ、『食事と体重は個人の責任の問題である』という思い込みと密接に結びついている」と述べ、ナニー・ステート批判に対して反論している。「過去70年間で英国の肥満人口は1%未満から約30%にまで増加しており、これほどの規模は明らかに構造的な問題で、個人の意思で解決できるものではない」として、政府による介入を肯定する。また、2010年から2016年まで首相を務めたデービッド・キャメロン氏は同書のインタビューに答え、「肥満に関する二元論的な考え方から脱却する必要がある。消費者に働きかけるだけでは不十分だ。消費者がより良い選択を行えるよう、企業にも働きかける必要がある」と述べている。

英国政府では、2025年3月に食料戦略諮問委員会を立ち上げ、「健康的な食生活」もテーマの1つに位置付けている(2025年4月1日付ビジネス短信参照)。諮問委員会の民間構成員に入った2つの慈善団体の「食品財団」(Food Foundation)と「ネスタ」(Nesta)はいずれも、不健康な食品の広告に対する規制に加え、食品・飲料企業の売り上げに占める不健康な食品の売り上げ割合の公表義務化など、企業へのさらなる介入を求めている。2025年夏の取りまとめに向けた食料戦略諮問委員会の議論の行方は、英国市場を狙う日本の食品企業も注視していく必要がある。


注1:
報酬型のオンライン調査。
注2:
脂肪、塩分、砂糖を多く含む(High in Fat, Salt, or Sugar)食品。
注3:
出所は「The looming shadow of Nanny」。

国民の食欲はコントロールできるか

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
林 伸光(はやし のぶみつ)
2009年、農林水産省入省。2023年9月からジェトロ・ロンドン事務所に在籍。