回復する中南米経済と各国の通商政策、および中国の動向(ブラジル、アルゼンチン、ベネズエラ)
世界主要国・地域の最新経済動向セミナー報告 中南米(1)

2017年12月22日

資源価格の下落から複数年にわたり経済の停滞期にあった中南米は、2017年に入り地域全体で経済が回復基調にある。ブラジルとアルゼンチンはビジネスフレンドリーな政策を展開し、メルコスール(南米南部共同市場)は自由貿易協定(FTA)の拡大・交渉を進め通商関係を強化している。ベネズエラは国内政治経済の混乱が続き、経済の回復には時間を要する見通しだ。2018年の中南米はブラジル、メキシコ、コロンビア、ベネズエラで大統領選が実施され、チリも3月に新大統領が就任する。左派から中道・右派政権へと転換を遂げてきた中南米諸国の政治体制の維持、および中南米市場を狙った中国企業の動向に引き続き注視が必要だ。

ブラジル

2014年以来のプラス成長へ

資源価格の下落とともに経済停滞期に入っていたブラジルは、2015年、2016年と2年連続で実質国内総生産(GDP)成長率がマイナス3%台を記録した(表1)。しかし2017年に入り、アルゼンチン向けの完成車輸出が伸びるとともに、資源や食料価格が回復基調になり、農畜産品の輸出が拡大した。またインフレ抑制と政策金利の低下による政府主導の消費喚起策が個人消費の回復に寄与し、中銀は実質GDP成長率に関し2017年をプラス0.9%、2018年をプラス2.6%との見通しを出し、経済の回復傾向の持続が見込まれている。

表1:ブラジルの主要経済指標
項目 2015年 2016年 2017年 2018年
(1)実質GDP成長率(%) △ 3.8 △ 3.5 0.9 2.6
(2)消費者物価指数上昇率(%) 10.7 6.3 3.0 4.0
(3)賃金上昇率(%) 8.8 11.7 6.5 3.0
(4)失業率(%) 8.5 11.3 n.a. n.a.
(5)-1国際収支(経常収支)(100万ドル) △ 58,882 △ 23,530 △ 11,500 △ 28,100
(5)-2国際収支(貿易収支)(100万ドル) 19,685 47,683 66,000 52,000
(6)外貨準備高(100万ドル) 354,175 372,221 381,056 n.a.
注:
2015年と2016年は実績値。2017年と2018年は見通し。(3)は最低賃金をベースとしたもの。(4)の2016年は平均値。
出所:
中銀((1)、(5)経常収支、(6))、ブラジル地理統計院(IBGE)((2)、(4))、大統領府((3))、商工サービス省((5)貿易収支)

さらに、ブラジルに進出する多国籍企業が直面する「ブラジルコスト」の一つである、労働者を過度に保護する現行の労働法が改正され、2017年11月11日に施行された。また2017年4月から施行された労働者派遣法と併せて、企業側の雇用条件の負担減に大きな期待がかかる。

政治経済ビジネスフレンドリーな政権の継続に期待

2018年10月に控える大統領選では、現職のテメル大統領やルーラ元大統領の出馬の可能性は低いとされている。現在のところ、中道左派で民主社会党(PSDB)のジェラルド・アウキミン氏(現職サンパウロ州知事)が有力候補となっている。大統領選までにテメル大統領が議会運営能力を発揮し、任期中に社会保障制度改革を可決するとともに、ビジネスフレンドリーな政策を維持できるかが進出多国籍企業にとり大きな注目点だ。

通商政策ではEU・メルコスールFTAの交渉が最優先

欧州連合(EU)は米国とのFTA交渉の代替先としてメルコスールとの交渉を加速させている。ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの4カ国で構成されるメルコスールは、貿易投資の拡大を見込みEUとの交渉を優先している。ブエノスアイレスにて開催された世界貿易機関(WTO)閣僚会議(MC 11、会期2017年12月10日~13日)で大筋合意または政治合意を目指したものの、会期中の合意には至らず、2018年第1四半期に交渉が持ち越された。

これまでの交渉内容によると、EUの産業界は自動車、航空機、鉄道車両、加工食品、化学・医薬品、医療機器等の財の輸出拡大を要望しており、メルコスールが現行35%の自動車の輸入関税率を10年間で段階的に引き下げて撤廃する予定だ。加えて、公的部門の政府調達案件に対し、メルコスール域内の企業と同等条件でEU企業が入札に参加できるようにする内外無差別の導入を予定している。しかし、MC 11ではEU側の農産品等(牛肉、砂糖、エタノールなど)の関税撤廃と、牛肉を中心とした無関税割当量がメルコスールの要求するレベルまでの引き上げに応じることができなかった。

中国企業のインフラ・エネルギー分野への投資が急増

ブラジルにおける中国企業の投資額は、2010年と2011年に急激に増加した後、2012年~2014年は大幅減少に転じた。その後2015年と2016年に再び回復傾向に戻り、2017年は引き続き好調を維持している。2017年5月には中国で対ブラジル投資を対象とした投資促進共同基金が立ち上がり、インフラ案件の売り込みをかけている。また中国人に対して発給される観光ビザが3年から5年に延長され、中国がさらにインフラ部門に投資をしやすい環境が整ってきている。2017年の新規投資分野は運輸、港湾、エネルギーなどの分野の他にICT分野が伸長している。

アルゼンチン

2018年の経済成長率は3.2%へ

マクリ大統領が2015年12月に就任して約2年がたった。政権交代初年度の2016年は国内への過度な社会保障政策からの体質改善を進めた過渡期で、実質GDP成長率はマイナス2.2%だった(表2)。しかし資源・飼料価格の回復による輸出拡大や、輸出入規制と外貨送金規制の撤廃・緩和などの制度改革が奏功し2018年のプラス3.2%に至ると予想されている。国際通貨基金(IMF)は2017年11月現在のインフレ率を約27%、2018年には17%台、2019年は14%台との見通しを出している。アルゼンチンは過去数回のデフォルトを経験しており、マクリ大統領は、同国が国際金融市場からの信頼を得るためには、チリやペルーのような安定的な経済成長が重要であるとしている。

表2:アルゼンチンの需要項目別実質GDP成長率およびインフレ率(単位:%)
項目 2015年 2016年 2017年 2018年 2019年
年間 1Q 2Q
(1)実質GDP成長率 2.6 △ 2.2 2.9 0.4 2.7 3.2 3.2
民間最終消費支出 3.5 △ 1.4 4.8 0.9 3.8 3.3 2.9
政府最終消費支出 6.8 0.3 3.0 1.4 2.9 1.7 0.8
国内総固定資本形成 3.8 △ 5.1 11.3 3.2 7.7 10.8 9.1
財貨・サービスの輸出 △ 0.6 3.7 △ 0.3 △ 1.2 △ 1.2 4.5 5.4
財貨・サービスの輸入 5.7 5.7 9.9 4.8 9.1 7.6 6.2
(2)インフレ率 - - 26.9 6.1 11.8 17.8 14.2
注:
四半期の伸び率は前年同期比。2017年~2019年の年間伸び率は見込み。2015年~2016年のインフレ率は国家統計センサス局のデータ改ざんがあり正式数値は未公表。
出所:
国家統計センサス局(INDEC)((1)の2015年、2016年、2017年Q1とQ2)、「OECD Economic Outlook」(2017年11月27日付)((1)2017年年間、2018年、2019年)、IMF((2))

中間議会選挙の与党連合勝利が追い風に

アルゼンチンでは2年に一度、議会議員選挙が実施され、上院(任期6年)の3分の1(24名)、下院(任期4年)の約半数(127名)が改選となる。2017年10月22日の中間議会選挙では、与党連合「カンビエモス」が上院で15から24議席へ、下院で86から104議席へそれぞれ議席数を伸ばした。野党の分裂も相まって、特に主要5州・特別市で勝利を収めたことは現政権への国民の信頼を裏付けたものとなった。これにより、政権が推し進める税制改革や労働法改革を推進する追い風になった。

さらに、WTO閣僚会議(MC 11)主催国および20カ国・地域首脳会合(G20)議長国(2018年)などにおいて、各国首脳へ変化を遂げたアルゼンチンの投資環境を直接アピールすることで、政治経済のモメンタムとなり得るチャンスとなっている。

賢くかつ積極的に地域統合を目指す

メルコスールはブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイが半年ごとに議長を持ち回りする。2017年上半期の議長国はアルゼンチンであった。その際、自国開催のWTO閣僚会合での大筋合意に向けてEUとのFTA交渉を大きく推進させた。また7月にはメルコスールとコロンビアの経済補完協定(ACE59号)に自動車や繊維製品などを新たに加えたACE72号の署名に至り、加盟5カ国中、最も早く官報公示を行うなど、地域統合への積極性を示している。

またマクリ大統領は欧米からの投資誘致を積極的に進め、2017年1月にはアルゼンチン大統領として15年ぶりにダボス会議に出席し、投資環境を自らトップセールスをするなど、中長期的な課題としての「脱ブラジル」にも取り組んできている。

米国との関係も大きく改善し、マクリ大統領の訪米時にアルゼンチン産レモンの米国市場の開放、ペンス米国副大統領の訪亜時にはアメリカ産豚のアルゼンチン市場の開放が公表された。今後米国からは石油、天然ガス、自動車の各分野への投資が期待されている。

「脱中国」の動きとシナリオ転換

2000年代前半のデフォルトにより国際金融市場から取り残されたアルゼンチンに対し、中国は投融資で接近しアルゼンチンでは中国企業向けに不透明な入札が繰り返されてきた。マクリ大統領はこの関係を断ち切るために就任後、不透明な入札を白紙に戻すなどして「脱中国」での経済再生を試みた。しかし、すぐには欧米からの投資を呼び込むことができず、2016年の対内直接投資額は前年を下回る結果となってしまった。これを受けて2017年はシナリオを転換し、5月に北京で開催された「一帯一路」フォーラムに出席し、中国からの投資をアピールするとともに、160億ドルの投資案件が発表された。

なお、メルコスール域内国が他国・地域とのFTAを締結するには、メルコスール4カ国すべてで国内手続きを経たうえで批准が必要だが、パラグアイは中国との国交がなく(台湾とは国交あり)、中国・メルコスールFTAの交渉は難しい。

ベネズエラ

2018年も実質GDPはマイナス成長

ベネズエラは歳入の96%を原油輸出に頼っており、近年の原油価格下落に伴う外貨不足を背景に、高インフレと物資不足に見舞われ、物価統制策が続いている。コモディティに依存した経済体制と、国民へのバラマキを続けてきた左派政権のチャベス前大統領の政策を維持するマドゥロ大統領の強権的な姿勢は、国際経済からの不信を一層招いている。同国は2014年以降、実質GDPはマイナス成長を続け、IMFは、2016年をマイナス16.5%、2017年は同12.0%、2018年は同6.0%と予測している(表3)。

表3:ベネズエラの経済指標
項目 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年
(1)実質GDP成長率(%) △ 3.9 △ 5.7 △ 16.5 △ 12.0 △ 6.0
(2)平均原油価格(ドル/バレル) 93.25 48.66 43.15 49.61 50.35
(3)外貨準備高(億ドル) 220.7 163.6 109.9 97.2 -
(4)インフレ率(%) 57 112 254 1,133 2,350
注1:
2017年と2018年は見込み。外貨準備高12月31時点、2017年は12月7日時点。
出所:
IMF((1)、(4))、ウエスト・テキサス・インターメディエイト((2))、中銀((3))

マドゥロ大統領は国内の物資不足の解決よりも対外債務の支払いを優先しており、ベネズエラ国債の元本と利子、および国営石油公社(PDVSA)の社債償還と利子支払いが重要政策となっている。石油輸出国機構(OPEC)の原油減産合意後、2017年10月には原油価格が1バレル当たり50米ドル台まで回復し、11月時点では約55米ドルとなっているが、減産に伴って原油輸出は減少した。なお、輸出量の約40%が米国向け、その他、中国やインド向けとなっている。しかし、8月に米国の追加制裁が発表され、PDVSAおよびその米国子会社であるシトゴ(CITGO)の米ドル建て債券の取引が禁じられたため、外貨準備高はさらに下降し、11月には96億ドル付近を推移するようになった。

国内インフレはさらに加速

ベネズエラでは基礎食料品などの生活必需品を輸入する際に適用されるのが、1ドル=10ボリバルの固定レート(DIPRO)で、それ以外の財・サービスの輸入決済にはDICOMという外貨発給制度が適用されている。しかし、8月の米国からの追加制裁によってDICOMを停止したことで、国内に存在していた並行レートが対ドルで急落した。これにより国内物資の物理的な不足とインフレが加速し、IMFは2017年のインフレ率を1,133%、2018年を2,350%と予測している。マドゥロ大統領は2017年11月時点で6回の最低賃金の引き上げ(年率337.4%)を実行しているが、インフレ上昇率にはまったく追いついておらず、実質賃金は引き下がっている。

外交面では中国やロシアに接近

マドゥロ大統領は2017年8月に国際世論に反して制憲議会(ANC)を設立させた。これを受けて米国はベネズエラに追加制裁を課すなどして二国間の関係は悪化した。またメルコスールは無期限での資格停止を発表するなど、中道右派政権諸国との対立が一層鮮明になった。他方、外貨獲得手段が狭まったベネズエラは中国やロシアから融資を得るなどしてしのいでいるものの、巨額の対外債務の再編への根本的な解決には至っていない。

2018年には大統領選が控える

ベネズエラでは2018年12月に大統領選挙が控えているが、今後の国内経済および外交関係の進捗(しんちょく)によっては前倒しで実施する可能性がある。実際にこれまで統一地方知事選挙の実施時期を大統領の権限で変更するなどの実績もある。大統領選の実施時期は不透明であるが、2018年4月に国債とPDVSA社債の返済期限が設定されているため、その前の実施を目指す可能性がある。


ジェトロは2017年11月28日、東京において「中南米最新経済動向セミナー」を開催した。セミナーではジェトロの中南米地域の海外事務所長が回復基調にあるマクロ経済、各国の通商政策、中国の動向の3点をテーマの柱として語った。海外調査部米州課中南米班において本テーマについて取りまとめ、2回に亘りレポートする。第1回目は左派政権から転換したブラジルとアルゼンチン、および依然として強権的な左派政権が台頭するベネズエラを取り上げて報告する。


変更履歴
文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2018年2月1日)
3段落目
(誤)さらに、ブラジルに進出する多国籍企業が直面する「ブラジルコスト」の一つである、労働者を過度に保護する現行の労働法が改正され、2017年11月11日に施行された。また2018年4月から施行予定の労働者派遣法と併せて、企業側の雇用条件の負担減に大きな期待がかかる。
(正)さらに、ブラジルに進出する多国籍企業が直面する「ブラジルコスト」の一つである、労働者を過度に保護する現行の労働法が改正され、2017年11月11日に施行された。また2017年4月から施行された労働者派遣法と併せて、企業側の雇用条件の負担減に大きな期待がかかる。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課
志賀 大祐(しが だいすけ)
2011年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課(2011~2014年)、ジェトロ・メキシコ事務所海外実習(2014~2015年)、お客様サポート部貿易投資相談課(2015~2017年)などを経て現職。

講演者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所長
大久保 淳(おおくぼ あつし)
1987年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所調査担当(1994~1998年)、ジェトロ・サンティアゴ事務所長(2002~2008年)等を経て、2015年10月より現職。
ジェトロ・ブエノスアイレス事務所長
紀井 寿雄(きい としお)
1998年、ジェトロ入構。在ウルグアイ日本国大使館経済担当書記官(2004~2007年)、ジェトロ・サンパウロ事務所メルコスール地域日系企業支援及び調査担当(2010~2014年)等を経て、2017年1月より現職。
ジェトロ・ボゴタ事務所長・兼カラカス分室長
高多 篤史(たかた あつし)
1994年、ジェトロ入構。ジェトロ・ロンドン事務所調査・対日投資担当(2001~2006年)。ジェトロ岡山所長(2008年~2012年)等を経て、2014年3月より現職。