EU統合深化へ、域内移動を変える欧州高速鉄道整備の最前線
2026年5月20日
EUでは域内の主要都市間を結ぶ高速鉄道網の整備が進んでいる。欧州委員会が策定した、EU域内全域をカバーする交通インフラ整備計画「汎欧州運輸ネットワーク(TEN-T)」に沿った取り組みだ。加盟国間をつなぐ高速鉄道網が完成すれば、主要都市間の所要時間が大幅に短縮され、競争力強化にも寄与することが期待されている。本稿では、EUの鉄道政策や課題に触れながら、建設が進む高速鉄道整備の最前線を紹介する。
西欧に偏重する高速鉄道網、停滞する国際高速列車
域内では図1の紫線が示すとおり、スペイン、フランス、イタリア、ドイツといった西欧の主要国を中心に、既に1万2,128キロの高速鉄道網が整備されている。これらの加盟国の国内移動においては、高速鉄道は既に一般的な交通手段となっている。
注:紫線は営業中の高速鉄道路線(高速化改良済み・改良予定区間を含む)。
出所:欧州委員会のデータを基にジェトロ作成
ベルギーでは、地理的な利点を生かし、首都ブリュッセルから周辺国への国境を越えた高速鉄道網が整備されている。陸の玄関口ブリュッセル・ミディ駅には、EUによる鉄道旅客サービスの自由化により、ユーロスターをはじめ、フランス国鉄のTGV、ドイツ国鉄のICEなど数多くの国際列車が乗り入れており、フランス・パリ、オランダ・アムステルダム、英国・ロンドン、ドイツ・フランクフルトなどへは、鉄道移動が主流となっている。また、一部の国際列車は、パリのシャルル・ドゴール空港やアムステルダムのスキポール空港などにも直通している。ミディ駅では、航空便のチェックインサービスも提供されるなど、鉄道と航空便が連携した利便性の高いサービスが展開されている。



前述のとおり、国際列車は一部の都市間では利用が定着している。一方で、大部分の都市間では主要な移動手段になっていない。背景には、国境区間の整備の遅れがある。各加盟国が政治的重要性の高い国内区間を優先した結果、国境を越える高速鉄道区間が後回しとなり、ボトルネックとして顕著化している。また、中・東欧では、高速鉄道の整備がようやく始まった段階であり、建設が本格化するのはこれからだ。このように、高速鉄道網は西欧に偏重しており、かつ国境区間の整備が遅れていることから、EU全体として高速鉄道網が有機的に連結しているとは言い難い。そのため、国際列車は航空機と比べ、運賃だけでなく所要時間の面でも競争力に乏しいのが現状だ。
この課題を受け、欧州委は2020年、高速鉄道輸送量を2030年までに2015年比で2倍、2050年までに3倍へ増加させる目標を設定している(2020年12月11日付ビジネス短信参照)。達成に向け、2030年までに、TEN-T計画(2023年12月25日付ビジネス短信参照)で指定された域内の主要都市をつなぐ最重要路線「中核ネットワーク」の整備を加盟国に求めている。また、短距離の空路から高速鉄道への切り替えを促進する方針の一環として、域内の主要空港への高速鉄道による鉄道アクセスの整備も求めている。
世界最長級トンネルも建設、西欧で進む国境区間の整備
ここからは、中核ネットワークに指定されている路線で、EUの支援のもと現在建設が進む、あるいは計画中の大規模プロジェクトを紹介する。まずは、加盟国間のボトルネックを解消する国境区間だ。特に注目されるのは、図2のとおり、バルト海やアルプス山脈を跨ぐトンネルだ。
- フェーマルン・ベルトトンネル(ドイツ・デンマーク、約18キロ)
- ブレンナー・ベーストンネル(イタリア・オーストリア、約56キロ)
- モン・ダンバントンネル(約57.5キロ)を含むリヨン・トリノ高速鉄道(フランス・イタリア)
注目の国境区間(赤丸)
出所:欧州委員会のデータを基にジェトロ作成
いずれも完成すると世界最長級となる(フェーマルン・ベルトトンネルは沈埋トンネルとして)国際共同プロジェクトだ。フェーマルン・ベルトトンネルは、ドイツ・ハンブルクとデンマークの首都コペンハーゲンを結び、さらにスウェーデン・マルメへと接続することで、バルト海の両岸を劇的に近づける。ブレンナー・ベーストンネルは、アルプス越えを大幅に短縮し、オーストリア・インスブルック経由でイタリア北部とドイツ・ミュンヘンを直結する。リヨン・トリノ鉄道も、同様にアルプス山脈を横断し、フランス第2の都市圏を持つリヨンとイタリア第4の都市トリノの接続を飛躍的に向上させる。
接続線などを含めこれらの計画全体が完成すると、表1のとおり、主要都市間の鉄道移動の所要時間は、そのほとんどが欧州委が航空機と比べ特に競争力が高いとする「4時間半以内」となる。このことから、これらの都市間移動においては、航空機から高速鉄道への移行が進むと期待されている。
| プロジェクト | 区間 |
現行の所要時間 (目安) |
将来的な所要時間 (目安) |
短縮効果 |
|---|---|---|---|---|
| フェーマルン・ベルトトンネル | コペンハーゲン~ハンブルグ | 4時間40分 | 2時間30分 | 2時間10分 |
| コペンハーゲン~ハンブルグ~ベルリン | 7時間40分 | 4時間 | 3時間40分 | |
| ブレンナー・ベーストンネル | ミュンヘン~ボローニャ | 6時間35分 | 3時間25分 | 3時間10分 |
| ミュンヘン~ボローニャ~ローマ | 9時間 | 5時間20分 | 3時間40分 | |
| リヨン・トリノ高速鉄道 | リヨン~トリノ | 3時間47分 | 1時間47分 | 2時間 |
| パリ~ミラノ | 7時間 | 4時間30分 | 2時間30分 | |
| ボルドースペイン線・バスクY字線 | ボルドー~ビルバオ | 4時間20分* | 1時間55分 | 2時間25分 |
| パリ~マドリード | 9時間50分 | 6時間5分 | 3時間45分 |
注:*長距離バスを参照。
出所:欧州委員会、イタリア国鉄、フランス国鉄、鉄道予約サイト「トレインライン」のデータを基にジェトロ作成
なお、フランスとスペインの国境区間については、大西洋ルートと地中海ルートがあり、スペイン側の地中海ルートは営業しており、大西洋ルート(バスクY字線)も建設中だ。一方、フランス側はいずれも計画中のままとなっており、建設着工のめどは立っていない。
中・東欧でも高速鉄道網の建設が本格化
中・東欧で最も注目されるのは、総延長870キロメートルの国際高速鉄道路線「レール・バルティカ」だ。レール・バルティカは、エストニアの首都タリンから、ラトビアの首都リガとリトアニアのカウナスを経て、ポーランドの首都ワルシャワを結ぶプロジェクトだ。バルト3国の鉄道では歴史的な背景からロシア広軌が使用されてきたが、レール・バルティカは欧州標準軌で新設されるため、欧州鉄道網への統合という象徴的なプロジェクトとなっている。既に建設は着工されており、完成すれば表2のとおり、タリンからリトアニアの首都ビリニュスが約3時間半、ビリニュスからワルシャワが約4時間で結ばれる。バルト3国最大のハブ空港であるラトビアのリガ空港にも乗り入れる予定で、エストニアやリトアニアからリガ空港への接続も大幅に改善される。
出所:ジェトロ作成
このほか、中・東欧では高速鉄道の国内区間の建設の計画が進んでいる。まずは、中・東欧で最大の人口と面積を誇るポーランドだ。ポーランドは、国家プロジェクトとして交通ハブ(CPK、2024年7月4日付ビジネス短信参照)の整備を進めており、その一環としてワルシャワと国内の主要都市を結ぶY字高速線の建設を計画している。ワルシャワの南西37キロに建設が予定されているバラヌフ新空港にも接続する予定だ。計画では、第1期として2032年までにワルシャワから第3の都市ウッチの区間の営業開始を、第2期として2035年までにウッチから分岐し、第4の都市ヴロツワフと第5の都市ポズナンの各区間の営業開始を目指している。2025年12月には初の調達手続きが開始されるなど、2026年の着工に向け準備が進められている。Y字高速線は、TEN-T計画においてレール・バルティカの延長として位置付けられており、最終的にはバルト3国からワルシャワを経由し、ドイツの首都ベルリンまでをつなぐ構想だ。
続いて注目されるのが、中欧の中心に位置するチェコだ。チェコは、首都プラハから第2の都市ブルノを経由し、第3の都市オストラバをつなぐ高速鉄道を計画している。2035年頃の全線開業に向け、2025年に既存路線の高速化改良工事となるブルノ・オストラバ間の一部を着工した。高速鉄道の新設区間は2028年の着工を予定している。プラハからドイツ国境、ブルノからオーストリア国境までの区間も建設が計画されており、将来的にはベルリン・プラハ・ウィーンが高速鉄道で直結する。また、ポーランドとも接続すべく、オストラバからカトヴィツェ、プラハからヴロツワフの各区間が計画されている。
| プロジェクト | 区間 |
現行の所要時間 (目安) |
将来的な所要時間 (目安) |
短縮効果 |
|---|---|---|---|---|
| レール・バルティカ | タリン~ビリニュス | 8時間50分* | 3時間38分 | 5時間12分 |
| ビリニュス~ワルシャワ | 6時間25分* | 4時間 | 2時間25分 | |
| ポーランドY字高速線 | ワルシャワ~ウッチ~ヴロツワフ | 3時間40分 | 1時間40分 | 2時間 |
| ワルシャワ~ウッチ~ポズナン | 2時間18分 | 1時間40分 | 38分 | |
| ワルシャワ~ポズナン~ベルリン | 5時間8分 | 4時間15分 | 53分 | |
| チェコ高速鉄道RS1 | プラハ~ブルノ~オストラバ | 3時間23分 | 1時間36分 | 1時間47分 |
| チェコ高速鉄道RS1・RS2 | プラハ~ブルノ~ウィーン | 4時間12分 | 2時間 | 2時間12分 |
| チェコ高速鉄道RS1・RS2・RS4 | ベルリン~プラハ~ウィーン | 8時間10分 | 4時間 | 4時間10分 |
注:*長距離バスを参照。
出所:欧州委員会、レール・バルティカ、ドイツ国鉄、ポーランド政府、チェコ鉄道管理公団、鉄道予約サイト「トレインライン」のデータを基にジェトロ作成
長期遅延と建設費高騰が常態化
各国で建設が進む一方で、課題も深刻化している。欧州会計検査院は、表3のとおり、上記のトンネル建設プロジェクトの開業時期がいずれも当初の計画から10年以上遅れると指摘する。ブレンナー・ベーストンネルとリヨン・トリノ鉄道については、開業時期が2030年以降にずれ込む見込みであり、フェーマルン・ベルトトンネルについても、トンネル自体は2029年に営業開始予定であるものの、ドイツ側の接続区間などの整備で遅れが出ており、2030年までの完全開業の見通しは立っていない。レール・バルティカ(ポーランド区間を除く)は、段階的開業へと計画を変更し、2030年までに単線を建設し、その後に複線を建設する予定だ。完全開業の時期は未定であり、単線での開業時期についても最大5年遅れる可能性があるとの報道が出ている。こうしたことから、今後建設が本格化するポーランドやチェコの国内区間はもちろん、建設が進む国際共同プロジェクトについても、2030年のTEN-T計画中核ネットワークの整備期限までの開業が難しい状況だ。
建設費も膨張している。特にレール・バルティカは、建設費の見積もりが当初の計画から約3倍に膨れ上がっている。欧州会計検査院は、その原因として、当初の見積もりの成熟度の低さや設計の変更などを挙げている。既に綿密な設計に基づく見積もりが出されているのは全区間の3分の1に過ぎず、建設費は今後も増加するとみられている。
| プロジェクト |
建設費見積もり (当初) |
建設費見積もり (25年11月時点) |
増加率 |
開業予定 (当初) |
開業予定 (25年11月時点) |
|---|---|---|---|---|---|
| フェーマルン・ベルトトンネル | 50億1,600万 | 76億3,000万 | 52% | 2018年 | 2029年 |
| ブレンナー・ベーストンネル | 59億7,200万 | 83億7,300万 | 40% | 2016年 | 2032年 |
| リヨン・トリノ高速鉄道 | 52億300万 | 118億2,800万 | 127% | 2015年 | 2033年 |
| レール・バルティカ | 46億4,800万 | 181億8,900万 | 291% | 2026年 | 未定* |
注:*完全開業(第2段階)の開業時期は未定。
出所:欧州会計検査院のデータを基にジェトロ作成
EUは支援継続へ、競争力強化策として高速鉄道を位置付け
高速鉄道の整備は、各加盟国が主体となって進めており、その財源の中心は加盟国予算であるものの、EUの補助金も重要な財源である。欧州委は当初、高速鉄道の整備を気候変動対策の一環として積極的に支援してきた(2021年5月17日付地域・分析レポート参照)。しかし、地政学的な変化を受け、EUの重点政策が気候変動対策から競争力強化策へと移行したため(地域・分析レポート特集「競争力重視にシフトする欧州」参照)、今後の支援継続について懸念も指摘されていた。もっとも、高速鉄道については、低炭素の移動手段としてだけでなく、単一市場の結束を強める競争力強化策としても位置付けることで、欧州委は今後も整備支援を続けるとみられている。
実際に欧州委は2025年、2028年からのEU次期中期予算計画(MFF)案(2025年7月22日付ビジネス短信参照)において、民生交通インフラの整備予算を現行MFF比で約4割増とすることを提案した。新たな大型投資計画「高速鉄道行動計画」(2025年11月11日付ビジネス短信参照)も策定している。2026年には民間投資を呼び込むための資金調達戦略「高速鉄道ディール」を発表する予定であり、2027年にはTEN-T計画におけるボトルネックの解消期限の設定など、加盟国への働きかけも強化するとしている。
このように高速鉄道網の整備は、単一市場の統合や持続可能なモビリティーの実現に向けたEUの重要な政策手段として、建設遅延やコスト上昇といった課題を抱えながらも前進している。西欧では国境区間のボトルネック解消が進み、中・東欧でもネットワーク拡張に向けた投資が本格化しつつある。EUは加盟国による建設を後押しする姿勢を明確にしており、こうした政策的支援により高速鉄道の整備が一層加速することが期待されている。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・ブリュッセル事務所
吉沼 啓介(よしぬま けいすけ) - 2020年、ジェトロ入構。





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