厳格化の方向性は変わらず
トランプ米政権の輸出管理政策(前編)

2025年8月6日

米国のドナルド・トランプ大統領やハワード・ラトニック商務長官によると、米中両国は英国ロンドンで2025年6月に開催された通商協議を通じて、米国の半導体などの対中輸出管理の緩和などの枠組みで合意した。しかし、この合意によって、米国が対中輸出管理を緩和する方針に根本的に転換したというわけではないだろう。トランプ政権の対中輸出管理は、「ディール」に向けた交渉材料の1つとして、短期的に特定の企業や製品に対して緩和することはあっても、米中の長期的な競争関係を踏まえれば、米国の経済安全保障を確保するための手段の1つとして、基本的に厳格化する方向性に変わることはないと考えられる。ただし、その実行手段は、バイデン前政権下でみられた輸出管理規則(EAR)の制度改正から、レター送付を通じた企業への個別通知や、製品ごとのガイダンスの公表など、ケースバイケースの対応へと移行している。本稿では、トランプ政権発足後6カ月間の厳格化に向けた措置を振り返る。

トランプ政権の原則は厳格化と簡素化

トランプ氏は大統領就任初日に「米国第一の通商政策」に関する覚書を発表し、この中で輸出管理に関して、関係閣僚に「米国の技術的優位性を維持、獲得、強化する方法」「輸出管理の抜け穴を特定、排除する方法」などを検討するよう指示した。この指示を受けて作成された報告書の詳細は公開されていないものの、ホワイトハウスが後日公表した要約によると、「先端技術が敵対国に流出しないことを確かにする必要がある」「輸出管理は、より簡素で、厳格で、効果的なものにするべき」などとまとめられた(表1参照)。

表1:トランプ政権の輸出管理政策に関する資料
年月 表題 内容 ジェトロビジネス短信
2025年1月20日 米国第一の通商政策に関する大統領覚書 輸出管理に関して、国務長官と商務長官に対し、次の3点の検討と提言を指示。
  1. 米国の技術的優位性を維持、獲得、強化する方法
  2. 既存の輸出管理における抜け穴(特に戦略的競争相手国やその代理国への戦略的物品、ソフトウエア、サービス、技術の移転を可能にする抜け穴)を特定、排除する方法
  3. 輸出管理の執行方針、運用状況、外国のコンプライアンスの促進に向けた執行メカニズム(適切な通商措置や国家安全保障措置を含む)
2025年1月22日付ビジネス短信参照
2025年4月3日 米国第一の通商政策に関する大統領への報告書(要約) 輸出管理に関して、「米国は、米国の先端技術が敵対国に流出しないことを確かにする必要がある」「輸出管理は、より簡素で、厳格で、効果的なものにするべき。同時に、人工知能(AI)分野で米国の優位性を促進し、グローバルな技術的リーダーシップを強化するものであるべき」。 2025年4月7日付ビジネス短信参照

出所:ホワイトハウス発表を基にジェトロ作成

これらの資料からは、先端技術など重要分野に対象を限定して輸出管理を厳格化しつつ、同時に既存の輸出管理を簡素化し、効果的な実行を図ろうとするトランプ政権の姿勢が読み取れる。トランプ政権発足後6カ月間の輸出管理措置を厳格化と簡素化の観点で整理すると、表2のとおりになる。

表2:トランプ政権発足後の主要な輸出管理措置の事例
年月 措置分類 措置内容 産業分野 ジェトロビジネス短信
2025年3月 厳格化(EL追加) 中国、台湾、イラン、パキスタン、南アフリカ共和国、アラブ首長国連邦(UAE)の82事業体をELに追加・修正。 AI、AI半導体、極超音速技術、量子技術など 2025年3月26日付ビジネス短信参照
2025年4月 厳格化(レター送付) 米国半導体大手エヌビディア、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)の半導体を、米国商務省産業安全保障局(BIS)へのライセンスの申請を要する対象に追加 AI半導体 2025年4月17日付ビジネス短信参照
2025年5月 簡素化 AI半導体の輸出管理に関する暫定最終規則(AI拡散規則)の撤回および代替規則を発表する意向の表明(注) AI半導体 2025年5月15日付ビジネス短信参照
2025年5月 厳格化(ガイダンス公表) 中国の華為技術(ファーウェイ)製のAI半導体の使用の輸出管理違反リスクに関する注意喚起など3本のガイダンスの公表 AI半導体
2025年5月 厳格化(レター送付) 中国の航空機メーカー向けの航空機部品、半導体のEDA(電子設計自動化)ツール大手のケイデンス・デザイン・システムズ、シノプシス、シーメンスのソフトウエアの輸出許可を停止 航空機部品、半導体関連ソフトウエア 2025年5月30日付ビジネス短信参照
2025年5~6月 厳格化(レター送付) 米国石油ガス輸送大手エンタープライズ・プロダクツ・パートナーズ、エナジー・トランスファーの石油化学原料のエタン、ブタンを、BISへのライセンスの申請を要する対象に追加 エタン、ブタン(ただし、後にブタンは対象から除外) 2025年7月1日付ビジネス短信参照

注:BISは、AI拡散規則の撤回を官報で正式に公示し、代替規則を公表する意向を表明しているが、2025年7月末時点で、ジェトロはそれらの公示や公表を確認できていない。
出所:BIS発表、米国メディア報道を基にジェトロ作成

厳格化の手段は3通り

厳格化に向けた措置は主に3つの手段で実施されている。すなわち、(1)エンティティー・リスト(EL)の拡大を通じて外国の個別企業を輸出管理対象に追加、(2)「レター」の送付を通じて個別製品を輸出管理対象に追加、または輸出許可(ライセンス)を停止、(3)個別製品に関するガイダンスの公表を通じて企業に取引自粛を促す。これらの手段は、新たな規制を設けるといった対応ではなく、既存の輸出管理規則(EAR)の範囲内で、企業や製品ごとにケースバイケースで実施されている。

厳格化の手段1:EL拡大

米国商務省産業安全保障局(BIS)は2025年3月に、中国やイランなど6カ国・地域の82事業体をEAR上のELに追加・修正した。82事業体のうち、53事業体が中国の事業体だった。ELは、米国の国家安全保障または外交政策上の利益に反する行為に携わっている、またはその恐れがあると米国政府が判断した団体や個人を掲載したリストで、それらに輸出などを行う場合には、BISへのライセンスの申請が必要となる。ただし、BISはライセンスの申請に対して、不許可や原則不許可の審査方針を取る場合も多く、その場合には実質的に輸出が禁止される。

外国事業体をELに追加する措置自体は、第1次トランプ政権やバイデン前政権下でも随時実施されてきたが、第2次トランプ政権がより積極的に追加の措置を講じる可能性がある。首都ワシントンの弁護士事務所の輸出管理の専門家(元商務省職員)は、ジェトロのヒアリング(2025年5月)に対し、「EARの規則を改正することは、パブリックコメントの募集や精査のプロセスに時間を要することに加えて、技術的知見や省庁間連携などの専門的経験を有する人材が必要になるために比較的困難だが、輸出管理の厳格化を図る分野に関与する外国事業体をELに追加することは比較的簡単だ。トランプ政権が輸出管理の厳格化に向けて必要な措置を講じようと考えた時、おそらく外国事業体をELに次々と追加する手法が採用されることになるだろう」との見通しを述べた。

さらに、EL掲載事業体の子会社、親会社、関連会社に対して、EAR適用範囲が拡大する可能性もある。現在のEARでは、EL掲載事業体と、その子会社などは法的に独立した別個の存在として、後者にはBISへのライセンスの申請要件が適用されない(注1)。トランプ政権で商務省次官補に指名されているランドン・ハイド氏は2025年4月の連邦議会上院の人事公聴会で、EL掲載事業体の子会社などにEARの適用範囲を拡大する必要性を主張し、「これは比較的迅速に実施可能な修正だ」などと述べた(注2)。また、商務省のジェフリー・ケスラー次官(産業安全保障担当)は2025年6月に下院の予算公聴会で、「ELや軍事エンドユーザーリスト(MEUリスト)が掲載事業体のみを対象としていることは問題だ」「規制回避を容易にする抜け穴が生じている」などと述べ、規則改正への意欲をにじませていた(2025年6月17日付ビジネス短信参照)。

厳格化の手段2:レター通告による個別措置

バイデン前政権が講じた輸出管理措置は、主にEARを改正するもので、BISが暫定最終規則(IFR)を発表し、パブリックコメントを通じた産業界などからの意見聴取を踏まえて、最終規則(FR)を策定するプロセスを経ていた。このため、BISのウェブサイトや連邦官報を確認すれば、措置の動向を適時に把握することができた。しかし、トランプ政権発足以降は、EL追加のFRの発表や、ファーウェイ製AI半導体に関するガイダンスの公表などの事例を除いて、ジェトロは特定の企業や製品に対する輸出管理措置に関する当局の発表は確認できていない。

BISは特定の製品や技術の取引について、国家安全保障または外交政策上の懸念があると判断した場合に、輸出などを行う企業にライセンスの申請を要することなどについて、書簡(レター)の送付を通じて通知する権限を有する(注3)。このレターを用いた措置の場合、個別の対応として、BISのプレスリリースや官報の公示は行われない。実際に、AI半導体やエタンを輸出管理対象に追加した事例や、航空機部品や半導体関連ソフトウエアのライセンスを停止した事例は、既存の規制の範囲でBISがケースバイケースで判断し、企業に通知したものと推定される。

レターを用いた措置はEARの制度自体を改正するものではないが、トランプ政権が「ディール」に向けた交渉の状況に応じて、特定の企業や製品の輸出管理を厳格化したり、あるいはライセンスの申請を許可したりするなど、柔軟な調整が可能になるという点で、交渉手段の1つになる。ロンドンでの米中通商協議では、米国は中国の重要鉱物の輸出管理の緩和を踏まえて、半導体、航空機部品、半導体関連ソフトウエア、エタンの対中輸出管理を緩和する枠組みに合意したとされる(2025年6月13日付ビジネス短信参照)。ただし、その実態は、米国政府が輸出管理の制度自体を根底から緩和するのではなく、レターを通じて厳格化した個別の措置を局所的に緩和するような対応になるだろう。

実際に、エヌビディアとAMDは2025年7月に、レターを通じて輸出管理が厳格化されていた製品について、ライセンスが承認される見込みだと明らかにした。これについて、ラトニック商務長官は、エヌビディアのライセンスの承認見込みの製品は同社製品群の中で4番目に優れた性能を持つ製品だと述べた上で、「われわれは、同社の最高の製品も、2番目に優れた製品も、3番目に優れた製品も販売しない」と述べ、先端半導体に関する厳格な対中輸出管理の政策方針に変化がないことを強調している(2025年7月18日付ビジネス短信参照)。

厳格化の手段3:ガイダンス公表を通じた注意喚起

BISは2025年5月に、ファーウェイ製AI半導体の使用がEARの「一般禁止事項10」(後述)に抵触するリスクに関する注意喚起など3本のガイダンスを公表した(表3参照)。

表3:2025年5月のBIS公表のガイダンスの内容
タイトル 内容
一般禁止事項10の中国の先端コンピューティング集積回路(IC)への適用に関するガイダンス ファーウェイ製のAI半導体「Ascend 910B」「Ascend 910C」「Ascend 910D」がEARに違反して開発・製造された可能性が高いとBISが判断し、これらの中国の先端コンピューティングICの使用も、一般禁止事項10に基づき、EARに違反するリスクがあると注意喚起。BISは、同ガイダンスにおける一般禁止事項10の適用を推定する製品のリストを適宜更新する。
AIモデルのトレーニングに使用される先端コンピューティングICなどの製品の輸出管理に関する政策声明 AIモデルのトレーニングに用いられる先端コンピューティングICなど製品〔輸出管理分類番号(ECCN)3A090.a、4A090.a、1桁目が3~5の.zの製品〕が、マカオまたは中国を含む武器禁輸国(カントリー・グループ「D:5」)の軍事・諜報活動や大量破壊兵器の最終用途(エンドユース)に使用される可能性があるとBISが判断し、これらの製品の輸出などがBISへのライセンスの申請を要する場合があると周知。
先端コンピューティングICの不正転用防止に関する業界向けガイダンス 先端コンピューティングICなどの製品の軍事・諜報活動や大量破壊兵器のエンドユースへの不正転用防止に向けた、危険信号(レッドフラッグ)、デューディリジェンス(DD)、DDベストプラクティス事例を列挙。例えば、米国が先端半導体の輸出管理を厳格化した2022年10月以前に輸出実績のない顧客はレッドフラッグとして、企業の設立年月を確認するDDを実施することなど。

出所:BIS公表ガイダンスを基にジェトロ作成

首都ワシントンの業界団体の輸出管理の専門家(元BIS職員)は、ジェトロのヒアリング(2025年6月)に対し、「これらはガイダンスにすぎず、明確な法律や規制ではないため、非常に厄介だ」「ガイダンスに従わなければならないと明示されていないことから、企業に対応の判断の混乱を招いている」と米国企業の受け止め方を説明した。

ただし、表3中に記載の一般禁止事項10は、EAR違反が生じたことや生じることを「知りながら」輸出などを行うことを禁止する。EAR違反の状況が生じたことや生じることを積極的に知っている場合のみならず、EAR違反の状況が生じる高い蓋然(がいぜん)性を認識している場合にも、その状況について「知っている」と見なされる(注4)。そのため、同専門家は「ガイダンスは法的拘束力を持たず、ライセンスの申請は必要ないなどと企業が判断したとしても、一般禁止事項10はEAR違反の可能性を認知していながら取引しないよう確認する義務を課し、ガイダンスはその知識を通知するものだ。EAR違反が判明した場合には弁解できない」と指摘した。同時に、バイデン政権が実施したような規則改正のプロセスは時間を要するものだったとした上で、「規則改正の準備ができていない場合でも、企業にリスクがあることを認識させたい場合や、企業にコンプライアンスの取り組みの準備を促したい場合に、ガイダンスを公表することがある」と述べ、将来的な規則改正に向けた準備段階にある可能性も示唆した。

ここまで、トランプ政権発足後6カ月間の輸出管理の厳格化に向けた措置を振り返った。本稿後編では、輸出管理の簡素化に向けた措置を振り返るとともに、今後の措置を展望する。


注1:
ただし、その子会社などがEL掲載事業体のエージェント企業、フロント企業、ペーパー企業としてEL掲載事業体の取引を支援する場合、EARの一般禁止事項10などに基づき、EARに違反する可能性がある。
注2:
“BIS Nominee Breezes Through Nomination Hearing”, Washington Tariff and Trade Letter, April 11, 2025.
注3:
BISは2024年7月に公表したガイダンスで、サプライヤーリストレター、プロジェクト・ガーディアン・リクエスト、レッドフラッグレター、イズインフォームドレターの4種類のレターを通じて企業に個別に通知する制度を説明している(2024年7月11日付ビジネス短信参照)。トランプ政権発足後の措置は、主にイズインフォームドレターを通じた措置とみられる。イズインフォームドレターは、特定の製品や技術が特定の事業体や仕向地などに輸出などされる場合に、ライセンスの申請を要することを、取引を行う企業に個別に通知するもので、企業が通知で対象とされる取引を必要なライセンスの申請なしに実施した場合、EAR違反となる。
注4:
「知っている」(know、knowledge)の用語の定義はEAR第772条参照。

トランプ米政権の輸出管理政策

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(後編)部分的に簡素化の考えも

執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所〔戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員〕
葛西 泰介(かっさい たいすけ)
2017年、ジェトロ入構。対日投資部、ジェトロ北九州事務所、調査部米州課を経て、2024年2月から現職。