部分的に簡素化の考えも
トランプ米政権の輸出管理政策(後編)

2025年8月6日

米国のトランプ政権の輸出管理の原則は、「厳格化と簡素化による効果的な実行」だ。このうち、厳格化に向けては、バイデン前政権下でみられた輸出管理規則(EAR)の制度改正から、レター送付を通じた企業への個別通知や、製品ごとのガイダンスの公表など、ケースバイケースの対応に手法を移行している(本稿前編「トランプ米政権の輸出管理政策(前編)厳格化の方向性は変わらず」参照)。本稿では、政権発足後6カ月間の簡素化に向けた措置を振り返るとともに、効果的な実行に向けた今後の措置を展望する。

簡素化の手段は既存の規則修正

輸出管理の簡素化については、複雑化した規則の修正が挙げられる。バイデン前政権は、先端半導体などの重要技術に対象を限定して厳格に保護する「小さい庭に高い壁(small yard, high fence)」のアプローチで、輸出管理の厳格化を図った。2022年10月に、先端半導体、半導体設計ソフトウエア、半導体製造装置などを輸出管理の対象に追加するとともに、米国人が中国国内の先端半導体の開発や製造に関与することなどを禁止した。その後、人工知能(AI)拡散規則を含めて、複数回にわたって同措置を拡大した(注1)。これらは、中国による先端半導体の取得や生産を制限、または遅延させるための国家安全保障、経済安全保障上の必要な措置と位置付けられたが、半導体業界団体からは、産業や経済への影響を懸念する声が上がったほか、首都ワシントンのシンクタンクからは、中国の国内投資の強化、技術の急速な進展、米国企業と他国企業の輸出管理のコンプライアンスの取り組みの不一致などを理由に、「小さい庭に高い壁」のアプローチの実態について、「庭の範囲は拡大し、壁は穴だらけ」との批判もあった(注2)。

トランプ政権は2025年5月、AI半導体の輸出管理に関する暫定最終規則(AI拡散規則)の撤回と代替規則を発表する意向を表明した(注3)。これには、既存の輸出管理制度の簡素化の考えがあったとみられる。AI拡散規則は、先端コンピューティングICを輸出管理の対象に追加するとともに、これら製品を米国と同様の輸出管理を実施している日本など18カ国・地域に輸出などする場合は、ライセンスの申請を不要としつつ、それ以外の国・地域に輸出などする場合は、ライセンスの申請を要求することなどを規定した。BISは撤回意向の表明に際して、「(AI拡散規則は)米国のイノベーションを阻害し、企業に過度の規制負担を課すものだった」などと説明している。さらに、商務省のジェフリー・ケスラー次官(産業安全保障担当)は2025年6月の下院の予算公聴会で「(AI拡散規則は)過度な規則だった」「一部の国を優遇し、他国を不遇する恣意的な区別を設けるものだった」などと証言していた(2025年6月17日付ビジネス短信参照)。

効果的な実行に向け、同盟国に足並み合わせるよう求める動きも

輸出管理を効果的に実行するためには、複数国で同様の規制を敷くことが重要となる。「米国第一の通商政策」に関する覚書を受けて作成された報告書では、外国による米国の輸出管理のコンプライアンスの促進に向けた執行メカニズムを検討することも盛り込まれていた。報告書の要約では、これに対応する措置の記載は見当たらないものの、政権高官の発言からは、同盟国やパートナー国に所在する企業が米国の輸出管理に歩調を合わせるためのレバレッジとして、EARの外国直接製品ルール(FDPR)を積極活用しようとする考えがうかがえる。

FDPRは、特定の米国製の技術・ソフトウエアを用いて外国で生産された製品に対して、輸出などにライセンスの申請を求めるEARの域外適用の規則だ(注4)。該当製品の生産に関与する外国企業は、製品の製造装置や設計ソフトウエアにさかのぼって、BIS指定の米国製の技術・ソフトウエアが用いられていないかを確認する必要に迫られる。ケスラー次官は前述の公聴会で、日本とオランダの半導体製造装置の輸出管理措置を挙げ、「米国の措置との一致を図る進展はあったが、不完全で、重要な部分は不十分だ」「米国と同盟国やパートナー国の構築した輸出管理のシステムは、敵対勢力が先端技術を入手するための代替経路を探すよう促している」と問題視し、「特に半導体分野で、米国はFDPRを積極活用する裁量が十分ある」との認識を示している。

民主党議員は一部反発も、厳格化の方向性は変わらず

トランプ政権の輸出管理の簡素化の措置に関しては、ともすれば、厳格化と矛盾する措置だとして、民主党議員からの反発もある。下院の中国特別委員会で少数党筆頭委員を務めるラジャ・クリシュナムルティ議員(民主党、イリノイ州)は2025年5月に、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)とのAI半導体の販売合意(2025年5月30日付ビジネス短信参照)に関して、輸出管理の観点で「特別委は、特にAIと・半導体技術が第三国や仲介国を通じて中国の手に渡るリスクに繰り返し懸念を表明してきた」「このような合意は米国の先端技術を中国に流出させる可能性がある」などと批判する声明を発表した(中国特別委員会プレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

議会は現在、上下両院で共和党が多数派を占めることから、こうしたトランプ政権の輸出管理政策に対する議会の反発の動きは小さくとどまる。しかし、2026年の中間選挙(上院100議席のうち35議席改選、下院全435議席の改選)で、民主党が上院または下院のいずれかの多数派を奪還するような場合には、民主党議員が委員長を務める各委員会が商務省の高官を召喚して輸出管理の措置を問いただすような公聴会の開催や、法案提出などを通じて、政権の措置にブレーキをかけようとするだろう。

ただし、個別の措置に関して、民主・共和両党の意見の相違はあったとしても、輸出管理の執行強化の必要性は、超党派でコンセンサスがある。BISの2026年度予算案の増額で両党は一致している。前述のケスラー次官が証言した下院公聴会で、ビル・ホイジンガ議員(共和党、ミシガン州)は、BISの予算増額を「必要なステップだ」と述べたほか、シドニー・キャマラガー・ドーブ議員(民主党、カリフォルニア州)も、BISと議会との連携強化を促した上で、「予算増額を歓迎する」と述べている。なお、ケスラー次官は、増額分により、輸出管理違反に関与した個人の逮捕と起訴を担当する輸出執行特別捜査官を約200人採用、外国に配置する輸出管理官(ECO)を12人から30人に増員、BISの執行活動を支援する専門エンジニアなどを採用するなどと説明している。

政権と議会の両方で輸出管理政策の基本的な方向性に超党派の意見一致があることを踏まえれば、今後も実行手段に変化がみられたとしても、より厳格な措置が講じられていくことは変わらないだろう。日本企業にとっては、前述のとおり、FDPRなどに基づき、米国製の技術・ソフトウエアを用いた外国製品や、米国製品を一定割合以上組み込んだ外国製品の取引は、米国の輸出管理の対象となり、日本国内の取引でも域外適用され得ることに注意が必要だ。また、規制対象品目リスト、エンドユーザー、エンドユース、仕向け国などの確認プロセスの確立など、米国のEAR順守の体制を整えることが引き続き重要になる(注5)。


注1:
2022年10月11日付ビジネス短信2023年10月18日付ビジネス短信2024年4月8日付ビジネス短信2024年12月3日付ビジネス短信2025年1月14日付ビジネス短信参照。
注2:
Sujai Shivakumar, Charles Wessner, and Thomas Howell, “Balancing the Ledger: Export Controls on U.S. Chip Technology to China”, Center for Strategic and International Studies(CSIS), February 21, 2024、(2024年2月26日付ビジネス短信参照)。
注3:
BISは、AI拡散規則の撤回を官報で正式に公示し、代替規則を公表する意向を表明しているが、2025年6月末時点で、ジェトロはそれらの公示や公表を確認できていない。
注4:
BISは2020年5月、ファーウェイに対してFDPRを導入した(2020年5月19日付ビジネス短信参照)。FDPRの導入背景や活用経緯は、2024年1月15日付地域・分析レポート参照
注5:
EARを含む米国の輸出管理の概要は、ジェトロ調査レポート「米国の経済安全保障に関する措置への実務的対応「安全保障貿易管理」早わかりガイドPDFファイル(3.3MB)を参照。

トランプ米政権の輸出管理政策

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(前編)厳格化の方向性は変わらず

執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所〔戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員〕
葛西 泰介(かっさい たいすけ)
2017年、ジェトロ入構。対日投資部、ジェトロ北九州事務所、調査部米州課を経て、2024年2月から現職。