【コラム】ホーチミン市、「ロックダウン」でもデルタ株の収束見えず
新型コロナ禍の現状を駐在員視点で読み解く(3)

2021年9月6日

「ホーチミン市では、1カ月以上もロックダウンしているのに、なぜ感染者が減らないのか」。最近、このような声を周りでよく聞く。4月27日から始まったベトナムの感染第4波によって、ホーチミン市では5月27日以降、連日、2桁の新規感染者が見られた。これに対応し5月31日から、不要不急の外出制限など社会隔離措置を開始。6月中旬までは、1日の新規感染者数を2桁台に抑制された。しかし、6月17日に1日の新規感染者が初めて100人を超えると、7月9日には1,000人を超えた。

厳しいロックダウンにもかかわらず減らない感染者

新規感染者の急増を受け、ホーチミン市は7月9日から、首相指示16号に沿った厳格な社会隔離措置を市内全域で実施した。これが、当地で「ロックダウン」と通称される措置だ。全ての者を対象として、外出できるのは真に必要な場合だけ。すなわち、基本的に自宅・居住先にとどまるよう要求される。真に必要な場合としては、「食料、食品、薬品およびその他の必要不可欠な商品・サービスの購入」などが列挙されている。「真に必要な場合」に該当せずに外出する者には、行政処罰として100万ドンから300万ドン(約4,800円から約1万4,400円、1ドン=約0.0048円)の罰金が課される。

同措置は厳しく運用された。公園で体操していた者や友人にお金を借りに来た者が公安(警察)から職務質問を受け、罰金を科された、との報道もある。駐在員の間でも、「『自分は食品の購入のために外出している』と公安が一目で分かるよう、買い物袋を抱えて歩かないといけない」という会話が交わされていた。


食料品以外のサービスの営業停止に伴い日系店舗も閉店(ジェトロ撮影)

しかし、7月24日には感染者が5,000人を突破。26日からは、午後6時以降、翌日の午前6時まで外出禁止とするとともに、生活必需品の購入であっても、家庭ごとに配付される「買い物券」に記載された日(例:週2回)に制限するなど行動制限が厳しくなった。


居住区の人民委員会が配付した買い物券の例。
1世帯につき1人だけが外出可能で、買い物が
認められるのも週2日に限られた
(ジェトロ撮影)

感染地域以外でも鉄条バリケードが設置され、
地区の内外の移動を制限。バリケード越しに
商品の受け渡しが行われる(8月22日、ジェトロ撮影)

それでも新規感染者数は高止まりし、8月の1日あたりの新規感染者数は平均約4,000人に及んだ(図1参照)。その結果、8月23日から9月6日までの間、外出制限がいっそう厳格化された(2021年8月25日付ビジネス短信参照)。これに先立つ8月20日時点で、「今後、買い物のための外出も一切認められない」といううわさが広まり、市民が買いだめに殺到。スーパーマーケット、コンビニエンスストアなどの生鮮食料品の陳列棚から、商品がなくなってしまった。

実は、5月末以降、ホーチミン市当局が外出に関する規制を強化するとのうわさが流れるたびに、「市当局がフェイクニュースとして否定→にもかかわらず一部消費者がスーパーなどへ殺到→その後、実際に規制が強化」ということが何度か繰り返されていた。市当局が携帯電話宛てにSMS(ショートメッセージ)で買いだめをしないよう注意喚起しても、もはや止められない状態に至っている。

図1:ベトナムの新規感染者数の推移
2021年5月5日~8月26日の期間において、ベトナムの新規感染者数が6月末から右肩上がりで増加し始め、7月末までに8,000人台に達し、8月中旬に1万人を超えたことが確認できる。 ホーチミン市は、7月末の6,000人台を頂点として増加傾向は止まったが、その後も4,000人前後で推移している。

出所:保健省サイトなどを基にジェトロ作成(8月26日時点)


日系コンビニの野菜など生鮮品陳列棚は売り切れ(8月22日、ジェトロ撮影)

8月23日からは、「誰もがそこから動かない」というスローガンの下、外出が禁止された。食料品調達は、各地区単位の対応に委ねられた。地区ごとに、軍が物資調達・配給する、市内の特別対策チーム(婦人団体など)が共同購入の注文を受け付け、配達する、など対応が分かれる。いずれにせよ、共同購入の注文が週1回に限定されるなど心細い状況だ。

ちなみに、日本人などが暮らす集合住宅には、併設のスーパー・コンビニが開店していることもある。こうした場合、利用できるのは居住者に限られる。


地区内の共同購入の注文様式(ホーチミン市タオディエン地区の例)。
末尾に「15品目まで、1世帯につき週1回利用可能」と記載がある(8月27日、ジェトロ撮影)

感染が拡大し、死者数も増加

ベトナムでは、5月14日までの死者の合計が35人(それまで254日間は死者がゼロ)で、死者数が極めて少ないことが特徴だった。しかし、デルタ株の感染拡大で一変した。ベトナムの死者数は8月26日までに累計9,667人。8月のホーチミン市に限ると、1日あたりの死者数が平均約260人に上る(図2参照)。

図2:ベトナムの新型コロナ死亡者数の推移(2021年8月)
2021年8月1日~8月26日の期間において、ベトナムの死亡者数が概ね300人~400人の範囲で推移していることが確認できる。 ホーチミン市は概ね200人~300人の範囲で推移しており、全体の中で高い比率を占めている。

注:8月1日と21日は、死亡者数の発表がなかったため未計上。
出所:保健省サイトなどを基にジェトロ作成(8月26日時点)

ベトナム保健省は、集中治療室(ICU)や体外式膜型人工肺(ECMO)によって治療を受けている患者数を掲載するようになった(注)。掲載初期の7月19日には、ICUは118人、ECMOは18人だった。対して8月25日には、ICUは765人、ECMOは29人。約1カ月で重症者数が急増したことが分かる。なお、この数字はベトナム全体のものだ。もっとも、死者が多いのはホーチミン市なので、主にその状況が反映されていると考えられる。

ベトナムでは、第3波までは隔離の徹底が機能していた。しかし、ホーチミン市では、感染者の急増により、通常の医療体制の処理能力を超えてしまった。その結果、第3波までにはなかった対応をせざるを得なくなった。以前は感染者(F0)の濃厚接触者(F1)は厳格に隔離されていた。しかし、まず濃厚接触者の隔離場所の確保が困難になった。ベトナムの感染状況の悪化を踏まえ、在ホーチミン日本総領事館は在留邦人に対し、7月16日、24日、29日の3度にわたり、医療体制の逼迫が懸念されると注意喚起を発した。無症状または軽症の感染者が仮設の病院(当地では「野戦病院」と呼ばれる)で隔離される例や、さらに症状のある感染者が自宅での数日間の待機を余儀なくされる例が出てきた。

米国の疾病予防管理センター(CDC)によるベトナムへの渡航警告は、元々4段階のうち1番低いLevel 1(Low)だった。これが8月上旬に、Level 2(Medium)、Level 3(High)へと順次引き上げられた。

ホーチミン市の感染状況は、他国の感染最悪時と類似

筆者が本コラムの連載を開始した時には、ベトナムの感染抑制状況をワクチン接種が進む国と比較して論考した(2021年6月28日付地域・分析レポート参照)。しかし、今や、感染状況が悪化した国と比較せざるを得なくなった。人口100万人当たりに換算して比較した場合、ベトナムの死者は、インドでデルタ株の流行により感染が拡大していた本年5月ごろに匹敵する。また、ホーチミン市の新規感染者数は、ニューヨーク市で昨年4月ごろに感染が拡大していた当時に匹敵する規模だ(表参照)。

表:感染流行期の比較(1日当たり平均数、人口100万人当たりに換算)
項目 ベトナム(ホーチミン市)
(2021年8月)
ベトナム(全国)
(2021年8月)
インド
(2021年5月)
ニューヨーク市
(2020年4月)
新規感染者 約444人 約96人 約211人 約437人
死亡者 約29人 約3.3人 約2.8人 約51人

出所:「Our World in Data」、保健省およびニューヨーク市のデータを基にジェトロ作成(8月26日時点)

ニューヨーク市(約834万人)とホーチミン市(約899万人)は、人口規模が類似する。2020年4月にはニューヨーク市で1日平均約3,600人の新規感染者、約420人の死者が発生していたことが頻繁に報道されていた(図3、図4参照)。本年8月のホーチミン市では、前述のとおり1日平均約4,000人の新規感染者、約260人の死者が発生している。

図3:ニューヨーク市の新規感染者数の推移
2020年2月29日~2021年8月21日の期間における新規感染者数について、2020年4月、2021年1月、2021年8月の時期を頂点とした3つの山が確認できる。 それぞれの山の最高値は、1つ目が6,000人~7,000人の範囲、2つ目も6,000人~7,000人の範囲、3つ目が1,000人~2,000人の範囲となっている。

出所:「NYC OpenData」などを基にジェトロ作成(8月21日時点)

図4:ニューヨーク市の新型コロナ死亡者数の推移
2020年2月29日~2021年8月21日の期間における死亡者数について、2020年4月、2021年2月の時期を頂点とした2つの山が確認できる。 それぞれの山の最高値は、1つ目が500人~600人の範囲、2つ目が0人~100人の範囲となっている。

出所:「NYC OpenData」などを基にジェトロ作成(8月21日時点)

経路不明の市中感染が増加

ベトナムでは従来、感染者の隔離、濃厚接触者の特定・隔離、流行地区の封鎖などにより流行を抑えてきた。8月上旬時点では、感染の約8割が隔離地区や封鎖地区で発生し、残り約2割が陰性証明取得目的など病院でのスクリーニング検査で発生していた。封鎖地区内で感染が継続・拡大することは問題含みにしても、感染経路が不明な市中感染を一定程度に抑えることはできていたことになる。

しかし、8月下旬には、隔離地区や封鎖地区の感染は約20%で、感染経路不明の市中感染が約50%に増えた。封じ込めができていないことが露呈してしまったかたちだ(図5参照)。この点、ホーチミン市は、(1)市民が積極的に検査を受けていることと、(2)行動制限が十分に守られていないこと、を理由として挙げた(「ベトナム国営テレビニュース」8月20日)。

図5:ホーチミン市の新規感染者の場所類型別の内訳(2021年8月)
2021年8月1日~8月26日の期間において、8月上旬時点では隔離対象・封鎖エリアでの感染が約80%、病院(スクリーニング検査)が約20%、その他市中感染が1%未満だったが、隔離対象・封鎖エリアの割合が減少する一方で、その他市中感染の割合が増加していることが確認できる。 8月中旬に割合が逆転し、8月下旬時点では、その他市中感染が約50%、病院(スクリーニング検査)が約30%、隔離対象・封鎖エリアが約20%となった。

出所:ホーチミン市保健局サイトからジェトロ作成(8月26日時点)

北部バクザン省では流行初期に迅速な検査を徹底し、デルタ株を収束

現在、感染が深刻なのはホーチミン市を中心とする南部だ。しかし、ベトナムで最初にデルタ株の感染が拡大したのは北部のバクザン省とバクニン省だった(2021年5月25日付ビジネス短信参照)。5月25日、国立衛生疫学研究所(NIHE)のレ・ティ・クイン・マイ博士がグエン・タイン・ロン保健相に対し、「ウイルスを実験室内で培養すると通常3、4日かかるが、デルタ変異株の場合、2日目には大規模に増殖する。このため、まだ確固たることは言えないが、今回は、早めに手を打たないと、手遅れになる恐れがある」と説明。翌26日、バクザン省ではNIHEの指導の下、以下のとおり抗原検査が実施された。スピード重視で、個人の感染の有無より感染流行地域の絞り込みが優先されたところに、その特徴がある。

  • 工場労働者を対象に現場で抗原検査を実施。PCR検査と比べ精度は低い(約70%)ものの、約15分で結果がでることが評価された。
  • 集団スクリーニングにより、個人ではなく集団の検体をまとめて検査。
  • 検査対象者が互いに検体を取得し合い、医療従事者の負担減少。

検査の徹底を軸に、工場内に宿泊施設を設けることなどによる社会への感染拡大防止、工場労働者へのワクチン接種など、対策が進められた(2021年6月1日付ビジネス短信参照)。この結果、7月19日以降は、新規感染者なしの日が連続するレベルまで抑え込むことに成功していた(図6参照)。8月20日に18人の感染が報告されるなど注意を要するが、デルタ株といえども、一度は科学的かつ実践的対策により制圧できたことはヒントになる。

図6:バクザン省の新規感染者数の推移
2021年5月5日~8月26日の期間において、5月中旬から6月中旬にかけて新規感染者が多く発生。概ね100人~200人の範囲で推移し、最高値は300人を超えたが、6月下旬から減少に転じ、7月以降はほとんど新規感染者が発生していないことが確認できる。

注:5月25日の実績は、3日間の簡易検査を事後的に計上したもの。
出所:保健省サイトなどを基にジェトロ作成(8月26日時点)

感染収束に向け、人事もテコ入れ

バクザン省と同様の対策は、ホーチミン市でも試みられた。特に集団検査は、6月26日から7月5日までの間に500万人検査という目標が掲げられ、筆者も居住地域当局の指示で集団検査を受けた。集団をスクリーニングし、感染を特定し、市中感染の発生を未然に防ぐという目的自体は間違っていないと考えられる。しかし、バクザン省より1カ月遅れての実施で、もっと早い時期に、迅速かつ徹底して実施されていれば、結果が異なった可能性もある。結局は不十分で、感染抑制にはつながらなかった。

ベトナム政府は8月25日、新型コロナウイルス感染症防止国家指導委員会の委員長をブー・ドク・ダム副首相からファム・ミン・チン首相に格上げした。また、ホーチミン市では24日に、人民委員長(行政トップ)がグエン・タイン・フォン氏からファン・バン・マイ氏に交代するとともに、25日には市の保健局長も交代した。ベトナム政府は、9月15日までにホーチミン市の感染収束を目指すこととしている(2021年8月18日付ビジネス短信参照)。目標実現に向け、人事面のテコ入れを図ったと言えそうだ。

チン首相は、委員長就任に先立つ8月22日、ホーチミン全市民を検査するとともに、当市でのワクチン接種を優先するよう指示している。ホーチミンほどの大都市で感染が広がってしまった後に、検査により地域ごとの感染リスクの高低の洗い出しが実効性を伴ってできるのか、注視したい。

ワクチンについては、ベトナムでは、1回目の接種を終えた人が17%、2回目の接種を終えた人が2.3%と低い(保健省サイト8月27日)。感染状況が悪化した当市には、ワクチンが優先的に配分されている。市の発表によると、1回目の接種を終えたのは18歳以上人口の76%、2回目の接種については3.1%だ(「トイチェ」紙8月25日)。

なお、当地では、1回目の接種を受けたとしても、2回目の接種時期を確定することができない。1回目と2回目の接種日をセットであらかじめ設定する日本とは、大いに異なる。この点、ワクチン外交を通じて、ワクチンが計画的に供給されるかどうかが注目される。

これまでベトナムでの感染対策は、地域の感染者をゼロにすることに主眼が置かれてきた。大都市ホーチミン市での感染拡大を契機に、ウィズコロナへ転換するのか、それともゼロコロナを継続するのか、岐路に立たされている。


注:
8月26日以降は、重症者に関する掲載情報が変更された。この結果、ICUでの治療者数が不明になっている。ECMOについては同様の情報を掲載している。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所 所長
比良井 慎司(ひらい しんじ)
1996年、経済産業省入省、ジェトロ・シンガポール事務所勤務(2006~2009年)、在トルコ日本大使館勤務(2011~2015年)、経済産業省資金協力課長(2015~2017年)。2019年より現職。専門はアジアを中心とした国際開発。