【コラム】第4波のベトナムで何が起こっているのか
新型コロナ禍の現状を駐在員視点で読み解く(1)
2021年6月28日
ベトナムでは、4月下旬以降の変異株の出現などにより、新型コロナウイルスの市中感染が継続している。ホーチミン市をはじめ一部の地方では、真に必要でない場合は外出を控えるなど社会隔離が行われる状況だ。新型コロナウイルスについては、時々刻々と感染状況が変わり、それに応じて政府が次々と迅速に対策を打ち出す。国内に駐在していても、特に感染の拡大局面においては実態を把握することは難しいのが実情だ。
本稿では、6月中旬時点での現状について、ホーチミン市に駐在する者の視点で述べる。
ワクチン接種率の低いベトナム、日本からのワクチン供与に感謝
ベトナムの新型コロナウイルスのワクチンの接種率は、人口比で換算すると1%程度にとどまる。これは、ASEAN10カ国で最も低い水準だ(表1参照)。6月15日に日本政府が供与を決定したワクチン約100万回分は、16日にハノイに到着(2021年6月18日付ビジネス短信参照)。保健省は17日、そのうち約84万回分をホーチミン市に割り当てることを決定した。折しも、17日のベトナムの市中感染者は1日503人と過去最多、特にホーチミン市では120人になるなど、市中感染の拡大が懸念されるタイミングだった。このため、日本からのワクチンは、供与決定の段階からベトナムメディアでも大きく取り上げられている。6月15日には、ファム・ミン・チン首相から日本からのワクチン供与に謝意が述べられた。また、在越日本商工会議所など日系企業からのワクチン基金への支援についても、感謝が表明された。
国名 | 人口に占めるワクチン接種者の割合 | 人口に占める接種完了者の割合 |
---|---|---|
ベトナム | 1.6 | 0.1 |
ミャンマー | 3.3 | 2.3 |
フィリピン | 4.6 | 1.7 |
タイ | 7.1 | 2.6 |
インドネシア | 7.6 | 4.3 |
ラオス | 9.9 | 5.6 |
マレーシア | 10.6 | 4.5 |
ブルネイ | 11.9 | 2.7 |
カンボジア | 18.4 | 15.5 |
シンガポール | 46.2 | 34.0 |
注:ブルネイ、シンガポールは6月14日、フィリピンは6月13日、ミャンマーは5月13日時点の数値。
出所:Our World in Data(6月15日時点)
いまや第4波の渦中に
ベトナムでは、4月下旬から新型コロナウイルスの市中感染が続いている。4月27日から6月17日までの感染者数は9,379人だった。第4波では、第1~3波の合計の3倍に迫り、1日の感染者数が500人を初めて超えるなど、様相が大きく異なる(図1、表2参照)。
第1波では、全国で社会隔離が導入された。第2波以降は、社会隔離の対象は感染地域に限定されている。また、感染者が発生した場合、政府は、感染者(F0)の行動履歴を公表し、濃厚接触者(F1)と濃厚接触者の接触者(F2)を追跡するコンタクト・トレーシング(接触歴追跡)を実施。F1については集中隔離、F2は自宅隔離など隔離による管理により、感染拡大の封じ込めに成功してきた。
従来、感染者が発生した場合、政府は、当該感染者が既にF1として分類されていた者であるかどうかも併せて公表する。そのため、報道を見た国民は感染対策(5K、注1)を前提に通常の暮らしを営むことができた。第4波でも、感染者の多くはF1の範囲で発生している。しかし特にホーチミン市では、感染経路が不明な市中感染者が1日数人規模で発生。それが、今なお継続している。5K対策だけでは、必ずしも安心できない状況だ。

出所:「Our World in Data」からジェトロ作成(6月15日時点)
項目 | 市中感染数 |
海外からの 入国者の感染数 |
感染者数 (合計) |
---|---|---|---|
第1波 (2020年1月23日~7月24日) |
106 | 309 | 415 |
第2波 (2020年7月25日~2021年1月27日) |
554 | 582 | 1,136 |
第3波 (2021年1月28日~4月26日) |
910 | 391 | 1,301 |
第4波 (2021年4月27日~6月18日時点) |
8,994 | 385 | 9,379 |
出所:保健省機関紙「健康と生活」からジェトロ作成
第4波では、3種類の変異株が検出されている。その中で特に警戒されているのが、デルタ(インド)型変異株だ。5月28日には、ベトナム政府がデルタ株およびアルファ(英国)型変異株の両方の特徴を持つ変異株を公表(注2)。これを踏まえ、デルタ株への対処として日本が水際対策を強化し、ベトナムからの入国者の待機期間を3日から6日間に延長したことが大きく報道された。当地でも、「日本の本社や家族から、『ベトナムの感染拡大や変異株の流行に関する報道を見た』と安否を気遣う知らせを受け取った」との声を聞いた。
依然、感染リスクが低く、死者数も少ない
確かに、ベトナムでは新型コロナ感染者数が増加し、かつワクチン接種が遅れている。それでも、6月中旬時点では、他の国と比べ感染リスクは相対的に低い。米国の疾病対策予防センター(CDC)が規定する新型コロナ関連リスク4段階の中で、ベトナムは変異株の発生などが報じられた後も、最もリスクの低いLevel 1だ(注3)。ちなみに日本は、Level 3に分類されている。
ベトナムの新型コロナウイルスによる死者数は、累計61人(6月15日時点)だ。オックスフォード大学などが運営する「Our World in Data」を用いて、人口100万人当たりの死者数を単純に比べると、ベトナム(0.63人)は、世界で3番目に新型コロナウイルスによる死者数が少ない〔タンザニア(0.35人)、ラオス(0.41人)に次ぐ〕。なお、タンザニアについては2020年5月8日以来データが更新されず、米国CDCは危険度を「不明(Unknown)」と分類し、渡航中止を勧告している。ちなみに、ラオスには、CDCの分類ではベトナムと同様にLevel 1が適用されている。ベトナムの死者数は、第4波の渦中にあっても世界で2番目に少ない水準としても過言ではない。
一層の経済活動正常化に向け、ワクチン接種が急務
ベトナム政府は、財政支出に加えて国民から寄付金を募り、ワクチン基金を創設。ワクチン接種を推進している(2021年6月11日付ビジネス短信参照)。簡単に言えば、接種について先進国へのキャッチアップするのが狙いだ。米国では、ワクチン接種により、集団免疫の獲得を進めてきた。その結果、経済活動を再開するなど明るいニュースがある。その一方で、新型コロナウイルス発生以来これまでに59万人(人口100万人当たり1,814人)を超える尊い命の犠牲があった。接種率世界トップのイスラエルの死者数は6,000人超だ。100万人当たりでも約743人と、米国に比べ少ない。しかし、ベトナムの0.63人に比べると格段に多い。
もっともこれは、新型コロナウイルス発生以来、今日に至るまでの累積ベースでの比較だ。ベトナムの第4波が発生して以降の5月および6月の感染者数と死者数をワクチン接種率が高い国と比較してみよう。6月15日時点でワクチン接種が完了した割合が高いとされるのは、イスラエル、バーレーン、チリ、英国、米国だ。これら5カ国とベトナムを比較する(図2参照)。

出所:「Our World in Data」からジェトロ作成(6月15日時点)
まず、第4波の間も、ワクチン接種完了者の多い国以上に死者数を抑制できていることが分かる(図3参照)。
(単位:人)

出所:「Our World in Data」からジェトロ作成(6月15日時点)
1日当たりの感染者数についても、概ねワクチン接種完了者の多い国よりも抑制できている。6月に入ってからのイスラエルだけが、唯一の例外だ(表3参照)。
月 | ベトナム | イスラエル | バーレーン | チリ | 英国 | 米国 |
---|---|---|---|---|---|---|
5月 | 1.5 | 3.7 | 1205.7 | 314.0 | 33.7 | 89.3 |
6月 | 2.7 | 1.7 | 775.9 | 358.8 | 92.1 | 44.0 |
出所:Our World in Data(6月15日時点)
これらは、従来のコンタクト・トレーシングに加え、集団での簡易検査など変異ウイルスの伝播(でんぱ)の早さに何とか対応しているからだ。ただし、6月18日朝現在、17万人以上が隔離され、医療監視の対象となっている。感染が発生した地域では、工場の操業停止など影響が生じている。また、日系企業の駐在員の中には、身近で感染者が発生したため突然のように隔離対象となり、PCR検査を受けたという事例もある。
イスラエルやニューヨークでは、予防接種の進展によりマスク無しで生活を営む市民の姿が報道されている(イスラエルでの死者数および感染者数と接種完了率の関係は図4、図5参照)。ベトナムでもワクチン接種が進めば、人の移動や外国人の入国などを含めて、感染防止から経済成長へと軸足を移すことが一層期待できそうだ。ワクチン基金の創設式典でファム・ミン・チン首相が述べたとおり、「ワクチンは、新型コロナウイルスを根本的、長期的、戦略的かつ決定的に解決する手段」として期待される(注4)。

出所:「Our World in Data」からジェトロ作成(6月15日時点)

出所:「Our World in Data」からジェトロ作成(6月15日時点)
- 注1:
- 5Kとは、「マスク着用」「消毒」「距離の確保」「密集しない」「医療申告」。5対策それぞれの頭文字がベトナム語でいずれもKのため、こう称される。
- 注2:
- WHOベトナム代表は、当該変異株について「従来のデルタ型の派生で、アルファ型との混合ではない」との見解を示した。
- 注3:
- CDCは、海外渡航先の新型コロナウイルスに関するリスクを、Level 1~Level 4の4段階で分類している。その中でLevel 1は、最もリスクが低いとされる。
- 注4:
- 本稿中の分析は6月15日時点のデータに基づく。その後、イスラエルで6月21日に感染者数が100人を超えるなど、状況の変化があることに留意を要する。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ホーチミン事務所 所長
比良井 慎司(ひらい しんじ) - 1996年、経済産業省入省、ジェトロ・シンガポール事務所勤務(2006~2009年)、在トルコ日本大使館勤務(2011~2015年)、経済産業省資金協力課長(2015~2017年)。2019年より現職。専門はアジアを中心とした国際開発。