人権関連の法制化が進む一方で、順守体制に課題も(フランス)
「サプライチェーンと人権」に関する主要国の政策と執行状況(4)

2021年6月10日

近年、企業は利益の追求に加えて、環境保全や人権、社会への貢献など「企業の社会的責任(CSR)」が求められるようになってきた。フランスでは、企業倫理に関する法整備が進み、CSRについての情報開示を2001年の「新経済規制法」で規定。また、人権に関する注意義務(due diligence)を2017年の「親会社と発注企業の注意義務に関する法律(注意義務法)」で規定した。しかしこれらは、法令順守のチェック機能などに課題が残る。

「新経済規制法」から企業倫理の法制化進む

フランスでは、2001年に制定した「新経済規制法」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます第116条により、社会、環境(気候変動)、労働環境への取り組みなど、CSRに関する情報の年次報告書への記載を上場企業に義務付けた。2009年制定の「グルネル環境会議(注1)での提言実行に向けた行動計画法(グルネル第1法)」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます第53条で、これが持続可能な発展に対する取り組みに拡大。さらに、2010年制定の「環境国家契約法(グルネル第2法)」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます第225条で、持続可能な発展に係る事項を年次報告書に記載することを追加。2017年には「非財務情報開示に関する指令2014/95/EU」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます「7月19日付オルドナンス(注2)」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで国内法制化し、「2017年8月9日政令」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを発布している。同政令により、従業員500人以上で総資産が2,000万ユーロ以上または純売上高が4,000万ユーロ以上の上場企業と、従業員500人以上で総資産または純売上高が1億ユーロ以上の非上場企業は、非財務情報の開示が義務付けられた。2019年には「企業の成長と変革に関する法外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」により、企業の定款に存在意義を盛り込むことが可能になった。あわせて、企業目的に社会的・環境的問題の考慮が含まれるよう、民法を改正した。

さらに、2017年3月27日には「親会社と発注企業の注意義務に関する法律(注意義務法)」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを制定。主な内容は、2連続会計年度終了時に、(1)フランスに所在する企業で当該企業およびフランスにある直接・間接の子会社で合計5,000人以上の従業員を雇用している企業、または(2)フランスに所在する企業で当該企業およびフランス国内外の直接・間接の子会社で合計1万人以上の従業員を雇用している企業には、注意義務に関する計画書の作成と同計画の実施を義務付けた。同計画書には、(1)リスクの特定、分析、分類・格付けのため、リスクマップの作成、(2)リスクマップに関して、子会社や取引のある下請け企業・サプライヤーに対する定期的評価の実施方法、(3)リスクの軽減または重大なリスク防止の適切なアクションプラン、(4)労働組合との協議により作成したリスクの存在または顕在化に関連する警報や通報・収集制度の確立、(5)実施措置のフォローと有効性を評価するシステム、を盛り込むこととされた。また、それらを年次報告書で開示することも義務付けられている。違反した場合は、裁判所による実施命令(注3)や制裁の対象になるとともに、民事損害賠償請求を受けることもある。

なお同法には当初外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、1,000万ユーロから3,000万ユーロまでの罰金が規定されていた。しかし、違法性や罰則の定義が明確でなく憲法違反として、憲法評議会が罰金条項を削除外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますした。

経済一般評議会は「注意義務法」の対象拡大を提案

政府は2019年5月、経済一般評議会(CGE)に「注意義務法」の施行に関する評価報告書の作成を託した。CGEが2020年1月に政府に提出したレポート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(1.44MB)では、「同法の対象となる企業は約170社と見込まれる。省庁の1つの課が対象となる企業を特定できる全ての情報を持っているわけではなく、同法には、省庁や公的機関が対象となる企業の数やリストなどの最新情報を得るための施行に関する規定がない」と指摘した。また、CGEによると、本社がフランス国外にある場合、対象となる企業はフランスの子会社やその子会社の従業員数が要件を満たしている場合に限り、その部分だけが適用となる(親会社は適用外)。対象となる企業形態は、Société Anonyme(株式会社)、Société en Commandité par Actions(株式合資会社)、Société par Actions Simplifiée(単純型株式会社)を対象とする。すなわち、Société Anonyme à Responsabilité Limitée(SARL、有限会社)、Société en Nom Collectif(SNC、合名会社)は対象外だ。同レポートでは、以下の点を勧告事項として挙げている。

  • 省庁の1つの課を「注意義務法」施行担当として指定する。もって、同法施行のチェック・強化ができるよう、他の省庁が保有している非公開データにアクセスできるようにする。
  • 経済・財務・復興省内(司法省民事・印璽局と連絡をとる「注意義務法」担当課)で同法施行の手順について明確にする必要性を判断し、法的不確実性を減らすために情報収集する。
  • 「注意義務法」の優れた取り組み(グッドプラクティス)を調和させ相互的なものにするため、セクター別および複数の利害関係者によるアプローチを促進する。政府は、このアプローチに直接参加するわけではない。しかし、公共調達政策によって奨励することができる。
  • EU指令(2014/95/EU)の次回改定を機に、注意義務を欧州レベルに拡大する。非財務情報開示に加えて対応する義務事項を共通化、2011年のビジネスと人権に関する指導原則の順守を義務付けることを目指し、国連の作業部会でのEUの立場を前進させるよう政府を動員する。

2019年8月8日付の上院官報外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますには、「注意義務に関する計画書を発表していない企業が多数ある中、政府は同法施行順守のためにどのような措置を取るのか」という議員の質問が記載された。これに対する経済・財政・復興省の回答が、2021年1月21日付の上院官報に掲載されている。

そこでは、「法律で2つの制裁メカニズム〔実施命令(注3)と民事損害賠償請求〕を規定している」ことを指摘。その上で、「裁判所の決定による実施命令については、(人権、環境などの団体や組合など)全ての「訴えの利益」を持つ当事者が、企業が注意義務を満たしていないと見なした場合、当事者はその企業に対し3カ月以内に義務を順守するよう催告することができる。3カ月後に、同当事者がその企業はまだ注意義務を満たしていないと判断した場合、管轄の裁判所に対し(場合によっては罰金を科すとともに)順守を命じるように要請できる」とした。また、「被害者と注意義務の不順守との間の因果関係の証拠を提出することを条件として、企業に対し民事訴訟を起こすこともできる」ことにも触れた。さらに、同省は「現行法の制裁制度として、注意義務計画を発表していない企業に命令通知を出す権限は公的機関にない。CGEのレポートの中では、同法の対象となる企業の信頼できるリストを作成することが不可能な要因を挙げられた。これを改善するためのレポート案を現在検討中だ。しかし、持続可能なコーポレート・ガバナンスに関して、欧州委員会が主導する枠組みの下での議論を先取りするのは望ましくない」と強調している。実際、欧州レベルで人権に関する注意義務(due diligence)が採択されれば、「注意義務法」の改正が必要となるだろう。さらに経済・財政・復興省は「OECDの多国籍企業行動指針に基づきフランス政府が設置している連絡窓口(NCP、注4)が裁判外の紛争解決機関として機能している。注意義務法が制定された2017年以降、年間の提訴件数が2件から4、5件に増加した。提訴の内容は主に同法の対象となるフランス企業の海外活動に関するものだ。フランスのNCPは、無料、迅速、英語での資料対応が可能。訴えの利益を広く認め、弁護士も不要だ。このように、アクセシビリティーが確保されている。対話により紛争を解決するこの方法は、法の規定を補完する」と説明した。

トタルが初めて「注意義務法」義務違反で提訴対象に

NGOのSHERPAは2019年に「注意義務法」順守のためのガイダンス〔英語版 PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(675.70KB)フランス語版外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〕を発行した。あわせて、同法に規定する義務の対象となる企業のリストと計画書がインターネット外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます上に掲載された(注5)。これは、SHERPAとやはりNGOのCCFD-Terre Solidaireが共同で独自に調査した結果で、全ての企業が網羅されているものではない。このリストに掲載された企業は263社で、そのうちマクドナルド・フランス、KPMG、ネスレ・フランスなど61社の「注意義務に関する計画書」が確認できなかったとした。

一方、石油大手トタルは、環境保護団体レ・ザミ・ドゥ・ラ・テール(地球の友)などの団体から提訴外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますされている。現在実施中のウガンダのパイプラインプロジェクトに関して、人権や環境・気候に壊滅的な影響があるとされた。これは「注意義務法」に関する初めての司法訴訟だ。


注1:
2007年7~10月に行われた環境会議。民間の環境保全団体と経営者団体、労働組合、国会議員、政府自治体の5者による協議。
注2:
政府の委任立法権限に基づく法規。
注3:
当該情報の開示または計画の履行を義務付けることができる。
注4:
National Contact Pointの略。OECDの多国籍企業行動指針に基づき、同指針に参加する各国政府が設けている、自国企業による同指針違反に関する申し立てを内外から受ける窓口。
注5:
政府が公表した対象企業リストは存在しない。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
奥山 直子(おくやま なおこ)
1985年からジェトロ・パリ事務所勤務。フランスの規制関連の調査を担当