米欧と協調した対中措置と、「現代奴隷法」制定の動き(カナダ)
「サプライチェーンと人権」に関する主要国の政策と執行状況(11)

2021年8月20日

カナダ連邦政府は、企業のサプライチェーンにおける人権侵害に対処するため、措置を講じ関連する勧告を発している。その中心的な役割を果たしているのが、グローバル連携省とトレードコミッショナー・サービス(注1)だ。2020年7月1日に発効したカナダ・米国・メキシコ協定(CUSMA、USMCAのカナダでの呼称)でも、強制労働によって生産などされた物品について輸入禁止が規定されている。このほか、米国、英国、EUと協調して中国に経済制裁を発動した。このように、主要国・地域との連携が目立つのが特徴と言えそうだ。議会では、生産工程で発生しうる強制労働リスクの防止措置について、企業から政府への報告を義務付ける法案が上院で審議中だ。

本稿では、企業活動と人権に関するカナダ政府・議会の施策や最近の動きを紹介する。

カナダ企業による人権侵害の可能性について苦情を受け付け

カナダ政府は2018年1月、「責任ある企業のためのカナダ・オンブズパーソン(CORE:Canadian Ombudsperson for Responsible Enterprises)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の創設を発表した(カナダ政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。COREには、カナダ企業の国外での活動に関連した人権侵害に関する調査が義務付けられている。2021年3月15日には、鉱業、石油・ガス、衣料品分野のカナダ企業の海外での活動に起因する人権侵害の可能性について苦情(注2)を受け付けると発表した(CISIONウェブサイト記事参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。カナダ企業が直接的または間接的に管理している企業も、ここで言う苦情の対象になる。注目すべきは、対象分野に衣料品分野が含まれていることだ。中国新疆ウイグル自治区製の衣料品にかかわる強制労働の疑いについてもCOREの調査対象になり得るとの見方もある。

COREには、調査のほか、当事者の合意に基づいた調停による紛争解決や、調査結果報告書の公表などの役割も付与されている。加えて、国際貿易相に対し、政策変更や人権侵害が認められた企業への貿易措置の実施などを勧告する権限を持つ。

CUSMAに基づき、強制労働によって生産された物品の輸入を禁止

カナダ政府は、多国間枠組みでの取り組みも進めている。2020年7月に発効したCUSMAの第23章(労働章)PDFファイル(111.21KB)では、全体または一部が強制労働(児童労働を含む)によって生産された物品は輸入が禁止されている。さらに、CUSMA加盟国は自国の法令で、あらゆる形態の強制労働の撤廃を含む国際労働機関(ILO)宣言で定められた労働者の基本的権利を採用し、維持するとした。この義務を順守するため、カナダ政府は2020年7月、CUSMAの発効に合わせて、強制労働にかかわる物品の輸入禁止を国内法で新たに規定した。具体的には、関税定率法第136条で輸入が禁止されている品目(関税分類番号9897.00.00)の対象に「全体または一部が強制労働によって採掘、製造または生産された物品」を追加した。この改正による輸入禁止措置は、全ての国・地域からの輸入に適用される。

中国に向け新疆ウイグル自治区関連制裁などを発動

カナダ政府は、中国・新疆ウイグル自治区での人権侵害をめぐる問題でも、国際協調路線をとる。2021年1月12日には、英国などと連携して、「新疆ウイグル自治区の人権状況に関する対策(Measures Related to the Human Rights Situation in the Xinjiang Uyghur Autonomous Region)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発表。ウイグル族やその他の少数民族の権利を保護し、カナダ企業が強制労働などの人権侵害に加担するのを防止する包括的な取り組みとして、以下7つの対策を掲げた。

  1. 全部または一部が強制労働によって生産された物品の輸入禁止
  2. カナダ企業による「新疆ウイグル自治区事業体との取引に関する誠実宣言外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  3. 新疆ウイグル自治区関連の事業体に関する勧告(カナダ政府ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  4. カナダ企業への助言強化
  5. 輸出管理
  6. 新疆ウイグル自治区に関連する責任ある企業行動に対する意識向上
  7. 強制労働とサプライチェーン上のリスクに関する第三者機関による分析

カナダ企業がトレードコミッショナー・サービスの事業を利用したり支援を受けたりする際、ウイグル族の労働力に依拠する事業体から直接的または間接的に調達している場合などは、「新疆ウイグル自治区事業体との取引に関する誠実宣言」への署名が義務付けられる。企業は、この宣言への署名で、新疆ウイグル自治区の人権状況を認識していることを示すことになる。あわせて、同自治区に関連した強制労働やその他の人権侵害に関与しているサプライヤーから故意に製品やサービスを調達していないことなどを宣誓する。

カナダ政府は、対中制裁措置も発動済みだ。グローバル連携省は2021年3月22日、新疆ウイグル自治区での重大かつ組織的な人権侵害への関与を理由に、同自治区公安当局幹部ら4人と同自治区の治安維持や警察機能を担う新疆生産建設兵団公安局に制裁を科すと発表した。この制裁は、経済特別措置法の下に定められた「経済特別措置(中華人民共和国)規則〔Special Economic Measures(People’s Republic of China)Regulations〕外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に基づくものだ。同省は制裁措置について、同様の制裁を発動した米国、英国、EUとの協調行動と位置付けた。

この制裁措置は、制裁対象者の関係者や家族、さらには当事者が直接的または間接的に所有、保有、管理している企業にも適用される。カナダ人は、制裁対象者が所有などする財産に関わる取引を禁じられる。このほか、当該取引の支援などを故意に行うことも禁止される。さらに、この制裁措置は、カナダの特定の金融機関(銀行、保険会社、ローン会社、信託会社など)に対し、制裁対象者が所有などする財産を所有または管理しているかどうかを継続的にモニタリング・審査する義務を課している。

これら新疆ウイグル自治区に関連する法令の執行状況はどうか。米国政府が同自治区からの輸入を留保している綿製品(2021年1月15日付ビジネス短信参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)についてみると、カナダでは大手電子商取引サイトなどで依然、「ウイグル産綿花」とうたう綿製品の購入が可能だ。オンタリオ州オタワに本拠を置く「ウイグル権利擁護プロジェクト(URAP)」のエグゼクティブ・ディレクター、メメット・トティ氏は、カナダ国境サービス庁が中国産の綿花を没収したという事例はいまだない、とする。野党・保守党の影の外相であるマイケル・チョン氏の指摘によると、中小企業が多い輸入業者には、強制労働の証拠を得るためにサプライヤーを精査するリソースがない。そのため、カナダ政府の行動は(強制労働により生産された物品の輸入禁止規則を策定するだけでは)効果がないようにみえる、という。両氏は、新疆ウイグル自治区由来の綿・トマト製品の輸入を全て禁止するという米国政府の決定に追随するよう、連邦政府に求めている(「グローブ・アンド・メール 」紙2021年3月29日)。 

強制労働リスク削減措置の報告義務を企業に課す法案が上院で審議中

最後に、連邦議会の動向を紹介する。

2020年10月、上院に法案S-216「現代奴隷法を制定し、関税定率法を改正する法律(An Act to enact the Modern Slavery Act and to amend the Customs Tariff)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」が提出。現在審議が進められている。

この法案には、対象事業者に対しサプライチェーン上での強制労働リスクに関する報告義務を課す規定が盛り込まれた。この点、英国の現代奴隷法(2021年6月10日付地域・分析レポート参照)や米国のカリフォルニア州サプライチェーン透明法(2021年6月10日付地域・分析レポート参照)と同様だ。具体的には、カナダ国内外での物品の生産過程、またはカナダに輸入される物品の生産過程のいずれかで、強制労働または児童労働が利用されるリスクを回避し、同リスクを削減させるために、前会計年度に講じた措置を記載した年次報告書を連邦政府に提出することを求める。報告書には、対象事業者が生産または輸入する物品についても具体的に記載する必要がある。

法案の適用対象は、次の1~3のいずれかの条件を満たす事業者のうち、カナダ国内外で物品を生産または販売する、またはカナダ国外で生産された物品をカナダに輸入する事業者(注3)とされている。

  1. カナダの証券取引所に上場している。
  2. カナダに事業所があり、カナダで事業を行いまたはカナダに資産がある。かつ、連結財務諸表に基づき直近の2会計年度のうち少なくとも1会計年度で、財務または雇用に関する以下3基準のうち少なくとも2つを満たしている。
    • 2,000万カナダ・ドル(約17億6,000万円、Cドル、1Cドル=約88円)以上の資産を有している。
    • 4,000万Cドル以上の収益を上げた。
    • 平均250人以上の従業員を雇用している
  3. その他規則により定められた事業者。

対象事業者の範囲は、別途、規則を定めることにより拡大することも可能とされる。

本法案では、法律に違反した場合の罰金および法執行のために政府が指名した個人・集団による広範な調査権限も規定されている(この点は、英国やカリフォルニア州の法律とは異なる)。罰金は、最大25万Cドルが科せられる可能性がある。また、違反行為の実行に加担した取締役や役員、代理人の法的責任についても定められている。

この法案については、2021年3月までに上院で2回の読会が完了した。今後も、引き続き立法過程を経る予定だ。


注1:
グローバル連携省の在外商務官による企業の海外展開支援組織。
注2:
苦情はオンラインフォーム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますから提出が可能。
注3:
これら事業者を管理する事業者を含む。
執筆者紹介
ジェトロ・トロント事務所 次長
江﨑 江里子(えざき えりこ)
国際交流部、貿易投資相談センター、総務部などを経て、2016年8月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・トロント事務所
グリーンバーグ 綾子(ぐりーんばーぐ あやこ)
コンサルティング会社勤務、起業を経て、2020年、ジェトロ入構。